新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう

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第一部 朔月の魔女

愛人は否定しませんよ? でもね‥‥‥3

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 しかし、大司教はそれを肯定も否定もしない言葉ではぐらかそうとする。

「いや、人間は適材適所という言葉があるが。
 それ以上に、劣悪な環境に置かれたときに真価を発揮するようだね、シェイラ?
 そして出会う、美しくも勇ましい聖女様。
 彼の心は癒され、ときめいただろう。
 戦場の心の疲れは、なかなか癒せぬからな」
 
「まるで……肉体の癒しだけは万全。
 そう言われたい口調ですわね、叔父様???」

「いやいや、そんな発言はしていないよ。
 彼には清廉潔白な純白な状態で、お前に抱かれて貰いたいではないか?
 まあ、戦場には不意の出会いもあるかもしれんがな???」

 そして、大司教は何やら面白そうに指をまげて数えていく。

「のう、姪や?
 こんなことはあるかもしれんがな。

 例えば、男性。これはそうだな、従僕と騎士の間にはよくあることらしいな? 
 例えば、慰安婦。まあ、彼が町娘や奴隷に体を預ける機会は少ないだろう。
 仮にも、王族だ。
 例えば、女神官。
 まあ、これはありえるかもしれん。
 中には神官を辞意して元の貴族令嬢に戻った娘もおるの。
 さて、王太子殿下は誰をお好みか……???」

 それを聞いてシェイラは心に冷たいものを感じていた。
 彼が誰を選ぼうと、正妃である限り……そこに文句は言えない。
 あくまで夫は主人であり、妻は家に仕える身。
 王太子殿下ともなれば、誰を側室や愛人・妾にしようとも文句を言える立場にシェイラはいなかった。
 ただ、一つの救い。
 それはー……。

「リクト様からは誰にもこの身をささげる気は無いと。
 そう伺っていますわ、叔父様……」

 そう大司教に返すが、その言葉にはあまりにも力が入っていないものだった。
 大司教はようやく折れたか。
 そう思い、再び満足そうな笑みを浮かべる。

「まあ、どうでもわしには関係ないことだ。
 二人のことは二人でおやり、シェイラや。
 今夜の件、まあお前たちの寝室に別の人間をあてがい、幻惑の魔導で幻にでも活躍してもらうとしよう」

「その恋人なり、男女なりは太陽の御加護が永遠に来ないとしてもですか、大司教猊下?
 そこまで命を軽々しく扱うなど、太陽神様は快く思わないはず……」

 太陽神様?
 ふん、どうかな。
 そう、大司教は鼻でせせら笑っていた。

「これまで一度もお会いしたことのない太陽神様。
 その聖女はお前だけではない。
 世界に常時、数人はいると聞く。
 それだけ、神殿や法王庁というものが大きな影響力を持つ、という証ではあるがな。
 この国の聖女は未だ、認定はされたもののその神託すら得ていないではないか。
 そのような存在、わしが恐れる道理がないわ」

「そう……ですわね、叔父様。
 未だ、この身はアギト様の。
 太陽神様のお声すらかけて頂けない、新米の身。
 賢く生きれるうちは、夫婦共々……そうしたいと願いますわ」

 うんうん。
 それで良いのだ、姪よ。
 そう、満足そうに大司教はうなづいていた。

「まあ、シェイラや?
 わし自らこうして出向いてきたのだ。
 夫をうまく制御するようにな。
 そうすれば、自然に定められた寿命を迎えることもできるやもしれん。
 賢く生きることだ」

「はい……エリオス大司教――さ、ま……」

「よしよし。
 それで良い。
 苛烈な牝馬も従うと可愛いものよ。
 ああ、そうだ。
 我が可愛い姪よ。
 一人では荷が重かろう。お前は世間知らずだしの……」

 そうして続けられた彼の言葉に、シェイラの心は打ちのめされる。
 そうあって欲しくない。 
 そんな願望はあっけなく、引き裂かれてしまい彼女は床に泣き崩れてしまった。

「王太子殿下には二年ほど前からな。
 神殿から貴族に戻った令嬢をつけてある。
 まあ、あれの魅力にかかれば骨抜きにされても仕方あるまい。
 二人でうまく操ることだ。
 お前は表から、あれは裏から、な?」

「そんな!?
 そんな、大司教様!!??
 誰ですか、誰??
 そのあれとは……!!!???
 誰ですかー……」

 さて、言って良いものか?
 大司教は迷うが、まあ、いいだろう。
 手札は何枚でもあるしな。
 聖女も今夜には聖女で無くなる。
 誰も困らん。
 そう決めると、相手の名を口にした。

「さて、貴族名義はなんだったかの?
 おお、そうだ。
 あれだ、姪よ。
 お前の親友だった……。
 ほれ、あれだ。
 アルム公爵令嬢エリカだ。
 まあ、仲良くしなさい」

 それだけ告げると、エリオス大司教は満足気に席を立った。
 部屋を出る際に、彼はそうそう、と更にシェイラの心を冷徹な氷の塊にする言葉を残していく。

 エリカはいま、リクト様のお側にいるぞ、シェイラ。

 リクトの浮気、もしくは愛人。
 いや、恋人状態の過去なら――二股なんてありえない。
 そう思っていたシェイラの心はさんざんなぶられ、打ち砕かれて粉々になっていく。
 大司教からすれば、いつでも王太子殿下の命を狙えるぞ。
 そういう、警告だった。
 しかし、シェイラにはそれは別の意識を目覚めさせるきっかけになっていた。
 去り行く大司教を見送り、シェイラは影に潜む太陽神の眷属にそっと語り掛ける。

「御使い様、どうかお許しください。
 シェイラは聖女ですが、慈愛と共和を旨とする太陽神様の教えに逆らうかもしれません。
 どうか……。
 その影が誰かの血で汚れる前に、御帰りを」

 その言葉を受けて影がまるで生きているかのように波打ち、そして、中から部屋の天井まである巨大な黒い狼が姿を現した。

「御使い、か。
 アギトの意思を伝えるために来たが、俺はあれと同族よ。シェイラと言ったな?
 報復することにお前の大義があるなら、好きに使えばいい。
 その能力はお前の判断に任せる意味で与えたのだから」

「御使い様……」

 その返事にあっけに取られるシェイラに、黒狼は面白そうに鼻を鳴らした。

「俺の名はサク、とあいつが名付けおったわ。
 朔月のように白い斑紋がこの毛並みにはあるのでな」

「あいつ……でございますか、サク様……???」

「そう、我が一族の姫様だ。
 まあ、いい。
 行かぬのか?
 夫の元へ?
 やるならば、最後まで一掃でもすれば気も晴れように。
 あの程度の子悪党が、我が兄弟、アギトを奉じる大司教とは悲しいものだ」

 最後まで一掃なんて。
 まるで、この国を平らげろ。
 そう言われているようですね、サク様?
 シェイラは思わず、そう問い返してしまう。
 それが神に対して、不敬だと知りながらそれでもなお、彼女は欲しかった。
 神託、という名の最強の切り札が、大司教にすら匹敵する後ろ盾が欲しかったのだ。

「ふん……神託などと歯がゆい物言いだが。
 好きに解釈すればいい。
 俺たちが世俗に干渉することはあれに叱られるからな。
 だが、解釈し、行うのは自由だ」

「あれ、とは?
 アギト様ですか……?
 サク様???」

「いいや違う。
 あれは、あれ。
 アギトが主人と認めた、法王庁の奥に眠る聖者の話だ。
 決めたなら、やり抜いてみせろシェイラ。
 俺はそんな冷たい目をするお前よりも、苛烈で嬉々として生きていることを喜ぶお前が好ましい。
 復讐よりも意義のある大義をするのも、面白いのではないか?」

 意義のある大義?
 王太子殿下や大司教に復讐する以上にある大義なんて……、とシェイラは固まってしまう。
 
「それは、このシェイラめにはわかりません、サク様。
 わたしは……単なる世間知らずの女です。
 あの方が、リクト様が活躍し、この国の人々が笑顔で彼を讃える様をずっと見ていたかった。
 ただ、それだけなのに」

「その笑顔が、戦う相手にも同様になれば、更にこの国の民も豊かに平和を享受できるだろうな。
 アギトの聖女、か……どうにも下界は悩ましい世界だな」

 権力に欲望にと。
 まあ、それは神や魔の世界でも変わらんが。
 サクはそう言い、また影へと戻ってしまった。

「サク様!?
 ちょっとー!!??
 ……行ってしまわれた??」

 その問いかけに、黒狼はまだいるぞと影から長い尾だけを出して返事をしてくる。
 その尾に抱かれて、シェイラは落ち着きを取り戻し冷静に考え始めた。
 戦う相手にも笑顔を。
 そのために必要なのは、仮初でもいい。
 幻でもいい。
 誰よりも好かれている、リクト様が必要だ、と。
 
 そして、新婚初夜。
 シェイラは、今から踏み込むことになる部屋の前で大きなため息をついた。
 中から聞こえてくるのは男女の嬌声と、獣のような男と女の肉体での会話の声。

「なら、ここから始めるしかないじゃない。
 太陽神アギトの聖女の報復……舐めんな」

 その威勢のいいつぶやきに、黒狼は先ほどと同じく尾の先で応援を示した。
 すうっ、と一息。 
 そして、手のひらに作り出されるのは……太陽神の力を借りた火焔の宝珠が一つ。
 始めるわよ!!
 開戦の合図を心で叫ぶと、シェイラはその宝珠を勢いよくドアに向かい叩きつけたのだった。
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