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第三章 たった一人の隣人
死霊術師、埋葬する
しおりを挟むパルド市、総合ギルドパルド支部――
「つまり、地上と地下の王国法に差異はないと、そういうことか?」
「そういうことかもなにも、そんな地域ごとに特例を定めたら地下ではこれが適法だった、本国では違法だったなんて騒動の元になるじゃない。少なくとも、奴隷法においては特別事項なんて存在しないわ」
「明言できるかな、えーと? ルカ、ですよ。あなたは‥‥‥?」
「アーチャー。アーチャー・イディス‥‥‥伯爵様の臣下の、ロン・エルシンドラ。地下世界の視察兼先触れってとこだ」
「ふうん‥‥‥話には聞いていたけど、あなたがねえ。死霊術師つながりってわけ? イディス伯爵様もまだお若いって話だったけど??」
「伯爵様は俺と同年代だよ。腕前は――違い過ぎるけどな」
「ふうん‥‥‥」
ルカと名乗った翼人の少女が不審げな瞳をアーチャーもとい、ここではロン、だが。
ロンに向けていた。
勇者パーティから出た、貴族様の手下が総合ギルドにいることが面白くない。
そんな視線だった。
「何かな?」
「いいえ、別に――あなたに漏らして報告でもされた日にはこのクビが危ないわよ。さっさと用事を済ませて出て行って頂戴」
「つれないな‥‥‥イライアには宜しく伝えておくと聞いていたんだが??」
イライア?
その単語にルカの書類を整理する手がふと止まる。
「イライアって上のハイエルフ?」
「そうだけど、何か?」
「副ギルドマスターがあなたに? あり得ないわ」
「副ギルマス‥‥‥? 彼女は経理部の人間じゃないのか?」
「ここは――王国のとはいっても地下だけど。ここでもギルドマスター一人に対してサブが三人。上の本部なら、六人はいるわよ。その一人。経理部部長との兼任ねそんなことも知らないの?」
「知っていてもせいぜい、その役職の人数くらいだな。安全性の面からも公開されないのがセキュリティじゃないのか? いまバレたけどな」
「あ‥‥‥。待って、これは言わないで‥‥‥」
慌てたようにあたふたと取り繕うふりをするルカだが、ロンはもう知ってしまったよとニヒルな笑顔を浮かべていた。
「言わなくてもいいが、さてな?」
「何よお、その意味ありげな顔は‥‥‥相手なんてしないわよ?」
「相手? 地下世界にきていきなり女遊びなんてしたら御主人様に殺されるよ。そんなことを望んでいるんじゃない。セクハラだ、パワハラだなんて言われたらたまったもんじゃないからな‥‥‥」
肩をすくめて見せると、後方に座る二体の遺体を指差した。
もっとも、獣人の少女二人は肉体の治癒をほぼ完ぺきに施され、細胞などに残された過去の自我を脳が再構成・再生することで――生きた、存在にはなっていた。
酸素が供給されることが無くなれば脳は数分で死亡する?
ミリ単位になったとしても、その細胞から全体像を復元できる死霊術の再生技術にその程度の問題など些末なことだった。
問題は――
「生きて‥‥‥るの?」
「いや、死んでる。魂はもうないよ。死神が連れて行ったようだな」
「でも‥‥‥会話できるじゃない?」
「数十年なら継続できるだけさ。だから、数百年生きる存在を再生すると――」
「ああ‥‥‥だから、ゾンビなんて出来るんだ。じゃあ、完璧な再生? でもこういう場合なんて言うの?」
「さあ? 蘇生で、いいんじゃないか? 正確には同一人格の複製だけどな。魂は戻せない。で、彼女たちの埋葬をしてやりたい」
「だって‥‥‥生きてる!?」
「だから、さ。死んだっていう証明が欲しいんだよ。そして、蘇生させたっていう証明もな。そうすれば、自由だろ?」
「ああ‥‥‥それは、そう、ね。でもなんでそんなことを? そのままあなたの奴隷にすればいいじゃない? これから有力な補佐になるわよ?? 獣人だし――」
ロンは静かに頭をふった。
それはダメなんだよ、と。
ルカは納得がいかないように彼を見ていた。
「俺は死霊術使いだろ? 旦那様も同じだ。だから、厳しいんだよ。死者に鞭打つとは何事か、ってさ。死霊術師がゾンビだの、スケルトンだの、ゴーストだのを召喚したり能力を利用して使役する時代はもう終わったんだって。それが俺の雇い主の意向なんだ」
「だって、この地下世界じゃそれが普通よ? 葬送したり、復活させたりって側面もあるけど神官でもないし、治癒術師でもない。それなら――死霊術師が出来るのって何??」
うーん、そうだなあ。
ロンは適当な概念を見つけようと頭を捻った。
小難しい賢者としての死霊術師が持つ概念は余りにも広範囲すぎて伝わらない。
言うとすれば、そう。これしかない。
「神しかできない奇跡を神の力を借りずに行うこと。人の生死の境目にある死を超越した場所にある物理現象を操作すること、かな? 魔王や勇者のように。その力の差には雲泥の差があるけどな?」
「そりゃ、辺り前でしょ? あなたなんて駆け出しなんだし」
「違いない。で、やってくれるか?あの二人を親元に返したい。聞けば寿命は人間に近いっていうからさ。親の死ぬときまでは一緒にいれるだろ?」
「出来るけど。でも、それは賢くないわよ?」
「なんでだ? 親だって喜ぶだろう?」
ルカはとんでもない、と首を振る。
獣人、特に彼女たちのような人狼族は多産で長命な種族も多い、と。
「いや、意味が分からないんだが??」
「寿命が薄い種族は必然的に淘汰されて虐げられるわ。その多くが奴隷として売りに出される。原因は――」
耳を貸して、とロンは言われて片耳をルカの口元に近づけた。
「領主様の獣人族に対する課税が人や魔族の数倍重いからよ。だから――売りに出すの。自分の子供や身分の低い配下の種族の子供をね‥‥‥」
「なんだそりゃ?? まさか、それで人口バランスでも取ってるつもりか??」
「上はそのつもりのようね。労働力の大半は獣人だし――希少品としての‥‥‥肉もそうよ。ああ、そう言えば」
「なんだ? いい考えでもあるのか?」
ルカがまあねえ、と言いだしてきたのは例の肉屋のチラシだった。
そこに書かれていた文言を見て、ロンことアーチャーは絶句したのだった。
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