聖女と魔王の白い結婚

星ふくろう

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序章 魔王子と王女の白い婚約

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 ハグーン。
 天空大陸にある賢者の都にして、永世中立の大陸。
 教育機関のジェニスの塔を要する王立学院がそこにはあった。
 リクトは幼いカイルを、この旅路の帰路に預ける気だったのだ。
 リーゼ衛士長はまだ若い女性騎士だった。小麦色の猫の両耳を立てて、カイルを迎え入れくれた。
「では、殿下。参りましょう」
「でも、リーゼ衛士長? 母上は、父上は?」
「カイル!」
 魔王の威厳のある声が場の雰囲気を引き締める。
 彼はカイルの足元からも見える、地上を指差していた。
 二頭の飛竜が間におり、そのつばさの隙間から見える地上には――。
「父上、あの青白い炎の河のようなものが森を流れるのは‥‥‥?」
「敵だ、カイル。どうやら、帝国は嬉しくないらしい」
「帝国‥‥‥? まさか、勇者ユリウス様が?」
「そうだな。蒼炎のユリウス。雷の化身たる大神ダーシェの選んだ勇者が来たということは‥‥‥やつが属する帝国が命じたらしいな。しかしまたこのような国境が重なる場でおいでになるとは、戦争でも始める気か、帝国は?」
「では、母上が!?」
 魔王は冷ややかに一笑に伏した。
 お前の母はそれほど、弱くないわ、と。
 だが、カイルが見ているうちにも一頭の飛竜がその羽を断たれて、陣営を離脱していた。
 天空から紫電が数条きらめき、それらは森といわず岩肌といわずに破壊の限りを尽くしていた。
 そして、それに応じるように大地から巻き起こる鋭い錐のような数百のいばらのトゲが蒼い炎を迎え撃つ。
 どうやら、王妃が馬車の中から応戦しているらしい。
 しかし、それだけならまだよかった。
「父上!?」
 馬車群に迫りくるのは蒼い炎の河だけではなかった。
 鈍い銀色のウロコをもった巨大な魚のようなものがこれもまた別の方向から馬車群へと向かっていく。
 それは明らかに、勇者と呼ばれるユリウスだけがこれに加担しているのではないことを示していた。
 それ以外にも、飛竜が放つ岩すら溶かす火焔をやすやすと突破して無尽の緑の木の葉が風に煽られて竜巻を形づくる様すら見えている。
「面白い。ユリウスだけではないな。帝国の精霊騎士まで投入するとは!」
 はっ! ……これは見ものだ。
 帝国軍の精鋭と呼ばれる一団まで投入するその念の入れように、魔王リクトは神々の意思までうっすらと感じ始めてた。
「リーゼ!」
「はっ、陛下‥‥‥」
「カイルをハグーンへ。そののちは、一族まとめて東の大陸へ。エルムド帝国は朋友グレンの支援を受けろ‥‥‥カイルが成人した暁には‥‥‥頼むぞ」
「陛下は、どうなさいます!?」
 幼いカイルを抱き、リーゼ衛士長はその主命を全うしようとうなづく。
 だが、主のその後が気になった。
 彼はもしかすると、この場で果ててしまうのではないか。
 そんな気がしたのだ。
「ふん。聖女に魔王だ。帝国がどうでようと、魔王城までの帰還は容易いわ。いけ、リーゼ衛士長。カイル‥‥‥」
 父か母。
 そのどちらかを失うような気がしたカイルは言葉を発することが出来なかった。
 いやいや、と首をふるが魔王は動揺せずにただ不敵に微笑む。
「カイル、泣き言は言うな。そしてな、いつか‥‥‥母上に、あのきらめきをお届けできるよう。自らの羽を持てハグーンなら、それが可能だ」
 死ぬな、息子よ。
 そう言い、魔王はその場から揺らぐ行くように消えてしまう。
 三連の月が満月となって、魔王国の属領土であるハイエルフたちの棲み処たるフランマの大森林を不気味に照らし出していた。
 偉大なる黒龍へと姿を変えた父親に呼応するように大森林がざわめき、巨木のゴーレムが幾体もその姿を現して勇者の蒼い炎に、銀色の光の渦に立ち向かっていった。
 ハイエルフたちが加勢に駆け付けたのだろう。
 カイルが見れたのはそこまでだった。
 彼は父親の言いつけに従い、目を見開いて魔王の戦いを刮目していた。
 だが、涙は流さず、ただ黙って自身の未来を迎え入れていた。



 
 天空大陸の名にふさわしいハグーンへとカイルが着いたのはそれから四日後のことだ。
 さきに入っていた父親の腹心、グレイエルフのアイニスが彼とリーゼ衛士長を迎えてくれた。
 このグレイエルフの侍従長はリクトがまだ魔王を名乗り始めたころから仕えているという。
 いつ見ても変わらない、少女のようなさまにカイルはなぜ、この女性は歳をとらないのだろう。
 そう首を傾げることが多々あった。
「殿下、御無事のお付き。めでたく存じます」
「アイニス‥‥‥母上は、エルウィンとシドニーは‥‥‥?」
「魔王陛下はご健在でございます」
 その物言いにカイルは首を傾げる。
 なぜ、姉と弟、母親の名を出さないのか、と。
「僕はあの地上を覚えているんだ、アイニス」
「はい、殿下」
「おどろおどろしい、蒼い炎に銀色の旋風。父上の黒き力は届かなかったの?」
「殿下、まだお話できることには‥‥‥」
 そこまでアイニス侍従長が言った時、リーゼ衛士長がそっとカイルにささやいた。
「殿下。いまはまだお伝えできることが決まっておりません。どうか、ご理解を」
「リーゼ‥‥‥。そうか、姉上と母上と弟には‥‥‥大地母神ラーディアナ様の加護はなかったんだね」
 寂しそうに呟く少年に、アイニスは殿下‥‥‥と瞳を伏せる。
 リーゼ衛士長もまた、顔を曇らせていた。
 いいよ。カイルは明るくそう言い、顔を上げた。
「魔王陛下はこの大陸で、空をゆく翼を手にせよ。そうおっしゃった。僕はそうするようにする。リーゼ衛士長、あなたは東に向かってください」
「殿下、しかし、この大陸では殿下を護る存在は‥‥‥」
「そうです、殿下。ここにいるのはこのアイニスが連れてきた幹部たち数名。いまはまだ、お一人になるのは危険です」
 すると、カイルはそうかな?
 そう首を傾げてみせた。
「勇者の力は神々の王、ダーシェの力なんでしょ? でも、魔王陛下はここ最近では、魔神グレアム様から魔王になることを許可された唯一の英雄なんだよね?」
「それは‥‥‥確かに、魔界と地上世界をあわせて二十四柱いる魔王だけだったものに、新たに許可を得られたのは魔王様だけでございます」
「なら‥‥‥ね? アイニスにリーゼ衛士長。僕はまだよく知らないんだけど、この賢者の都にある王立学院の入学式。それが行われるのはもう、間もなくなんじゃないの?」
 アイニスとリーゼ衛士長は顔を見合わせた。
 その場にカイルがいないことは、魔王リクトの名を汚すことになるかもしれないからだ。
「僕は魔王リクトの第一王子。せっかくハグーンまで来たんだよ。なら、世界を越える翼が欲しい。手を貸してくれない?」
「殿下、喜んで」
「このリーゼも。一度、東に一族を移したのちに必ず‥‥‥」
 そのリーゼ衛士長の言い方がまるで自分も学院に入学して来そうな勢いだったから、カイルは苦笑してしまう。
「アイニスならまだ少女でいいけど、リーゼ衛士長は‥‥‥少女に戻る魔法でも使うの?」
「まあ、殿下!!」
 そんな言い方をされたらまるで年増のようではありませんか!
 そう叫びそうになるリーゼ衛士長を、アイニスは口元を隠してまあまあ、とたしなめていた。
 そんなカイルが二週間の後に王立学院の門を叩いた時、彼には一つの運命の出会いがあった。
 保護者としてついて来たアイニスがある少女を紹介したてくれた。
 カイルの母親の生まれ故郷であるミンザ共和国の母親と、魔王国と同盟し、敵対する帝国と睨み合っているラズ王朝の国王を両親もつその少女は、カイルと同年代で親元を離れた寂しさからか常にうつむきがちな存在だった。
「殿下、アリス第二王女様です。これからご学友になられる御方ですよ。アリス様、祖国を同じくする母親を持つカイル様とあなた様は縁があるものと思われます。どうか、殿下をよろしくお願いいたします」
「えっ? お母様同士が‥‥‥同じ国の御生まれなの?でも、あなた――」
 アイニスが挨拶すると、少女は不思議そうにカイルを覗き見ていた。
 少年は見た目は人間だ。
 でも、その額の両脇からは細い角が生えていて、それはとても不気味なように少女の目に映っていた。
 それを悟ったのか、カイルははっとなって角を両手で抑えてしまう。
 同時に、自分がここにいていいのか。家族が心配だと思うそのかすかな寂しさが、どうしてかアリスには感じ取れたような気がした。
「こんにちは。あなたは、どなた様?」
「え‥‥‥? 僕は、カイル。カイル、です。アリス様」
 少年にしてはあまりにもか細いその声。カイルが緊張してそうなったものだが、それを聞くとアリスは彼となら、友人になれそうな気がしていた。
 それは、二人の長い人生の始まりだったのかもしれない。
「そう、カイル様。どうぞ、宜しくね?」
「あ、はい‥‥‥うん」
 いずれ魔王となる少年と、王女はこうして出会った。
 魔王子カイル六歳、王女アリス五歳の時だった。


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