聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

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第四章 

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「エレーナ、ごめんなさい。
 私がこんなに病気だから、この家の苦労をお前にかけているのがそんなにつらかったんだね」
 いいえ、お母様。そうではないの。
 エレーナは心の中で否定しつつも、母親が落ち着くのを待っていた。そのうちに家族が全員起きてしまい、エレーナは寝るに寝れなくなっていた。
「お母様、大丈夫だからもう、安心して?
 ね、お願い」
「でも、エレーナ。
 私がお前に苦労をかけていると思うと‥‥‥」
「いいのよ、お母様。
 それでも生きてくれているだけで、エレーナは満足です。
 それよりもお母様。
 教えていただきたい事があるの」
 娘はそれまで見せたことのない、真剣なまなざしで母親に問いかけていた。

「さきほど、お母様が呼ばれていた聖者様とはどなたですか?
 太陽神アギト様の名前を、どうして口にされたのですか?」
「変なことを聞く子ですね、エレーナは。
 さっきまでの心がここにない様が嘘の様です。
 あなたの言ったその答えだけど。
 もうずっとずっと昔の事。
 このエルグランデ王国はいまよりも大きな国でした。その国では太陽神アギト様が信仰されていて、アギト様は聖者サユキ様と言われる神様に近い方に仕えていたとされています。
 でももう古すぎて、誰も知らないかもしれないわね。
 いまでは、エルムド帝国の一部と、より北にある枢軸連邦の一部でしか信仰されていないから」
「そう‥‥‥なのです、ね。
 その神々は、例えば竜神様よりも古い神様なのですか?」
「さあ? 
 それはどうかしら? 私は神殿の人間ではないし、聖職者でも、歴史を学ぶ学者様でもないからねえ。
 ただ、聖者様と呼ばれた方は‥‥‥確か、お二人いらしたはずよ?」
 お二人?
 たった、二名だけ?
 神様はこんなにたくさんいるのに?
 エレーナはそのもう一人の聖者に興味を持った。

「そのお二人のもう、御一方は?」
「なんだったかしら?
 確か‥‥‥預言の神様。聖者ディルムッド様と言われたような‥‥‥。
 お前、そんなことよりももう、気分は良いのですか?」
 はっと、エレーナはその言葉に現実に引き戻された。
 まだ、わたしは天使様からのお告げを頂いていない。その事実が、エレーナの脳裏にある計画を閃かせた。
「はい、お母様。
 大丈夫‥‥‥。
 実は、ね。わたし、夢の中で天使様からお告げを頂いたのです」
「お告げ?
 お前、何を言っているのですか?」
「本当なの、お母様。
 竜神様が、待っているのです。アーハンルド王国の法王猊下の元に行けと。
 そう、言われたの。 
 お願い、お母様。わたし、このお告げを信じてみたいの。
 どうか、アーハンルド王国に行かせて下さい」
 もし、天使に。わたしを遊んだ神々に気取られていないのならば‥‥‥。
 この王国の王太子殿下には会わなければいいだけだわ。
 そしてあの勇者に。彼らの仲間になれれば‥‥‥助かるかもしれない。
 自分は大まかだが、未来を知っている。
 あの時、魔王レガイアを倒しにきた七人の勇者一行は今どこにいるのか。
 まずは‥‥‥竜神の聖女にならなければ。
 そして、復讐するのだ。
 自分をおもちゃのようの扱い、大事な家族をさんざんな目にあわせた‥‥‥あの神々に。
 そう決意すると渋る母親と父親を説得し、男爵家から借財をしてエレーナは旅立った。
 目指すは、神聖アーハンルド王国。
 そこで待つはずの、悪ではない、善なる竜神の半身に会うために。
 しかし、エレーナは知らなかった。
 アルバスだけは半身などではなく、その存在全てが今回の遊戯に参加している事実を。


 
 実家をでてから約一月。
 エレーナはその都市の威容さに目を見張っていた。
「‥‥‥これが、城塞都市アーハンルド‥‥‥」
 かつての一大権勢を誇った帝国の海洋交易のかなめだった城塞都市ラズと並び称される、屈強で堅牢な城壁と竜神アルバス信仰の拠点、法王庁をその下に置いて神聖アーハンルド王国は栄えていた。
 その北の大門から都市の外壁をくぐり抜けて市内に入ろうという人々は、朝早くから列をなしていて。
 こんな大人数が集まる場所なんてエレーナは自国の王城で開かれる晩餐会でしかお目にかかったことがなかったから少しばかり、興奮してしまっていた。
「凄いわね。
 一月かけてやってきたのに、すぐには中に入れない、か」
 まあ、仕方がない。
 街道にずらりと並んでいるその真ん中よりちょっと前で、エレーナは連れている馬の手綱を引きながら、朝もやがはれていくその光景を眺めてたのしんでいた。
 とはいっても見渡す限りにあるのは、街道沿いの草原に遠くに母国があるだろうファイガ山脈のてっぺんが見える程度だ。
 海湾都市とはいうものの、磯の匂いというのか初めて感じる海のかおりが漂っているが、エレーナはまだそれが何かを知らない。
 アーハンルドに向かって左手には巨大な運河が流れていて、そこを外洋も航海できる大型船が行き交うのが何よりも興味をそそられた。
 そして、天空には同じく巨大な飛行艇が何隻も運行していて、それはアーハンルドの高い尖塔から離着陸をしているようだった。

「飛空艇――ルバーブだったっけ?
 あれで来たほうが早かったかしら。でも、運賃が高いのよね‥‥‥」
 地球でいうところの飛行船とは少し形状が違うそれは、魔素と呼ばれる魔力のもとを帆布のなかにためこんで浮遊する乗り物だ。
 古くは南方大陸の猫耳族が運用を開始したと伝えられていて、いまでは六つある大陸のどこでも乗り降りが可能な、重要な交通機関だった。
 ルバーブに乗れば、エレーナの母国からアーハンルドまでは約四日の距離。
 しかし、ルバーブの乗船券は貴族向けに販売されていて一般にはなかなか降りてこない。
 その権利を買うことはできたけど、とエレーナはそうしたくない理由を思い返していた。
「王太子殿下にはまだ会いたくないもの。
 そう、まだこの転生した世界では‥‥‥お母様やお父様を殺されてないだけ。
 あいつにもし出会ったら、嫌だな‥‥‥」
 腰に下げた安物の一振りの剣についつい、手がいってしまう。
 彼を見た瞬間にいきなり斬りかからない保証はない。
 王太子のことを考えてみただけで手が震えて、胸がざわついて、吐き気がするくらい。それほどにエレーナの心は‥‥‥復讐心に蝕まれていた。
「やだな、この感覚。
 前世ではずっとこんな感じを抱えてきたのよね」
 そりゃ、聖女から魔女になるくらい心が狂いそうになるわよね。だめだなあ、この怒りがどうしてもこみあげてくる瞬間が妙に心地よいときがある。
 その後にやってくる破壊をたのしんでたのしんで、そして、狂気の華が心に咲くのだ。
 醜いその感情なのに、たぶん、その華は絶景といっていいくらい美しいのかもしれない。
 戦場で嬉々として戦う兵士たちの感覚が理解出来そうでエレーナは身震いをしてしまった。

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