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第一部 朔月の魔女
愛人は否定しませんよ? でもね‥‥‥2
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「それはーいたし方あるまい。
わしがどうこう言うより前に、この国の中枢部と神殿の癒着は始まっていた。
お前をよこせという上級貴族の圧力から、誰が守ってきたと……??」
「……そう」
姪は叔父にもまだ、人としての優しさがあることを知りあまり責めれなくなってしまった。
そんな過去の苦労なんて、シェイラは知らずに育ったのだから。
「すまんな、お前にはそういった暗部を見せることはしたくなかったのだ。
叶うならば、法王庁にまで行って欲しくてな」
ついつい、ぼやきとともに出てきた叔父の本音にシェイラの指先が止まる。
これから夜もふけてゆき、季節は秋から冬に入ろうとしてる境目だ。
帰宅するまでに少しでも暖を取ってもらおうと、手ずから入れていた紅茶を注ごうとしていたその姿勢のまま、姪は叔父の本心を見抜いて固まっていた。
「どうした……???」
「いえ、なんでもありませんわ――」
この不良ジジイ!?
まさか、姪を使って聖女か大神官まで仕立て上げた後にー……。
現、法王猊下の親戚筋か息子とでも――結婚させようともくろんでいたわね。
そう、なぜだか理解してしまったのだから。
身内の恩義だのなんだのと言いながら――どれだけ中央への帰還する欲望にまみれているのかしら。
それだけ、この辺境の地に一族ごと追いやられて数十年。
北国は変わらないから住環境はまだ別の話として、戦争の絶えないこの王国は近隣の人間以外の魔族・竜族・亜人国家と絶えず戦火を交えている。
そんなところにいきなり、中央から数百人規模で移住されられたら……??
「叔父様の心労も察しますけど。
身内勢ぞろいで無能呼ばわりされたら、そりゃ……」
「おい―……」
「いいえ、いいんですの、叔父様。
いまは王太子妃。
大司教閣下から何を言われようと、聖女でもあるべき身……聖女!!???」
はた、とシェイラは重大な事実に気づいてしまった。
先ほども自分で発言したばかりなのに、わたしはバカなの!?
そう、自問自答しながら。
「叔父様……まさかー謀りましたわね?」
「なんのことかな?
次期、聖女候補が選ばれる日も近いかもしれんがな、王太子妃殿?」
やられた。
なんて狡猾で老練な手管なんだろう。
まさかの自分の手駒の最強の一つである聖女の札を捨ててまで――
「叔父様。
中央への帰還の目的は……目途が立ったんですね?
だから、この国の中枢部に……わたしを置くつもりですか」
「さて、な?
愛おしい姪の最後の晴れ姿を見に来ただけだが?
そう、聖女は処女で無くなれば――力を失うな、シェイラ。
その苛烈な性格、どこまで聖女の旗を無くして輝くのか。
見ていたいものだよ」
「捨て駒……です、か。
なるほどね。
だからー……こんな初夜の確認なんて古臭い儀式を持ち出したわけですわね。
リクト様の前でわたしがキレるか、それとも―おとなしく従い、その後は叔父様の息のかかった側室にでも監視させる、と。
無用になった時点で葬り去る予定でも?」
この狸ジジイ。
一体、いつから王国乗っ取りの計画なんて立てていたの!?
シェイラは神殿や法王庁という、この王国の数十倍大きな組織内での政変の荒波をどうにか生き抜いてきた叔父に恐怖する。
彼は、さてなあ?
可愛い、姪孫を早く見たいものだ。
などと渋い笑顔で答えてくる。
その笑顔の裏に何があるのか、シェイラにはよく理解できていた。
リクトとの息子が生まれ、王子になり……彼が後見人を必要とするときに外戚としてこの国の政治に裏から君臨するつもりなのだ、と。
「その頃には叔父様も八十代。
もう、あの世に行かれてもおかしくない御年齢のはず……???」
大司教はのんびりとした風情で、差し出された紅茶にお菓子にと舌鼓を打っていた。
どうしてそんなに余裕があるのですか、叔父様。
シェイラの心のモヤは晴れないままだ。
彼には―……老化という概念はないのか、と。
疑いたくなるほどに、嬉々としてその場に座っているのだから。
「なあ、シェイラ。
この下界に太陽神様が降臨されてからはや、数百年。
その間に、さまざまな種族が信徒となりその内には、エルフや魔族などもおるわけだ。
彼らから、長寿に必要な……な?
この立場にもなれば、そういった根回しもできるというものよ。
まあ、あと三百年かの。
その後はー法王猊下も数代変わられてあの御方は眠られている。
楽しみよな。
辺境から中央を差配するというのは?」
「狂ってる……そんな考えと野心、御身どころか一族そのものまで滅ぼしかねませんわ、叔父様……」
「なあに、気にすることはない。
すでにこの国の有力貴族との姻戚関係は出来上がっておる。
誰しもが喜んでいたよ。
神殿の大司教閣下との血縁関係など、一族の名誉・ほまれでございます、とな。
お前は神殿にいて何も知らんだろうが、ね?」
なんて狡猾なんだろう、この人は。
しかも、あと千年は余裕で生きそうなことを言っている。
どこまでも欲望に忠実な大司教猊下。
そして、シェイラは思い出す。
これまで誰も――代々の聖女すら、その御姿すら見たことのなかった太陽神様がなぜ眷属を派遣してまで自分に今回の婚儀を祝ってくれたのかを。
太陽神様はあの会話の中で。
まるで水鏡を用いた双方向の魔法による映像と音声を伝える物より、高度な魔具の向こうで言われた言葉を――再度、脳内で復唱していた。
(次代の聖女の認定はまだ考えようと思っていてな。
そなたが死ぬまでは、そのまま在位しておってよいぞ)
あの言葉の意味をシェイラは知ることになる。
つまり、王子に抱かれ、子供を産んでも聖女のままだと。
太陽神は事前に警告してくれていたのだ。
この国に立ち込めている暗雲に気を付けろ、と……
「つまり、わたしは子作りの道具であり、あとは今のように振る舞えば良いのですね……。
そこに子供が生まれ、その子の安全は保障される。
旦那様は……???」
「うん?
リクト王太子殿下か?
まあ、戦好きな御方であらせられるからなあ。
いつかは戦場で散られるやもしれん。
なあ、シェイラよ?」
大司教はさて、どうすればよいかの。
お前も可愛い我が姪ではあるしな。
そうぼやいていた。
殺すよりは、まだいい方法があるやもしれん。
その言葉にシェイラは戦慄を覚えた。
やっぱり……その気だったんだ、とようやく理解できたからだ。
「では、王太子殿下にすらー……???
叔父様の手が回っている、と?
でも、リクトには……そんな、神殿関係者や有力貴族出身の者はいなかったはず。
彼は、側室でもない。
前王が残した遺児ですが、母親は市政の町娘だったはず」
「そうさな、シェイラ。
まさか、さっさと死ねばよいと戦場に放り込んでみればあれよあれよ、という間に。
素晴らしき武功を立てて、いまでは救国の英雄。
現国王陛下は彼の叔父に当たるが、後継者に任ぜざるを得ない。
それほどの人気だ。
自然と、現国王陛下の息子・娘様たちの覚えはよくない。
それに続いて、前国王陛下筋の臣下や有力貴族、そしてその子供たちもまた、彼を疎ましく思う。
さて、誰がそれを守るのか。
わかるか、姪よ?」
まさか!?
そこまでの根回しを???
一体、どれほどの歳月をかけて……?
この叔父は化け物だ。
中央の政変に敗れてこの国に配置されて以来、ずっと戻ることだけに野望を持ち心を砕いてきたに違いない。
欲望にその身を任せて炎に焼かれるがまま生きる人間ほど、厄介なものはないことを思い知る瞬間だった。
でも、待ってと。
シェイラは思い直す。
リクト王子が武功を立て始めたのはここ、三~五年のこと。
その間、彼は戦場の前線で戦う一司令官に過ぎなかったはずだ。
なのに、それに目をかけるだろうか、と。
そう思い直したのだ。
「大司教閣下?
もしかして、リクト様は単なる切り札だったものが……?」
彼はニヤリとほくそ笑む。
数ある手札の一枚が、意外な化け方をするものだ。
その笑顔が、そう物語っていた。
つまり、この叔父は現国王陛下の勢力までは手中にしていないのでは?
そんな疑念が、彼女の中に湧き出ていた。
わしがどうこう言うより前に、この国の中枢部と神殿の癒着は始まっていた。
お前をよこせという上級貴族の圧力から、誰が守ってきたと……??」
「……そう」
姪は叔父にもまだ、人としての優しさがあることを知りあまり責めれなくなってしまった。
そんな過去の苦労なんて、シェイラは知らずに育ったのだから。
「すまんな、お前にはそういった暗部を見せることはしたくなかったのだ。
叶うならば、法王庁にまで行って欲しくてな」
ついつい、ぼやきとともに出てきた叔父の本音にシェイラの指先が止まる。
これから夜もふけてゆき、季節は秋から冬に入ろうとしてる境目だ。
帰宅するまでに少しでも暖を取ってもらおうと、手ずから入れていた紅茶を注ごうとしていたその姿勢のまま、姪は叔父の本心を見抜いて固まっていた。
「どうした……???」
「いえ、なんでもありませんわ――」
この不良ジジイ!?
まさか、姪を使って聖女か大神官まで仕立て上げた後にー……。
現、法王猊下の親戚筋か息子とでも――結婚させようともくろんでいたわね。
そう、なぜだか理解してしまったのだから。
身内の恩義だのなんだのと言いながら――どれだけ中央への帰還する欲望にまみれているのかしら。
それだけ、この辺境の地に一族ごと追いやられて数十年。
北国は変わらないから住環境はまだ別の話として、戦争の絶えないこの王国は近隣の人間以外の魔族・竜族・亜人国家と絶えず戦火を交えている。
そんなところにいきなり、中央から数百人規模で移住されられたら……??
「叔父様の心労も察しますけど。
身内勢ぞろいで無能呼ばわりされたら、そりゃ……」
「おい―……」
「いいえ、いいんですの、叔父様。
いまは王太子妃。
大司教閣下から何を言われようと、聖女でもあるべき身……聖女!!???」
はた、とシェイラは重大な事実に気づいてしまった。
先ほども自分で発言したばかりなのに、わたしはバカなの!?
そう、自問自答しながら。
「叔父様……まさかー謀りましたわね?」
「なんのことかな?
次期、聖女候補が選ばれる日も近いかもしれんがな、王太子妃殿?」
やられた。
なんて狡猾で老練な手管なんだろう。
まさかの自分の手駒の最強の一つである聖女の札を捨ててまで――
「叔父様。
中央への帰還の目的は……目途が立ったんですね?
だから、この国の中枢部に……わたしを置くつもりですか」
「さて、な?
愛おしい姪の最後の晴れ姿を見に来ただけだが?
そう、聖女は処女で無くなれば――力を失うな、シェイラ。
その苛烈な性格、どこまで聖女の旗を無くして輝くのか。
見ていたいものだよ」
「捨て駒……です、か。
なるほどね。
だからー……こんな初夜の確認なんて古臭い儀式を持ち出したわけですわね。
リクト様の前でわたしがキレるか、それとも―おとなしく従い、その後は叔父様の息のかかった側室にでも監視させる、と。
無用になった時点で葬り去る予定でも?」
この狸ジジイ。
一体、いつから王国乗っ取りの計画なんて立てていたの!?
シェイラは神殿や法王庁という、この王国の数十倍大きな組織内での政変の荒波をどうにか生き抜いてきた叔父に恐怖する。
彼は、さてなあ?
可愛い、姪孫を早く見たいものだ。
などと渋い笑顔で答えてくる。
その笑顔の裏に何があるのか、シェイラにはよく理解できていた。
リクトとの息子が生まれ、王子になり……彼が後見人を必要とするときに外戚としてこの国の政治に裏から君臨するつもりなのだ、と。
「その頃には叔父様も八十代。
もう、あの世に行かれてもおかしくない御年齢のはず……???」
大司教はのんびりとした風情で、差し出された紅茶にお菓子にと舌鼓を打っていた。
どうしてそんなに余裕があるのですか、叔父様。
シェイラの心のモヤは晴れないままだ。
彼には―……老化という概念はないのか、と。
疑いたくなるほどに、嬉々としてその場に座っているのだから。
「なあ、シェイラ。
この下界に太陽神様が降臨されてからはや、数百年。
その間に、さまざまな種族が信徒となりその内には、エルフや魔族などもおるわけだ。
彼らから、長寿に必要な……な?
この立場にもなれば、そういった根回しもできるというものよ。
まあ、あと三百年かの。
その後はー法王猊下も数代変わられてあの御方は眠られている。
楽しみよな。
辺境から中央を差配するというのは?」
「狂ってる……そんな考えと野心、御身どころか一族そのものまで滅ぼしかねませんわ、叔父様……」
「なあに、気にすることはない。
すでにこの国の有力貴族との姻戚関係は出来上がっておる。
誰しもが喜んでいたよ。
神殿の大司教閣下との血縁関係など、一族の名誉・ほまれでございます、とな。
お前は神殿にいて何も知らんだろうが、ね?」
なんて狡猾なんだろう、この人は。
しかも、あと千年は余裕で生きそうなことを言っている。
どこまでも欲望に忠実な大司教猊下。
そして、シェイラは思い出す。
これまで誰も――代々の聖女すら、その御姿すら見たことのなかった太陽神様がなぜ眷属を派遣してまで自分に今回の婚儀を祝ってくれたのかを。
太陽神様はあの会話の中で。
まるで水鏡を用いた双方向の魔法による映像と音声を伝える物より、高度な魔具の向こうで言われた言葉を――再度、脳内で復唱していた。
(次代の聖女の認定はまだ考えようと思っていてな。
そなたが死ぬまでは、そのまま在位しておってよいぞ)
あの言葉の意味をシェイラは知ることになる。
つまり、王子に抱かれ、子供を産んでも聖女のままだと。
太陽神は事前に警告してくれていたのだ。
この国に立ち込めている暗雲に気を付けろ、と……
「つまり、わたしは子作りの道具であり、あとは今のように振る舞えば良いのですね……。
そこに子供が生まれ、その子の安全は保障される。
旦那様は……???」
「うん?
リクト王太子殿下か?
まあ、戦好きな御方であらせられるからなあ。
いつかは戦場で散られるやもしれん。
なあ、シェイラよ?」
大司教はさて、どうすればよいかの。
お前も可愛い我が姪ではあるしな。
そうぼやいていた。
殺すよりは、まだいい方法があるやもしれん。
その言葉にシェイラは戦慄を覚えた。
やっぱり……その気だったんだ、とようやく理解できたからだ。
「では、王太子殿下にすらー……???
叔父様の手が回っている、と?
でも、リクトには……そんな、神殿関係者や有力貴族出身の者はいなかったはず。
彼は、側室でもない。
前王が残した遺児ですが、母親は市政の町娘だったはず」
「そうさな、シェイラ。
まさか、さっさと死ねばよいと戦場に放り込んでみればあれよあれよ、という間に。
素晴らしき武功を立てて、いまでは救国の英雄。
現国王陛下は彼の叔父に当たるが、後継者に任ぜざるを得ない。
それほどの人気だ。
自然と、現国王陛下の息子・娘様たちの覚えはよくない。
それに続いて、前国王陛下筋の臣下や有力貴族、そしてその子供たちもまた、彼を疎ましく思う。
さて、誰がそれを守るのか。
わかるか、姪よ?」
まさか!?
そこまでの根回しを???
一体、どれほどの歳月をかけて……?
この叔父は化け物だ。
中央の政変に敗れてこの国に配置されて以来、ずっと戻ることだけに野望を持ち心を砕いてきたに違いない。
欲望にその身を任せて炎に焼かれるがまま生きる人間ほど、厄介なものはないことを思い知る瞬間だった。
でも、待ってと。
シェイラは思い直す。
リクト王子が武功を立て始めたのはここ、三~五年のこと。
その間、彼は戦場の前線で戦う一司令官に過ぎなかったはずだ。
なのに、それに目をかけるだろうか、と。
そう思い直したのだ。
「大司教閣下?
もしかして、リクト様は単なる切り札だったものが……?」
彼はニヤリとほくそ笑む。
数ある手札の一枚が、意外な化け方をするものだ。
その笑顔が、そう物語っていた。
つまり、この叔父は現国王陛下の勢力までは手中にしていないのでは?
そんな疑念が、彼女の中に湧き出ていた。
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