聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

文字の大きさ
2 / 52
プロローグ 

2

しおりを挟む
 リザはその意図がわからずに、きょとんとしている。
 その間隙を突いて、柚子の唇はハーミアのそれを見事に奪い、噛み砕いた激辛のクッキーの残滓を口移しで流し込んでいた。
「んんんんむっ!?」
 思わぬ反撃に魔女は水を求めてその片手は宙をさまようが、皿を持った片手はクッキーを全く床に落とさない絶妙なバランスを保っているのはさすがと言うべきか。
 柚子はさらに追い打ちをかけるように宙をさまよう手を掴み、更にこの自分を実験台にしようとした、いやされているが。
 その鼻をつまんで窒息させようとしていた。
 ゴクリ‥‥‥
 リザがその全てを諦めて、辛すぎるクッキーを咀嚼した時。柚子はざまあみろと唇を放してやる。魔女はまだ皿の上のクッキーを落とさないまま、床に泣き崩れていた‥‥‥

「ひどい、ひどいんだ、ハーミア、いいえ、柚子。
 あなたは悪魔に近い、いや、それよりもひどい存在だわ‥‥‥」
 柚子はリザに、はいはい、悪かったからさと声をかけてやる。
 水を汲んできた柚子の前でひんひんと泣きながら言う魔女は可愛かった。しかし、その仕打ちはたまに先程のように酷いものがある。こういう時、大抵はそれ以上にひどいことをしておくと数日は悪戯が止むことを彼女は経験上、熟知していた。
 そして、リザが彼女について何か心配を深めている時であることも。
「ねえ、柚子‥‥‥」
「なによ、リザ?」
「あなた、何か悩んでいない? リザにはそう思えるの」
 ドキリとする。図星だった。
「さあ? 悩むことはあんまり無いような気がするよ?
 一体、何を悩むと?」
「それはわたしには分からないんだ。でも、ここしばらくのあなたは何か変よ。たまに楽観的で、妙にイライラしていて、今度は呆けたようになっていて、かと思えばその何? 面白い装置? を作ることに熱中したりして‥‥‥わたしたちは出会ってもう一年と少し。その程度には理解しているつもりなんだけど、柚子?」
「どうもないよ、リザ」
「あなたは単純なんだから思ってることや考えていることがすぐに表に出るんだよ。わたしには話せないの?」
 けなしているのか、心配されているのか。どうとればいいのか悩む提案を柚子は笑って誤魔化すしかなかった。
 いまはまだ言えないからだ。
 自分にだけ、竜神様から指示が来たなんて。
 いま駐屯しているこの国の中だけでも種族間紛争が絶えないのに、仲間たちと離れなければならないなんて。
「リザにはちゃんと話して来たでしょ、これまでどんなことも?
 ね?」
「そうだけど‥‥‥。
 あなたはトラブルをかぎつけるのが、誰よりも上手だから」
 見抜かれているなと柚子は冷や汗を背筋にかく。
 しかし、簡単には引き下がらないかあ‥‥‥
 この魔女はなかなかに頑固だった。
「あのね、もし、そんなだい事件が起こるようなことだとしたら上にいる連中。
 神様たちが先に気づいているはずでしょ?」
 床から抱き上げてベッドに座らせた彼女の顔にはまだ猜疑心が浮かんでいた。
 あー信じてないな、この顔は。
 そう思って次にどう言おうかと考えていると、
「‥‥‥そう。確かにハーミアの言う通りなんだよ。
 神々が先に察知できないことをわたしたちが理解できることがないんだよ。何か別のことなら言えないことの一つや二つはあるんだよ、誰にでも」
「え、あの、リザ?」
 分かったわと、魔女は皿を手に立ち上がりスカートの裾を払った。
 意外だった。まさか、リザがこんなにあっさりと引き下がるなんて思っていなかった。
「戻るね‥‥‥」
「そう、か?」
「うん。これ、残りはきちんとしたやつだから食べて欲しいんだ」
 柚子は黙ったまま、その皿を受け取る。
 なんだか、悪いことをした気分になってしまい気が病んでしまった。
 リザは半分開けた扉を出る時、こちらを振り向いて静かに言った。
「相変わらず嘘が下手なんだよ、あなたは。
 左の眉が反応する」
「え!?
 あ、その‥‥‥」
 柚子は一瞬、凍り付いてしまった。
 そこまであなたは私を見ていたの、と。

「どうだったんだ、あれは?」 
 彼等がここしばらく定宿としている『青の鋼』停の一階でたむろしていた仲間がリザに声をかけた。
 仲間はリザを含めて五人。
 一人はいま母国で魔王と戦火を交えているから、ここにはいなかった。 
 そのうちの一人、金髪の青年が声をかけてきた。
「さあ、わからない。
 何かを隠しているとは思うんだけど、ハーミアは隠し事も肝心なところだけは見せないから
 あの子、嘘つくのもごかますのも下手なくせに。
 大事なとこだけは隠すの、天才的にうまいんだから」
 魔女は悲し気に首を振っていた。
 金髪の青年はまあ、そんな時もあるさと優しく微笑んでくれた。この世界にいる勇者の一人。
 神々を統括する三大神の一つ、大地母神ラーディアナに選ばれた緑陽の勇者、テダー。
 農民出身の彼はおおらかな性格で、パーティのリーダーを務めるには適格な存在だった。
「それでどうするんだ、リザ?
 今回はながめに滞在できるのか?」
 前は短かったなと、久しぶりに顔をみせた魔女にゆっくりしていけよと声をかける。しかし、魔女は苦い笑顔を浮かべたのみだった。
「国王様が‥‥‥待っていらしてるから。
 また、行かなきゃ。
 ほんとうはね、長くいたいんだよ?
 でも新しい魔王との交戦が長引いているから‥‥‥あっちも支援しないといけないから」
「魔王?
 ああ、魔王レガイアか。
 いまは確か、他の勇者と交戦中だったっけ?」
「うん。
 でも、こんどの勇者を名乗るやつは‥‥‥なにか違うみたい」
「違うって、なにがだ?」
「なんだろう?
 勇者ってテダーのようにどこかの神様に選ばれるじゃない?
 でも、こっちじゃない気がするの。その選んだ‥‥‥神様」
「あー例のあれか?
 竜神神殿が主体になってやってる‥‥‥救済者セイバーの標的にされてる連中って、ことか?」
 わからない、とリザは首を横に振った。
「どの神様も勇者を召喚していないと言われるの。
 同時に、魔王の誕生には魔神様の許可もいるし。
 それにいま魔王レガイアの軍勢と戦っているエルグランデ王国にはうちのエレーナがいる。
  勇者とは別に、彼女が戦ってくれてどうにか、あの王国はもっているけど‥‥‥戦況は思わしくないわ。
 ねえ、イオリ?
 あなたはどう思う?」
 リザはそういい、そこに座っていた五人目の仲間を見た。
 リザよりも深い黒い髪に黒色の瞳。悪戯好きな瞳がくりくりとせわしなく動き回り、あきない表情を生み出している彼女はその場にいる誰よりも、奇妙だった。
 頬にある、黒の二本の金属の筋は彼女が人間ではないことを示している。
 魔装人形ルーンウォーク、イオリ。
 地下世界と地上世界がまだ一つだったころに隆盛を極めた魔導大国の遺した魔法兵器にして、魔神の墓所を守る存在である彼女は、自分から墓守のしごとにあきて地上世界に出てきた変わり者だった。 
「わかんないかも?
 勇者に関しては、私もなにも聞いていないもの」
 そして、イオリはテダーにねえこれどう? と、リザがさきほど柚子に与えていたクッキーの皿を手渡し、
「食べてみて?
 いろいろと味が変わってて美味しいよ?」
 そう言って、話題をはぐらかそうとしていた。
 それを見てリザはだめね、と彼女から情報をえることを諦めた。
 イオリは気分屋だから、その気にならないと口を開かない。
「もう、用は済んだから。
 今日はこれで帰るね‥‥‥」
「え? そう‥‥‥か、残念だな。せっかく、ナフィーサのやつが紅茶をいれたのに‥‥‥」
 テダーはナフィーサの紅茶を待ってそのクッキーを食べようとし、リザはその少女の顔が見えたから挨拶だけをして出て行こうとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...