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聖女誕生
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しおりを挟む「な、なにもそんなあからさまに言われずとも‥‥‥」
まるでゆで卵みたいにバルド男爵は顔を赤くする。
割れば黄身でも出てくるかしら?
壁のハルバードを見ながらシェリルはそんなことを考えていた。
「あのですね、男爵閣下。
我が家はそりゃ没落貴族ですよ?
でもですね、現グレイシア王家は大公家を後ろから襲撃していまの地位にあるわけでして。
我が家の方が時代が時代なら、上なんですよ?
そんな名誉ごときでホイホイとエサに食いつくと思います?」
「こっ!?
こら、やめんかシェリル!!
そのような物言い、上に聞こえれば死罪!?」
17歳の長女はそんな臆病な父親に、再度ケリを入れて黙らせる。
「うるさいですわよ、父親様。
悔しいなら、毎年の剣術や馬場大会にでて栄誉を得ればよいではありませんか!?
おじい様の代までは当家は、王家に六家ある武芸指南役の一角、剣術の指南役だったのですよ?
それを父上様が、アルバート伯爵家のあんなボンクラ伯爵になど負けるから‥‥‥」
それを言われては身もふたもないと公爵は黙り込んでしまう。
彼は武官より文官向きだったからだ。
男爵はこの男勝りな公爵家令嬢ならもしかして、なんとかなるかもしれない。
そんな希望を抱いたらしい。
「わかりました。
真実をお話いたします。
それでお気に召さなければ、この場での会話はすべて忘れる。
そういうお話でいかがでしょうか?」
は?
真実?
なにを隠すことがあるのよ?
シェリルはこれはまずいわ、さっさと追い返すべきだ。
そう感じていた。
こんな王族絡みで真実なんて言い出した日には‥‥‥。
待っているのは国家規模の陰謀しかないからである。
「嫌です」
「はあ?」
「ですから、嫌です」
「そう言わずに」
「だから、嫌!!
です。お帰りを」
侍女も執事も従僕も召使も料理人もいない。
そんなものたちを雇う金などない。
とりあえず、このゆで卵男爵をこの屋敷から追い出すしかない。
いや、古城からか。
敵兵が二人以上登ってこれないようになっている石畳の階段の上から蹴落とせばしたまで行くかしら?
さあ、彼を追い出そうとシェリルが腰を浮かせた時だ。
「大金貨二十枚」
娘を取り押さえようとした公爵とシェリルの動きがピタリ、と止まった。
「はい?」
「ですから、一日。
それも二時間程度です。
王女が女神の降臨される祭壇に上がり、そこで聖女認定を受け、その場を去るまで。
それの間だけ、神殿にいて下さればいいのです」
「そんなうまい話がある訳がないでしょう?
大金貨一枚でこの城の修繕ができるのですよ?
百人からいる家臣団を三年は養えるだけの金額ですよ?
それを二十枚?
どうぞ、お帰りを。
父上様。
巻き込まれたら、我が家は一族郎党。
皆殺しにあいますよ?」
「うん、そうだな娘よ。
我が家はもう没落貴族のままでよいのだ。
政治の駒になどされるのはごめんこうむる」
親子二人に両腕を抱えあげられて、男爵は引きずられて行く。
「待って、待ってください!!
もう時間が無いのです!
明日なのです、もう夕方ですよ!?
わたしに死ねとおっしゃるのですか!?」
いやーそんなこと言われてもねえ?
そう親子は顔を見合わせた。
「だって、それはそちらの不備というか。
単なる段取りが悪いだけ、ですよね?」
「そうですぞ、男爵閣下。
王城内にいる、貴族令嬢の礼儀見習いにでもさせればいいではありませんか?
それに、あまり無理を言いますと‥‥‥」
なんだ、なにが待っている!?
そんな男爵の目のまえで、娘は軽々と壁に飾ってあったロングソードを片手で引き抜き、幾つかの型を披露する。
「まあ、ああなりますな?」
どうやら、剣術の才能は娘に行ったようでして。
青ざめる男爵に公爵はそう言ってのけた。
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