エイムの魔法植物学

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亡霊の家編

亡霊の家

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夕食時。
夕暮れが宿屋の食堂にやわらかく差し込み、木のテーブルに温かな影を落としていた。その席に、エイムとシラセの二人が向かい合って座っている。
エイムの前には、湯気を立てるハンバーグが盛られていた。焦げ目の香ばしさと肉汁の香りが鼻をくすぐる。彼女はフォークで小さく切り分けて、口に運んだ。

「……んんっ、おいしぃいーー!」

思わず漏れた声と同時に、顔中が笑顔になる。目を輝かせたエイムは、幸せそのものだった。

「エイムは本当にハンバーグ好きだな」

シラセもつられて笑い、目の前のこんがり焼けた肉にかぶりつく。

「うんっ! 私にとっては、世界でいちばんおいしい食べ物なんだよ~!」

エイムは夢中でハンバーグを平らげる。皿の最後の一かけらまで名残惜しそうに食べると、満足げに息をついた。

「ふぅ~、おいしかったぁ……」

椅子にもたれかかりながらお腹をさすり、満ち足りた笑顔を浮かべるエイム。久しぶりのごちそうに、二人の表情も自然とほころんでいた。

しかしその穏やかな空気に、ふと沈黙が落ちる。シラセが箸を置き、真剣な面持ちで口を開いた。

「なあ、エイム……ヘルマン村長の話、どう思う?」

エイムの笑顔がすっと消え、代わりに緊張が表情を走る。彼女は少し考え込んでから、静かに答えた。

「……うん。正直、まだ何とも言えないよ。でも……しっかり調べてみる必要があると思う。」

二人は、昼間に村長宅で聞いた話を思い返していた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「亡霊……ですか?」

エイムが戸惑い混じりに問い返すと、ヘルマン村長はうなずき、声をひそめる。

「ええ……しばらく前から現れるようになったのです。
そして、その正体はおそらく……かつてその家に住んでいた住人かと」

「え……どういうことですか?」

「その家には、昔、両親と一人娘が暮らしておりました。娘さんは、ちょうどエイムさんと同じくらいの歳でした。…
ところが、ある日、ご両親が遺跡の探索中に事故で亡くなってしまったのです」

エイムは息を呑んだ。

「ご両親は古物商を営んでおり、娘さんが成長してからは、よく三人で遺跡を巡る旅をしていたようです。
けれど、その旅の途中で……不幸にも命を落としてしまった。残された娘さんは、憔悴しきった様子で村に戻ってきました」

「じゃあ、今はその娘さんが一人で……?」

エイムの問いに、村長は苦い表情で首を横に振る。

「最初は確かに、一人で暮らしていたんです。村人たちも気にかけていたのですが……
いつの間にか、その娘さんまでもが姿を消してしまったのです」

村長の声は重く沈む。

「その頃から、夜になると家の窓がぼんやりと光り出し、複数の人影が中を動いているのを見たという者もおりまして……」

「……見間違い、じゃないんですか?」

冷や汗をにじませながら尋ねるエイムに、村長は淡々と答える。

「いいえ、同じような目撃証言が何件もあるのです。私自身も、あの家に不気味な影を見たことがあります。
だからこそ村では、『寂しさのあまり両親が娘をあの世に連れていった』などと、不吉な噂が流れる始末で……」

「そ、そんな……!」

エイムの声が震えた。

「大切な子どもに、そんなことを望む親なんているわけがありません! 絶対に、ありえない!!」

彼女の叫びに、シラセはふっと目を伏せた。
――エイムもまた、幼い頃に両親を亡くしている。その記憶が重なり、彼女の心を強く揺さぶったのだと、シラセにはわかった。

「エイム……気持ちは分かる。でも、落ち着いて話を聞こう」

「……うん。ごめん。ヘルマン村長、続きをお願いします」

村長はそっとうなずき、話を続けた。

「……実は、それだけでは終わりません。娘さんの姿が見えなくなったあと、今度は――
四、五歳くらいの女の子の幽霊が目撃されるようになったのです」

「女の子の幽霊……?」

「その子が、あの一家とどう関係があるのかは分かりません。ですが、夜な夜なその子が森の方へ向かう姿を、何人もの者が見ております。
今では村人たちもすっかり怯え、夜になると一歩も外に出なくなりました。村全体が、どこか塞ぎ込んでいるような状況なのです……」

言葉の最後は、嘆くようにテーブルの上へ落とされた。
エイムは真剣な眼差しで言った。

「……分かりました。私たちで調べてみます」

「えっ、そんな……相手は人ではないのですよ!? 危険な目に遭うかもしれません!」

「それでも、何もせずにはいられません。
知ってしまった以上、私たちも無関係ではありませんから!」

エイムの言葉には、強い決意が宿っていた。

村長はしばし黙りこみ、それから力なく微笑んだ。

「……分かりました。どうか無理だけはなさらないでください。
宿屋の方には話を通しておきますので、滞在中はどうぞご自由にお使いください」

「ありがとうございます。助かります!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夕食を終えた二人は、それぞれの部屋に向かって廊下を歩いていた。木の床がきしむ音だけが静かに響く。

「……しかし、本当に幽霊なんているのかね~」

シラセが眉を寄せ、気の抜けた声で言う。

「うーん、どうかな。でも魔法だって存在するし、幽霊がいたって不思議じゃないって、私は思ってるよ!」

「えぇ、信じてんのかよエイム……オレは半信半疑だな。
ま、ともかく任されたからには、ちゃんと調べないとな」

「うん!」

「ふぁあ…」

シラセが大きなあくびをした。

「…さて、なにはともあれ、とりあえず今日は…」

二人は顔を見合わせると、息を合わせて声を上げた。

「「ベッドでぐっすり寝よう!!!」」

長旅の疲れが体の芯まで染みていた。ふかふかのベッドに沈み込むその瞬間は、まさに何ものにも代えがたい至福のひととき。

その夜――

二人は深い眠りへと落ちていった。まるで泥のように、静かに。
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