夢探偵六曜麗の事件簿1~夢の中の不気味な日本屋敷で目覚めた俺、ドーベルマンの人面犬たちに襲撃を受けるも謎の美少女に救出された件~

星ふくろう

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幻想世界の鬼姫と夢探偵

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「変わったな‥‥‥」

 それからしばらくして、だ。
 俺は眠気をさますように何かないかと部屋の中を見渡して、最近、忙しくて買い貯めた書籍類や、付き合いのある出版社から送りつけられた献本という名の置物の山に目をやっていた。この数年で百冊を越える古巣からの付け届けは多くがファンタジーや歴史もの、推理ものがその大半を占めていた。
 三十代も前半になればさすがにもう、この業界で生きて行けるかどうかの分別がつくようになる。
 売れたのは、十代後半。
 もう二十年も前の話だ。
 自分のことのように過去を思い返しながら、同期の作家の新刊‥‥‥まあ、数か月前だから次の巻がでていなければの話だが。それを冒頭からページをめくり、ベッドの脇にある出窓から室内に降り注ぐ朝日を頼りにして文章を読み進めていく。
 その感想が、上に漏らした言葉だった。

「なにがあったんだ、あいつ?
 ま、前回の刊行から四年か。新刊って言うにしては遅すぎる。
 いくら業界が廃れたからって、この内容はだめだろ?」

 俺の仕事は売れない作家。
 それも、二十年近く前にたまたま当時大人気だったライトノベルのあるレーベル主催の佳作に引っ掛かった、運の良さだけ、それと流行に乗れただけ。あとは編集者が良かった。そこから数年して業界の衰退は始まった。いや、違うな。俺が出た時代が最後の一瞬の煌めきを放ったときだったんだろう。打ち上げ花火がその燐光を残して散るように、衰退した業界で仕事は激減した。
 推理やSF、時代劇や一般文芸に逃げれた連中はまだ、運が良かった。
 その流れに乗り遅れて、泥舟と共に金貨を積んだまま沈んでいった作家は多かった。
 見捨てた出版社を恨んだ時期も短くはなかった。

「だが、それでも生き残ったやつが‥‥‥勝ち組、だな」

 何度も何度もあいつの文章の裏に隠された苦悩を読み解こうとする俺がそこにいた。同じ負け組、その中でも筆を折る事は簡単じゃない。
 作家なんて因果なもんだ。己の欲望に従い、憧れを筆に載せて書き進むことしか許されない。頭は休むことなく文章を生み出してくる。だが、それが売れるとは――限らない。売れなきゃあとは沈むだけだ。いつか、どこかで誰かが読んでくれる?
 そんなのは、つまらんおためごかしだ。
 信じている作家を名乗るやつは本当の負け犬さ。

「ひねくれて、悔しくて、どす黒いものをまき散らしながら原稿用紙を捨ててパソコンの蓋を閉じても、必ず目にしちまう。見知った奴、憧れた誰か、追い越していった誰か。そいつらの言葉が街中には溢れてやがる――そのまんま、戻ってくるんだ。俺が一番だって、そう叫びたいために‥‥‥な」

 はあ、なにを語ってるんだかな、俺は。
 三十代だぞ、三十代。
 若くないんだ。
 次の仕事をどうにかして取らなきゃ、やってらんない。それが現実。
 まあ‥‥‥でも、どうしちまったんだろうな、こいつ。
 自分の書きたくないものを苦痛と共に文章にねじ込んでやがる。

「メールの確認でもするか‥‥‥」

 スマホの画面を確認すると、数件のメールを受信した通知が入っていた。
 SNSを開くと、その前夜から今朝にかけての話題になった何かが列挙されている。
 その中に、ふとひっかかるものを感じた俺は、画面を二度、三度と見入っていた。
 
「なんだこりゃ?
 深夜、特定の地域における電波障害。
 ふうん‥‥‥」

 面白い。
 俺が眠っていたあの時間帯だ。
 地域もほぼ似通っている。だが、変だな‥‥‥?
 そう呟いた原因は、そのニュース欄の一番下にあった。
 深夜にいきなり起きたり、不安を覚えた誰かがSNSに書き込んだ内容が特徴的だったからだ。
 
 ――夢のなかで変な黒いのに追いかけまわされた。
 ――寝てたら、いきなり嫁に叩き起こされた。すごい悲鳴を上げていたって言われても覚えてない。
 ――でっかいウサギがいた‥‥‥なんだ、これ?
 ――すんげー悲鳴で死にそうな気分。でも、生きてるけど。
 ――俺、夢で三次元嫁に出会ったかもしれん。あんな、美少女、二度と見れねーかも‥‥‥?
   二次元嫁捨てよ―かな‥‥‥??

 美処女? でっかいウサギ? すんげー悲鳴?
 もしかして、最後のは俺が夢の中で発動させた、亡き女の砂時計の発したあの音だろうか?
 前二つはなんだ?
 美少女、ひとめ惚れするようなそんな存在?

「もしかして‥‥‥ミヤコ、か?」

 それを書き込んでいたアカウントは都合がいいのか悪いのか、イラストを描いて仕事にしている人物のだった。アニメ画がメインのイラストレーター、書き込みを見る限り男性だな。
 なにかの作品の二次作品が多い中、そこにあった走り描きのような人物画は残念ながら、ミヤコ姫。
 あの少女のものじゃなかった。よくここまで鮮明に覚えているもんだと思わせるそのイラストは、人物が二人描かれていた。
 ジーンズ系統のオーバーオールに身を包んだ、でっぷりと太った白いウサギが一匹。その大きさは多分、そこいらのウサギよりもでかい。多分、もう一人の少女が平均的な身長だとしたら‥‥‥百七十は軽く越えていると思えるほどだ。
 その少女、こいつは京姫並みに綺麗だった。
 すらりとした細身をタイトでゴシック調の薄暗いミニドレスをまとい、黒髪はセミロングで風に揺れているようにも見える。

「まあ、これは数百%、美化されてるよな。
 しかしまあ、面白いもんだ。
 コメントの数が半端ねー‥‥‥」

 一時間ほど前に投稿されたはずなのに、既に数百件のリツイートとコメント。
 その多くが、俺もこんな嫁が欲しいとか、ウサギさんシュールで可愛いとかだが。
 中には数件だけ、似通ったものがあった。
 自分も似たようなものを見た、わたしもこれ知ってるでも見たの数年前、そして――ねえ、このイラストの子ってさ‥‥‥この人も描いてなかった??
 その一文が一番、俺のアンテナに引っ掛かった。
 引用されている人物もアニメ系のイラストレーターだ。そこには数枚の同一人物にしか見えないイラストが掲載されていた。

「凄い偶然だな。
 だが、このイラストレーター。もう死んでるじゃねーかよ」

 最後のコメントがおおよそ三年前、家族とおぼしき人物が書いているのが最後だ。彼は永眠しました、か。
 
「冥福をお祈りします、と。
 まあ、書かないけどな。いやしかし、見たくないモノも描かれてるな、このアカウント。
 ‥‥‥シュゼン。お前、なんでここにいるんだ?」

 凄まじいホラー絵画と化したそのイラストは毒々しいにもほどがあると言いたくなるくらいの罪深さが塗りこめられていた。
 これは恐怖だ。そして、切望の色だ。
 生きることと、誰かへの助けを求めて、それが誰にも伝わらない時の絶望があって初めて描ける。そんなイラストだった。
 なんだろうな。心がぐにゃぐにゃとしやがる。

 透明な水あめのもとをこねてこねて、それが空中に浮きあがり、そのままなんどもなんども回転を繰り返して自分の想いと言う名前の感情を押し上げ、そこから果てないどこかに叩き落とされるような行為を数百回? いや数千回かもしれない。それが透明から真っ白になるまで練り上げられて、そして墨色の水たまりにぶちこまれ引き上げられた時にはどろっどろのヘドロのようになっていく。触れるとそいつは火花を散らして俺に警告しやがるんだ。気を付けろ、ここから先は――危険だ。

 その感覚に名前を付けようとして悩んだ末に、理解したのは亡くなったイラストレーターが描いた画を数枚、スマホの画面でスライドして見つけた一枚に目が釘付けになったからだ。
 逃げようとしてどうしようもなくなった男が――多分、これがこのイラストレーターだ。後ろからあの手に引かれて壁? いや、影に引っ張り込まれよとして失敗し、左手を食いちぎられている様子だった。そこにいたのは京姫じゃない、あのシュゼンだ。

「勘弁しろよ‥‥‥」

 心の底からの願いの呟きとともに、タグに目が行く。
 ハッシュタグでついていたそれは、シュゼンとか、人面犬とかそんなものはなかった。

 ――夢探偵。

 なんだこれ?
 そんな、どこかのライトノベルで読んだような一文、名称が俺の目に入ってきた。
 同時にそれを探せ、そう心がざわついてやまない。
 俺は知ってしまったからだ、この感情の正しい名称を。
『戦慄』
 それが、いまの俺の身体を恐怖で縛り上げているものの正体だった。

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