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第一部 朔月の魔女
英雄王子の野心と聖女の涙 1
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「なぜだ?
あれほどの使い手があの程度で死ぬわけがないー‥‥‥なにを企んでいる?
いや、それよりも――???」
英雄と呼ばれたリクトは正式な王子から王太子殿下になり、昼の婚礼で妻までめとったその足で‥‥‥夫婦の営みをするべき場所でエリカを迎えていた。
この場所にいることは側近と侍女やその近習といった一部の配下しか知らないはず。
多くの参列者は未だ、あの席に座る王太子殿下が自分だと信じて、夜会の始まりに酒を飲み、世間話を見せかけた諜報活動に余念がないはずだ。
「せっかく、ここまで来たのだ。
なあ、エリカ?
お前のお陰だ。
その聖女にはなれずとも、神官時代に培った情報戦に向いた魔導‥‥‥僕よりは優れているのが少しばかり気に入らないがな。
こうして、防御結界も二人で張れば助かる確率も上がるというものだ」
「リクト‥‥‥。
お役に立てて光栄よ、でもまだ、足りないわ――」
まだ露わな格好のまま、自分を抱きしめて守り抜いてくれた愛する男性に抱かれて、アルム公爵令嬢エリカは胸をときめかせていた。
そんな場ではないと言っているのに、身体はまだ彼を求めている。
早くこの場を脱出して安全が確認できれば、また可愛がって欲しいと甘い声で囁いていた。
「おいおい、命のやり取りに欲望を出すな。
いまはここから抜け出せるかどうかに全てがかかっているんだぞ、エリカ?
ほら、あまえるよりさっさと周囲の探知魔導を展開しないか!」
「はあい‥‥‥つれない王太子殿下。
もうやっておりますけど、殿下のあの雷撃ですら‥‥‥受け止めたのかどこかに逃がしたのか。
室内から廊下まで火の海です。
でも、ここは涼しいけどー‥‥‥あの、殿下!?」
「ま、これで我慢しておけ。
あとでいくらでも可愛がってやる」
「そんな‥‥‥」
胸を揉みしだき、軽くキスを交わすとリクトはベッドからシーツをはぎ取り、それをエリカに与える。
自分はどこにしまっていたのか、最低限の上下の衣装と剣だけはしっかりと準備していたらしくモゾモゾとそれを着だした。
「で、いるのか?
いないのか?」
「分かりません。
しかし、命の反応は限りなく薄うございます。
あの熱波で刺客共も全滅したか、それともー‥‥‥」
「我が配下の者どもの気配は?
どうなのだ、エリカ?」
ふん、と勢いよくベッドを蹴り上げるとリクトは特異な風と水の魔導を利用して一気に周囲の大火を鎮火させてしまう。
それでも熱波は再度起きているのに、彼等のいる位置だけは不思議となにも被害をこうむっていなかった。
エリカはおかしいですわ、と怪訝な顔つきで王太子殿下に報告する。
「殿下‥‥‥騎士の方々の部屋はまだ無事のようですが。
しかし、誰も起きてはいません。
生きている気配はあります」
「つまり‥‥‥敵襲を退けようとしたが奮戦かなわず、最後は突破され、か。
まあ、僕の寝所に敵も最後の一撃を打ち込み、それの防御結界を張っている中に――」
「我々の攻撃までは防いだものの、逃げ去るしかなかったのかもしれません。
しかし、そうなると転移魔導の痕跡も無く、なにがしかの空間や空を飛んだ魔導の痕跡もございません。
これはおかしなこと‥‥‥」
「おかしなこと、か。
あの場で消滅した可能性は?
防御結界を貫通した手応えはあったがな?」
手応え、ですか‥‥‥
その言葉を信じないわけではないが、エリカの言葉にはかすかな疑念が含まれていた。
あれほどの使い手があの程度で死ぬわけがないー‥‥‥なにを企んでいる?
いや、それよりも――???」
英雄と呼ばれたリクトは正式な王子から王太子殿下になり、昼の婚礼で妻までめとったその足で‥‥‥夫婦の営みをするべき場所でエリカを迎えていた。
この場所にいることは側近と侍女やその近習といった一部の配下しか知らないはず。
多くの参列者は未だ、あの席に座る王太子殿下が自分だと信じて、夜会の始まりに酒を飲み、世間話を見せかけた諜報活動に余念がないはずだ。
「せっかく、ここまで来たのだ。
なあ、エリカ?
お前のお陰だ。
その聖女にはなれずとも、神官時代に培った情報戦に向いた魔導‥‥‥僕よりは優れているのが少しばかり気に入らないがな。
こうして、防御結界も二人で張れば助かる確率も上がるというものだ」
「リクト‥‥‥。
お役に立てて光栄よ、でもまだ、足りないわ――」
まだ露わな格好のまま、自分を抱きしめて守り抜いてくれた愛する男性に抱かれて、アルム公爵令嬢エリカは胸をときめかせていた。
そんな場ではないと言っているのに、身体はまだ彼を求めている。
早くこの場を脱出して安全が確認できれば、また可愛がって欲しいと甘い声で囁いていた。
「おいおい、命のやり取りに欲望を出すな。
いまはここから抜け出せるかどうかに全てがかかっているんだぞ、エリカ?
ほら、あまえるよりさっさと周囲の探知魔導を展開しないか!」
「はあい‥‥‥つれない王太子殿下。
もうやっておりますけど、殿下のあの雷撃ですら‥‥‥受け止めたのかどこかに逃がしたのか。
室内から廊下まで火の海です。
でも、ここは涼しいけどー‥‥‥あの、殿下!?」
「ま、これで我慢しておけ。
あとでいくらでも可愛がってやる」
「そんな‥‥‥」
胸を揉みしだき、軽くキスを交わすとリクトはベッドからシーツをはぎ取り、それをエリカに与える。
自分はどこにしまっていたのか、最低限の上下の衣装と剣だけはしっかりと準備していたらしくモゾモゾとそれを着だした。
「で、いるのか?
いないのか?」
「分かりません。
しかし、命の反応は限りなく薄うございます。
あの熱波で刺客共も全滅したか、それともー‥‥‥」
「我が配下の者どもの気配は?
どうなのだ、エリカ?」
ふん、と勢いよくベッドを蹴り上げるとリクトは特異な風と水の魔導を利用して一気に周囲の大火を鎮火させてしまう。
それでも熱波は再度起きているのに、彼等のいる位置だけは不思議となにも被害をこうむっていなかった。
エリカはおかしいですわ、と怪訝な顔つきで王太子殿下に報告する。
「殿下‥‥‥騎士の方々の部屋はまだ無事のようですが。
しかし、誰も起きてはいません。
生きている気配はあります」
「つまり‥‥‥敵襲を退けようとしたが奮戦かなわず、最後は突破され、か。
まあ、僕の寝所に敵も最後の一撃を打ち込み、それの防御結界を張っている中に――」
「我々の攻撃までは防いだものの、逃げ去るしかなかったのかもしれません。
しかし、そうなると転移魔導の痕跡も無く、なにがしかの空間や空を飛んだ魔導の痕跡もございません。
これはおかしなこと‥‥‥」
「おかしなこと、か。
あの場で消滅した可能性は?
防御結界を貫通した手応えはあったがな?」
手応え、ですか‥‥‥
その言葉を信じないわけではないが、エリカの言葉にはかすかな疑念が含まれていた。
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