華の剣士

小夜時雨

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リョンヤン王子

悪寒が走る

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「申し訳ございません。会議で少し遅れました。」

  リョンヤン王子の言っていた宰相のイルウォンは、そういいながら部屋に入ってきた。かなり急いでいたらしく、少し息があがっていた。

「お疲れ様です。」

  リョンヤン王子は気にしていないというように読んでいた書物から顔を上げて、やわらかく微笑んだ。そしてハヨンの姿を認めたイルウォンは、ハヨンに近づき握手を求めてくる。

「あなたがハヨン殿ですね。これから王子をよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。慣れないことが多いので、戸惑うこともあると思いますが、精一杯頑張ります。」

   そう受け答えしながら、ハヨンは彼の手を握ったとき、ぞわり、と悪寒がした。一気に酷い風邪になったような、そんな抑えようもない悪寒。

(なんで…。)

  表情に出そうなのをこらえる。そしてその悪寒は、イルウォンが離すと嘘のように消え去った。

(私はとくにイルウォン様に悪印象を持っている訳でもない…。でもこの悪寒、何なんだろう。…何か、嫌な予感がする。)

頭の中で警鐘が鳴る。

(なぜ?彼がやり手で、裏がありそうだから?いや、でも王とも仲が良いとリョンヤン様からお聞きした。それに、厳しそうではあるけれど、人に嫌がらせをするような弱いことは絶対にしないような人だ。) 

ハヨンは自然と流れた冷や汗を拭う。リョンヤン王子と講義をしているイルウォンをちらと見てみるが、別におかしなところもない。

「燐の国の主な輸出品は、織物、生糸、そして金属類ですが、最近は…。」

 イルウォンも穏やかに話している。ハヨンは暫くして、一つおかしなことを思い出した。なぜかイルウォンの手は人ではないような、まるで蝋人形をさわっているような、全く体温が感じられなかったのだ。


「では今日の午前の講義はここまでです。ところで殿下、公務も大切ですが、無理のないようにしてください。」

  六刻ほどの間講義は続いたが、休憩も挟まず、周囲の国との関係や歴史について延々と語り合っている様子は、ハヨンにとっては未知のものだった。

(こんなに座り続けて話を聴くなんて、ある意味で修行のようだ…)

  ハヨンは平民として生活してきたので、読み書きや計算は父親から習ったものの、その他に学んだことといえば懇意だった医術師の男の手伝いによって得た知識だけである。育った環境によってこんなにも学ぶことは違うのかと改めて知ることとなる。

「いやだな、イルウォン殿。私が無理をしているように見えますか?いつも規則正しい生活を遅れるよう、ちゃんと調整していますよ。」

  いたって真剣な顔をしたイルウォンは、そうやって笑うリョンヤンを見つめている。

「リョンヤン殿下。そうやって侍従達にはごまかせておりますが、私の目は騙されません。また隈を作っていらっしゃるではありませんか。確かに今は、地方で様々な問題が起きて、陛下やあなた達は忙しいでしょう。しかしあなたが体を壊してはもとも子もありません。」

  イルウォンの射抜くような目から、リョンヤンは少し気まずそうに目を逸らした。

「私はあなたが、夜中にこっそり部屋を抜け出し、執務室に忍び込んで、小さな灯りをつけてお仕事なさっているのに気づいていますよ。」

  リョンヤンもそこまで知られているとは思っていなかったようで、目をみはった。

「…わかりました。夜にやるのは止めておきます。」

(そういえば、リョンヤン様は体が弱いってヘウォン様が仰っていたな…。)

  幼い頃子供がなりやすい、重い病の大抵は患った事があるらしい。また、喘息持ちなので、あまり武術もやりたくとも出来ないとか。

(私もリョンヤン様に無理をさせないよう、注意しておこう。)

  悪寒のことは気になったが、リョンヤン王子への厚い忠義心を持つイルウォンに、ハヨンは素直に尊敬した。




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