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第二部 消えた王国
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しおりを挟む国は滅びされど我が人生は詩とともに歩まん‥‥‥なんて、吟遊詩人の詩があったかな?
シェイラはもう亡くなった故郷を思い返しながら、見たことのない海というものを眺めていた。
王国にも運河のようなものはあったが、やってくるのは喫水の浅い帆船ばかりでここに出入りしているような大型の外洋船は初めて目にするからあんな大きなものを動かすなんてたいしたもんだわ。
そう思い、マストの上で帆を畳んだりしている船員たちを見あげてみる。
「良く落ちないわねー。
あんな高さから‥‥‥。
あ、でもあれか。
サク様の背中から見おろす高さには到底かなわない、かな」
魔導で運んだのか、巨大な石を丁寧につなぎ合わせて作られている堤防は高く、故郷の王城の外壁はあろうかというほどに頑丈に見えた。
どこからかティームの音が聞こえてくる。
南方独特の楽器で、竜や巨大な獣の背骨を磨き上げ、三つの弦を竜のヒゲをなめした弓で弾く楽器で高音から低音までその楽器一つ一つ違うが、バイオリンよりも細く、ベースよりも太い音を二重に奏でる。
かなり腕の必要な楽器だ。
「結婚式でも‥‥‥奏でてくれたっけ。
リクト、あれだけは上手だったわ。
消えし幻の王国、その膝元に偽王は眠らん、だったかな?」
妙に寂しい気分になり、シェイラは歌をその曲に合わせてしまう。
波音に紛れながら彼女の声がその弾き手に届いたのか、ふと曲が止んだ。
「あれ、もっと聞きたかったのに‥‥‥」
それまで背を向けていた男性は、さりげなくかぶっていた帽子の裾を引いて挨拶にしたらしい。
夕暮れに近い朱の陽を受けて見えたその顔つきにシェイラは一瞬だが息を呑んだ。
「まさか、ね‥‥‥」
似たような人間は何人かいると聞くし、あれから二十年は経過しているとサクは言っていた。
二十‥‥‥年。
人の赤ん坊が大人になるには十分な時間かもしれない。
血の気が引いたようなシェイラを誰かが見たら不思議に思ったことだろう。
だって、その吟遊詩人の横顔は――死んだはずのクルード王国王太子リクトにそっくりだったのだから。
「はあ‥‥‥。
生きていたらあれはもう四十代。
ヨボヨボの老人手前だし、息子なら」
どうするべきだろう?
殺すべき?
あの時に誓った言葉には、二人が王国をきちんと守れれば。
そういう内容だったはずだ。
王国は消え、そして――
「あー‥‥‥もう、いいわ。
今更、亡霊を見たからってどうしろってのよ。
復讐するべき相手が生きている?
これからそんな連中探し出して殺すの?
どれだけ手間かかると思ってるのよ‥‥‥」
「復讐に、亡霊か。
それは余り感心できる言葉ではないな?
異邦の方」
シェイラは思わずドキっとしてしまう。
誰?
いましがたまで誰もそこにはいなかったはず――
「どちら様かしら?
異邦の人間ですが、そんな戯言、聞き流して頂きたいですわね。
どちらからかいらした、騎士様?」
彼は朱い海の色と同じような鎧を着ていた。
年の頃は四十代。
長身で、金髪碧眼なのはリクトと何も変わらない。
ただ、この男には彼にはない知性があるように見えた。
そして、リクト以上の冷酷な一面も。
「騎士?
それは古い時代の呼び名だな。
最近では、もっぱら大公なんて呼ばれて久しいが。
このラズへ我々の結界や警備の目すらかすめて来られるとは‥‥‥あなたはどちら様かな?
南方独特の喋り方、しかし、さきほどの詩は太陽神アギト神を奉る詩。
竜族の手の者とも思えない」
「大公?
このエルムド帝国には大公職が五つあると伺っていますが、では、大公様?
どちらの大公様で?」
彼は指折り数えてそれを考えているようだった。
なぜ、そんなに三本も指折り?
シェイラは不思議な感覚に陥ってしまう。
それだけの大公位を兼任した人間なんて、そうそうはいないだろうに、と。
「まあ、四度ほどかな?
王国から来て、裏切り者になり、そのまま竜族の相手をして、ここに封じられ‥‥‥。
この土地の管理者たる高家とはいささか仲が悪いがな。
まあ、最近では魔眼なんてものを――」
そう、彼が言った時、サクによって常人では見れない光景の中にシェイラは見ていた。
彼の額にくっきりと浮かび上がる、緑のようで朱色にも見える、新たな瞳を。
「そう、そんな新しい魔導を産み出した大公様。
聞き及んだ噂によれば、シルド大公様。
その御人しか思い浮かびませんけれど?」
後ろに二人‥‥‥。
いつの間に?
こちらは人間ではないらしい。
朱い尾と青い尾の獣人。
勝てない相手ではないけど、いまは騒動にしても意味がない。
「そうかもな。
リム、リザ、いい。
エイシャの守りに戻れ」
その一声で獣人たちの気配が消える。
エイシャ、ね。
つまり、彼は―‥‥‥。
「ハーベスト大公シルド、様。
ですか」
さあ?
男はそう肩をすくめた。
「ただ、この都に不法侵入者があったというので見に来ただけですよ。
それも、僕ですら敵わない不敵な御方が目の前にいる。
生きて帰れるかどうかは‥‥‥こちらこそ、不安な程だ。
あなたはどなたですか?」
「聞いても何も聞かないで頂けると‥‥‥お約束頂けるなら」
うーん。
シルドと呼ばれた彼は難しい顔をする。
何も聞かない。
しかし、それでは帝国の敵か味方かわからない。
これは困った。
そんな、笑みを返してきていた。
「そろそろ宵闇の時間。
銀色の鎖が動き出す時間でもある。
大公位よりは、銀鎖のシルドと呼ばれた一魔導士の方が楽でしてな、御婦人。
あなたが敵か、味方か。
その返事によってはー‥‥‥一命を賭してもここで討たねばならん。
ま、返り討ちにされるのが落ち、でしょうがな。
あなたは、それほどに強い」
「戦う意思もないし、ここにはただ立ち寄っただけですよ、シルド様。
長い旅から戻ってみれば、国が亡くなっておりました。
その理由を知るために、いろいろと諸国を回ってる。
それだけです」
これは面白い話だ。
シルドはどうやって灯ったのか、港の周りに定位置で立つ灯篭に灯りがつき、その照り返しを受けてシルドは不敵に微笑んでいた。
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