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第一章 棄てられた死霊術師
死霊術師の、「ささやか」な報復
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さて。
目立たないようにと市街の少しばかり引っ込んだ閑静な場にある、とある場所でアーチャーは腰を落ち着けていた。
ここに来るのは半年ぶりだな。
王都は過去に大帝国だった経緯がある。
その遺跡にも近いような旧市街と呼ばれる建築群はいまにも崩落しそうなほどにもろく見えて、住まう者もまともな人間はまずいない。
立ち寄ることすらも戸惑うほどだ。
そんな灰色と赤茶けた石造りの建物の一角に、アーチャーは居を構えていた。
いや、住居と呼ぶのはお粗末なものだ。
どちらかといえば、隠れ家。と呼ぶ方がしっくりくると思われた。
「身分証明書、通行許可証、後は‥‥‥地下世界からの依頼書? しかし、あちらにもギルドの支部があると言っていたはずだ。どうして上の本部にあったんだ……新人に行かせる理由‥‥‥??」
不思議なものだと依頼主を見てみると、なるほどと得心がいった。
『王立運輸機構管理本部』なんて、仰々しい組織名が記載されている。
つまり、地下世界まで降りていくための手段として、あのルブラン商会が語っていた箱で昇降するという装置。
その管理および地下と地上の運行云々まで差配している組織が、ここと。
そういうことなのだろう。
最下層なら、まだ地下世界の管理は及ばない。
両世界の狭間にあるトラブルは、この機関を通じて総合ギルドに発注されるらしい。
「数体のアンデッド及び、小型モンスターによる外輪装置破損の可能性があるため、駆除を要請? それで死霊術師、ね。新人でもできるってことか」
ふうん、まあ必要なのは地下に行くことだな。
退陣くらいきちんとして行きなさいよ、とあの言葉が脳裏に蘇る。公人? 俺に相談できない理由も理解できるけどな。こんな子供に言えるはずもない。
それは理解出来るものの、アーチャーは面白くない。
政治の裏側に利用されていたなんてのに気づかないのも間抜けな話だけどな‥‥‥はあ。
そうぼやいている合間にも時間が勿体ない。
降りる前にけじめをつけるとこにけじめ、付けなきゃなあ?
気が治まらない。
とりあえずはこの隠れ家というか、物置を撤去だ。
そう思い、アーチャーは建物にかけていた結界を一枚、一枚と剥がしていく。
往々にして、魔導士や魔法使い、賢者なんて呼ばれる存在は、上の位階に行けば行くほど、自前の『研究』に没頭するものだ。
その多くはハグーンがある天空大陸に在していて、地上には縁がないから出会うことも少ない。
アーチャーは自分の研究室をここに設置していた。
課題?
まあ、それはどうでもいいことだ。
この部屋には一般に出回ってはいけない品物、書籍が多数、山積みになっている。
「ふん。ま、結界はまともに作動していたか‥‥‥」
部屋のどこにもホコリどころかチリ一つ落ちていないそこは、世界と隔絶された場所だ。
時間と空間を極限にまで制限した、死霊術の秘儀がそこかしこに散りばめられている。
音も光も遮断された、奇妙な世界。
ハグーンの頃に作り上げた移動式の密閉空間は、まだまだその効果を失わないようだ。
来ている衣装はこのままでいい。必要な物も、せいぜいあの書類。移動の正式な辞令程度で済む。
外の一定範囲内の場所に魔力や生命反応がないことを確認して、アーチャーはその部屋から一歩外に出る。
そのまま、彼らに渡していた魔道具を使い研究室と呼んでいるそれを分解・解体していくつかの宝珠に収納‥‥‥ここまでは問題なしだ。
世界には入り口が小さく、内側が無限にも広がっている収納魔道具があると聞いている。
しかし、さすがに移動しながらそれを携行するのは無理があるような気が、アーチャーはしてならなかった。
例え空間をねじったとしてもそれはその場所に在した空間だけだからだ。
移動すると空間も移動する。
収納魔法なんて命題を追いかけていた賢者もいると聞くが、まだその研究が完成したと耳にしたことはなかった。
発明されれば、魔法の歴史を変える大発表になるのだが‥‥‥世の中、そうそううまくはいかないらしい。
その後、まず最初に訪れたのは外務省の窓口だ。
変わらず、なんで徒歩でここを訪れているんだこいつは? そんな目でじろじろと見られたがアーチャーは気にしなかった。ここですることはたった一つ。
「はあ? はい‥‥‥それは御用意可能ですが――しかし――」
「いいんだ、許可は得ている。俺の離別はもう聞いているだろ? 去る前に、これまで全体として預けていたものを分配するって話になってな」
「つまり、その額と引き出しをなさりたい、と? しかし、それはここでなくても可能なのでは? そういう内容であれば内壁の財務局に‥‥‥」
入れないんだよ、とアーチャーは死霊術師である紋章を見せて説明する。
まだ宮廷死霊術師様ではあるが、勇者パーティを抜けたらあの中には入れない。それが決まりだからだ。
「なるほど。
かしこまりました。伯爵様であれば、行使権利もありますので‥‥‥」
「悪いね」
少々お待ちください、と担当者は引っ込んでいく。
侯爵の次の爵位は伯爵。その上に、辺境国国王なんて肩書までついてくる。
ありがたいものだ、それでも‥‥‥死霊術師である限りは王宮には上がれない。
不浄なんてルールを総合ギルドが変えたいと望むのも、理解出来る気がしていた。
「さて、まずは大金貨三百枚。溜め込みすぎだろ‥‥‥ライルのやつ」
時間と空間を制御できるなら、物体の複製なんてワケがない。
イライアの見せてくれたあの書類の山の中に、ライルのサインを見つけたアーチャーは如才なくそれを頂いていた。あくまで、コピー、という形でだが。
総額は大金貨五百枚。金貨百枚で大金貨一枚だ。ゆうに金貨五万枚の貯蓄がされていたことになる。
その大部分が、勇者ライルの名義で‥‥‥。
魔王討伐のための資金としてと言えばさっさと現金で提供されたそれを持ち、アーチャーは次の場所に向かった。
次はあの商会だ。
しかし――このことを知ったらライルはどんな顔をするだろうか?
自分の名義で最後は持ち逃げでもするつもりだったのか? その財のゆうに半分以上をアーチャーはかっさらったのだから。
目立たないようにと市街の少しばかり引っ込んだ閑静な場にある、とある場所でアーチャーは腰を落ち着けていた。
ここに来るのは半年ぶりだな。
王都は過去に大帝国だった経緯がある。
その遺跡にも近いような旧市街と呼ばれる建築群はいまにも崩落しそうなほどにもろく見えて、住まう者もまともな人間はまずいない。
立ち寄ることすらも戸惑うほどだ。
そんな灰色と赤茶けた石造りの建物の一角に、アーチャーは居を構えていた。
いや、住居と呼ぶのはお粗末なものだ。
どちらかといえば、隠れ家。と呼ぶ方がしっくりくると思われた。
「身分証明書、通行許可証、後は‥‥‥地下世界からの依頼書? しかし、あちらにもギルドの支部があると言っていたはずだ。どうして上の本部にあったんだ……新人に行かせる理由‥‥‥??」
不思議なものだと依頼主を見てみると、なるほどと得心がいった。
『王立運輸機構管理本部』なんて、仰々しい組織名が記載されている。
つまり、地下世界まで降りていくための手段として、あのルブラン商会が語っていた箱で昇降するという装置。
その管理および地下と地上の運行云々まで差配している組織が、ここと。
そういうことなのだろう。
最下層なら、まだ地下世界の管理は及ばない。
両世界の狭間にあるトラブルは、この機関を通じて総合ギルドに発注されるらしい。
「数体のアンデッド及び、小型モンスターによる外輪装置破損の可能性があるため、駆除を要請? それで死霊術師、ね。新人でもできるってことか」
ふうん、まあ必要なのは地下に行くことだな。
退陣くらいきちんとして行きなさいよ、とあの言葉が脳裏に蘇る。公人? 俺に相談できない理由も理解できるけどな。こんな子供に言えるはずもない。
それは理解出来るものの、アーチャーは面白くない。
政治の裏側に利用されていたなんてのに気づかないのも間抜けな話だけどな‥‥‥はあ。
そうぼやいている合間にも時間が勿体ない。
降りる前にけじめをつけるとこにけじめ、付けなきゃなあ?
気が治まらない。
とりあえずはこの隠れ家というか、物置を撤去だ。
そう思い、アーチャーは建物にかけていた結界を一枚、一枚と剥がしていく。
往々にして、魔導士や魔法使い、賢者なんて呼ばれる存在は、上の位階に行けば行くほど、自前の『研究』に没頭するものだ。
その多くはハグーンがある天空大陸に在していて、地上には縁がないから出会うことも少ない。
アーチャーは自分の研究室をここに設置していた。
課題?
まあ、それはどうでもいいことだ。
この部屋には一般に出回ってはいけない品物、書籍が多数、山積みになっている。
「ふん。ま、結界はまともに作動していたか‥‥‥」
部屋のどこにもホコリどころかチリ一つ落ちていないそこは、世界と隔絶された場所だ。
時間と空間を極限にまで制限した、死霊術の秘儀がそこかしこに散りばめられている。
音も光も遮断された、奇妙な世界。
ハグーンの頃に作り上げた移動式の密閉空間は、まだまだその効果を失わないようだ。
来ている衣装はこのままでいい。必要な物も、せいぜいあの書類。移動の正式な辞令程度で済む。
外の一定範囲内の場所に魔力や生命反応がないことを確認して、アーチャーはその部屋から一歩外に出る。
そのまま、彼らに渡していた魔道具を使い研究室と呼んでいるそれを分解・解体していくつかの宝珠に収納‥‥‥ここまでは問題なしだ。
世界には入り口が小さく、内側が無限にも広がっている収納魔道具があると聞いている。
しかし、さすがに移動しながらそれを携行するのは無理があるような気が、アーチャーはしてならなかった。
例え空間をねじったとしてもそれはその場所に在した空間だけだからだ。
移動すると空間も移動する。
収納魔法なんて命題を追いかけていた賢者もいると聞くが、まだその研究が完成したと耳にしたことはなかった。
発明されれば、魔法の歴史を変える大発表になるのだが‥‥‥世の中、そうそううまくはいかないらしい。
その後、まず最初に訪れたのは外務省の窓口だ。
変わらず、なんで徒歩でここを訪れているんだこいつは? そんな目でじろじろと見られたがアーチャーは気にしなかった。ここですることはたった一つ。
「はあ? はい‥‥‥それは御用意可能ですが――しかし――」
「いいんだ、許可は得ている。俺の離別はもう聞いているだろ? 去る前に、これまで全体として預けていたものを分配するって話になってな」
「つまり、その額と引き出しをなさりたい、と? しかし、それはここでなくても可能なのでは? そういう内容であれば内壁の財務局に‥‥‥」
入れないんだよ、とアーチャーは死霊術師である紋章を見せて説明する。
まだ宮廷死霊術師様ではあるが、勇者パーティを抜けたらあの中には入れない。それが決まりだからだ。
「なるほど。
かしこまりました。伯爵様であれば、行使権利もありますので‥‥‥」
「悪いね」
少々お待ちください、と担当者は引っ込んでいく。
侯爵の次の爵位は伯爵。その上に、辺境国国王なんて肩書までついてくる。
ありがたいものだ、それでも‥‥‥死霊術師である限りは王宮には上がれない。
不浄なんてルールを総合ギルドが変えたいと望むのも、理解出来る気がしていた。
「さて、まずは大金貨三百枚。溜め込みすぎだろ‥‥‥ライルのやつ」
時間と空間を制御できるなら、物体の複製なんてワケがない。
イライアの見せてくれたあの書類の山の中に、ライルのサインを見つけたアーチャーは如才なくそれを頂いていた。あくまで、コピー、という形でだが。
総額は大金貨五百枚。金貨百枚で大金貨一枚だ。ゆうに金貨五万枚の貯蓄がされていたことになる。
その大部分が、勇者ライルの名義で‥‥‥。
魔王討伐のための資金としてと言えばさっさと現金で提供されたそれを持ち、アーチャーは次の場所に向かった。
次はあの商会だ。
しかし――このことを知ったらライルはどんな顔をするだろうか?
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