聖女と魔王の白い結婚

星ふくろう

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序章 魔王子と王女の白い婚約

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 おや、意外に力強く反論するじゃないか、未来の妻殿?
 カイルはそう思い、アリスを冷ややかに見下ろしてやる。
 選民思想は許されない? その主張は素晴らしいものだ。
 だが、いまは喜ばしくない。
 道具には必要ない感情だ。
 しかし、ここで論議するのはさらに相応しくない。
 前哨戦はまだ始まっていないのだからな。
 そう思うと、カイルは優しく微笑んでやる。
 一瞬、アリスのこころの中に、過去の彼を思い起こさせる程度にそれは役立った。

「そうだな、アリス嬢。
 すべてはあの頃より変わったのだ。
 俺もそう、あなたもそう。
 魔王国も、あなたのラズ王朝もそう。
 帝国など‥‥‥」
「帝国、がどうしたのですか‥‥‥、ねえ!!
 カイル!?
 あなたはそんな冷たい笑顔をする人じゃなかったのに!!」
「アリス嬢、それはここでは関係ない話だ。
 三国は緊張し、この共和国で二国が共謀する。
 一国は滑落し、二国はその利をすするだけ。
 そうなるのが正しい。
 違うかな?」
「いいえ‥‥‥。
 なにも、なにも。
 違いません。なにも‥‥‥」
「そうだろう?
 つまり、俺たちの間に感情は要らない。
 そういうことだ」
「‥‥‥はい、カイル様」

 なぜだろう?
 アリスはカイルに拒絶されていると理解しているのに。
 彼を知っているはずなのに。
 彼がまるで見知らぬ別人になったように感じていた。
 せめて一言、過去に対する怒りや侮蔑の言葉を吐いてくれれば自分の心がどれほど楽になったことか。
 そうまでして、私からあなたをふったあの行いを、この身に後悔させ苦しませたいのですか、と。
 アリスはいつの間にか、泣きそうな自分がいることに気づいてしまう。

「つまりあなたは、あの行いをした私を愚か者だと。
 そう、客観的に理解させ、後悔させ、逃げることを許さない。
 今回のこの結婚で、冷たい復讐を成し遂げようとしているのですね?
 まるでそう‥‥‥魔王の名にふさわしい所業ですわ、カイル様‥‥‥」
「ふん。
 そう思いたければそう思うがいい。
 俺はただ、お前に負担がないように提案しているだけだ。
 道具として生き、道具のように感情を出すな、とな。
 それが政略結婚として使われる女の幸せだろう、アリス嬢?」
「ええ。
 あなた様がそうおっしゃるのであれば。
 あの行いの償いをしろ、と。
 そう言われるのであれば‥‥‥もう何も申すことはございません」
「それでいい。
 では、そういうことでこれから宜しく頼むぞ。
 まあ、まだ何も決まってないがな。
 で、条件だが‥‥‥?」

 まだ言わせたいのですか!?
 アリスはカイルの正気を疑った。
 ここまで自分は折れているのに、まるで奴隷になった気分だわ。
 そう思わされているのに。まだ物足りないの、と。

「正妻は無理だ。
 それはすまないが‥‥‥理解してくれ」
「正妻なんてー‥‥‥。
 そんなもの、人間と魔族の種族差別を持つあなたが望まないことくらい、理解していますわ。
 どうぞ、側室でも愛人でも‥‥‥お好きになさいませ。
 ただ、我が王国との共存だけは守って頂きます!!」

 アリスが力強く叫ぶ。しかし、さてな?
 カイルはそう、とぼけていた。
 彼にはそれに正式な返答をかえす権利がない。
 まだ第一王子。
 魔王ではないからだ。

「まあ、国王殿と我が魔王陛下の協定がなされた後になるでしょうな。
 アリス嬢。
 ぜひとも、我が道具として。ああいや、何番目かの妻として側に来ていただきたいものだ――」

 そう彼が抑揚のない声で言った時、見計らったかのように両国の大使が寄越した使いが、二人をそれぞれ引き離してしまった。
 
「カイル‥‥‥。
 あなたには、大事なものが失われてしまったのね」

 アリスは悲し気に、それでいて希望の光を無くした瞳で去っていくかつての恋人を見送っていた。


 
「王子。
 なにか不都合でも?
 王女とは、数年の時間が空いたとはいえ、善き仲だったとアイニス侍従長からは聞いておりますが」
「枢機卿。
 何もないよ。
 ただ、魔族との婚姻はあれだ。
 世間からは良くは見えないだろう?」
「それは、お母上と御姉弟のことを?」
 ふん。
 カイルは重たくため息をついた。
 あの時、魔王は遅かった。
 リクトがたどり着いたとき、母であるハンナや姉と弟を守って枢機卿は奮戦していたらしい。
 魔王が懸念した通り、勇者はその剣をふるい、帝国の精霊騎士と海神の英雄もまた参戦していた。
 魔王軍の幹部の二人がその凶刃に深手を負い――

「母は、聖女ながらに強かったか?
 枢機卿」
「殿下?
 もちろんでございます、勇者の放つ紫電を幾重にも防ぎ切り、最後には姉君を庇いながら対等に斬り結んでおられました。
 ただ‥‥‥」
「エルウィンか?
 あれの持病がでたとは聞いている」
 枢機卿は悲し気に瞳を伏せた。
 あの場で、あの瞬間に第二王子の発作が起きなければ王妃はまだ生きていたかもしれない。
 そう思いだしながら、己の無力をカイルに詫びていた。

「いい、気にするな。
 あれが魔獣化すればあの一帯の大森林は凍結したままだろう。
 勇者には勝てたかもしれんが、国土は長い悲しみに落ちたはずだ」
「‥‥‥はっ」
 静かに頭を垂れる枢機卿は、迎えに来た飛空艇に王子とその護衛と共に乗り込んだ。
 飛空艇か。
 カイルの脳裏にはリーゼ衛士長の頼もしい横顔が焼き付いている。彼女とその一族は遠い東の大陸でエルムド帝国の庇護下にあるはずだ。
「リーゼにもそろそろ、帰参を命じておけ、枢機卿。
 父上の件だけは‥‥‥悟られないようにな?」
 返事をして彼が下がると、カイル魔王子は飛空艇に設えられた特別の個室へと向かう。
 扉を閉め、一人になった時。
 両手に履いていた手袋を脱いでその下にある、ある物に目をやった。
 翡翠の小石がついた、揃いの指輪。
 あの日、彼が学院時代の恋人だったアリスに贈った一品だ。

「アリス、済まない‥‥‥」
 三年半、か。
 記憶の中の少女は、美しい淑女へと成長を遂げていた。
 多くの王国や帝国の貴族や王族からの婚姻の誘いを断ってくれていたと聞いている。
 その理由が自分が贈ったこの指輪にあることは明白だった。
「まったく、お前はひどいやつだよ‥‥‥カイル」
 外壁に着けられた窓ガラスの外は薄闇に変わっていた。そこに映し出された自身の顔を見て、カイルはそうぼやいてしまう。
「なまじ、記憶があるってのは不便なものだな」
 自身の中で眠っているカイルに言い聞かすようにして魔王子はため息をつく。
 この身体になったことに気づいたのは、三年前。
 カイルが学院を卒業し、母親や姉、弟の死を受けとめきれず、魔王リクトへの怒りとあの場で幼い自分に力が無かったことを悔やんでも悔やみきれず、心が死にかけていたそんな時のことだった。
 それまで、日本で社会人をしていた自分――溶目 涼うてめ りょう――の心が、カイルの中に転移したのか、はたまた転生したのか。
 
 溶目 涼は日本の東京で働いていた、三十代前半の証券マンだった。
 顧客の資金を預かり、資産を運用する業務にたずさわっていたが、金というものはとにかく醜い。
 世界情勢の影響で、日本の経済が煽られたえいきょうで、涼のあずかっていた資産も大きく目減りした。
 顧客からは責められ、会社からは退職を勧告される始末。
 そんな現実がいやになって、死を選んだのは涼だった。
 まあ、そこまではまだ、いい。
「なあ、カイル。
 なんで記憶を俺に残した?
 アリスとの愛をどうして俺に教えるんだ?
 俺は‥‥‥あの子との記憶はあっても実体験じゃないんだぞ?」

 カイルの記憶にあるアリスは聡明な女性だ。十年近い歳月を共にした相手なら、きっとカイルの異変に気づくだろう。
 涼はそう察して、アリスとの白い結婚を画策した。
 そうすれば、まだバレずに済む。
「困ったものだな、カイル。
 転生した俺には、魔力を使う才覚はないらしい。
 ま、金に関する知識はあるがな‥‥‥」
 なにより父上、魔王リクトだ。
 魔王である父とは、いや、義理というか難しい仲だが。
 彼とはあまり会う機会には恵まれてない。どうも、現魔王は十数年前のあの事件で勇者から受けた傷がたたっているらしい。
 年齢を重ねた今、彼は床に伏せっていると枢機卿からは聞かされていた。
「白い結婚、一大勢力である猫耳族の帰還、そして――」
 大丈夫だ、安心しろ。
 俺にもお前の怒りはわかる。
 帝国への、勇者への怒りや恨みを晴らす事。
 できるかぎりアリスを巻き込むことなく‥‥‥それが、涼の中で眠っているカイルの願いだった。

 最大の問題点。
 それは、涼がアリスを愛したいという感情が生まれていないこと。
 そして、白い結婚の画策は、眠る魔王子の願いを叶える一つの手段になるはず。
 涼は密やかにそう信じていたのだった。
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