漆黒の霊帝~魔王に家族を殺された死霊術師、魔界の統治者になる~

星ふくろう

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第一章 棄てられた死霊術師

「家族」の形

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 いまごろいきなり訪れて迷惑にならないだろうか?
 俺は、まだ受け入れてもらえるか?
 十数年も経過して困ったからなんて助けてくれ。
 どれだけ都合がいいんだ、俺は?
 まるで家出したまま行方不明だったダメ息子がいきなり戻って来て、借金があるから助けてくれなんて。
 父親の足元にすがりつくようで‥‥‥そう思うと足が止まっていた。

「何やってんだよ、俺? らしくない‥‥‥」

 あいつらの世話を焼いてやったこの数年間の俺はこんなに弱かったか?
 弱いと言えば、シェニアだ。
 魔力もそれを扱う技術も、アーチャーに勝るとも劣らない。
 それはさすが百年を生きた存在というか、森の賢者と称えられるハイエルフだからというか。
 彼女には人生の面でも、魔法の面でも、戦闘の面でも学ぶことは多かった。
 
「俺、まるでヒモだな? 弟みたいなことしながら、あいつに心から身体まで預けていた気がするな」

 一番迷惑をかけて、面倒を見てもらいながら‥‥‥彼女の懇願はきかないできた。
 ただただ、自分の復讐を優先して日常の中では、負担だけをかけてきたわけだ。 
 馬でも犬でも、期待だけをかけて放っておけば主人を見捨てるものだ。
 
「つまり、見捨てられたのは俺ってか。いやいや、待て待て、ちょっと待てよ、おい。なら何か?」

 シェニアがいつか付いてくるなんて盛大な勘違いであって、このままいけばさっさとおさらばしようとしている。そう、相手には伝わるんじゃないのか?
 だが、今更あの連中と顔を合わせるのは嫌だった。
 自分の中の妙なプライドが邪魔をする。 
 気づけば教会と取り囲む塀にそってぐるっと一周し、その入り口がある門の前まで戻ってきてしまっていた。

「おい‥‥‥いい加減にしろ」

 悩みすぎだろ、なにを後悔してんだよ。
 つまらないプライドより、あいつを大事に思うなら――
 そこまで考えた時だ。
 ふと、門の中からやってくる人影が目に入った。
「こんにちは。
 役人の方がなにか御用かな?」
「あっ‥‥‥、いや、その。役人というか――あなたは‥‥‥?
 牧師様? いや‥‥‥宣教師?」

 見たことのない男性がそこには立っていた。
 黒髪に黒い瞳、アーチャーとはまた違った人種の男性がそこにいた。濃紺のブレザーに黒のパンツ、そして白いのシャツとそこに位階を示すネクタイは‥‥‥青。
 マスタークラス?
 武装牧師を越えた存在であり、神眼を女神フォンテーヌから与えられた宣教師と呼ばれるこのフォンテーヌ教会の最高位。

 こんなに気軽に出てきていい存在じゃないだろ、あ、いや‥‥‥そうでもないか。
 アーチャーは忘れていた。
 フォンテーヌ教会はその上位組織がある。
 紋様省と呼ばれるその組織に属する教会と、そうでない独立した教会があることを。
 
 ――ここは、独立系だったな。
 だとしたら、経営者としての宣教師がいてもおかしくない。
 それに、独立系はどこも資金繰りが怪しい、だったか。

「ま、そう呼ばれることもありますが、もうこの通り歳ですからね。大した力もありませんよ、お役人様。このような僻地の教会になにか御用でも?」
「いや――なんでもありませんよ。昔、一時期を過ごしただけですから」
「はい? こちらにいらした? あなたお名前は‥‥‥?」

 いや、もういい。
 過去に戻ると気分が悪くなる。
 自分の年齢より倍以上生きているだろう宣教師の男性を見て、アーチャーは亡くなった義父を思い出していた。ラーデおじさん。
 彼が生きていれば、丁度、この宣教師ほどの年代のはずだ。
 ろくでなしの息子が甘えに来ました‥‥‥そんなさっき、自分が情けないと呟いたばかりのシチュエーションに遭遇した気分だった。

「あの、これを。幼少時はお世話になりました。こうして、出世できたいまがあるのも教会のおかげです」
「いや、いきなり渡されても困るのですが――」

 戸惑う宣教師に半ば押し付けるようにして、さっき、ようやく換金できた金貨を全額渡すとアーチャーはさっさと踵を返していた。
 追いすがるように彼の声が背中越しに聞こえるが、しばらく歩くとそれも途絶えた。
 
 甘えるより、自分で何とかするよ。
 俺はもう、自立したんだから。
 勇者パーティーからも、情けないバカ息子からも、な。
 自分と教会を縁で結んでくれているのが女神フォンテーヌのような気がして、アーチャーは天をそっと仰ぎ見ながら感謝の言葉を述べる。
 同時に、

「やりすぎたか? 無計画すぎるだろ!?」

 自分の世間体や体面を気にし過ぎる性格を改めて認識していた。
 そう、自分はカッコつけていたに過ぎないのだ、と。
 勇者パーティーを影から支えている自分に自惚れ、愚か者を演じる自分に自虐心を感じて憐みを持ち、シェニアに甘えていた。
 本当に有能なら、無能を装っていても周囲との関係を壊したりしなかったはずだ。
 それが出来ていなかったから、あくまでもしてやっていると思い込んだから仲間からも無意識か、そうでなかったにせよ‥‥‥反感を買っていたのだ、と。

「くそーっ! はあ‥‥‥理解したら情けなくなるな。だが、まずは軍資金だ。揃えてから――シェニアを迎えにいこう。地下に降りるまであと一月。あいつの故郷までは空をいけば‥‥‥まあ、間に合うだろ? そうなると期日はあまりないな」

 シェニアの故郷は南の大陸。
 対して、ここは東の大陸だ。
 行くとすれば、ニーニャの種族が天空航路を構築し運営している飛空艇しかない。
 それでも往復四日はかかるだろう。
 仕方ない。
 一番嫌だが、行くしかない。
 この王都ブルングトにある、多くのギルドを束ねる大元。
 総合ギルドに‥‥‥

「弱いやつしかいないから、依頼もあまり来ないんだよなあ。総合ギルド‥‥‥」

 先月の古城の件もそうだ。
 勇者ライルのパーティーに主だった面子を取られて、いまの総合ギルドは弱体化している。
 アーチャーはあまりいい案件があるとは期待できなかった。
 かといって、昨日訪れたルブラン商会には行けない。
 貴金属取り扱いだが、爵位のことや宝石を売却云々としていれば必ず、あの商会はアーチャーが地下世界の領主になると嗅ぎつけるだろう。
 特定の商人と仲良くなるのは、これもまたリスキーかもしれない。

 あの商会が、聖女一派と親しくないとは限らないからだ。
 数十件、いや百件はこなさないといけないかもな。
 そうぼやいて、アーチャーは足を総合ギルドへと向けたのだった。

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