エイムの魔法植物学

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守護英雄の村編

覚醒

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常軌を逸した状況に、二人の頭は理解が追いつかない。だがこのままでは、エイムは間違いなく触手に貫かれ、確実に命を落とすだろう。シラセの頭には一瞬で、様々な言葉が駆け巡った。

(なんだあれは…)(ガルムじゃなかったのか?)(エイムがやられる)(判断を間違った?)(恐い)(俺のせいだ)(俺が弱いから)(逃げろ!)(ここまでなのか…?)(勝てるわけなかったんだ)

頭を覆いつくした言葉は、視界を暗くし、思考を鈍らせた。

終わった。

シラセが力なく、地にひざをついた瞬間、唐突にとある場面が想起された。それは、昨日村を出発する際に交わした、父との言葉だった。

『シラセ、男としてしっかりエイムさんを守れよ。』

その瞬間、まるで時が消え失せたかのように、シラセにはすべての動きが止まって見えた。そして周囲の景色は消え去り、白一面の世界に包まれた。

「なんだ、これ…」

シラセが茫然としていると、後ろから声が聞こえた。

「ここで諦めるのか?」

振り返ると、ゆらゆらと揺れる、深い藍色に輝く炎があった。それは人の形をしており、白い瞳がシラセを見つめている。

「君が今立ち向かわなければ、状況は変わらない。」

「でも、俺に何ができるっていうんだ…」

「何を言っている。君には、特別な力があるだろう。大丈夫だ、できるさ。」

「特別な…力…?」

「そうだ。君はずっと鍛えてきたんだろう。私と同じ魔法を。」

「!!!」

「自分を信じろ。そして命を燃やせ、今この瞬間にな。」

ーーーーーーー!!!

その瞬間、シラセの意識は再び現実の世界にあった。

ー何だこの感覚…不思議だ。

周囲の様子が、鮮明に、ゆっくりと、見える。遠くの木の葉の、葉脈までも分かる。木々のざわめきも、風の音も、遠くでさえずる鳥の声も、まるですべてを聞き取れる。

そして、内なる叫びが頭に響いた。

『お前がエイムを守るんだろ!シラセ!!!』

瞬間――。

シラセの目が大きく見開かれる。その瞳には、極限まで研ぎ澄まされた決意の刃が宿っていた。
全身を巡る血は、凍えるような冷たさを帯びる。
震えはすでに消え失せ、己の肉体はただ、意志を精密に再現する機械と化したかのようだった。

世界が、静かに変容していく。

鮮やかだった音は次第に遠のき、色彩は薄れ、感覚のすべてが一点に収束していく。
そして最後に残ったのは――。

奇妙なほどに浮かび上がる、敵の姿だけだった。

シラセは息をすることさえも忘れ、心の奥底で新たな感覚が目を覚ます。それは今まで感じたことのない、極限の集中状態――時間の流れを自らの手で制するような感覚。そこには、過去も未来も無意味だった。今、命を燃やし尽くすような刹那の時が、永遠のように流れる。

シラセの心臓の鼓動が、一拍ごとに世界の中心で鳴り響くように感じられる。
次第にそれさえも遠のいていき、彼の意識はただ己の手に収束していった。

シラセは深く息を吸い込む。
重く冷たい空気が肺を満たし、まるで時間さえもその一呼吸に縛り付けられるかのようだった。

ーあの目を、貫く。

シラセは、空くうに弓を構えた。

刹那。

白一色の弓矢が、シラセの構えた手の形に合わせて、瞬く間に具現化した。

ーまだだ。これじゃあ形ができただけだ。

ー木はしなり、弦は張る。

ピキッ…ピキッ…と音を立て、弓はその様相を変えた。しなやかにたわんだ木が、極限まで引かれた弦を支えている。

シラセは一層眼を大きく見開き、エイムの目の前の目玉を睨む。エイムの後ろ姿が重なり、シラセから見える敵の目玉はごくわずか。下手をすれば、矢がエイムに当たりかねない。
だが、シラセはそんな懸念さえ浮かばない程、矢は目玉に当たると確信していた。まるで、世界の物理法則がそうなっているかのように。

ー貫く。

シラセが、強く引いた手を離した。

ヒイィィィーーー……ン!!

風切り音が響き渡る。
放たれた矢は閃光の速度で空を裂き、エイムのなびく髪をかき分け、耳をかすめながら、敵の目玉に、深く突き刺さった。

「キィィイイアアアアアアアァァァァアアアアアアア!!!!!!!!!!」

耳をつんざく叫び声が聞こえ、二本の触手が激しくのたうち回る。

「エイムッ!!今だ!!!」

茫然自失としていたエイムに、シラセが叫んだ。エイムはハッと我に返り、瞬間、足に再び力を込める。
渦巻く緑のエネルギーが、右足に集中する。

「これで最後――!!!ありったけの!!!!
 マナ!!インパクトッ!!!!!!」

エイムの右足に凝縮されたエネルギーが、一気に解き放たれる。想像を絶する衝撃がほとばしり、目玉ごとガルムの腹を蹴り上げた。

ドオォォーーーン!!!!!!

轟音が響き渡り、衝撃波はガルムの体を貫通した。大気を激しく揺るがし、地面を抉えぐるほどの圧が炸裂する。
ガルムはその巨体ごと地に崩れ落ちた。
触手は、まるで命を断たれた蔦のように、力なく垂れ、ゆっくりと沈むように大地へ倒れこんだ。

静寂――。

場を包むのは、張り詰めた沈黙。二人は息を呑み、緊迫した面持ちで倒れたガルムを見つめる。

すると――。

ガルムの身体や触手が、細かく砕けるように崩れ始めた。脆く朽ちるように、灰の粒となって宙を舞い、跡形もなく霧散していく。やがて、すべてが風に溶けたその場所に、ぽつりと、二つの古びた骨だけが残されていた。
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