聖女と魔王の白い結婚

星ふくろう

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第二章 王女と海神の英雄

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 こころがどきりとしたのは、この一か月の間ではこれが二度目だった。
 ラズ王朝第二王女アリス。
 彼女はその婚約が突然の父親の意思によって変更された旨を知らされたとき、どこかでほっとして、どこかでどきりとしていた。

 良かった。
 これであの冷たい瞳にさらされないで済む。

 そんな感じの安心感がそれまで立ち位置がみえなくて、どう歩いていいかわからなかった人生という平原にあっさりと道が作られたような。
 うまく言い表せない新たな世界に迎えられて、彼女は戸惑っていた。

「‥‥‥そう、ですか。でも‥‥‥」
「でも、なにかな?
 アリス?」
「いいえ、お父様。
 なにも‥‥‥ございません。
 ではグレム魔王国との婚儀が終わることになりますが、お父様?」
「うん? 
 それは国同士の問題だ。
 お前には関係ないよ、アリス」
「はい、それは承知しております。
 でも宜しいのですか?
 ミンザ共和国でもあの屈辱を晴らすために、カイル様のご家族を――」

 そこまで言い、アリスは押し黙ってしまう。
 黙れ、そう父親の国王リードに視線で告げられたからだ。
 この父親はどうするつもりなんだろう?
 アリスは内心、安心や戸惑いよりももっと深い感情があった。
 父親の過去への執念と恥辱を晴らすための行動に呆きれを感じていたからだ。 
 この人はいつまでも臆病で、それでいて誰にも心を許していない。
 実の娘である自分にすらも‥‥‥

「ふん。
 あの件で英雄に推挙したロランが情けなくも敗走してくるわ、勇者も大敗するわ‥‥‥。
 我が王国の面汚しめ――」
「‥‥‥。
 その最低な男に娘を差し出そうというのですか、お父様?
 海神エスト様の御加護がそれほどに大事だとでも?
 我が王国は、あの一件。
 お父様が魔王リクトに御されるまでの間、長きに渡り大地母神様を信仰してきたというのに‥‥‥」
「なんだ!?
 無能な王とでも嘲りたいつもりか!!」
「いいえ、そんなことは申しません。
 ですがお母様とカイルの母上様。
 その御二人は、永世中立国であるミンザ共和国の上院議員の娘同士であったことをお忘れではないですか?」

 アリスは静かに怒りを称えた瞳で父王を見据えていた。
 そこにいるのは単なる各国の事情に翻弄されるだけの王女ではなく、一人の為政者としての姿をもったラズ王朝第三王位継承者としてのアリスだった。

「お前は‥‥‥ハグーンで何を学んできた?
 この王朝を継続するために必要なもの。
 それは女が道具だということを学ばなかったのか?」
「お父様、いいえ、国王陛下。
 このラズ王朝はグレム魔王国と同じく、諸王国の友邦を擁する連邦共和国でもあることをお忘れですか?
 王位継承者の半数以上の同意があれば、その王位を御することができることも」
「ふっ、笑止な!
 王妃は四人、王位継承権を持つ者はお前も含めて十二人。
 その半数がお前につくとでも?
 頭の中には雲のような白いものでも沸いているのではないのか?」
「はあ‥‥‥。
 国王陛下、その暗喩はなにを意味しておられるのですか?
 母上もそうですが、大地母神様の聖女を襲撃した件。各王妃様がたの制止があれだけあったのに私怨を優先したのは――情けなくも父上ではありませんか。
 第一‥‥‥」

 そこでアリスは黙ってしまう。
 父親の怒れる姿が、情けなく、みにくく見えたからだ。
 自分の勘違いが、帝国・王朝・魔王国・共和国の四者構造を劇的に変化させた過去を、この王国では誰も歓迎していない。いるとすればそれは、海神エストくらいだろう。その下に侍る権力者たちも含めて。

「お前をハグーンに行かせるのではなかった。
 女は黙って従えば良いのだ‥‥‥」
「情けない。
 お父様、一つだけお伝えしておきます。
 賢者の都ハグーンは、学び屋のジェミスの塔までのぼり詰め、そこを卒業した者。
 多くはありませんがこの世界に賢者と呼ばれる称号を持つ存在。
 リクトはその一人であることをお忘れなきよう‥‥‥失礼いたします」
「くっ‥‥‥」

 アリスは侍らない。
 例え王の前であっても、己を偽らない。
 光の賢者のハグーン。闇の賢者のジェニス。
 その両方を得た者は、どこまでも己に覇をかすことが求められる。
 誰よりも、賢識を愛し愛でる事。
 知識はその為に生かされるのだから。

「おのれ‥‥‥暗愚な王女であればいいものを。
 くそっ、くそっ!!」

 ハグーンなどに行かせるのではなかった。
 リード国王はおのれの過去の選択を悲観し、ある意味では間違っていなかったとも達観していた。
 ここ数十年。
 ハグーンから出た賢者は十名に満たない。
 王国にその存在がいることは栄光であっても恥にならない。
 
「まさか、我が娘が賢者を名乗るとは、な。
 それでこそ、英雄の妻にふさわしい。
 ふっ、ふふふ‥‥‥そうは思いませんか、エスト様、ダーシェ様。
 聖女などという裏切り者は、そのすべてが滅べば良いのです。
 誰もが――仇なす存在なのですから‥‥‥」

 玉座で静かに、そして黒々とした闇色の大望を抱いて国王は自嘲する。
 実の娘ですらも道具として国の繁栄に役立てるその様は、ある意味では、賢王と呼んでよいものだった。 




「ねえ、ルドルア公爵夫人リザさん?
 なんでここにいるのかな?」
「はい?
 だって、お菓子食べ放題だし。
 酸っぱいものも言えばここならすぐに出てくるわ。
 それも、新鮮なものが。
 文句ないじゃない?」
「あのねー‥‥‥。
 自分の主人の部屋でかってにくつろいで、好きな物を厨房に指示するのはやめて頂戴!」

 うるさいなあ、とリザはアリスの小言に険を感じてやれやれと首を振った。
 大した注文もつけていないというのに、どうしてこうもうるさいのかと。

「あいかわらず、部下に優しくないわねーあなた。
 もうすぐここに来れなくなる旧友に何か贈る言葉はないの?」
「無いわよ! そんなもの。
 侍女長になんて言われたと思うの?
 まさか、ご懐妊ですか? 
 お相手はどちら様ですか?
 このような不名誉な、なんてほろり、と泣かれそうになったわよ?」

 あれ‥‥‥。
 それはたいした誤解ですね。
 リザは悪びれもせずに、そんな言葉を言い、大きくなりかけたお腹を愛おしそうによいしょっと持ちあげると寝そべっていたソファーから立ち上がる。
 まるで子ぶたね、あなた。
 そんな嫌味もどこ吹く風と受け流し、侍女は侍女長からの叱責から早く逃げなきゃと舌を出していた。

「リザ‥‥‥。
 逃げるなら、あの婚約もどうにかして頂戴。
 あなたもハグーンの卒業生の一人でしょう?
 なにか良案はないの?」
「うーん?
 卒業生といっても、王立学院を出ただけ。
 あなたのように、ジェニスの塔まで上がったわけではないわ。
 まあ、賢者は名乗れないけど、導師なら言えるけどねー。
 あの婚約って英雄ロラン様とのこと?
 それとも、愛しい愛しいリクト?」
「前者よ!!」
 
 ふうん。
 そうしたり顔で呟くと、侍女はそうねえ、さて。と思案する。
 リクトとの婚約が消えると知って落ち込まないように見えるのは、果たして強がりかそれとも‥‥‥?
 そういえば、とふと気になったこともあった。

「ねえ、御主人?
 あなた、なぜリクトを袖にしたの?」
「へ?
 いえ、それはその――相性が合わないというか、ねえ?」

 相性?
 十年近くも共に過ごしていてそんなに簡単に離れられるものだろうか?
 私ですらもいまの旦那と仲良くなるまでに数年かかったというのに。
 ふーむ?

「怪しいわね。
 ま、その心の想いが続いているならリクトとの婚約破棄で悲しまなくても納得がいくけど。
 それなのに英雄との婚約をどうにかしろと言う。
 変ね、なにを隠しているの?」
「いいえ、何も隠していないわよ。
 ただ、気に入らないだけ」

 きょとん、と侍女は首をかしげた。
 気に入らない?
 英雄といえば、帝国の勇者と双璧を成す偉大なる存在なのにその妻になれば王家の格も上がるはず。
 それを嫌がる理由が理解出来なかった。

「王朝にとっても、王家にとっても、あなたにとっても。
 更には海神エスト様の神殿にとってもいい縁談だと思うけど?
 そういう意味では、国王様は賢い判断をなさったわ。
 問題は、リクトとロラン様が戦いあなたが傷つくことくらい?
 でも――」
「なに‥‥‥??」
「もう、リクトを振ってから五年も経つじゃない。
 今更、愛着があるわけでもないでしょ?
 それとも何?
 この前の二国間の顔合わせであった時に何か言われた?
 まだ愛している、とか?」

 それならまだ理解できるところも薄いけれど、ないわけじゃない。
 しかし、リザは道具になれと宣告されたとアリスから耳にしていた。
 なら、どうでもいいだろう。
 そんな女に形だけでも愛を語れない男になにを求め、なにを尽くすというのか理解できなかった。

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