新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう

文字の大きさ
3 / 29
第一部 朔月の魔女

愛人は否定しませんよ? でもね‥‥‥2

しおりを挟む
「それはーいたし方あるまい。
 わしがどうこう言うより前に、この国の中枢部と神殿の癒着は始まっていた。
 お前をよこせという上級貴族の圧力から、誰が守ってきたと……??」

「……そう」
 
 姪は叔父にもまだ、人としての優しさがあることを知りあまり責めれなくなってしまった。
 そんな過去の苦労なんて、シェイラは知らずに育ったのだから。

「すまんな、お前にはそういった暗部を見せることはしたくなかったのだ。
 叶うならば、法王庁にまで行って欲しくてな」

 ついつい、ぼやきとともに出てきた叔父の本音にシェイラの指先が止まる。
 これから夜もふけてゆき、季節は秋から冬に入ろうとしてる境目だ。
 帰宅するまでに少しでも暖を取ってもらおうと、手ずから入れていた紅茶を注ごうとしていたその姿勢のまま、姪は叔父の本心を見抜いて固まっていた。

「どうした……???」

「いえ、なんでもありませんわ――」

 この不良ジジイ!?
 まさか、姪を使って聖女か大神官まで仕立て上げた後にー……。
 現、法王猊下の親戚筋か息子とでも――結婚させようともくろんでいたわね。
 そう、なぜだか理解してしまったのだから。
 身内の恩義だのなんだのと言いながら――どれだけ中央への帰還する欲望にまみれているのかしら。
 それだけ、この辺境の地に一族ごと追いやられて数十年。
 北国は変わらないから住環境はまだ別の話として、戦争の絶えないこの王国は近隣の人間以外の魔族・竜族・亜人国家と絶えず戦火を交えている。
 そんなところにいきなり、中央から数百人規模で移住されられたら……??

「叔父様の心労も察しますけど。
 身内勢ぞろいで無能呼ばわりされたら、そりゃ……」

「おい―……」

「いいえ、いいんですの、叔父様。
 いまは王太子妃。
 大司教閣下から何を言われようと、聖女でもあるべき身……聖女!!???」

 はた、とシェイラは重大な事実に気づいてしまった。
 先ほども自分で発言したばかりなのに、わたしはバカなの!?
 そう、自問自答しながら。

「叔父様……まさかー謀りましたわね?」

「なんのことかな?
 次期、聖女候補が選ばれる日も近いかもしれんがな、王太子妃殿?」

 やられた。
 なんて狡猾で老練な手管なんだろう。
 まさかの自分の手駒の最強の一つである聖女の札を捨ててまで――

「叔父様。
 中央への帰還の目的は……目途が立ったんですね?
 だから、この国の中枢部に……わたしを置くつもりですか」

「さて、な?
 愛おしい姪の最後の晴れ姿を見に来ただけだが?
 そう、聖女は処女で無くなれば――力を失うな、シェイラ。
 その苛烈な性格、どこまで聖女の旗を無くして輝くのか。
 見ていたいものだよ」

「捨て駒……です、か。
 なるほどね。
 だからー……こんな初夜の確認なんて古臭い儀式を持ち出したわけですわね。
 リクト様の前でわたしがキレるか、それとも―おとなしく従い、その後は叔父様の息のかかった側室にでも監視させる、と。
 無用になった時点で葬り去る予定でも?」

 この狸ジジイ。
 一体、いつから王国乗っ取りの計画なんて立てていたの!? 
 シェイラは神殿や法王庁という、この王国の数十倍大きな組織内での政変の荒波をどうにか生き抜いてきた叔父に恐怖する。
 彼は、さてなあ?
 可愛い、姪孫を早く見たいものだ。
 などと渋い笑顔で答えてくる。
 その笑顔の裏に何があるのか、シェイラにはよく理解できていた。
 リクトとの息子が生まれ、王子になり……彼が後見人を必要とするときに外戚としてこの国の政治に裏から君臨するつもりなのだ、と。

「その頃には叔父様も八十代。
 もう、あの世に行かれてもおかしくない御年齢のはず……???」

 大司教はのんびりとした風情で、差し出された紅茶にお菓子にと舌鼓を打っていた。
 どうしてそんなに余裕があるのですか、叔父様。
 シェイラの心のモヤは晴れないままだ。
 彼には―……老化という概念はないのか、と。
 疑いたくなるほどに、嬉々としてその場に座っているのだから。

「なあ、シェイラ。
 この下界に太陽神様が降臨されてからはや、数百年。
 その間に、さまざまな種族が信徒となりその内には、エルフや魔族などもおるわけだ。
 彼らから、長寿に必要な……な?
 この立場にもなれば、そういった根回しもできるというものよ。
 まあ、あと三百年かの。
 その後はー法王猊下も数代変わられてあの御方は眠られている。
 楽しみよな。
 辺境から中央を差配するというのは?」

「狂ってる……そんな考えと野心、御身どころか一族そのものまで滅ぼしかねませんわ、叔父様……」

「なあに、気にすることはない。
 すでにこの国の有力貴族との姻戚関係は出来上がっておる。
 誰しもが喜んでいたよ。
 神殿の大司教閣下との血縁関係など、一族の名誉・ほまれでございます、とな。
 お前は神殿にいて何も知らんだろうが、ね?」

 なんて狡猾なんだろう、この人は。
 しかも、あと千年は余裕で生きそうなことを言っている。
 どこまでも欲望に忠実な大司教猊下。
 そして、シェイラは思い出す。
 これまで誰も――代々の聖女すら、その御姿すら見たことのなかった太陽神様がなぜ眷属を派遣してまで自分に今回の婚儀を祝ってくれたのかを。
 太陽神様はあの会話の中で。
 まるで水鏡を用いた双方向の魔法による映像と音声を伝える物より、高度な魔具の向こうで言われた言葉を――再度、脳内で復唱していた。

(次代の聖女の認定はまだ考えようと思っていてな。
 そなたが死ぬまでは、そのまま在位しておってよいぞ)

 あの言葉の意味をシェイラは知ることになる。
 つまり、王子に抱かれ、子供を産んでも聖女のままだと。
 太陽神は事前に警告してくれていたのだ。
 この国に立ち込めている暗雲に気を付けろ、と……

「つまり、わたしは子作りの道具であり、あとは今のように振る舞えば良いのですね……。
 そこに子供が生まれ、その子の安全は保障される。
 旦那様は……???」

「うん?
 リクト王太子殿下か?
 まあ、戦好きな御方であらせられるからなあ。
 いつかは戦場で散られるやもしれん。
 なあ、シェイラよ?」

 大司教はさて、どうすればよいかの。
 お前も可愛い我が姪ではあるしな。
 そうぼやいていた。
 殺すよりは、まだいい方法があるやもしれん。
 その言葉にシェイラは戦慄を覚えた。
 やっぱり……その気だったんだ、とようやく理解できたからだ。

「では、王太子殿下にすらー……???
 叔父様の手が回っている、と?
 でも、リクトには……そんな、神殿関係者や有力貴族出身の者はいなかったはず。 
 彼は、側室でもない。
 前王が残した遺児ですが、母親は市政の町娘だったはず」

「そうさな、シェイラ。
 まさか、さっさと死ねばよいと戦場に放り込んでみればあれよあれよ、という間に。
 素晴らしき武功を立てて、いまでは救国の英雄。
 現国王陛下は彼の叔父に当たるが、後継者に任ぜざるを得ない。
 それほどの人気だ。
 自然と、現国王陛下の息子・娘様たちの覚えはよくない。
 それに続いて、前国王陛下筋の臣下や有力貴族、そしてその子供たちもまた、彼を疎ましく思う。
 さて、誰がそれを守るのか。
 わかるか、姪よ?」

 まさか!?
 そこまでの根回しを???
 一体、どれほどの歳月をかけて……?
 この叔父は化け物だ。
 中央の政変に敗れてこの国に配置されて以来、ずっと戻ることだけに野望を持ち心を砕いてきたに違いない。
 欲望にその身を任せて炎に焼かれるがまま生きる人間ほど、厄介なものはないことを思い知る瞬間だった。
 でも、待ってと。
 シェイラは思い直す。
 リクト王子が武功を立て始めたのはここ、三~五年のこと。
 その間、彼は戦場の前線で戦う一司令官に過ぎなかったはずだ。
 なのに、それに目をかけるだろうか、と。
 そう思い直したのだ。

「大司教閣下?
 もしかして、リクト様は単なる切り札だったものが……?」

 彼はニヤリとほくそ笑む。
 数ある手札の一枚が、意外な化け方をするものだ。
 その笑顔が、そう物語っていた。
 つまり、この叔父は現国王陛下の勢力までは手中にしていないのでは?
 そんな疑念が、彼女の中に湧き出ていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」 新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。 それもそのはず。 2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。 でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。 美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。 だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。 どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったオノールに、やがてクラウディオの心は……。 すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?  焦ったい恋と陰謀のラブファンタジー。

処理中です...