聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

文字の大きさ
1 / 52
プロローグ 

1

しおりを挟む
 光が散って見える。
 明るい焦点が一つ、二つ、三つ‥‥‥
 丸くなり、四角くなり、三角になって――それから、散らばってしまう。
 位置を変えたら別の色と輝きが存在し、くるりと丸い円筒の覗きこむ部分を変えたらまた世界は編纂されて目の前に拡散される。
 それは、円形の決まったガラス窓の向こうに様々なものを見せてくれた。
 まるで、コロコロと変わる十代前半の少女の気まぐれの様に激しく、時に気分を変える大海原のように雄々しく、そして星の大海を行き来する彼らのように静かに。
 世界がなにかを教えるかの様に、彼女に見せてくれていた。
「すっごー‥‥‥イッ!?」
 柚子ゆずは後頭部に痛みを感じて叫んだ。狭い部屋の中で自分が記憶を辿って作ったある道具の出来具合の良さに一人、舞い上がっていて後ろの壁にそれなりに勢いよく頭をぶつけたのだ。
 コンッ、コンコン。
 控えめな感触で数度のノック。
「はーい、空いてるよ‥‥‥」
 柚子は後頭部をさすりながら声をかけた。
「‥‥‥いったい、何をやっているの?」
 ドアから顔を覗かせて狭くて汚い部屋。
 そう毒づくのは、黒くて柄の部分の飾り布が真紅のとんがり帽子に、黒髪黒眼のショートカットの少女だった。
 柚子は涙をにじませながらそちらに視線をやる。
「‥‥‥なんだ、リザ。なんでもない。一人で舞い上がっていただけだから」
 リザは柚子と同じ旅をする同行者だ。
 今は旅の宿に数名の仲間と共に滞在していた。
「なんて間抜けな顔をしているのハーミア‥‥‥」
 呆れたように彼女は言いながら部屋の中に入ってきた。
 ハーミアねえ。その神様から与えられた名前より、本名の柚子ってほうを呼んで欲しいんだけどなあ。
 そんなことを思いながら頭をさする柚子に、リザは何やってんの、と呆れた視線を投げかけた。
 ゴンッ、なんて鈍い音の前に何やらはしゃぐ彼女の声があり、その鈍い音から静かになったから気になって見に来たのだった。
「どうせ、間抜けよ。私が自分の部屋で何してようと勝手でしょ? ちょっと思い出して作った物が上手く出来たよ」
 ほら、そう言い彼女はまだ痛いのか後頭部をさすりながら、旅の途中で知り合ったとある技術者に教えてもらったその自作の道具をリザに手渡した。
 リザはベッドに腰かけてそれを不思議そうにみている。
「なに、これ? 前に作った望遠鏡みたいだね?」
「手前の筒の口が赤い方から覗き込んで、くるくる回してみて?」
「赤い方‥‥‥?」
 しばし、その道具をくるくる回転させて呆けたように世界に魅入られていた少女は、その口をポカンと空けて目からその道具を外すとハーミアを見た。
「‥‥‥あなた、ハーミア‥‥‥天才? どんな魔法で使ったの?」
「魔法じゃないよ。そこの、ほら色のついた紙片とかまあ、いろいろさ」
「魔法じゃないのに、こんな世界の真理を見せるようなー‥‥‥見えない??」
 リザの片手がもう片方の出口を塞いでしまっていた。
 そりゃそうだよ、ハーミアは笑いながら彼女のその手をそっとのけてやる。
「見えた‥‥‥光の屈折?」
「正解。さすがは重力を扱う空の民、バジェス族の姫様ね」
「姫様だけ、余計よ」
 なぜか恥ずかしそうにする彼女に変な奴。
 そう思いながら、その手から万華鏡をそっと取り戻すとハーミアはそれを机の上に戻した。
「いやー私って、天才だな」
「自画自賛をする女は醜いよ‥‥‥?」
「そっちがそう呼んだんでしょ? 私はこう見えても忙しいんだけど?」
「忙しい? ハーミアが?」
 リザはあり得ないと、プッと吹き出した。
「あなたが忙しいなら、仲間たちはもっと忙しいよ。この国も、神殿でわたしたちを支援してくれている人々も、もっともっと忙しいのよ、ハーミア‥‥‥」
「くっ、そんな正論を!? せめて、ハーミアか柚子かどっちかに呼び名を統一してくれないかなー?」
 はあ‥‥‥。
 リザはわざとらしくため息をついて見せた。
「わたしも暇じゃないのよ。それでも頑張って、美味しいお菓子が焼けたと思ったから持ってきたのに」
 リザは狭い部屋の中にあるベッドの上に置いた皿を指差して言った。
「ああそう? そんなに忙しいならその辺に置いて行ってよ」
「酷い人、せっかく持ってきたのに。感謝の一言も出せない冷たい女なんだ‥‥‥」
 わざとらしく、嘆くように言うリザの視線の先はしかし、ハーミアを見ていなかった。
 うん?
 ふとその先にあるもの。
 それをハーミアが追いかけると先程の万華鏡がある。
「あー‥‥‥ごめん、ね? その美味しそうなお菓子を食べさせてくれたら―もっと嬉しいかも?」
「はあ?」
 なに甘えてるのよ、あなたは?
 その言葉とは裏腹に、リザの片手は皿を包んでいた布を解いていた。
 そこにはクッキーによく似たこの世界のお菓子があり、ナッツに似た食材が含まれたものと他にもチョコレートに似たような食材の含まれたものがあった。呼び方はそれぞれに違う呼称があるようだが、柚子には日本語に適当に翻訳・変換されて聞こえるからまああながち間違いではないのだろうと、彼女はそう思うことにしていた。
「ナッツとチョコ多めのと。どっちがいい?」
 甘い香ばしいかおりがふんわりと部屋の中に漂う。
 リザのつけている香水か彼女の匂いか分からないが、それも相まって柚子に妙な幸福感を与えていた。
「ふぅん‥‥‥なら、チョコを」
「はい。あなたはわたしに甘え過ぎなの、ハーミア」
 リザはわざわざそれを柚子の口元に持ってきて食べさせてくれる。
 サクっとした感触、歯触りのいい甘さ、チョコのほろ苦さが口いっぱいに広がって行く。
「美味しい?」
「ああ、美味しいよ。これは、美味しい」
「そう、なら良かったんだよ。初めてじゃないけど、一人で作るのは初めてだったから‥‥‥生地を作っている段階で分量を間違えたかと――」
「私は毒味役か、リザ?」
「柚子なら、異世界人だから少々、お腹を壊しても死なないかなっと思ってたんだけど。まあ、大丈夫そうだから安心したよ。これで、みんなにも出せるから」
「なんて酷い扱いなの!? 私がいきなり間違われて地球から見知らぬ男子と共に異世界召喚されて、本命の勇者様はどこぞの魔王討伐に行ってしまい、私だけが不要だからって適当な神の加護を授けようとしたら何故か、世界の神々を統べる三大神の一神、竜神アルバス様が出て来て聖女に選ばれて、仕方ないから同じく三大神の一人に選ばれた別の勇者と共に別の魔王討伐に出してしまえとしたあの連邦の連中よりひどい扱いね‥‥‥」
 リザは指先を柚子の口元に這わせてわざとらしく微笑んだ。
「盛大な自己紹介をありがとうね、柚子。そして、竜神アルバス様から与えられた加護の名が、聖女ハーミア。どっちもあなた。でも、あなたが聖女に選ばれた時は肉体がなかった。だから、その外見‥‥‥ハーミアってアルバス様の聖女の一人の肉体を頂いたんだけどね」
 ゆるりと、その指先は優しく数度、柚子の唇を撫でて回り、彼女の口の中へと消えて行く。
「あんな役立たずの異世界の勇者よりもあなたの方が偉大よ、ハーミア……いいえ、柚子。この白い肌、栗色の髪に金色に近い瞳もどれをとっても綺麗。 わたしの大事な‥‥‥ハーミア」
 漆黒の魔女はこの上ない優しさで、恋人の唇に新たなクッキーを放り込んでやる。
 今度は別の反応をするだろうな、そんな小悪魔の笑みを浮かべて。
「ぐっ!?」
 それは素晴らしい辛さ、だった。
 真紅に近い朱色をしていた時点で気づくべきだったと、柚子は己の認識の甘さを呪った。
「こっ、これ、リザ!?」
「うん、やっぱり辛いんだよ。これはダメそう‥‥‥」
 ふざけないでよ!? そう思い、慌ててテーブルの上の紅茶を入れていたカップを見るがそれは、万華鏡作りに熱中していた時に飲み干していて空っぽだった。
 しまった!?
 戦闘の時よりも素早く、柚子はリザの手の上にある皿から同じく数枚の朱色のクッキーを掴み取ると口内に放り込んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...