漆黒の霊帝~魔王に家族を殺された死霊術師、魔界の統治者になる~

星ふくろう

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序章 死霊術師、追放される

魔王の脅威

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 あの日のことはあまりよく覚えていない。
 アーチャーは無愛想にそう語りだした。

「六歳の時だ。俺のいた地上世界の王国な? ワーグナー王国なんてとこなんだが。言い伝えでは、王国の地下にこのメディウムの大迷宮が広がってるんだってさ」
「大迷宮?でも、ここは魔界でしょ? 太陽だって月だって空にあるよ? なにがどう、迷宮なの?」
「いや、それも含めての迷宮なんだよ。ここは地下世界の一部らしいぞ? どこにいても太陽と月に恵まれる、ありえない世界。それが、魔界だ」
「ふーん‥‥‥」

 よく分かんないの、とイオリは不思議がる。
 アーチャーは少女に過去の続きを記憶を話して聞かせていた。

「‥‥‥で、ある日だ。大迷宮の所有者が、王国の王都にやって来た。魔族の大軍勢を引き連れてな‥‥‥あの日は寒い雪の降る日だった。王都はもう、外が一面の銀色に輝いててな。子供の俺の腰ほどにまで積もってたんだ」
「雪? 寒いって何?」
「魔界にも高山があるからわかるだろ? ああ、そういえば、この地方は常春だから寒さなんて知らないんのか……まあ、いつか連れてってやるよ地上世界に。領主の任期が生きている間に終われば、だけどな」
「期待しないで待ってる。で‥‥‥?」

 期待感の薄い返事だな。
 言うべきじゃなかったか?
 少しだけ後悔しながら、アーチャーは会話を続けた。

「俺は、ラーデおじさんとおばさんに育てられた。おじさんは鍛冶職人で、刀剣なんかを作る名人だった。俺もいつかはそのあとを継ぐもんだ。そう思ってたもんだ。昼休みで、それでも工房は鉄を溶かしたりする炉があるから暑くてなあ‥‥‥一人、外の雪の中に飛び込んで体を冷やしたのを覚えてる。おじさんの工房は王城の中にあって、そこは東の塔のすぐ下だった。空を見上げたら、一面、見たことも無い巨大な竜や死霊や、悪魔や亜人や‥‥‥そんなのが見渡す限りそこにいた。ただ‥‥‥怖かった」

 ふんふん、とイオリがあいづちをうつ。
 アーチャーはゆっくりとあの時のことを思い出す。
 東の塔の頂上で、国王とその空を覆いつくした魔族の王とが話をしている声が降ってくるように聞こえた。
 魔王は国王に短く告げたのだ。

「地下は我らの世界とする。人間の植民地など認めん……貴様らは、二度と降りてくるな」

 低くよく通るその声は聞いた者に恐怖と戦慄を与えた。
 国王の返事は、宮廷魔導師たちが放った雷や炎や天高く舞い上がった水の竜巻だった。
 だがそれらは魔王の、そっけなく行った片手のたった一振りで飛散してしまう。
 そして行き場を無くしたその攻撃は、地上や塔の一部や、城の外壁を粉々に砕いた。
 魔力の余波は、その付近にいた精霊や妖精たちを狂わせた。

「魔王のその一振りを見た時、俺は工房に逃げ込もうとしていた。ラーデおじさんは、たまたま、溶鉱炉の隣で座ってた。炎の精霊が暴れ出した時、そいつはおじさんじゃなく、なぜか俺を狙ってきたんだ。おじさんは慌てて俺の前に走り込んできて‥‥‥」

 すまん、そこからは覚えてない。
 誰にも言うなよ?
 アーチャーはそうイオリに頼んでいた。
 もし、地上世界やこれから行く俺の領地に着いた時に‥‥‥過去の思い出話をして、俺が泣いてたなんて、と。
 少女はそんなこと言わないよ、と優しくうなづいていた。
 悔しかったんだよね?
 そう言われて、アーチャーはただ黙ってうなづいていた。

「ああ、悔しい。いまの力があの時にあれば、と今でも思う事がある。死霊術は‥‥‥燃え尽きた後の死体でも蘇生はできる、あいにくとそれは魂のない、生きた人形だけどな。でも、あの時の俺にはまだ力がなかった。それに、死んだあとに制限がある。いまやればそれは蘇生じゃなく、魂のない肉体のおもちゃを作るだけだ‥‥‥」

 そう、アーチャーは涙を流す。
 まるで子供みたい。
 そう言いながら、イオリはその涙を優しくなめとりながら彼を抱きしめてやる。
 そして、問いかけるのだ。

「知ってた?」
「ん? ……何をだ?」
「イオリはそんなことにも涙を流せるアーチャーが大好きなんだよ?」
「……ありがたいが、その気持ちには応えられないかもな」
「もう――! いつもそればっかり。地上の王国に置いてきた昔の恋人がそんなに気になるの?」

 獣人の少女は怒ってそっぽを向いてしまった。
 すまないな、イオリ。
 復讐ってのは――醜いものなんだよ。

「許せよ、イオリ。それだけじゃないんだ。あいつだけじゃない。いや、恋愛の意味だけじゃなくて……」
「分かってるよ! アーチャーと恋人を仲間から追放した勇者や聖女が許せないんでしょ?!」
「許せないというより、困るんだよ」
「困る? 何が困るの??」

 きょとんとするイオリは興味がわいたのか、こちらに向いてくれた。
 尻尾も静かに動いていて、今は不機嫌ではないと語っている。

「あいつら――勇者ライルのパーティじゃ実力が足りない。力不足なんだ、地上世界にいるどの魔王にもかなわないが、誰も理解していないのさ」
「だから何? 別にいいじゃない、そんな仲間を追放するような人でなしども。魔王に殺されたら」
「怖いことをさらりと言うな……。困るのはそこじゃないよ。もし、万が一だ。あいつらが何かの方法で、俺の仇である魔王を倒したら――それが誰かは俺は知らないが――困るのさ」
「かたき討ちができないからってこと?」
「そういうことだ。しかし、追放なあ。なんで俺はあいつらに二年? いや三年だ。シェニア――前の恋人――と共に女神様の神託を受け、身分を偽ってパーティの一員になり尽くしてきたんだか。今思い返せば、あの数年が馬鹿みたいに感じるな」

 俺はなにかをミスやらかしたのか?
 それはアーチャーにはなにもわからない。
 アーチャーの記憶は十年前から、つい先月にまで引き戻される。
 晴天の霹靂。
 それは突然、勇者ライルのパーティにいた彼を訪れたのだった。
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