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第五章 夢霊の女王と死霊術師
ロアの王女と領主様
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「っふ。これでもう離れられないね、アーチャー??」
「ふっ、じゃねえ!! 俺は妻なんぞいらん!!」
「へえ‥‥‥」
「なんだよ、イオリ?」
「ねえ、こっちきて」
「なんだよ」
「いいから!!」
丘から少し離れた場所で、イオリはアーチャー手を離した。そして、頼むのだ。声が聞こえないように、結界を張って欲しいと。
「結界? どうすんだよ、そんなの‥‥‥」
「いいから、早く! 父上様たちに誤解されたくないなら、早く!」
「まったく‥‥‥」
アーチャーの行う魔法を操る仕草を、イオリはまるで愛おしい子供を見る母親のように見守っていた。
自分は知らない神秘の力を操る隣人。いまはまだそんな中だが、せっかく握ったこの手綱を離す気は無い。
そんなふうにも見えて、アーチャーは少しだけ不安だった
いいぞ、と合図をするとイオリは、まあ座れとアーチャーを地面に座らせる。そのまま、彼の頭を抱き寄せてそっとささやいていた。
「ねえ、アーチャー? 嘘つきはだめだよ」
「嘘つき? 俺は嘘なんか‥‥‥」
「そう? でも聞いた気がするなあ、イオリは。アーチャーには誰かいるんじゃないの、まだ待っているんじゃないの?」
「お前、本当にロクでもないことだけは覚えているんだな。シェニアのことか? あれは南の大陸に戻ったからな。もう無理だろ?」
「そうそう、南の大陸に戻ったとか付けくわえるだけで怪しいよね、アーチャーは。大事なメス、違う。女性を手放したいの? 忘れていいの?」
「なあ、矛盾してないか?」
「何が?」
「だってその、お前が俺の妻になるって、バルバロス王は言っただろ??」
「言ってないよ?」
「え、いやだって‥‥‥。領主様のメスとしてついていきますって言っただろ」
「だから、正妻として迎える必要はないでしょ?」
「愛人も側室も第二夫人もいらん!!」
「アーチャーって本当に頭が悪い。側において養女でもいい。側室の一人を自分の部下の王や貴族に下げ与えるのは、蒼狼族の中では普通」
きょとんとして、イオリは首を傾げている。
女は道具なのだから好きに扱えばそれでいいのに、とイオリの言うその感覚がアーチャーは理解できなかった。
「普通ってなあ。そんな道具のように扱うなら金貨でも食物でもいいじゃないか」
「だから! それが無かったから」
「‥‥‥あ。そういうことか」
ロア族が文化を持つようになったのは、ここ最近のことなのだ。
それまでの習慣は獣の世界のもの。そう考えれば自分の価値観の違いも理解できる。
理解できるとはいえど‥‥‥
「物扱いはだめだ。お前は一人の女性、そして姫でもあるんだから‥‥‥」
「本当にバカだね、アーチャーは。変わらない」
「ここにきてそんなこと言い出すのか。なんだよ、どんな考えがあるんだ。聞かせてもらおうじゃないか、ロアのイオリお姫様の三歩歩けば忘れるような浅知恵――待て、噛むな!!」
「黙って聞く?」
「聞くからもう噛むな‥‥‥どうしたいんだ」
「いい? ロアの土地を持つ、これは主の一人になるの。ロアには土地を持つのに、何‥‥‥」
イオリは急に黙り込んでしまった。
宝物、隣人、大好きなもの? 違う、大事なもの‥‥‥
その言葉の羅列に、アーチャーはまさか、財産か、と聞いてみた。
「財産? うーん、多分? 宝石やお金と同じ?」
「似たようなもんだ。で、それがどうした? ロアはそれを持つ文化がないのか?」
「違う、持てる人間が少ない、許されてない」
「あー? うーん、お前と話するときは通訳がいるな。つまり、ロアでは権力者しか土地を持てないってそういうことか」
「そうそう。それにあの土地はすごい」
「何がどう凄い?」
「あそこは一番魚が釣れる、海にもつながってる入り口。林の中には果物も多い。堅い木もたくさんある‥‥‥ルバーブの王はあの木材? たくさん持って帰って売るよ」
「え‥‥‥? そんな土地をどうして俺に渡すんだ??」
「それは父上様に聞いて。イオリは言えない」
「ならそうしよう。だがその前にだ。俺のメスってのは、どうにかならないのか?」
「本当にダメなオスだね、アーチャーは‥‥‥。預かるって言えばいいじゃない」
「ええ‥‥‥それで通じるのか? 後から結婚とか言われないのか?」
「それは、うーん。イオリ次第?」
「悪夢だ」
その時、イオリの眼が暗闇にキラっと閃くと同時に、預けていた左腕に焼き付くような噛まれた痛みが走ったことをアーチャーはしばらく忘れないだろう‥‥‥
「随分とながく話し込まれていましたな?」
「聞かないでくれ」
「その左腕の噛み跡は?」
「聞かないでくれ」
そして、バルバロス王はそっと顔を近づけてきた。
誰にも――特に側にいる女性たちに聞こえないように彼もため息交じりに言ったのだった。
「どうです? 我がロアの女性は――なかなかに偉大でしょう?」
「ああ‥‥‥牙で会話を求める以外はな」
「そのうち、慣れますよ」
「あんたもそうなのか?」
「これだけ妻がいるとね、夫が負けなければならないのです。妻たちに罪はない。その不満を作りだした夫が悪いのですよ」
「俺はそんなにたくさんの女性と愛を語ろうとは思わないよ、バルバロス王。地上世界のグリムガル王国もそうなのか? その一夫多妻‥‥‥」
「もちろん。理由は簡単です」
「理由? 種族の保存とかではなく?」
「イオリの精霊を見ましたか?」
精霊?
あの大地母神ラーディアナの? あれがどう関係しているというんだ‥‥‥??
アーチャーは首を捻ってしまう。ロア族は全員が、いや、蒼狼族の全員がその胎内に精霊を宿しているのでは、と。
「見たけどそれがどうしたんだ? 蒼狼族の胎内には誰しも精霊が宿っているのでは?」
「残念ながら、それはこの半世紀の間に変わりました」
「変わった!? なにがどう変わったんだ?」
ふう、とタバコのようなものを一服やると、バルバロス王は盃を傾けた。
何口か口をつけると、思い悩んだように天を仰ぎ、そして語りだした。
どうしてこの結界が必要なのかを、どうしてイオリの両親が地上世界に旅立ったのか。
その理由を。
「ふっ、じゃねえ!! 俺は妻なんぞいらん!!」
「へえ‥‥‥」
「なんだよ、イオリ?」
「ねえ、こっちきて」
「なんだよ」
「いいから!!」
丘から少し離れた場所で、イオリはアーチャー手を離した。そして、頼むのだ。声が聞こえないように、結界を張って欲しいと。
「結界? どうすんだよ、そんなの‥‥‥」
「いいから、早く! 父上様たちに誤解されたくないなら、早く!」
「まったく‥‥‥」
アーチャーの行う魔法を操る仕草を、イオリはまるで愛おしい子供を見る母親のように見守っていた。
自分は知らない神秘の力を操る隣人。いまはまだそんな中だが、せっかく握ったこの手綱を離す気は無い。
そんなふうにも見えて、アーチャーは少しだけ不安だった
いいぞ、と合図をするとイオリは、まあ座れとアーチャーを地面に座らせる。そのまま、彼の頭を抱き寄せてそっとささやいていた。
「ねえ、アーチャー? 嘘つきはだめだよ」
「嘘つき? 俺は嘘なんか‥‥‥」
「そう? でも聞いた気がするなあ、イオリは。アーチャーには誰かいるんじゃないの、まだ待っているんじゃないの?」
「お前、本当にロクでもないことだけは覚えているんだな。シェニアのことか? あれは南の大陸に戻ったからな。もう無理だろ?」
「そうそう、南の大陸に戻ったとか付けくわえるだけで怪しいよね、アーチャーは。大事なメス、違う。女性を手放したいの? 忘れていいの?」
「なあ、矛盾してないか?」
「何が?」
「だってその、お前が俺の妻になるって、バルバロス王は言っただろ??」
「言ってないよ?」
「え、いやだって‥‥‥。領主様のメスとしてついていきますって言っただろ」
「だから、正妻として迎える必要はないでしょ?」
「愛人も側室も第二夫人もいらん!!」
「アーチャーって本当に頭が悪い。側において養女でもいい。側室の一人を自分の部下の王や貴族に下げ与えるのは、蒼狼族の中では普通」
きょとんとして、イオリは首を傾げている。
女は道具なのだから好きに扱えばそれでいいのに、とイオリの言うその感覚がアーチャーは理解できなかった。
「普通ってなあ。そんな道具のように扱うなら金貨でも食物でもいいじゃないか」
「だから! それが無かったから」
「‥‥‥あ。そういうことか」
ロア族が文化を持つようになったのは、ここ最近のことなのだ。
それまでの習慣は獣の世界のもの。そう考えれば自分の価値観の違いも理解できる。
理解できるとはいえど‥‥‥
「物扱いはだめだ。お前は一人の女性、そして姫でもあるんだから‥‥‥」
「本当にバカだね、アーチャーは。変わらない」
「ここにきてそんなこと言い出すのか。なんだよ、どんな考えがあるんだ。聞かせてもらおうじゃないか、ロアのイオリお姫様の三歩歩けば忘れるような浅知恵――待て、噛むな!!」
「黙って聞く?」
「聞くからもう噛むな‥‥‥どうしたいんだ」
「いい? ロアの土地を持つ、これは主の一人になるの。ロアには土地を持つのに、何‥‥‥」
イオリは急に黙り込んでしまった。
宝物、隣人、大好きなもの? 違う、大事なもの‥‥‥
その言葉の羅列に、アーチャーはまさか、財産か、と聞いてみた。
「財産? うーん、多分? 宝石やお金と同じ?」
「似たようなもんだ。で、それがどうした? ロアはそれを持つ文化がないのか?」
「違う、持てる人間が少ない、許されてない」
「あー? うーん、お前と話するときは通訳がいるな。つまり、ロアでは権力者しか土地を持てないってそういうことか」
「そうそう。それにあの土地はすごい」
「何がどう凄い?」
「あそこは一番魚が釣れる、海にもつながってる入り口。林の中には果物も多い。堅い木もたくさんある‥‥‥ルバーブの王はあの木材? たくさん持って帰って売るよ」
「え‥‥‥? そんな土地をどうして俺に渡すんだ??」
「それは父上様に聞いて。イオリは言えない」
「ならそうしよう。だがその前にだ。俺のメスってのは、どうにかならないのか?」
「本当にダメなオスだね、アーチャーは‥‥‥。預かるって言えばいいじゃない」
「ええ‥‥‥それで通じるのか? 後から結婚とか言われないのか?」
「それは、うーん。イオリ次第?」
「悪夢だ」
その時、イオリの眼が暗闇にキラっと閃くと同時に、預けていた左腕に焼き付くような噛まれた痛みが走ったことをアーチャーはしばらく忘れないだろう‥‥‥
「随分とながく話し込まれていましたな?」
「聞かないでくれ」
「その左腕の噛み跡は?」
「聞かないでくれ」
そして、バルバロス王はそっと顔を近づけてきた。
誰にも――特に側にいる女性たちに聞こえないように彼もため息交じりに言ったのだった。
「どうです? 我がロアの女性は――なかなかに偉大でしょう?」
「ああ‥‥‥牙で会話を求める以外はな」
「そのうち、慣れますよ」
「あんたもそうなのか?」
「これだけ妻がいるとね、夫が負けなければならないのです。妻たちに罪はない。その不満を作りだした夫が悪いのですよ」
「俺はそんなにたくさんの女性と愛を語ろうとは思わないよ、バルバロス王。地上世界のグリムガル王国もそうなのか? その一夫多妻‥‥‥」
「もちろん。理由は簡単です」
「理由? 種族の保存とかではなく?」
「イオリの精霊を見ましたか?」
精霊?
あの大地母神ラーディアナの? あれがどう関係しているというんだ‥‥‥??
アーチャーは首を捻ってしまう。ロア族は全員が、いや、蒼狼族の全員がその胎内に精霊を宿しているのでは、と。
「見たけどそれがどうしたんだ? 蒼狼族の胎内には誰しも精霊が宿っているのでは?」
「残念ながら、それはこの半世紀の間に変わりました」
「変わった!? なにがどう変わったんだ?」
ふう、とタバコのようなものを一服やると、バルバロス王は盃を傾けた。
何口か口をつけると、思い悩んだように天を仰ぎ、そして語りだした。
どうしてこの結界が必要なのかを、どうしてイオリの両親が地上世界に旅立ったのか。
その理由を。
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