2 / 20
沙雪が消えた夜
2
しおりを挟む
「なんだとー?
お前、その口の利き方」
どうやら、百田教授の怒りに触れたらしい。
だが、沙雪はひるまなかった。
「なんですかー?
昨日も一昨日もわたしたちでしたよねー?
別にいいんですよ?
このトラック一台と予備のガソリンあればわたしたち、自分で運転して帰りますからねー!!!!!」
まだ何も積み込んでないトラックと、下に置いてある食材のケースとガソリンが入った簡易タンクを指差して言ってやる。
ここに来て数週間。
運転免許など持たなくても、MT車もAT車も関係なく運転しろと言われて、運転を教え込まれていたから逃走しようと思えば何も問題が無いのだ。
他の公募に応募した高校生たちもそうだそうだ、とばかりにやいのやいの、と文句を叫んでやる。
「そこ行くからな!
逃げるなよ!」
どうやら、頭に来たらしい。
百田教授は昨夜から痛む腰を抑えながら5メートルに近い坂道をゆっくりと歩いてこようとしていた。
「あれ、教授くるぜあれ」
「沙雪、やばいんじゃない?」
そんな声が後ろから聞こえるが、当の本人は機材を縛り付けることに夢中でそんなのは後回しだ。
「あーあ、あれ本気で怒ってるわ……」
何人かがそういうので、さすがの沙雪も心配になり、後ろをちらっと振り返る。
たしかに百田教授が坂道を降りてきて、こちらに向かっているのが見てとれた。
ただし、その歩く速度は常人より何倍も、スローペースではあったが。
「はあ……。
いいよ、ここ私がするから。
みんな、もう積んだやつ運転して上がって。
教授も拾ってあげて」
仕方ないなあ、と他の五人は三台のトラックを運転して坂道を上がり、途中で一台が教授を乗せようとして口論になっている。
どうやら、沙雪にいますぐ一言物申さないと気が済まないらしい。
「教授、腰痛いんでしょ?」
「降りて文句言うより上で寝ててくださいよ。本当に邪魔なんで」
などど聞こえてくるのを聞きながら、沙雪は空のトラックに何から積みこむべきか辺りを見渡した。
残っているのは簡易食糧などを詰め込んだクーラーボックスと、水類を入れたボトツ群。野営用のテントなどだ。
「じゃあ、まずわっとー」
上で教授がやいやいと、文句を言うのを仲間たちが止めているのが聞こえる。
「あの人、大した役に立たないんだよね。
文句だけは一人前なのに。測量の機材すら扱えないし……」
そう、百田は地質学専門だから訪れた地質を観察し、その年輪などを撮影して記録することに余念がなかった。
はっきり言えば、今回の活動には必要ない人員なのだ。
文句を言う教授の声を尻目に、ふと、日本に置いてきた恋人の圭祐を思い出す。
「ま、そうは言ってもここにいないんじゃ、寂しいなんて言うだけ意味ないか」
どうやら、周囲になだめられて静かになった教授、はトラックの一台に載せられて、高台のキャンプ地へと移動したらしい。
辺りが静かになり、陽も沈みかけている。
早くしないと何も見えなくなる。
急いで積みこもう。
身長160センチに満たないその身体で、一つ20kg以上ある荷物を持ちあげて積み込み、さらに崩れないようにロープで縛っていく。
縛り方も慣れたもので数種類ある結び方を駆使しながら、菱形にしたロープをトラックのフックに括り付けてどうにか荷造りを終えた。
さあ、車のエンジンをかけて移動しようとするが、どうにも上手くエンジンがかからない。
「あれ?
機嫌悪いのかなー?」
電装系を幾つかライトを付けたりしてみるがそれは問題ない。
バッテリーは一昨日充電したばかりだし、ガソリンも満タンだ。
そうなると、車のご機嫌伺いになるのだが、彼女には電気系統の知識は皆無だった。
「困ったなー……」
仕方ない、と高台の誰かを呼びに行くことにした。
最悪、ロープで牽引してもらい、移動することになるだろう。
5メートルの坂道。
上るだけで一苦労だ。
「はあ……」
軽くため息をついたその時だ。
ドンっと遠くで何か鈍い音がした。
それはこちらに近づいてくるが彼女の目線ではわからない。
最初、それに気づいたのは高台でトラックから降りた百田だった。
「なんだ、あれは……いかん!」
彼にはそれが何か理解できていた。
上流で氾濫した昨夜の雨が姿を変えて増水した川の水だった。
「橘ーー!
にげろーーーーー!!!」
叫んだがそれは沙雪には届かない。
濁流の流れる速度とその音量によって、百田の警告は掻き消されてしまう。
「え?」
誰かに呼ばれた気がした。
後方を見ると百田教授が何かを叫んでいる。
前を見ると、経験したことの無い黒い何かがこちらに向けて押し寄せてくるのがわかった。
まだ、トラックを降りていなければ。
もしくはトラックの荷台の上に立てていればまだ助かる見込みはあったかもしれない。
だがー。
沙雪はその時はトラックを降りて、高台へ続く坂道を登るために、そこから離れていた。
そして、坂道までは全力で走って逃げても、濁流の方が押し寄せる速度が早かった。
誰もが助けに行こうとして間に合わない。
そんな状況だった。
「けいくん……」
押し寄せる黒い壁に死を予感した沙雪の最後の言葉は、恋人の名前を呼ぶことで終わった。
「たちばなーーー!!!!!」
その姿が暗闇の中に流れる奔流に消えた時、数人がその名前を呼んだ。
だが、濁流が流れて行く中にもはや彼女の姿は無く、トラックの運転席の天井が薄くその頭をのぞかせているだけだった。
お前、その口の利き方」
どうやら、百田教授の怒りに触れたらしい。
だが、沙雪はひるまなかった。
「なんですかー?
昨日も一昨日もわたしたちでしたよねー?
別にいいんですよ?
このトラック一台と予備のガソリンあればわたしたち、自分で運転して帰りますからねー!!!!!」
まだ何も積み込んでないトラックと、下に置いてある食材のケースとガソリンが入った簡易タンクを指差して言ってやる。
ここに来て数週間。
運転免許など持たなくても、MT車もAT車も関係なく運転しろと言われて、運転を教え込まれていたから逃走しようと思えば何も問題が無いのだ。
他の公募に応募した高校生たちもそうだそうだ、とばかりにやいのやいの、と文句を叫んでやる。
「そこ行くからな!
逃げるなよ!」
どうやら、頭に来たらしい。
百田教授は昨夜から痛む腰を抑えながら5メートルに近い坂道をゆっくりと歩いてこようとしていた。
「あれ、教授くるぜあれ」
「沙雪、やばいんじゃない?」
そんな声が後ろから聞こえるが、当の本人は機材を縛り付けることに夢中でそんなのは後回しだ。
「あーあ、あれ本気で怒ってるわ……」
何人かがそういうので、さすがの沙雪も心配になり、後ろをちらっと振り返る。
たしかに百田教授が坂道を降りてきて、こちらに向かっているのが見てとれた。
ただし、その歩く速度は常人より何倍も、スローペースではあったが。
「はあ……。
いいよ、ここ私がするから。
みんな、もう積んだやつ運転して上がって。
教授も拾ってあげて」
仕方ないなあ、と他の五人は三台のトラックを運転して坂道を上がり、途中で一台が教授を乗せようとして口論になっている。
どうやら、沙雪にいますぐ一言物申さないと気が済まないらしい。
「教授、腰痛いんでしょ?」
「降りて文句言うより上で寝ててくださいよ。本当に邪魔なんで」
などど聞こえてくるのを聞きながら、沙雪は空のトラックに何から積みこむべきか辺りを見渡した。
残っているのは簡易食糧などを詰め込んだクーラーボックスと、水類を入れたボトツ群。野営用のテントなどだ。
「じゃあ、まずわっとー」
上で教授がやいやいと、文句を言うのを仲間たちが止めているのが聞こえる。
「あの人、大した役に立たないんだよね。
文句だけは一人前なのに。測量の機材すら扱えないし……」
そう、百田は地質学専門だから訪れた地質を観察し、その年輪などを撮影して記録することに余念がなかった。
はっきり言えば、今回の活動には必要ない人員なのだ。
文句を言う教授の声を尻目に、ふと、日本に置いてきた恋人の圭祐を思い出す。
「ま、そうは言ってもここにいないんじゃ、寂しいなんて言うだけ意味ないか」
どうやら、周囲になだめられて静かになった教授、はトラックの一台に載せられて、高台のキャンプ地へと移動したらしい。
辺りが静かになり、陽も沈みかけている。
早くしないと何も見えなくなる。
急いで積みこもう。
身長160センチに満たないその身体で、一つ20kg以上ある荷物を持ちあげて積み込み、さらに崩れないようにロープで縛っていく。
縛り方も慣れたもので数種類ある結び方を駆使しながら、菱形にしたロープをトラックのフックに括り付けてどうにか荷造りを終えた。
さあ、車のエンジンをかけて移動しようとするが、どうにも上手くエンジンがかからない。
「あれ?
機嫌悪いのかなー?」
電装系を幾つかライトを付けたりしてみるがそれは問題ない。
バッテリーは一昨日充電したばかりだし、ガソリンも満タンだ。
そうなると、車のご機嫌伺いになるのだが、彼女には電気系統の知識は皆無だった。
「困ったなー……」
仕方ない、と高台の誰かを呼びに行くことにした。
最悪、ロープで牽引してもらい、移動することになるだろう。
5メートルの坂道。
上るだけで一苦労だ。
「はあ……」
軽くため息をついたその時だ。
ドンっと遠くで何か鈍い音がした。
それはこちらに近づいてくるが彼女の目線ではわからない。
最初、それに気づいたのは高台でトラックから降りた百田だった。
「なんだ、あれは……いかん!」
彼にはそれが何か理解できていた。
上流で氾濫した昨夜の雨が姿を変えて増水した川の水だった。
「橘ーー!
にげろーーーーー!!!」
叫んだがそれは沙雪には届かない。
濁流の流れる速度とその音量によって、百田の警告は掻き消されてしまう。
「え?」
誰かに呼ばれた気がした。
後方を見ると百田教授が何かを叫んでいる。
前を見ると、経験したことの無い黒い何かがこちらに向けて押し寄せてくるのがわかった。
まだ、トラックを降りていなければ。
もしくはトラックの荷台の上に立てていればまだ助かる見込みはあったかもしれない。
だがー。
沙雪はその時はトラックを降りて、高台へ続く坂道を登るために、そこから離れていた。
そして、坂道までは全力で走って逃げても、濁流の方が押し寄せる速度が早かった。
誰もが助けに行こうとして間に合わない。
そんな状況だった。
「けいくん……」
押し寄せる黒い壁に死を予感した沙雪の最後の言葉は、恋人の名前を呼ぶことで終わった。
「たちばなーーー!!!!!」
その姿が暗闇の中に流れる奔流に消えた時、数人がその名前を呼んだ。
だが、濁流が流れて行く中にもはや彼女の姿は無く、トラックの運転席の天井が薄くその頭をのぞかせているだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる