聖女は剣聖と呼ばれて

星ふくろう

文字の大きさ
44 / 52
第六章

5

しおりを挟む
「シンシア。
 そう、不安にならないでください。
 あなたとジルベールの唯一の違い。
 それは髪や瞳の色ではない。
 竜神の聖女としての力を行使できるかそうでないかではないのです。
 生きているかどうか、ただそれだけです」
 少女、シンシアは棺に目をやり、そして沈黙と共に目を伏せてしまう。
 まるで、自分だけが何かの特権を得たことを恥じているような素振りだった。
「良いのでしょうか、本当に。
 神の御前での‥‥‥このような悪業など。
 許されると、あなたは思いますか、シュバイエ卿?」
「ええ、思いますとも。
 僕は片足が不自由な騎士です。
 しかし、このような僕を信じて雇い入れて下さったレントオール侯爵家。
 その双子の姫君を御守りすることこそ‥‥‥。
 我が使命であり、恩義を返せるのですから」
 そう、とシンシアは悲し気にその長いまつげを伏せてしまう。

 もうその片割れはいないわ、わたくしが殺したのですからと、彼女は寂し気に呟いていた。
 それは僕も同じですよ、シンシア。
 そう言うアルベルトは自分の恋心を打ち明けれないまま、犯罪の片棒を担ごうとしていた。
 いや、すでに犯罪にその身を染めてしまっていたのだから。
 彼は諭すように、シンシアに語り掛けた。
「良いですか、シンシアになったジルベール。
 あなたは金色のジルベールから漆黒のシンシアへと身を変えたのです。
 本物のシンシアは既に亡く、その身体だけは地上に。 
 魂は神の元へと天に昇ったことでしょう。
 ジルベールだけが生き残り、シンシアになるのです。
 そして、これからはあなたは自分の幸せだけを願いなさい。
 あなたは死ぬまでレントオール侯爵家第二令嬢シンシアを名乗るのです。
 永遠に。さて、こうやって話せる時間はもう残り少ないようだ。
 既に魔王軍の魔の手はそこまで迫っています」
「しかし、聖女は‥‥‥、竜神様の聖女は死にました、シュバイエ卿。
 あなたはどうやって魔王軍を止め、そしてこの犯罪を闇へと葬り去る気なのですか!?」

 少女は恐怖と、成し得ないと思える計画をシュバイエ卿から聞かされ、その計画をそのまま恋人に伝えていた。
 計画通りならばそろそろ、彼が迎えに来るはずだった。

「そこまでです。
 その聖女に今からあなたが成り変わるのですから。
 ただし、誰かのための聖女である必要はありません。
 あなたは、たった一人の為だけの聖女であって良いのです、シンシアお嬢様」
 そして彼は自分の席を立つと、剣を杖の代わりにして席を立つ。
 彼等が座る席はこの教会の最前列にあり、最奥が入り口になっていた。
 いま、その扉が静かに開き、夜半だというのに嫌に明るい満月に照らされて一人の青年が姿を現していた。
 シュバイエ卿が立たせたシンシアが、その青年の名を呼んだ。
「アルバート‥‥‥」
「シンシア、待っていた。
 いや、シンシアになったジルベール、そう言うべきか‥‥‥。
 済まない、僕のせいで」
「いいえ、それは――」
 しかし、恋人たちの慰め合う時間はシュバイエ卿によって遮られてしまう。
 もう時間がない、そう彼は急かすように二人を馬車に乗せると送り出した。
 教会が遠くになり、もうかなり離れたという頃。
 アルバートは揺れる馬車の中で一心地ついたかのように、大きく息を吐いてからぼやくように語り出した。
「やれやれ、どうしたものかと焦ったよ。
 しかし、これでうまくいくのかい? 
 国境に迫った魔王ルクスターの軍勢は‥‥‥いまやこの国の王都まで二日とかからない距離まで迫っているというじゃないか。
 僕たちは‥‥‥シンシア。
 なぜ、あんな国境沿いの魔王ルクスターの軍勢がすぐそこにいる場所に集まるなんてことにしたんだい?
 本当に、彼は信じれるのかい?」
  六頭建ての馬車は風を駆ける勢いで、王都アルサムへとひた走りに走っていく。
 先ほどの教会の灯りが見えなくなるところまできて、彼はそんな事を言いだしていた。シンシアは恋人の言いざまに今更、何を言うの?
 そんな顔をして答える。
「なぜ、と言われても。
 本当は聖女が迎え撃つはずだったのに‥‥‥。
 妹を、あの子をあなたとわたくしは――」
「ああ、シンシア。
 頼む、それは言わないでくれ。
 本物のシンシアは、あの棺に入った君の妹は‥‥‥独占欲があまりにも強すぎた。
 魔力も、そして、頭も女性とは思えないほどに冴えていて。
 騎士団が総出でかかってもかなわない女傑だったよ。
 あの腰の細さでどうしてそれほどまでに戦えるのか、そう言いたくなるほどにね。
 でも、君はおしとやかで彼女とは正反対だ。
 レノア公爵家の第一令息として、どちらかを選べと言われた時。
 僕は間違いを犯した。
 選ぶべきはー‥‥‥君だったのに」
 シンシアにジルベールとややこしいな。
 彼、レノア公爵令息アルバートはそう苦笑いをしていた。
 本当に欲しい女性が君で良かった。
 そう言われても、シンシアになったジルベールは何故か、以前のように胸がときめかなくなっていた。

「そうね、アルバート。
 でも、あの子はあなたを慕っていたわ。
 そんな妹を、手にかけたのはわたくしとあなただけど。
 でも、あなたもその罪を背負うべきだわ
 あの竜神様から託された聖剣で、妹を刺し貫いた時にあなたもいたのだから」
「そう‥‥‥だな。
 この罪は永遠に背負うことにしよう。
 だが、それも魔王軍が撃退されてこの国がまともな状態に戻ればの、話だけどね」
 アルバートは冷たく笑って見せた。
 それを見てシンシアは自分の決断は正しかったのかと不安を感じた。
 この人は愛を手に入れる為ならば、人殺しをした女でも満足するんだ。
 そう理解した瞬間、シンシアは心になにか冷たいものが吹き込んできた気がした。
 本当に、彼を選んで良かったのだろうか、と。
 そう思ってしまったのだ。
 妹は不老不死と言われた聖女だ。
 それを殺害する為に、一番効果があるからとアルバートはある提案をした。
 竜神の御使いから預かった魔を滅する聖剣で、無防備な妹の心臓を背後から貫いたのは、彼と自分の二人でやったことなのに。
 この罪を彼はどこかで漏らすかもしれない。
 その時は‥‥‥自分たちは永遠に救われないだろう。
 去り行く馬車の中でもう見えなくなった、妹の遺骸とそこに残った一人の騎士の姿を求めてシンシアは後方を見たがそこには闇しかない。
「いつか、この嘘が終わるまで‥‥‥世界が許してくれるまで。
 それまでは幸せでいましょう、アルバート」
「もちろんだとも、僕のシンシア。 
 邪魔な本物のシンシアはもういない。
 大丈夫だ。
 しかしー‥‥‥」
 ふと、不思議なようにアルバートはどうするつもりなんだろう、と言い出した。

「彼だよ、シュバイエ卿。
 左半身が麻痺して動かないのに、馬にも乗れないのに、彼はどうやって守り抜く気なんだ?
 あの教会を?
 もし、魔王軍に見つかればー‥‥‥」
「そうね、アルバート。
 でも、その心配はいらないわ。
 ほら、見てー‥‥‥もう、シュバイエ卿が火を放ったみたい。
 あれで竜神の聖女の遺骸は焼けて灰となるでしょうし‥‥‥」
 なるほど、そうか。 
 アルバートはまずいぞという顔をしていた。
 何か疑問が心にわいたらしい。
「魔王軍があれを見て押し寄せればー‥‥‥彼は死ぬがその後は!?
 王都までは二日とないんだぞ!?
 僕たちは助からない」
 慌てふためくアルバートを見て、やはり、シンシアの心は冷たさを増していく。
 ああ、なんでこんな情けない男を愛してしまったんだろう、と。
 でも、この嘘は死ぬまで演じなければならない。
 そうしなければ‥‥‥国王陛下はわたくしたちを八つ裂きにするだろう。
 魔族に協力した、反逆者として。
「大丈夫よ、アルバート。
 すでに竜王様が援軍を出されたと‥‥‥あの子が死ぬ数時間前だから、一昨日のことね。
 そう言っていたわ。
 だから、明日の朝には王都まで援軍が来るはず。
 わたくしたちは、それを目指して逃げれば良いのよ」
 それを聞いたアルバートの顔が先ほどの青から歓喜の赤へと変わるのを見て、シンシアは愛想が尽きそうになっていた。
 これならまだ、自分に愛を告白しようとして黙ってしまったあの身体の不自由な騎士を選ぶべきだったかもしれない。
 そんな浮気心さえ、彼女の中にこの短い時間で感情が生まれては消え、生まれては消えを繰り返していた。
「しかし、あれだね。
 シンシアは女傑だったけど、君はまったくの武芸なんてできない。
 さて、どうしたものかな。
 こうなってみると、どうにも説明がつかなくなるね。
 君は何もできない‥‥‥」
「え?
 ねえ、アルバート?
 それはどういう意味ですか‥‥‥?」
 いやだからね、と公爵令息はシンシアが、いやジルベールが妹のシンシアの命を奪った聖剣を、馬車の片隅から取り出していた。
「これでシンシアを殺したわけだろ?
 でも、君は本当はジルベールで‥‥‥シンシアではない。
 聖女の能力も魔力もない。
 単なるか弱い貴婦人だ。
 これは‥‥‥宜しくない」
「宜しくないってあなた、だからどうしてその聖剣を??
 どうするつもりなの!?」

 うーん、どうしようかなあ?
 アルバートは思い悩んだふうに数分考えて、ふと閃いたらしい。
「よし、こうしよう」
「待って!!
 何を――!?」
 その悲鳴は、アルバートの片手によって口が塞がれたために外には漏れなかった。
 そして、アルバートのもう片方の手はシンシアになりすましたジルベールの胸板をやすやすと貫いていた。
「おや、絶命かい?
 あっけないものだね。
 まあ、いいよ‥‥‥これなら聖女殺しの犯人を討ち取ったって報告ができる。
 次は誰がいいかな?
 第二王女なんて‥‥‥いいかもしれない。
 聖剣に、聖女殺しの犯人の遺骸に。
 ああでも、彼はどうしよう。
 あいつ、シュバイエ卿?
 もし、生き残ったら‥‥‥??」
 そんな可能性は万に一つもないか。
 アルバートはそう決めつけると、シンシアの遺骸を床に放り出して手に付いた血糊を彼女のドレスで拭き静かに夜景を楽しむことにした。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...