聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

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プロローグ 

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「うん、ごめんね。
 ナフィーサ、また頂くわ?」
 宿屋の台所からお湯をポットに貰って来たもう一人の仲間。
 褐色の肌に銀色の髪、赤い瞳。頭に巻いた黒い羅紗の布が印象的な東方の退魔師の少女がそこにいた。
 闇と光をあやつり、虚空を自在にいききできる彼女は、パーティーの中でも最年長の女性だった。
「えー、残念。
 来て直ぐに戻るなんて。また、早く戻って来てね?
 月末まではここにいる予定だから」 
「うん、ありがとう‥‥‥」
 挨拶もそぞろに去っていくリザを見送ると、ナフィーサはいぶかしげな表情で二階を見あげテダーを振り返った。
「ハーミア、リザと喧嘩でもしたの?」
「え?
 いや、どうだろうな?
 あの二人が素っ気ないのはいつものことだしさ」
「あなた、ほんとうに鈍感ね。
 勇者なんだから、人の表情を読むことくらいはしなさいよ」
「いや、勇者は関係なくないか。
 気分でも悪かったんじゃないのか?」
 そう話していると、くだんのハーミアこと、柚子が階下に顔を出した。
 あれ、リザはどこいったのかなと辺りをみわたしている。
「ナフィーサ、テダー、ねえ。
 リザは――」
「知らない!」
「さあ? どうかしら?」 
 二人から別個にそつなくされて、なんで? と涙目になりながら、柚子はイオリに質問する。
「さあ?
 わたしには人の機微はわかりませんね、ハーミア?」
 にっこりと笑顔で否定されて、柚子は肩を落とすしかなかった。
「まあ、なにもなければ、いいんだけど‥‥‥」
 そういうと、イオリはあいまいにうなずいた。
 柚子はクッキーを口に放りこんだ。噛みしめると、まだ残っていたはずれがリザに冷たくした罰だといわんばかりに柚子の口内を火事にして、悲鳴にならない声を柚子はあげたのだった。
 



「ひどい目にあわせるなあ、もう。
 リザったら‥‥‥」
 二階に戻り、口内の荒ぶりがようやく引いた頃。自室のベッドに寝転がって、柚子は天井を見上げたまま枕元に置いてあった小さな写真立てのようなものをとりあげた。
「リザ‥‥‥。
 まさかとは思うけど、あなた、関わってないわよね?」
 この世界にはまだ写真技術はない。だが、闇を操るナフィーサは光もある程度操れる。その技術を応用して、ガラス板に焼きつけたリザと二人だけのツーショットのそれをそっと、指先でなぞってその名を呟いた。
「困ったなあ。
 いまさら聖女に認定されたなんて言えないし。
 どうしようっかなー‥‥‥」
 この肉体にこの名前に、そして、この竜神の聖女って立場。
 どれをとっても、最初からトラブルになることは分かりきっていたのに。
「みんな、私を優しく迎えてくれて本当の家族みたいに接してくれて。
 ふふ、なんでだろ。
 地球にいたころはさっさと死にたいって思ってたのに、ね?」
 そこにはいない、誰かにそっと柚子は心内を吐露する。
 許されるならば、この環境を失いたくなかった。
 どこまでもずっと、死ぬまで? いや、聖女や勇者は不老不死だと聞く。本当の家族になれればいいのに。
「ごめんね、リザ?」
 地球にいたころから変わらない性癖。
 女同士の愛なんてこの世界では更に受け入れられないけれど、柚子はその愛を認めてくれているリザが大好きだった。
 コッ、コツ。
「へ?
 誰?
 どうぞ??」
 部屋の扉を、誰かが軽く叩く音がした。
 空いていると許可をだすと、扉をあけて部屋のなかに顔をつきだしたのは、誰であろう、魔装人形の少女イオリだった。
「イオリ‥‥‥?」
 白い肌の魔装人形は、悪戯好きな笑顔の裏になにか柚子と秘密を共有するようなものを潜ませていた。
「ねえ、いい?」
「え、ああ。
 うん、狭いけど、どうぞ」
 少し前まで、リザが腰かけていた部分に彼女をいざなうと、自分はその隣にすわりなおした。
「ありがと、ハーミア。
 ねえ、リザから何か言われなかった?」
「リザから?
 いいえ、何も聞いてない。
 クッキーを焼いたから食べないかって持ってきて。あの子、めちゃくちゃ辛いのを私に食べさせて行ったわ」
「あら、大変だったのね」
 クスクスと可哀想なハーミアと、イオリは苦笑してしまう。
 どうやら柚子の言っていることには嘘はないようだとイオリは感じていた。
 そして自分もあなたに話す事があるの、と切り出してきた。

「ねえ、なに?
 話って」
「うーん、そうね。
 ちょっと、散歩しない?」
「さん、ぽ‥‥‥?」
 イオリはにこやかに告げると、指先を天井めがけて突き出した。
 彼女の指先が淡くて白い光を帯びると、イオリはそれを以って空間に絵を描くようにして紋様を描いていく。
 丸く光り輝く、複数の文字の積層がかんせいするとそれは二人を頭上から足元まで覆いつくしていき――光が消えたあとには二人の姿は消えてしまっていた。
「おおっ!?
 なんだこれ!???」
 目のまえを光の環が上から下におりていくと、世界の風景が変わっていく。
 先ほどまでいた部屋の壁が消えて、そのさきにあるのは理解不能なほどに深く黒い‥‥‥すべてを墨で一色に塗り尽くしたかのような闇がひろがっていた。
「ごめんなさい?
 簡易的な移動魔法なんだけど、現代のあなたたちには伝わってないものだから」
「すごい‥‥‥、ねえイオリ。
 ここ、どこ!?」
 足元を見て、と言われてそこを覗き込むと眼下にひろがるのは――。
「まさか、の‥‥‥宇宙?
 でも息ができるんですけど、イオリさん??」
「フフフ、そうね。
 この泡、見える?
 これの中にいる限り、大丈夫。
 あれがわたしたちのいる星。惑星って概念、あなたはわかるわよね?」
「まあ、一応。
 へえ‥‥‥緑色」
 地球は青い。この惑星はまるで、燃えるような緑色だ。
 そして、最大の違いはその真ん中にそびえているそれ。
「三連の月に、奥に銀色の月‥‥‥ねえ、あれは、なに?」
 柚子は惑星の中で最大の大陸から空にそびえたつ、宇宙空間までのびる巨大な樹木を指差した。
 いや、大樹。そう言い換えるべきかもしれないそれは、衛星である三連の赤、青、金の月のどれかにとうたつするほどに高かった。
「あれ?
 ああ、あれは‥‥‥世界樹、かなあ?
 いつかやってくる、世界の主様のためにある目印のようなものよ」
「世界の主?」
「いいの、いまは関係ないから。
 ねえ、あの惑星をどうしたい?
 あなたたち、異世界の住人はなにを望むのかを知りたいの」
 そう、関係ないんだ。イオリは必要なこといがいは語らない。そう言うなら今は教えてもらえないだろう。
 なら聞くだけ無駄だな、そうおもい柚子は彼女の質問に答えることにした。
「あの惑星とか言わないでよ。
 いまは私も住む世界なんだから、あの‥‥‥」
「エル・オルビスはそうね。
 たくさんの神もいるし、魔も妖精も人間も。わたしみたいな過去の遺物もいるわ。
 まだまだ文明が未発達で、あなたのいた世界の話を聞くと未来を想像するのが楽しいの」
 エル・オルビスね。
 それはあの惑星の古い名称。
 いまでは、イルベルと呼ぶ人がほとんどだと、柚子は聞かされていた。
 惑星をどうしたい?
 そんなの答えは決まってる。
「平和が、一番いいと思う。
 地球はずっと戦争の歴史だもの。
 戦争に次ぐ戦争。同じ人間どうしで殺し合い、奪い合い、人種差別まで。
 でもそれは、異種族が共存するイルベルからみたら、まだかわいい物かもしれない。
 それがどうかしたの?」
 柚子の返事をおもしろそうに聞いてイオリはうんうん、とうなづいていた。
 なにが楽しいのかさっぱりわからないその仕草に、柚子は首をかしげるばかりだ。
「ねえ、わたしたち魔装人形の本当の役目って知ってるでしょ?」
「役目?
 地下にある魔界の魔神様の墓守?
 あれ、でも神様って‥‥‥死ぬの?」
 素朴な疑問だった。なぜ、神殿ではなく、墓守なのだろう、と。
 まるで魔神様は死んでいて、いつか復活するためにそれを守護している。
 そんなふうにも思えてしまっていた。
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