レイオノールの醜聞

星ふくろう

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未亡人アリスの秘密

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 ある朝のことだった。
 国王が言う、国境線沿いの城の一つ。
 オズモール城を訪れた六頭立ての豪奢な馬車があった。
 この城の主である、セナス伯爵を二年前に亡くした、未亡人のアリス。
 彼女は不意の来客を迎え入れる。

 この城を含め三つの城を管轄しているレモール大公の仲介で知り合い、婚約をした相手のハルベルト公爵レオン来たのだ。
 半日かけて隣の城から足を運んでくれたことに、アリスは少しだが嬉しさを感じていた。
 三歳になる息子のイゼアと二人で、新しく夫になる人物を迎え入れる。
 
 嬉しさを隠すようにして彼女は自ら、彼を笑顔で出迎えた。
 客間に迎え入れた彼に挨拶を交わすアリス。
 しかし、婚約者の言葉はアリスの笑顔を凍り付かせた。

「アリス、我が、ハルベルト公爵家には相応しくない。婚約を破棄させてもらおう。さあ、この契約を書いた書類にサインをするんだ」

 差し出されたその書面は婚約破棄を国王と教会、双方に願い出る書状だった。
 
「そんな、レオン様‥‥‥この両家の婚約は大公閣下のご厚意で成されたものです。未亡人の子持ち女はお嫌いですか?」

 カールのかかった金髪に、青い瞳。
 十六歳という年齢でありながら、少年のような細い腰の体型。
 当時の吟遊詩人たちがこぞってヒロインにするような美少女。
 それが、アリス・ローゼス・セナス女伯爵の外見だった。

 こんな美しい未亡人が妻になるなら、どれほど良かったか。
 そう思いながら、レオンは彼女の言葉を否定した。

「いや、そうではないんだ、アリス」
「理由をお聞かせさい」
「そうだな――君はまるで世間の吟遊詩人たちがうたうようなヒロインそのものの美しさだ。神の敬虔な信徒だし、元の夫に対しての喪に伏していたその姿も多くの貴族から聞いている。僕にはもったいない女性だよ」
「では、なぜ‥‥‥?」

 十二歳で初恋という言葉も知らないままに嫁ぎ、子供を産んだアリスにとって。
 眼前にいるレオンは亡き夫によく似た容姿をしていた。
 それもそのはずで、彼は亡夫の従兄弟にあたる。
 年齢も近く、家族ぐるみの付き合いでその人となりも、それなりには知っていた。
 だからこそ、亡夫を忘れて新たに妻としての幸せをつかむならこの人ならば申し分ない。
 そう思っての求婚を受け入れたのに‥‥‥

「君のその美しさが原因なのだ、アリス。あの戦争は二年前、ようやく終わりを告げた」
「ええ、それで私は夫を亡くしました」
「伯爵は立派な人物だった。なあ、アリス。君は知っているか? 武勲をあげた騎士団の面々の多くにどんな話が上がっているかを?」

 幾分、面白くなさそうな顔をしてレオンはアリスをにらむように告げた。
 君を彼らがどう呼んでいるかを知っているか、と不機嫌に訊ねていた。

「騎士団の方々ですか? 確かに、亡き夫はこの近隣の数城をまとめあげ、五つの騎士団の方々と交流を持っていました。この我が城を防波堤に、隣国の猛攻を防いだことも幾度となくありました。あいにくと、その途中で‥‥‥彼は名誉の戦死を遂げましたが」

 もう思い出したくもないあの光景が思い起こされる。
 城壁の最奥にある大塔の上で指揮を取っていた亡夫は、運悪く敵の矢に辺り命を落とした。
 三日三晩付き添い、その最後を看取ったのは彼女がまだ結婚して二年目のことだった。

「そう、その名誉の戦死から後だ。五つの騎士団の団長が交代でこの城の指揮を執ったと聞いている。それは間違いはないんだな?」
「はい、それは間違いはございません」

 悲し気にうつむいてアリスは事実だと肯定する。
 それが、なぜこんな婚約破棄などに繋がるのだろう、そう思いながら。

「よろしい。問題はそれなのだよ」
「それとは? 交替で指揮を執り敵を追い払った彼らのなにが、問題なのですか」
「つまりだ。この城には随時、大勢の騎士がいて君と接する機会があった。そこが問題なんだ」
「そんなっ、わたしは、そのような不貞など働いた覚えはありませんっ!!!」

 膝上に抱いた息子が驚くような声で、アリスは無罪を主張した。
 そんなことはないと。
 そんな事実は決してありません、と。
 そう抗議の声を上げる。
 そして、レオンから告げられた言葉はより一層のショックをアリスに与えた。

「それは分かっている。だからこその、婚約破棄なのだ」
「え‥‥‥レオン様? おっしゃる意味がアリスには分かりかねます」

 未亡人は大粒の涙を流していた。
 はあ、とレオンは大きなため息をついた。
 では分かるように説明しよう。よく、聞いて欲しい。
 レオンは話を切り出した。
 それは端から聞いていれば、まるで言いがかりに等しい理由だった。

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