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第五章 夢霊の女王と死霊術師
星が見える者
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それからしばらくしてのことだ。
バルバロス王とその供の者たちに案内され、砂漠や草原で住まう民が使うような巨大なテントを模したものがいくつも連なった集落。
いや、一つの村と呼ぶべきかもしれない。
そこには二千からのロアの民がいて、この見える場所以外にも丘の向こうや湖の側にも誰かが住んでいると説明してくれた。
アーチャーはそれらを見ながら、贅沢ではない暮らしぶりに驚きを隠せなかった。
パルド市内でみた貧民街よりはましな程度。
いや、食糧やテントの素材、その他交易に欠かせない毛皮や家畜は大量に見て取れた。
だがそれは暮らしていく上で必要なものであって、決して、文明的とは呼べないもの。
いつか地上世界で人類が石や鉄を扱い、魔族や神、竜といった者たちから独立を果たして千年‥‥‥経過したかどうか程度の貧しさ。
賢者の塔で呼んだ文献になぞらえると、そんなものがそこには広がっていた。
「どう思う?」率直に、彼らの王は質問してきた。アーチャーは言葉を飾れなかった。
「生きていくには十分かもしれない。だが、子供たちには辛いはずだ。病人や妊婦、老人にも」
そう伝えると、バルバロス王は正直な領主だと皮肉気に笑っていた。
これでも、まだましになったのだとそう付け加えて。
「まだ‥‥‥まし? それはどういう意味だ?」
「そのままだよ、領主様」
「アーチャーで、いい‥‥‥」
「そうか、ではアーチャー様。一応、目上だからな。領主様だし」
「複雑だな、バルバロス王」
そんなやり取りが交わされたのは、村が一望できる丘のうえだ。
黒曜族のルカ、イオリが代理になって死のうとした問題の人物、シェナ姫――蒼よりも黄色い尾と紫の瞳を持つ彼女は、イオリよりも大人びていて美人だった。
ただ、アーチャーは部下を身代わりにしようとしたその行為を知っていたから、親近感を覚えるのは難しかったが。
そして、王の部下に側室や正妃が何人かやってきて、食事が振る舞われた。
足元に寝転べるように繊毛の布が敷かれ、木いちごや果物から作られた果実酒が振る舞われる。
いつのまにか巨大な湖の魚が蒸されて供され、中には肉も見て取れた。
傍らから一時も離れようとしないイオリにバルバロス王は、ここは相応しくない場だから立ち去れと命じていたが‥‥‥
「行かなくていい。帰る時に、自ら恥じて死にました。そんなセリフは聞き飽きた」
「信用していただけないと? これは心苦しい」
そう、王の部下たちが不敬だとのたまう中、アーチャーは一歩も譲らなかった。
「信用は過去から生まれるものだ。その意味では、イオリのこの怯えが何を意味するか。よく分かるだろう?
信頼はいまから始まるものだ。どうか、期待を損なわないで欲しい」
「これは手厳しい。なるべく善処するようにしましょう」
部下たちはその返事をしたあと、イオリに手をだすことはなかった。
だが、少女の尾はまだ警戒に膨れたままだ。
アーチャーはこのロア族という集団を、素直に信じる気にはなれないでいた。
王の隣で数度さかずきを交わすうち、辺りは暗くなった。
夜は狼の時間。
アーチャーはイオリをそっと抱き寄せながら、警戒しつつ、祝宴を楽しんでいた。
「いつから我らが、人の姿を取るようになったと思いますか?」
「え? それはロア族が、ということか?」
「もちろん、そうです」
唐突の質問、それに返す返事はすぐには見当たらない。
アーチャーのなかにあるのは、あくまで蒼狼族の歴史だからだ。
そして思いつく。
彼らは、獣にも姿を変じれる。
むしろ、そのほうが魔族として正しいありかたなのだ、と。
「まさか‥‥‥その賢者の誰かがやってくる少し前、とかか?」
「なぜそう思われました?」
「そうだな――」
アーチャーは傍らのイオリをそっと見た。
この子は最初にあったときから、私やあなた、そう言った主語が無かった気がする。
もしかすると、それに変わるものが以前はあった――つまり、獣の姿で過ごして来た期間が長かったのではないのか。
そう思ったからだ。
「イオリがな。人の言葉に不慣れだからだ。最初はそう言った話し方かとも思った。だが、何かが違う。まるでここ最近‥‥‥数十年で習得したような気がした」
「なるほど」
「この織物にしてもそうだ。どことなくぎこちない。職人の腕って割には熟練しているようにも思えない。まるで新しい文化を学び、その中で生きることを選んで数十年‥‥‥そんな感じだ」
「慧眼、ですな。確かに半世紀前まで、我らは狼のようにして生きていた。ルパードの王に仕え、時に肉として狩られ、時に毛皮として売られる。そんな長い屈辱の歴史。でも、それを屈辱だと教えてくれたのも、彼だった」
「あの男、か。あんたたちにどれだけの文化を改編させたんだか。とんでもない男だ。偉大な男だ‥‥‥」
そうでしょう、とバルバロス王はうなづいた。
まるでその人物と共に草原をかけた若い頃を思い出すかのように、懐かしそうな目をして村を見渡している。
いい出会いだったのだろう。
いまこうして話せるのも、その人物ともう一人。
イオリの母親によるものだ。
アーチャーは二人に深い感謝を捧げていた。
バルバロス王はふと、思い出したかのようにアーチャーに質問した。
バルバロス王とその供の者たちに案内され、砂漠や草原で住まう民が使うような巨大なテントを模したものがいくつも連なった集落。
いや、一つの村と呼ぶべきかもしれない。
そこには二千からのロアの民がいて、この見える場所以外にも丘の向こうや湖の側にも誰かが住んでいると説明してくれた。
アーチャーはそれらを見ながら、贅沢ではない暮らしぶりに驚きを隠せなかった。
パルド市内でみた貧民街よりはましな程度。
いや、食糧やテントの素材、その他交易に欠かせない毛皮や家畜は大量に見て取れた。
だがそれは暮らしていく上で必要なものであって、決して、文明的とは呼べないもの。
いつか地上世界で人類が石や鉄を扱い、魔族や神、竜といった者たちから独立を果たして千年‥‥‥経過したかどうか程度の貧しさ。
賢者の塔で呼んだ文献になぞらえると、そんなものがそこには広がっていた。
「どう思う?」率直に、彼らの王は質問してきた。アーチャーは言葉を飾れなかった。
「生きていくには十分かもしれない。だが、子供たちには辛いはずだ。病人や妊婦、老人にも」
そう伝えると、バルバロス王は正直な領主だと皮肉気に笑っていた。
これでも、まだましになったのだとそう付け加えて。
「まだ‥‥‥まし? それはどういう意味だ?」
「そのままだよ、領主様」
「アーチャーで、いい‥‥‥」
「そうか、ではアーチャー様。一応、目上だからな。領主様だし」
「複雑だな、バルバロス王」
そんなやり取りが交わされたのは、村が一望できる丘のうえだ。
黒曜族のルカ、イオリが代理になって死のうとした問題の人物、シェナ姫――蒼よりも黄色い尾と紫の瞳を持つ彼女は、イオリよりも大人びていて美人だった。
ただ、アーチャーは部下を身代わりにしようとしたその行為を知っていたから、親近感を覚えるのは難しかったが。
そして、王の部下に側室や正妃が何人かやってきて、食事が振る舞われた。
足元に寝転べるように繊毛の布が敷かれ、木いちごや果物から作られた果実酒が振る舞われる。
いつのまにか巨大な湖の魚が蒸されて供され、中には肉も見て取れた。
傍らから一時も離れようとしないイオリにバルバロス王は、ここは相応しくない場だから立ち去れと命じていたが‥‥‥
「行かなくていい。帰る時に、自ら恥じて死にました。そんなセリフは聞き飽きた」
「信用していただけないと? これは心苦しい」
そう、王の部下たちが不敬だとのたまう中、アーチャーは一歩も譲らなかった。
「信用は過去から生まれるものだ。その意味では、イオリのこの怯えが何を意味するか。よく分かるだろう?
信頼はいまから始まるものだ。どうか、期待を損なわないで欲しい」
「これは手厳しい。なるべく善処するようにしましょう」
部下たちはその返事をしたあと、イオリに手をだすことはなかった。
だが、少女の尾はまだ警戒に膨れたままだ。
アーチャーはこのロア族という集団を、素直に信じる気にはなれないでいた。
王の隣で数度さかずきを交わすうち、辺りは暗くなった。
夜は狼の時間。
アーチャーはイオリをそっと抱き寄せながら、警戒しつつ、祝宴を楽しんでいた。
「いつから我らが、人の姿を取るようになったと思いますか?」
「え? それはロア族が、ということか?」
「もちろん、そうです」
唐突の質問、それに返す返事はすぐには見当たらない。
アーチャーのなかにあるのは、あくまで蒼狼族の歴史だからだ。
そして思いつく。
彼らは、獣にも姿を変じれる。
むしろ、そのほうが魔族として正しいありかたなのだ、と。
「まさか‥‥‥その賢者の誰かがやってくる少し前、とかか?」
「なぜそう思われました?」
「そうだな――」
アーチャーは傍らのイオリをそっと見た。
この子は最初にあったときから、私やあなた、そう言った主語が無かった気がする。
もしかすると、それに変わるものが以前はあった――つまり、獣の姿で過ごして来た期間が長かったのではないのか。
そう思ったからだ。
「イオリがな。人の言葉に不慣れだからだ。最初はそう言った話し方かとも思った。だが、何かが違う。まるでここ最近‥‥‥数十年で習得したような気がした」
「なるほど」
「この織物にしてもそうだ。どことなくぎこちない。職人の腕って割には熟練しているようにも思えない。まるで新しい文化を学び、その中で生きることを選んで数十年‥‥‥そんな感じだ」
「慧眼、ですな。確かに半世紀前まで、我らは狼のようにして生きていた。ルパードの王に仕え、時に肉として狩られ、時に毛皮として売られる。そんな長い屈辱の歴史。でも、それを屈辱だと教えてくれたのも、彼だった」
「あの男、か。あんたたちにどれだけの文化を改編させたんだか。とんでもない男だ。偉大な男だ‥‥‥」
そうでしょう、とバルバロス王はうなづいた。
まるでその人物と共に草原をかけた若い頃を思い出すかのように、懐かしそうな目をして村を見渡している。
いい出会いだったのだろう。
いまこうして話せるのも、その人物ともう一人。
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