聖女と魔王の白い結婚

星ふくろう

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序章 魔王子と王女の白い婚約

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 『おのれを克服する者が勝者だ』

 その言葉が現魔王にして実父である魔王リクトの座右の銘だった。
 幼い魔王子カイルは、まだ存命だった頃の母親と共によくその言葉を聞かされたことを覚えている。
 第二魔王子エルウィンに、第一魔王女のシドニー、そして、魔王妃ハンナ。
 カイルのなつかしい記憶にある、母親と姉と弟を最後に見たのは、あの夜が最後だった。

 カイルは人間と魔族のハーフだ。エルウィンとシドニーもそうだった。
 リクトは魔族から第二王妃を迎えようとはせず、ひっそりと彼の国、グレム魔王国を治めてきた。
 魔王妃ハンナは大地母神の聖女で人間から魔族の王族に嫁入りした珍しい存在だった。
 そのことが人類国家群と魔族との軋轢を避ける壁になり、カイルたちを守ってきたともいえる。
 母親の故郷であるミンザ共和国に魔王と魔王妃、カイルを含めたグレム魔王国の王族が親政訪問をしたその帰りに悲劇は起こった。
 四頭の飛竜による上空からの監視、魔黒馬と呼ばれる漆黒の巨大な馬の魔族オロバスによる六道建ての馬車群、その周囲を固めるケンタウロスの騎馬兵団。
 そして、上空には更に友軍である猫耳族が操る飛空艇が数隻走り、現代の路面を固めるアスファルトの道路のようにコンクリートで固められた街道を、魔王一行は帰途に着いていた。
 馬車群の中で魔王妃ハンナとエルウィン、シドニーは陸路を、武装した飛空艇の中で魔王リクトとカイルは座していた。 
 いざというときの、神側、人類側の大規模な伏兵を危惧しての行動だった。
「父上様――」
「なんだ、カイル?」
 飛空艇の天井はまるで天空の姿を移し込むかのように計算されており、足元には耐圧ガラスが幾重にも搭乗者の足場を守り、地上を透かしていた。
 その星空の美しさが暗黒の世界に広がる様に目を奪われてカイルは思わず、父の名を叫んでいた。
 足元に目をやれば、母たちが搭乗する一群が同じ速さで並行していて、定期的に配置されたかがり火がまるで地表を走る竜の目とウロコのように爛々とその威容さを醸し出している。
「カイルめは未だ、天を行くことができませぬ。どのように翼を持てばよろしいのですか?」
 人間の少女とも見まごうべき美少年はそう悲しそうな目をして父親に訴えていた。
 彼の父親は背に立派な双翼を従えている。その艶やかな黒羽は少年の憧れだった。
「ふん? そんな悩みは無用だ、カイル」
「何故でございますか、父上?」
 深い海のような瞳をした魔王は、その力強いまなざしを息子に向けた。
「お前の母は翼が無い。だが、俺と同じように空を行くことができる。
 これはなぜだ?」
「それは‥‥‥」 
 幼いカイルは言葉に詰まる。
 母親であるハンナは大地母神ラーディアナの聖女であり、その能力だとばかり彼は思っていた。
 母親は人間で自分は魔族とのハーフだ。
 大地母神ラーディアナの加護は受けることができないだろう、そう思っていたからだった。
「母上は聖女であらせられます」
「聖女でなければ空を行くことはできない、と? 魔族には羽がなくとも、空を自在に行き交う者もいる猫耳族など、単体では無理だが飛行艇を使うぞ?」
 魔王は自分が騎座している飛行艇の天井を指差してみせた。
 翼が本当に必要か? と、そういう問いかけだった。
「では、父上。私は‥‥‥いつまでも独りでは空を飛べないのですか?」
「そんなことは言っていない、幼いカイルよ」
「では、どうすれば? あの星々の大海にまで手が届くのですか?」
 大海?
 その言葉にリクトは不思議そうな顔をする。
 なぜ、我が息子はそんなことを言いだすのだろう、そんな顔をしていた。
「星に、月に渡りたいのか? なら、余程素晴らしい魔力が必要になるな」
「いえ、父上。そこに到達したいのではありません。ただ、あのきらめきを母上に捧げることがでるならば、と‥‥‥」
 幼い子供の戯言。
 そう一笑に伏すのも悪くない。
 しかし、その憧れは――歴代魔王の最高域にあるとされた高祖をしても適わないだろう。
 だが、理想は悪くない。
 魔王はそう微笑んでいた。
 息子と娘たちの中には、聖と魔と神の三者の血が流れている。
 子供たちは三人。
 魔か神か聖か。
 そのどれかがいずれ強い能力となって発動する。
 魔王、もしくは魔の女王が生まれる可能性は三分の一だった。
「いい、親孝行だ。カイル。だがな、過ぎたる大望はおのれを歪ませる」
「と、いいます、と?」
「俺が魔神様と一度だけ意見を交わした時に、授かった言葉がある」
 ああ、あれか、とカイルは納得する。
 常に父親が話す訓示のようなあの言葉。
「おのれを克服する者が勝者だ、でございますね、父上」
「ああ、そういうことだ。翼が無ければ、その代わりになる物を得ればいい。ミンザでの祖父殿や祖母殿にお会いした時、お前はどう感じた?」
 唐突の質問。
 眼下を走る馬車群のどれに母はいるのだろうか。
 そう思いながら、カイルは今日の夕刻までの記憶を振り返る。
 共和国の上院議員議会長という舌を噛みそうな堅苦しさを感じさせる肩書を持つ祖父は、どことなく魔王国の宰相に似ていて、白髪の背筋がすっきりと通った紳士に見えた。
 人とは違い、その額に角を持つ孫たちを自分の人間の孫たちと変わらないように接してくれたのを思い出した。
「お祖父様は冬のアルケム山脈のように冷たいように最初は見えました」
「厳しく見えたか?」
「はい、ですがとても暖かいお方でした」
 魔王はふふっ、と微笑む。
 よく見ている子だ。そんな笑みだった。
「アルケム山脈のようとは、言い得て妙だな、カイル。あのお人は悪や非道な存在には厳しい。俺が、王妃と帰りを別にしている理由も理解しているか?」
 そう言われ、カイルは足元をもう一度見ると、静かに首を振った。
 理解しているが、とても寂しい。
 そんな仕草だった。
「魔族に王は多く魔族の国も多い。地上に地下にとその勢力を保っている。だが、聖女を妻に迎えた王は俺だけだ。そして、魔神様から直々に、新しき魔王を名乗る許しを得たのも俺だけだ。このグレム魔王家は、神と人と魔の境にある。意味が分かるか?」
「いいえ、でも‥‥‥父上が大きな何かを任されていることはわかります」
「ふん。つまり、強くあれ。そういうことだ。さて‥‥‥」
 魔王は首をめんどうくさそうに振ると、背後に控えていた金色の鎧を身にまとった猫耳族の騎士たちに座したまま顔を向けた。
 その先頭に在り、胸当てに竜が雄々しく彫られた女騎士が彼の合図に応える。
 彼女はどこか陰鬱な表情をしていて、それがカイルには不思議だった。
 魔王リクトは地上を見て、ため息を一つつくと息子を彼女へとそっと押し出していた。
「陛下、では‥‥‥?」
「ああ、リーゼ衛士長。すまんが、天空大陸のハグーンにカイルを届けてくれ。どうやら新たな来客のようだ。騒がしいやつらめ‥‥‥」
 魔王のその言葉に、カイルは後ろを振り返り声をあげる。
「ハグーン? 父上、それは一体? 新たなる客とは‥‥‥!?」
「カイル。行くがいい。ここから先は、神と魔の戦域だ」
 静かにそう諭す魔王に、カイルは言葉を失っていた。

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