聖女と魔王の白い結婚

星ふくろう

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序章 魔王子と王女の白い婚約

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 建物に囲まれた花壇が趣味よくおかれた中庭で、かつての恋人同士は静かに歩いていた。
 失恋を忘れたくない。
 いいえ、忘れることができない。
 アリスの脳裏は、その思いでいっぱいだった。
 考えなくてはいけないのに。
 王国のこと、魔族の国のこと。
 これからの二人の未来。 
 そんな理性的な思考はどこかに消えさってしまっていた。
「‥‥‥アリス」
「えっ、はい」
 なんですか?
 その言葉が出てこない。
 腕を組んで自分をエスコートしてくれているカイルの背丈は、この数年でさらに高くなっていた。
 見上げるようにして視線を送るアリスは、王子の胸ほどまでしかない。
 彼が見下ろすのがすこしばかり煩わしいかのようにアリスには感じれた。
「俺の中に愛はないぞ」
「そう‥‥‥」
「過去に対する情も、だ。お前は子を産むだけの道具でいろ」
「カイル、あなた‥‥‥?」
「返事は?」
 冷酷な瞳で見おろされた時、彼のなかにはもう、自分の知るあのカイルはいないのだと理解してしまった。
 そう……それなら、語るべき言葉は一つしかありませんね。 
 アリスはつぶやくように声を紡ぎ出す。
「ええ。それが両国の手助けになるならば‥‥‥旦那様」
 それでいい。
 道具になれ、アリス。
 それが、俺たちの唯一の――

 ふと吹き込んだ春先の一陣の風にかきけされたのか、それとも彼はそれを口にしなかったのか。
 アリスにはそれはわからない。
「あの、カイル様?」
「‥‥‥なんだ?」
「お願いを、することは可能でしょうか?」
「願い?」
 カイルは眉をひそませて聞き返す。まあ、そうだな。俺から押し付けるのは公平ではないかもしれない。そう思いなおすと、カイルはふむ、とうなづく。
「なにか欲しいものがあれば。 そう、条件があれが聞いてもいいぞ?」
「条件‥‥‥?」
 アリスはちょっとだけ、虚を突かれた。
 そんなことを知りたくて、声をかけたのではないのに。
 私はただ、初めてのキスも初恋も、この身体を捧げた相手も。
 そのどれもがあなたなのに、今更、道具だなんて言うのですか?
 言えないその一言をどうにか別の言葉にして伝えようとした、それだけなのに。
「ああ、条件だ。なにが欲しい? 土地か? 金か? 宝石か? それとも――?」
「そんなっ!」
「ああ、そうか。正妃の座か?」
「ちがっ、違います‥‥‥いえ待って、正妃の座、とは‥‥‥どういうことですか?」
 これは参ったな。
 アリス、お前の世間知らずはあれから何も変わっていないらしい。
 カイル王子は困ったように、空いた方の手で彼女のまとめた髪のひと房に触れていた。
「カイルッ、様!?」
 困ります、とアリスは反射的に身を引いていた。
 その行動は彼女がおもったよりも大きな動作を作ってしまったらしい。
 高いヒールが衣装の裾にもつれてしまい、彼女は後ろに向けて倒れこみそうになっていた。
「えぇっ!」
 地面が視界のはしに迫る。
 思わず目をとじるまえに、その落下は力強い腕によって抱き止められていた。
「気を付けろ。正装を着こなすのは苦手なんだな‥‥‥お前は」
「‥‥‥あり、がとう、ございます」
 アリスは気恥ずかしさで顔が赤くなる。こんな間の抜けたかっこうを披露してしまうなんて、と。
 でも覚えていてくれた。
 私が、裾の長いスカートを履くのがとても苦手だということを。
 その事実に、顔を赤らめると同時に、嬉しくもなっていた。
 アリスはついさっき、道具になれと言われたことも忘れて喜んでいる自分を再確認し、自分はどこまでも愚か者ですね、そう呟いていた。
「立てるか?」
 きちんと立たせてくれたカイルに向かい、アリスははい、と答えてみせる。
 自分は道具。
 過去を大事にしまってその懐かしさを原動力に動く、ただの愚者――
「ええ、王子。大変失礼いたしました」
 王子。
 そう呼ばれたことにカイルはぴくりと眉を動かした。
 敬称から自分の名前が抜けたことに気づいたからだ。
「なら、いい。で、条――」
「お待ちを!」
 言い終わるまえにアリスは第二王女として、将来の夫を見つめていた。
「先程はありがとうございました、王子。条件に関してましては、この身では決めることが許されません。一度持ち帰りまして王の裁可を頂くことが必要でございます」
 だから、いまはまだ――。
 あなたとの距離を決めさせないでください、カイル。
 こころのどこかでアリスはかつての恋人に向かってそう言っていた。

 あなたがまだ好きよ、カイル。
 その冷たい真冬に吹きすさぶようなまなざしも、道具になれと言いながら気遣ってくれる。
 そんな、兄弟姉妹の一番上の兄として家族に接してきたような優しさが、ついつい出てしまう無防備なところも。
 アリスはそう素直に思った。
 彼から離れたあの日。
 あたりまえのように与えられていた優しさを失い、孤独に泣いた夜を思い出しながら。
 こころに嘘をつくことを強要することがどれだけ辛いかも。
 アリスは良く知っていた。
 その上で選んだ二度目の、彼と共有できるかもしれない未来を知った時、少女のこころははからずも小刻みに小躍りし、そして、苦しんだのだ。
 女は国の奴隷なのだということを理解して。

「そうか、それもまあ、正しい判断だ。俺たちで決めれることは少ない。だが、お前に拒否権は持たせない。道具に意思は――必要ない」
 ああ、言い切るのですね。
 なら、条件なんて持ちださなければいいのに。アリスは悲しそうに微笑んだ。
 アリスには分からなかった。
 カイルもまた、どこかで彼女に負い目があることを。
 でも、それはかつての別れにかんしてではない。
 この新たなる婚約に関してのものだった。
「では、御主人様? 結婚が成立すれば、でございますが。あなた様が私めに出した条件という言葉はなぜ、発せられたのですか?」
「質問を‥‥‥許した気は、ないがな?」
「いえ、まだです。まだ、何もなしていない二人ですから。これはこれからその後ろを歩む女としての、知っておきたいことでございます」
 生意気なやつだ、とカイルは笑ってしまう。
 そう言われれば、それは確かにそうだ。しかし、どうこたえたものかな。
 カイルは迷っていた。
 いまはまだ、単なる他人同士。
 いや、元恋人か‥‥‥都合よく自分を利用した女が、新たなる結婚相手とは皮肉なものだ。
 彼は、そうせせら笑っていた。
 アリスとの会話から類推される、カイルが苦しんだ日々といえるべき過去の埋め合わせは必要だろう。
 なあ、アリス?
 その為に必要な‥‥‥ほんの少しのスパイスがこの条件の提示なのだから、と。
「質問はそのまま、君に差し戻そう。俺は居心地がよくなるように条件を聞いたわけではないよ」
「そうですか。あなたは、あいかわらず含んだ物言いが好きなのですね。酷い御人だわ」
「かもしれんな‥‥‥」
 ぐいっ、と組んでいた腕を引き寄せられてアリスの足はたたらと踏んでしまう。それは彼が視線を落とすために必要な行為。彼と彼女の身長差はそれほどにあった。
「都合の良い言葉をならべたてるな、人間」
「にん、げん‥‥‥?」
「ああ、人間、だ」
「待ってください、カイル様! あなた、いつからそんな考え方になったの‥‥‥種族に差異はないとあんなに言っていたのに!」
 彼の物言いに、アリスはあり得ないものを聞いてしまったとショックを受けていた。
 
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