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第一章 棄てられた死霊術師
二度目の青天の霹靂
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基本的に、死霊術などの闇の世界、人の死や欲望を操りその効果を発揮する側面を持つ術式、もしくはこれを操る者。そして、妖魔などの、この世界とは少し別の世界に身を置く、そんな存在。
彼らと契約を交わして使役する者。
神や精霊を聖なるものとしてあがめる神官や信仰を持つのが正しいとされるのは、人間の世界でも、獣人の世界でも、エルフでも‥‥‥そして、奇妙なことに魔族の間でも揺るがない常識だった。
そんな理由でここ、総合ギルドにおいてもアーチャーはまともな扱いなんてされない。
例え宮廷死霊術師という肩書があったとしても、通されるのは表門ではなく別の入り口からだ。
「おい、待てよ!」
「え?」
「あんた、黒札をつけてるじゃないか。なら‥‥‥あっちだ」
「あっち? おい、俺は宮廷――」
関係ないね、と門番はあごをしゃくる。
その向いた先には、アーチャーと同じく、身体のどこかに黒い札、もしくは紋章やオーブを身に着けた人々がまばらに、人目を避けるようにして向かう姿があった。
「差別だな、おい?」
「そうか? 黒札は穢れているといって、王宮にすら上げない方が問題だと思うがね?」
「‥‥‥役人のまえで体制批判か? 良い度胸だな?」
「脅しても無駄だよ。あんただって、その制服がなきゃ貴族街がある内門にすら入れない身分だろうが? 同類のくせに裏切った、なんて言われなきゃいいがな? あいつらから」
高い塀に囲まれた総合ギルドの門を守る小太りの男はそう言うと、再び黒札の一団を見てアーチャーに嫌味を言う。
子供のくせに、役人?
出世しやがって、そんな妬みも入っているのだろう。
その出世したはずの少年が、実は金策に走った末に、ここにいるなんて想像は出来ないだろうな‥‥‥言いたい放題言いやがって。
しかし、彼に逆らってここで追い返されては身もふたもない。
宮廷死霊術師なんて肩書も、役人という身分も、総合ギルドでは通用しない。
アーチャーは心で毒づきながら、彼の指図に従うしかなかった。
「分かったよ‥‥‥」
「ああ、それでいいんだ、それで。それと、忘れてるぞ?」
「なんだよ? 記帳ならしただろうが?」
「これだよ、これ」
「はあ? 本気かよ‥‥‥」
当たり前だろ?
そう言うと、門番は手をそっと差し出した。
賄賂を寄越せ、通行料だ、そういう仕草だ。
どこまで腐ってんだよ、こいつ‥‥‥。
「後悔するぞ? その手をさげろ‥‥‥」
「お前、バカかよ? たかだか、黒札になにができる?」
「二度は言わない。手を下げろ」
「ふざけんなよ? 通さなくてもいいんだぞ? 誰が困るんだ??」
「‥‥‥あんた、何年だ?」
「何がだ?」
「だから、ここで門番して何年かって聞いてるんだよ」
「お前に関係あるか?」
「三年以上なら知っているはずだ。この国の最高位にいる黒札の冒険者は誰だ?」
「はあ? 役人が冒険者なわけないだろうが? それは兼任できない決まり‥‥‥」
ああ、それはそうだよ。
アーチャーは肯定してやる。
ただし、とも付け加えて。
「例外もあるぞ? 例えば――勇者パーティに参加する、なんてどうだ? 思い出したか?? 誰が最高位の黒札だ?」
「だからって‥‥‥入れる入り口は変わらんし、譲れねえ‥‥‥仕事だ」
「それには従ってやるよ。あんたのその賄賂を求めた行為は報告しておいてやる。どうだ? 自分が虐げてきた側になる気分は?」
「待て、待ってくれ‥‥‥頼む。この仕事を無くしたら、カミさんに殺される‥‥‥」
「子供は?」
「あんたには関係ないだろ!?」
「答えろ、そうしないと報告する」
「――っ!? ‥‥‥三人だ。上はもうすぐ‥‥‥騎士団の従僕になれるかどうかなんだ。頼む、許してくれよ」
さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだよ?
家族がいるからこんな小遣い稼ぎか?
情けない‥‥‥
「馬鹿だな、おっさん。次はないぞ?」
「すまん‥‥‥」
手を引っ込めようとする彼のてのひらに、アーチャーは何かを握らせてやる。
彼は最初、呪いか何かだと勘違いしたらしい。
ひっ、と悲鳴をあげて慌てて手を引っ込めると、守衛室に逃げ込んでしまった。
「さて、行くかな‥‥‥。『雷光』のじーさん、まだ生きてりゃいいんだけど‥‥‥」
アーチャーは情けない奴と、門番に背を向けて歩き出す。
それを見送りながらそっとてのひらを開いた門番は唖然とし、そして、信じらえないとアーチャーを見ながら頭を下げていた。
その手には――彼の数年分の稼ぎにはなるだろう、金貨が数枚、握らされていたからだった。
「俺は雷光のじーさんを希望したんだがな?」
「彼は忙しいのよ。なにより、あなたどういうつもり?」
「どうって、何がだ?」
「何がだ、も何もないでしょうっ!? もう、ここにも聞こえてるわよ? 宮廷死霊術師が、勇者パーティを追放されたって、ね‥‥‥」
「そうか? だが、問題ないだろ? ギルドの看板に泥を塗ったわけじゃない。まだ、宮廷死霊術師には違いないぞ?」
「ふざけないでよ、アーチャー! あなたは‥‥‥」
「なんだよ、なにを怒ってるんだ、イライア? 大体、あなたは表のまともな連中のまとめ役。このギルドの金庫番がなんの用だ‥‥‥」
シェニアとは少し違う、この大陸出身のハイエルフ。
金の髪に碧の瞳。伝説の通りの森の美しい妖精。
あいにくと、まだ二十歳前後に見える彼女が、すでに四百年近く生きていることは公然の秘密だが‥‥‥
そんな、普段は経費とギルド経営に関してだけうるさい彼女が何を怒っているのか、アーチャーには想像がつかなかった。
「お金の話なんかしていないわ。役立たず、無能、戦力外通告を受けての退陣。これって、あなたがどれだけ周囲に迷惑をかけたのか‥‥‥理解していないのね?」
「俺が? いや待てよ。 あなたもシェニアと同じハイエルフなら‥‥‥理解出来るだろ?あいつより数倍――いや、にらむなよ。嫌味じゃない。その歳月を過ごしたあなたなら、あいつらがどれだけ使えないか‥‥‥理解しているはずだろ?」
「そんなことはどうでもいいのよっ!」
「なら、何が気に入らないんだ?」
呆れた人ね‥‥‥
イライアはその瞳を曇らせているわけではないように見えた。
ただ、悲しみをたたえているのは間違いない。
でも――理由は皆目見当がつかなかった。
「あなたは! 裏切ったのよ!!」
「だから、何をだよ!? ギルドか? 仲間か? 王国か!?」
「仲間よ!」
「だって――追い出したのはあいつらだぞ??」
「その仲間じゃないわ‥‥‥あなたが裏切ったのは! 同じ黒札の憧れと尊敬の、畏敬の対象だったのに。勇者パーティに入るってことは、このギルド、ひいては王国に属する黒札たちの代表になるってこと! それを、彼らの期待を裏切ったのよ‥‥‥あなたは。どう、理解した?」
それは――二度目の青天の霹靂だった。
彼らと契約を交わして使役する者。
神や精霊を聖なるものとしてあがめる神官や信仰を持つのが正しいとされるのは、人間の世界でも、獣人の世界でも、エルフでも‥‥‥そして、奇妙なことに魔族の間でも揺るがない常識だった。
そんな理由でここ、総合ギルドにおいてもアーチャーはまともな扱いなんてされない。
例え宮廷死霊術師という肩書があったとしても、通されるのは表門ではなく別の入り口からだ。
「おい、待てよ!」
「え?」
「あんた、黒札をつけてるじゃないか。なら‥‥‥あっちだ」
「あっち? おい、俺は宮廷――」
関係ないね、と門番はあごをしゃくる。
その向いた先には、アーチャーと同じく、身体のどこかに黒い札、もしくは紋章やオーブを身に着けた人々がまばらに、人目を避けるようにして向かう姿があった。
「差別だな、おい?」
「そうか? 黒札は穢れているといって、王宮にすら上げない方が問題だと思うがね?」
「‥‥‥役人のまえで体制批判か? 良い度胸だな?」
「脅しても無駄だよ。あんただって、その制服がなきゃ貴族街がある内門にすら入れない身分だろうが? 同類のくせに裏切った、なんて言われなきゃいいがな? あいつらから」
高い塀に囲まれた総合ギルドの門を守る小太りの男はそう言うと、再び黒札の一団を見てアーチャーに嫌味を言う。
子供のくせに、役人?
出世しやがって、そんな妬みも入っているのだろう。
その出世したはずの少年が、実は金策に走った末に、ここにいるなんて想像は出来ないだろうな‥‥‥言いたい放題言いやがって。
しかし、彼に逆らってここで追い返されては身もふたもない。
宮廷死霊術師なんて肩書も、役人という身分も、総合ギルドでは通用しない。
アーチャーは心で毒づきながら、彼の指図に従うしかなかった。
「分かったよ‥‥‥」
「ああ、それでいいんだ、それで。それと、忘れてるぞ?」
「なんだよ? 記帳ならしただろうが?」
「これだよ、これ」
「はあ? 本気かよ‥‥‥」
当たり前だろ?
そう言うと、門番は手をそっと差し出した。
賄賂を寄越せ、通行料だ、そういう仕草だ。
どこまで腐ってんだよ、こいつ‥‥‥。
「後悔するぞ? その手をさげろ‥‥‥」
「お前、バカかよ? たかだか、黒札になにができる?」
「二度は言わない。手を下げろ」
「ふざけんなよ? 通さなくてもいいんだぞ? 誰が困るんだ??」
「‥‥‥あんた、何年だ?」
「何がだ?」
「だから、ここで門番して何年かって聞いてるんだよ」
「お前に関係あるか?」
「三年以上なら知っているはずだ。この国の最高位にいる黒札の冒険者は誰だ?」
「はあ? 役人が冒険者なわけないだろうが? それは兼任できない決まり‥‥‥」
ああ、それはそうだよ。
アーチャーは肯定してやる。
ただし、とも付け加えて。
「例外もあるぞ? 例えば――勇者パーティに参加する、なんてどうだ? 思い出したか?? 誰が最高位の黒札だ?」
「だからって‥‥‥入れる入り口は変わらんし、譲れねえ‥‥‥仕事だ」
「それには従ってやるよ。あんたのその賄賂を求めた行為は報告しておいてやる。どうだ? 自分が虐げてきた側になる気分は?」
「待て、待ってくれ‥‥‥頼む。この仕事を無くしたら、カミさんに殺される‥‥‥」
「子供は?」
「あんたには関係ないだろ!?」
「答えろ、そうしないと報告する」
「――っ!? ‥‥‥三人だ。上はもうすぐ‥‥‥騎士団の従僕になれるかどうかなんだ。頼む、許してくれよ」
さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだよ?
家族がいるからこんな小遣い稼ぎか?
情けない‥‥‥
「馬鹿だな、おっさん。次はないぞ?」
「すまん‥‥‥」
手を引っ込めようとする彼のてのひらに、アーチャーは何かを握らせてやる。
彼は最初、呪いか何かだと勘違いしたらしい。
ひっ、と悲鳴をあげて慌てて手を引っ込めると、守衛室に逃げ込んでしまった。
「さて、行くかな‥‥‥。『雷光』のじーさん、まだ生きてりゃいいんだけど‥‥‥」
アーチャーは情けない奴と、門番に背を向けて歩き出す。
それを見送りながらそっとてのひらを開いた門番は唖然とし、そして、信じらえないとアーチャーを見ながら頭を下げていた。
その手には――彼の数年分の稼ぎにはなるだろう、金貨が数枚、握らされていたからだった。
「俺は雷光のじーさんを希望したんだがな?」
「彼は忙しいのよ。なにより、あなたどういうつもり?」
「どうって、何がだ?」
「何がだ、も何もないでしょうっ!? もう、ここにも聞こえてるわよ? 宮廷死霊術師が、勇者パーティを追放されたって、ね‥‥‥」
「そうか? だが、問題ないだろ? ギルドの看板に泥を塗ったわけじゃない。まだ、宮廷死霊術師には違いないぞ?」
「ふざけないでよ、アーチャー! あなたは‥‥‥」
「なんだよ、なにを怒ってるんだ、イライア? 大体、あなたは表のまともな連中のまとめ役。このギルドの金庫番がなんの用だ‥‥‥」
シェニアとは少し違う、この大陸出身のハイエルフ。
金の髪に碧の瞳。伝説の通りの森の美しい妖精。
あいにくと、まだ二十歳前後に見える彼女が、すでに四百年近く生きていることは公然の秘密だが‥‥‥
そんな、普段は経費とギルド経営に関してだけうるさい彼女が何を怒っているのか、アーチャーには想像がつかなかった。
「お金の話なんかしていないわ。役立たず、無能、戦力外通告を受けての退陣。これって、あなたがどれだけ周囲に迷惑をかけたのか‥‥‥理解していないのね?」
「俺が? いや待てよ。 あなたもシェニアと同じハイエルフなら‥‥‥理解出来るだろ?あいつより数倍――いや、にらむなよ。嫌味じゃない。その歳月を過ごしたあなたなら、あいつらがどれだけ使えないか‥‥‥理解しているはずだろ?」
「そんなことはどうでもいいのよっ!」
「なら、何が気に入らないんだ?」
呆れた人ね‥‥‥
イライアはその瞳を曇らせているわけではないように見えた。
ただ、悲しみをたたえているのは間違いない。
でも――理由は皆目見当がつかなかった。
「あなたは! 裏切ったのよ!!」
「だから、何をだよ!? ギルドか? 仲間か? 王国か!?」
「仲間よ!」
「だって――追い出したのはあいつらだぞ??」
「その仲間じゃないわ‥‥‥あなたが裏切ったのは! 同じ黒札の憧れと尊敬の、畏敬の対象だったのに。勇者パーティに入るってことは、このギルド、ひいては王国に属する黒札たちの代表になるってこと! それを、彼らの期待を裏切ったのよ‥‥‥あなたは。どう、理解した?」
それは――二度目の青天の霹靂だった。
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