華の剣士

小夜時雨

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孟の地へ

あるがままの心で

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「はい。」

 ハヨンは椅子には座らず、老婆が先程まで立っていた位置へと足を踏み出す。何を言われるのかと、少し緊張していたため、どうも地に足がついていないような心地がする。

「待て待て。今は俺とハヨンしかいないんだし、かしこまる必要はない。それに、今から聞きたいことは俺の個人的な質問だ。ハヨンはしばらくの間、今の関係を忘れて俺の話を聞いて欲しい。」

 ほらほら、と自分のもとへと手招きをするリョンヘ。ハヨンはおっかなびっくり、隣の椅子に座る。どうやら最近はセチャンと行動を共にしていたので、無礼な!と叫ばれはしないかと反射的に身構えてしまう事が癖になりかけていたようだった。

(よく考えれば私の今までやってきたことも、セチャン様から見ればとんでもないことだったよね…)

と王城でのリョンとのやりとりをを思い出して、セチャンがそのことを知った時のことを想像する。—何とも恐ろしい想像をしてしまったが、誰に何と言われようとも、これがハヨンとリョンヘとの信頼関係を気づくことができたきっかけなのだから、自信を持っていようと思い直す。

「じゃあ単刀直入に聞こう。ハヨンはリョンヤン達から城を追い出され、今俺といることは不満か?」
「…は?」

 ハヨンは思わず素っ頓狂すっとんきょうな声を出してしまった。しかしリョンヘの表情を見ればわかる。ハヨンが本当はリョンヤンの元にいたいのでは無いかと問いたいのだ。

「…私は、リョンヘ様が理不尽に城を追い出されたことはとても不満です。でもあなたの元でこうしいることに、何の不満もありません!」

 ハヨンはどうすればリョンヘに本心が伝わるのかやきもきして、思わず語尾を荒げてしまった。

(何でこんなに相手について気にしすぎるんだろう。優しすぎるんだ。そこにつけこまれて何度か暗殺されかけたと聞いたこともある…!!)

 幼い折の彼は、倒れていた老婆に心配して話しかけた事があったのだが、実は刺客で彼が負傷した事があったと上司に聞いたときは肝が冷えた。
 彼が王の素質として足りないところは、部下は必ずついてくるという自信と、優しすぎる所だ。部下はその気なのに、彼らは無理をしていないかと踏みとどまってしまうのだ。そしてその上、自分自身で何度もやってしまおうとして、一人で頑張りすぎてしまうところもある。

「…ごめんなさい、声を荒げてしまった…。私がここにいるのは、確かにリョンヤン様の命も理由の一つ。でも、私はリョンヘ様のことも、主人として、友として力を貸したいと思う。これは忠誠心とかじゃなくて、私が二人を慕ってのことだから。これは私自身の意思。」

 ハヨンはあまり人にあなたを大事だ、と言う事をしない性分だ。率直に愛情などを示そうとすると、照れてしまう。そのため、どちらかというと行動で示そうとする。今、この事を話すのも少しだけ恥じらってしまった。

(こういうこともはっきりと照れずに言えるようになりたい…)

 母親にだって日頃感謝を伝えるとき、はにかみながら言ってしまう。そのような時は決まって後で自分を恥ずかしく思ってしまうし、今も自分の不器用さに穴があったら入りたかった。

「そう言われて俺も嬉しい。ただ、ハヨン剣士を目指した理由は、ハヨンを助けた王族の誰かに恩返しをすることだろう?それは確実に俺ではない。ハヨンは自分の夢から離れたことをしてもいいのか?」
(…この人は本当に…。いつか人に甘えると言う事を知らないと潰れてしまいそうな気がする。そんな人がいつか現れるといいけど…)

 しかしこれも、王宮で大勢の人に厄介者として扱われてきた事が大きいかもしれない。その事を考えると、彼を守りたい。そんな感情が前よりもずっと増してくる。

「私は確かに恩返しをしたい。でもそれは後になってもできる。今、私がやりたいことは、リョンヘ様の力になって、いつか必ずリョンヘ様とリョンヤン様が再会できるようにするってこと。それに、大事な友達が窮地に陥っているのに、見捨てるような愚かな人間にはなりたくない…!」

 ハヨンはリョンヘの手を優しく包み込む。彼の手は、夏場とは思えないくらい冷えきっていた。

「だからお願い。そんなこと言わないで欲しい。私はここにいるから。リョンのためなら何だってしようと思ってるから。それに、私はリョンの友人であると共に、忠実な部下でもある。リョンヘが命じたことなら、リョンヘの手と足になって動くし、間違ったことをしようと言うなら、何としても止めて見せる。だから、私を使うことにためらわないで。」

 そう言い終えてリョンヘの顔を見たとき、リョンヘは呆然とした表情を浮かべているようにも見えた。

「俺…。そんなこと言われるの始めてだ。」

 そう呟いた彼はひどく幼く見えて、どこかで迷っている幼子のような表情だった。何だかどこかに行ってしまいそうな気がして、ハヨンは包んでいた手にぎゅっと力をこめる。

「リョンヘ様。あなた様は町の人からも慕われているし、あなたの臣下だって慕っているから、ここまでついて来てるのでしょう?今、あなたに味方すると言うことは、何もかもを捨てると言うこと。それを承知でついてきてくれた。だから、あなたはもっと堂々とすればいい。必ず自分についてきてくれると信じていていい。…自信のない王だとみんな不安になる。そうじゃない?」
「…それもそうだな。」

 リョンヘはかすかに笑んでハヨンの手を解き、握り直した。

「確かに心の底で、俺には人を従えるような能力はないと怯えていた。ただな、ここまでついてきてくれた者達だ。必ず不安にさせないと誓っていた。そこでだ。なぜ俺はハヨンだけを呼び出して、こんなことを問うたと思う…?」

 ハヨンはその射抜くように見つめるリョンヘの瞳から、目を離せなくなった。その優しげな濡れ羽色の目は息を呑むほど美しい。ハヨンは、その瞳に吸い込まれそうな、そんな妙な感覚を覚えた。

(なぜ…?)

 ハヨンはこの奇妙な感覚とと、リョンヘの問い、二つのことで混乱するのだった。









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