伝説の湖畔の塔と三匹のエルフたち

星ふくろう

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沙雪が消えた夜

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  気づいた時、周囲にあったのは光の渦だった。
 黄金色ではなかったが、淡い、小麦色の様な青い春先の草花が見せる色合いの様な。そんな光が周りに広がっていた。
「なにこれ……」
 上下左右を見渡すと、光は自分の周囲にだけ集まっていた。
 その向こう側は果てしなく何もない黒でもない闇でもない何かが広がっていた。
「さきの周りだけにあるの?」
 沙雪は自分のことをそう呼ぶ。
 彼女はその状況が良く理解できなかった。
 凄まじい、黒い壁が押し寄せてきて、あまりもの圧力と抗えない自分の無力さと、肌を犯す冷たさの感覚を思い出す。
 思わず身震いをしてしまうが、不思議と制服と言われて来ていた作業着の上下は濡れていなかった。
 全身を動かしてみて、怪我はなく、普段通りに動くことを確認すると持ち物はどうかと気になった。
 スマホはトラックにおいたままだから手元にない。
 NGOで来る前に圭祐がくれた、ごつい腕時計はそのまま腕に残っていた。
 ポケットに入れたままにしていた財布と、胸から下げたロケットも無事だった。
 唯一、耳にかけていたトランシーバーの通話をBluetoothで行うための通話機が消えていたがそれはどうでもいい。
 恋人から贈られた婚約指輪もきちんと薬指に嵌っている。
 靴も両足揃っていたし、尻ポケットに突っこんだままになっていた軍手と、折りたたまれた現地地図も無事だ。
 作業着の内ポケットに忍ばせていた飴類も一応、無事らしい。
 数日はそれで生き延びることができる。
 それが分かると、ここがどこなのか。
 それが、気になった。
  大事なのは次のことだ。

「うん。
 生きてるね。
 なら、帰ること考えれる、よね。けいくん……さき、必ず、帰るからね」
 この芯の強さが彼女の一番の強さだった。
 そしてその言葉をつぶやいた時、いや、多分それは恋人の名前を唱えた時だ。
 光が反応した。
 といっても光源が強くなったり、光が照らす世界が広がったわけではない。
 ただ、それはある形を取ろうとしていた。
「え?
 なに、これ」
 沙雪は驚いて声を上げた。
 当然だ、眼前に光の渦の一部が集まり、ある形を形作ったのだから。
「なに……?
 猫?」

 そう。
 その光は、似たようなものでいえば猫に酷似した何かだった。
 とはいえ、明確なラインを象ったわけではなく、ぼやっとそう見えただけだ。
 待ってー。
 そう、沙雪には思い当たる何かがあった。
「俺にはどうも何かが憑いているらしい。
 それはたまにはっきりわかるんだが、丁度これくらいの、光る金色の猫みたいなやつなんだ。
 そいつは俺に話しかけてくるんだけど、俺には何を言ってるのかわからないんだ。
 ただ、そいつが現れる時、必ずいいことがあるんだよ」
 まさかあ、嘘でしょう。
 そういって、圭祐が腰くらいの位置を手でこれくらいの高さだ、と現わしたことがあった。
 彼は本当に空想が好きで、楽しい人だ。
 彼女はずっとそう思っていた。
 彼は若い時から小説家になりたくて、今もたくさんの作品を書いては28歳にもなろうというのに、新人賞に投稿しているのだから。
 その話のいくつかに、彼が言う猫が主人公になった話があった。
 世間ではライトノベルやファンタジーというらしいが、沙雪はあまりそういう分野に興味がなかったから。彼の作品を読んで評することはあってもその存在を信じてはいなかった。

「まさか、ブーちゃん……?」
 彼は作中で猫をブラウニーと名付けていて、何人かのヒロインたちは猫をブラウニーやぶーちゃん、と呼んでいた。
「え、嘘だよね……」
 そんな偶然がある訳がない。
 でも、そう思った時だった。
 そのぼんやりとした輪郭が次第に増していき、現実味を覚え、そしてー。
「やあ、初めまして」
 そう、彼ーブラウニーは沙雪を見て、流暢な日本語で丁寧なあいさつをしたのだからー。
 その猫ー、そう彼、ブラウニーが挨拶をした瞬間がどうやら限界だったらしい。
 沙雪は意識を失った。

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