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第六章
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落ち着いて、大丈夫だから!!
そう言い、あやすようにするものの法王は頭をフル回転させていた。
聖女シンシアは死んでいた。しかし、魔王ルクスターは退治された。
その報告は自分にも正式なものとして挙がって来ている。
では誰だ‥‥‥誰が、シンシアを殺した?
誰が、魔王ルクスターを討伐した?
誰が、クリスタルを入れ替えた?
誰が‥‥‥ハーミアを任命‥‥‥した?
この時期に、魔王レガイアとの決戦が近い、この時期にハーミアを守れ、と。
そういう神託ではなかったのか?
ルスティカ三世はふと、そんな思いに駆られた。
エルグランデ王国から放逐された宮廷調教師が――云々、彼がいなくなってから魔獣が‥‥‥そんなエレン女官長の報告が法王の脳裏で線を結んでいく。
考えろ。ハーミアをここまで連れてきたのは誰だ?
なぜ、ハーミアは彼と共に来た? 途中で助けられましたとまで報告してきた。
しかも、神殿では彼女は自宅にいることになっていたはずなのに。なぜ、西の果てにいた?
緑陽の勇者テダーの元に?
ハーミアはずっと、その名にふさわしく竜神によって守られてきたのではないのか?、と。
「だけど、あの竜騎士には途中で助けられたって言ってなかった‥‥‥??」
「え?」
ふと漏らしたその一言が、ルスティカ三世をとてつもない不安に陥れていく。
「ハーミアだ!
ハーミアだよ、あの子がカギだよ、エレン女官長!!
すぐに全軍に連絡するんだ!!
魔王なんて眠いこと言っていられんぞ。
出るんだ、エレン女官長!! 目を覚ませ。
聖戦だ。
こっちから出なきゃ、ハーミアが危ない」
「とうとう‥‥‥出るの?
ルスティカ三世が?
魔導大戦であの大怪我をしたあなたが!?
だめよ、次はもう死ぬって大神官様が!!」
ひしっとエレン女官長は愛する者として法王を止めようとする。しかし、ルスティカ三世にはもう、そんな時間なんてどうでもよかった。
竜神様が動いている。なら竜族も、竜王も動くのだ。
ここで魔王のレガイアの軍勢を下さねば‥‥‥法王の名が廃る。
「いいから。
行くぞ、エレン。
‥‥‥ついてくるか?」
「‥‥‥はい!!」
端から見ていたらさっさと行けと言いたい光景だが、二人はドラマティックに盛り上がっていた。
竜神アルバスは天空大陸から、そして銀の月からその三文芝居に苦笑しながら、さてそろそろ仕上げだな、と次なる動きに移る。
地上世界では‥‥‥ハーミアに遅れまいとテダーたちもまた、エルグランデ王国に向けて進路をとっていた。
法王にエレン女官長から百九人目の聖女が誕生した。
その報告があった前夜。
フィルバーナ王国の竜神の聖女シンシアはとある凶刃により、その最後を遂げていた。
聖女シンシアの命を奪ったのは竜神から与えらえた聖剣であり、その犯人は。
不幸にも、彼女の婚約者と実の双子の姉だった‥‥‥。
*
「多分、騎士というものは主君への忠誠や仲間への信頼、世間の名声よりも大事なものがあるのです」
彼、アルベルト・シュバイエはそう誰が聞いているとも知れない教会の中で、隣に座る女性に告白していた。
前にあるのは神の像とそこに奉られている花や奉納された品物が祭壇を占めている。
そして、それらに取り囲まれるようにして棺があり、彼女は金色の長い髪をまるで小麦の穂が実った時期の畑のように広く黄金色の裾野を作り上げ、その上で眠っていた。
戻ることのない、永遠の眠りについているのだ。
「そうですね、シュバイエ卿。
ですが、あなたはこれからこの罪を背負って生きていかねばなりません。
それはわたくしも同じですが‥‥‥」
「ええ‥‥‥もちろんです。
ジルベール。
あなたが幸せでいれるならば、僕のこの嘘は永遠に輝き続けるでしょう」
シュバイエ卿は棺桶の中に眠る少女。
かつては竜神の聖女だった物言わぬ死体になった彼女の棺に視線をやった。
「間に合えば良かった。
あなたとアルバートが妹を殺すことを止めれれば本当はよかった。
だが、もうなされたものは仕方がありません、ジルベール。
あなたは恋愛という業火に心を焼かれて‥‥‥妹を。
妹の婚約者と共に殺してここまで逃げて来たのだから。
なぜ、死体をあの場に置いて行かなかったんですか、ジルベール‥‥‥。
そうすれば、自分がその罪を被ったのに」
シュバイエ卿は悲しみの余り、涙を流す気力もないようだった。
それも仕方がない。
彼が愛した女性はいま隣にいる彼女だ。
妹を殺害した彼女とその恋人を裁くことは彼にはできなかった。
「出来ませんでした。
いいえ、これは言い訳になりますが。
彼の‥‥‥アルバートの発案なのです。
この地まで逃れてしまえば、魔族によって殺されたと見せかけれるから、と」
少女は己の犯した罪をまるで悔やんでいないように告白する。
愛というのはこうまで女を変えてしまうものなのか?
その殺人の後始末に関わったシュバイエ卿ですら、ジルベールと呼んだ彼女の狂気にどこか空恐ろしさを感じていた。
大きくため息をつくと、彼は愛した女性の長い腰まである髪をそっと手に取った。
「本来、あの中に眠るのがシンシアです。
漆黒の豊かな髪を持つ、竜神の聖女。
そして、ジルベール。
あなたは本当は豊かな金髪の持ち主だった。
姉が金髪のジルベール。妹は漆黒のシンシア。
妹を殺したあなたは、姉から妹に成り代わることになる。
いまはあなたがシンシアで、棺の中にいるのがジルベール。
そうでしたねー‥‥‥
魔導で髪と瞳の色を交換したのですから‥‥‥ばれることはないでしょう」
「そうです、シュバイエ卿。
でも、この計画は本当に完璧なのですか?
本当に、これは嘘だとわからないのでしょうか?
何よりも妹が討伐するはずだったあの魔王軍を、誰が討伐するのですか?」
アルベルト・シュバイエ卿は二十代前半の刈り込んだ黒髪の中に、少年のような黒い瞳を持つ騎士だった。
彼がジルベールと最初は呼び、シンシアと言いなおした少女はまだ若い十代前半の貴族の令嬢。
彼が仕える侯爵の双子の令嬢の姉に当たる。
驚くべきは、彼女と棺に眠る少女は‥‥‥見た目が瓜二つだという点だった。
髪の長さ、体躯、そして、そのまつげの長い目の形まで瓜二つ。
唯一の違いは、いまシュバイエ卿の隣にいる女性はどこまでも艶やかな墨にでも染めたような黒髪であり、棺の中の少女は金髪だということだけだった。
そう言い、あやすようにするものの法王は頭をフル回転させていた。
聖女シンシアは死んでいた。しかし、魔王ルクスターは退治された。
その報告は自分にも正式なものとして挙がって来ている。
では誰だ‥‥‥誰が、シンシアを殺した?
誰が、魔王ルクスターを討伐した?
誰が、クリスタルを入れ替えた?
誰が‥‥‥ハーミアを任命‥‥‥した?
この時期に、魔王レガイアとの決戦が近い、この時期にハーミアを守れ、と。
そういう神託ではなかったのか?
ルスティカ三世はふと、そんな思いに駆られた。
エルグランデ王国から放逐された宮廷調教師が――云々、彼がいなくなってから魔獣が‥‥‥そんなエレン女官長の報告が法王の脳裏で線を結んでいく。
考えろ。ハーミアをここまで連れてきたのは誰だ?
なぜ、ハーミアは彼と共に来た? 途中で助けられましたとまで報告してきた。
しかも、神殿では彼女は自宅にいることになっていたはずなのに。なぜ、西の果てにいた?
緑陽の勇者テダーの元に?
ハーミアはずっと、その名にふさわしく竜神によって守られてきたのではないのか?、と。
「だけど、あの竜騎士には途中で助けられたって言ってなかった‥‥‥??」
「え?」
ふと漏らしたその一言が、ルスティカ三世をとてつもない不安に陥れていく。
「ハーミアだ!
ハーミアだよ、あの子がカギだよ、エレン女官長!!
すぐに全軍に連絡するんだ!!
魔王なんて眠いこと言っていられんぞ。
出るんだ、エレン女官長!! 目を覚ませ。
聖戦だ。
こっちから出なきゃ、ハーミアが危ない」
「とうとう‥‥‥出るの?
ルスティカ三世が?
魔導大戦であの大怪我をしたあなたが!?
だめよ、次はもう死ぬって大神官様が!!」
ひしっとエレン女官長は愛する者として法王を止めようとする。しかし、ルスティカ三世にはもう、そんな時間なんてどうでもよかった。
竜神様が動いている。なら竜族も、竜王も動くのだ。
ここで魔王のレガイアの軍勢を下さねば‥‥‥法王の名が廃る。
「いいから。
行くぞ、エレン。
‥‥‥ついてくるか?」
「‥‥‥はい!!」
端から見ていたらさっさと行けと言いたい光景だが、二人はドラマティックに盛り上がっていた。
竜神アルバスは天空大陸から、そして銀の月からその三文芝居に苦笑しながら、さてそろそろ仕上げだな、と次なる動きに移る。
地上世界では‥‥‥ハーミアに遅れまいとテダーたちもまた、エルグランデ王国に向けて進路をとっていた。
法王にエレン女官長から百九人目の聖女が誕生した。
その報告があった前夜。
フィルバーナ王国の竜神の聖女シンシアはとある凶刃により、その最後を遂げていた。
聖女シンシアの命を奪ったのは竜神から与えらえた聖剣であり、その犯人は。
不幸にも、彼女の婚約者と実の双子の姉だった‥‥‥。
*
「多分、騎士というものは主君への忠誠や仲間への信頼、世間の名声よりも大事なものがあるのです」
彼、アルベルト・シュバイエはそう誰が聞いているとも知れない教会の中で、隣に座る女性に告白していた。
前にあるのは神の像とそこに奉られている花や奉納された品物が祭壇を占めている。
そして、それらに取り囲まれるようにして棺があり、彼女は金色の長い髪をまるで小麦の穂が実った時期の畑のように広く黄金色の裾野を作り上げ、その上で眠っていた。
戻ることのない、永遠の眠りについているのだ。
「そうですね、シュバイエ卿。
ですが、あなたはこれからこの罪を背負って生きていかねばなりません。
それはわたくしも同じですが‥‥‥」
「ええ‥‥‥もちろんです。
ジルベール。
あなたが幸せでいれるならば、僕のこの嘘は永遠に輝き続けるでしょう」
シュバイエ卿は棺桶の中に眠る少女。
かつては竜神の聖女だった物言わぬ死体になった彼女の棺に視線をやった。
「間に合えば良かった。
あなたとアルバートが妹を殺すことを止めれれば本当はよかった。
だが、もうなされたものは仕方がありません、ジルベール。
あなたは恋愛という業火に心を焼かれて‥‥‥妹を。
妹の婚約者と共に殺してここまで逃げて来たのだから。
なぜ、死体をあの場に置いて行かなかったんですか、ジルベール‥‥‥。
そうすれば、自分がその罪を被ったのに」
シュバイエ卿は悲しみの余り、涙を流す気力もないようだった。
それも仕方がない。
彼が愛した女性はいま隣にいる彼女だ。
妹を殺害した彼女とその恋人を裁くことは彼にはできなかった。
「出来ませんでした。
いいえ、これは言い訳になりますが。
彼の‥‥‥アルバートの発案なのです。
この地まで逃れてしまえば、魔族によって殺されたと見せかけれるから、と」
少女は己の犯した罪をまるで悔やんでいないように告白する。
愛というのはこうまで女を変えてしまうものなのか?
その殺人の後始末に関わったシュバイエ卿ですら、ジルベールと呼んだ彼女の狂気にどこか空恐ろしさを感じていた。
大きくため息をつくと、彼は愛した女性の長い腰まである髪をそっと手に取った。
「本来、あの中に眠るのがシンシアです。
漆黒の豊かな髪を持つ、竜神の聖女。
そして、ジルベール。
あなたは本当は豊かな金髪の持ち主だった。
姉が金髪のジルベール。妹は漆黒のシンシア。
妹を殺したあなたは、姉から妹に成り代わることになる。
いまはあなたがシンシアで、棺の中にいるのがジルベール。
そうでしたねー‥‥‥
魔導で髪と瞳の色を交換したのですから‥‥‥ばれることはないでしょう」
「そうです、シュバイエ卿。
でも、この計画は本当に完璧なのですか?
本当に、これは嘘だとわからないのでしょうか?
何よりも妹が討伐するはずだったあの魔王軍を、誰が討伐するのですか?」
アルベルト・シュバイエ卿は二十代前半の刈り込んだ黒髪の中に、少年のような黒い瞳を持つ騎士だった。
彼がジルベールと最初は呼び、シンシアと言いなおした少女はまだ若い十代前半の貴族の令嬢。
彼が仕える侯爵の双子の令嬢の姉に当たる。
驚くべきは、彼女と棺に眠る少女は‥‥‥見た目が瓜二つだという点だった。
髪の長さ、体躯、そして、そのまつげの長い目の形まで瓜二つ。
唯一の違いは、いまシュバイエ卿の隣にいる女性はどこまでも艶やかな墨にでも染めたような黒髪であり、棺の中の少女は金髪だということだけだった。
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