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第四章 魔族と死霊術師

「復讐」の真実

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「魔王に」
「なに‥‥‥??」
「ある意味、魔王に俺はなりたい。もし、いまどこかの魔王を倒した誰かが、新たな魔王を名乗れるのであれば」
「そんな。あなた、正気? 魔王になりたいなんて言ったら、しかもそれが地上世界から来た人間だって知られたら可能な魔力をもっているとしても、狙われる。魔界の魔王たちに。まともじゃない‥‥‥シェナは必ず殺される。ロア族も、蒼狼族も滅ぶ。シェナたちを駒にするつもりなの!?」
「違う、誤解だ。それは大いなる誤解だ、シェナ。魔王になりたいなんて思ってないし、なる気も名乗るつもりもない。ただ‥‥‥」

 あー‥‥‥間抜けだ俺は。
 ここまで言ったら誤解が真実になる。
 シェナはどこまでも信じないだろう。
 今の魔界は平和ではないが、緊張感の中に仮初めの平和を作っていて。誰もがそれが現実になるように祈っているのに。
 新しい戦争の火種を持ち込もうとしている。そう受け取られても仕方ない言い方をしちまった。
 
 そんな後悔がアーチャーの心に産まれた時、シェナは意外な真実を言い当ててしまう。

「アーチャー。あなたもしかして‥‥‥探している誰かは――魔王、なの?」
「え‥‥‥?」

 高鳴る鼓動。
 その一瞬のブレを、狼姫は聞き漏らさない。

 会いたいのは魔王じゃなくて、魔王になっている誰か。
 それは、彼の大事な存在を奪って悲しみと憎しみを与えた誰か。
 そう。 
 そうなんだ、アーチャー。
 それが地下世界にやってきた真実。
 それだけが、あなたを突き動かす原動力。
 だから、あなたは誰も巻き込みたくない。
 そう‥‥‥なら、シェナは‥‥‥邪魔かな。
 
「なんでもない。いい、分かった。行こう、アーチャー。いいえ、御主人様。シェナを使って」
「使って、か。いきなり納得するなよ。ついでにこの紋章を出したのは夜空を見せるためだけにしたんじゃないぞ、シェナ。お前は俺を案内したらこれをくぐり抜けて地上世界で暮らすんだ。使ってなんて、自分が道具みたいに言うなよ」
「‥‥‥いいの、助けてもらったから。それに助からないから。アーチャーが何をしても、周りの魔族はそれを許さないから。地上世界にいても、魔族はたくさんいるの。シェナが生きていないがいい。違う?」
「いや、待て守る方法はたくさんある。マスター・ラーズが無理なら、それ以外のものだって――」
「アーチャー!! 周りを‥‥‥巻き込んだらだめ、だよ。シェナが奴隷になったのは氏族のため、ロアのため。それは恨んでない」
「なら、使えって意味が通じないぞ、シェナ??」
「氏族には案内できない。王様も紹介できない。ロアは関係ない。家族を――シェナを利用して家族を巻き込まないで!! あなたの‥‥‥あなたの復讐にはシェナを使えばいい」
 
 泣くな。
 泣くなよ。
 まるで俺が、復讐のためだけにこの地下世界を利用しようとしてるみたいじゃないか。

「なあ、おい。最初は主人の責任とか言ったり、さっきは王族どうこう言ったのに。いろいろと無印してないか‥‥‥??」
「してない! それは新領主様がアーチャーだって。それだけの話なら、それでいい。シェナは道具になれば、それに従えば生きていける。でもいまの話が本当なら、ロアだけじゃないみんなが死ぬの。魔族は優しくない。人間もそうでしょ? もし、人間の王の誰かに親を殺されたシェナが、その復讐をしたいって言ってアーチャーに近づいたら。あなたはどうする? 自分だって危険。家族も国も危険になる。 黙って協力する? しないでしょ??」
「しないとは言わない。場合と内容による」
「それが嘘だって言ってる。みんな仲間が種族が大事なの裏切るようなことはできない」
「なら‥‥‥シェナはどうするつもりだ? 俺になにを使えって言いたい?」

 無力な自分。
 氏族から見捨てられて、いまさら何のかかわりもないはずなのに。
 でも、家族を危険には巻き込めない。
 
「シェナを殺せばいい。魔石を使えばいい。シェナは使えないけど、この身体には――風の精霊が宿ってる。それをあげるから氏族に近づかないで‥‥‥」
「風の精霊? どうしてそんなものが? お前の生まれに関係しているのか? あーいや、待てよ。困ったなこんな話にする気じゃなかったんだ。‥‥‥なあ、シェナ。お互いに隠していることを話さないか? 俺は黒の位階じゃない。意味分かるか?」

 黒じゃない?
 そこに身に着けているのは黒なのに。
 魔導師の最下位の色。その程度の常識くらいはシェナも知っている。

「意味は分かるけど。アーチャーは死霊術師だし、黒だし。あのとき、助けてくれたのもラーズの手助けがあったから。あなたが強いわけじゃない。強ければ勇者の仲間から離れる理由がない」
「いや、それは誤解だ‥‥‥三年前まで俺は天空大陸にいた。賢者の都、ハグーンって分かるか?」
「知らない。それに天空大陸って、この魔界も元々はそう。カイネがフィオナ様と戦い、フィオナ様が負けて魔族が滅んだ。そのあとに魔族はフィオナ様以外、復活したけど。その時、堕ちたから魔界は地下にある。‥‥‥くらいしか知らない。もしアーチャーがそこにいても、だからなに?!」
「俺は青の位階の死霊術師。ついでに、賢者だ。勇者や英雄、聖女と互角に戦える。魔王とも‥‥‥負けるかもしれないが、それでも相討ち程度にはできるはずだ。信じるか?」
「信じるわけないでしょ!!?」
「じゃあ、俺が勇者パーティをなんで追放されたか聞きたいか?」

 狼姫は涙を拭き、まだ言うの?
 なんて目でアーチャーをにらみつけて尻尾をふくらませた。

「なんだよ、それ。威嚇するな‥‥‥」
「嘘つきは嫌い! 青は魔導師の最高峰。それに、賢者なら聖者様に継ぐくらい強いはず!! なんで勇者パーティを追放になった? 簡単!! アーチャーが無能だから!!!」
「‥‥‥おいっ言い過ぎだろ。なら、これつけてみるか?」
「なにこれ‥‥‥宝石??」
「魔法を使う補助用具だ。俺の魔力がはいっていて、素人でも最下位より少し上の魔法が使える。風の精霊が宿ってる? そっちこそ、嘘じゃないのか? 賢者の証明をしろっていうならしてもいいが先にシェナのそれが本当だってことを証明しろ。そうすれば、俺が本物かどうか分かるはずだ」

 何を言い出すの、この人は?
 シェナは渡された魔道具――指輪をそれでも指にはめながら、いよいよアーチャーが狂ってしまったと疑わずにはいられなかった。
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