貧乏メイド、官能作家に身体を資料として提供することになりました~資料のために抱かれ続けた私、いつの間にか彼の最愛に~

蜜井蜂

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第一部

情報収集Ⅰ ―接吻行為における身体的・心理的応答の記録―

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 「じゃあ今日は――キスをしよう」

「……キス、ですか」

午後のティータイム。
いつもと同じ時間、書斎にお茶を運んできた私にフェイ様はそう言った。



――小説の参考に、行為を記録させてほしい。


先日の彼の言葉が脳裏をよぎる。
ああ、ついに記録が始まるのだ、と思わず身体を固くして身構えた。


「ああ。――今回のシナリオはこうだ」
そんな私などお構いなしという風に、彼は淡々と語り始める。

「身分差ゆえ公な逢瀬を許されない二人。しかし二人の愛の炎を止められるものはいない。ある日の晩、社交パーティーのあとの中庭。二人は暗闇の中でお互いに愛し合う。そして情熱的なキス――というわけだ」

「……はあ」
話を飲み込めない私をよそにさらりと続ける。

「このキスシーンをより豊かな表現で描き上げたい。そのためにはキスしたの時の身体の感覚、それからどんなことを感じたか……そういったことが知りたいんだ」

フェイ様はいたって真剣だ。

「……まあ、リズは難しく考えず僕の言う通りにしていればいい」


そう言って、私の言葉を待たずに顎を救い上げ――わざとらしくリップ音を立てながら私の唇を奪った。
バードキスのような軽く、けれど妙に熱っぽい口づけ。

「……んあっ」
思わず声が漏れる。
逃げるように腰を引こうとしたら、フェイ様の逞しい腕でグイっと引き寄せられた。

「……ああ、いい表情だ。写真に収めさせてくれ」

「えっ、しゃ、しゃしんれすか!?」
ろれつの回らない口で抵抗するものの、「資料のためだから」と言われてしまえば反論の余地はない。
カシャリ、と小気味よくシャッターが切られる。

「さあ続きを」

再び重ねられる唇。
今度は深く、噛みつくようなキス。

「……っん……」
呼吸が浅くなって酸欠みたいに頭がボーっとする。
薄目を開けてフェイ様の表情を盗み見てみたけど、真顔すぎて何を考えてるかは全く読み取れなかった。

そんなことをしている間に再びキスから解放される。
「――今どんな気持ちか、聞かせてくれるかい?」
気づけば彼の手にはメモ帳があり、すでにペンが走っていた。

「えっ、いまですか?えと……なんだかふわふわして酸欠になったみたいに頭がボーっとしてて……」

「ほかには?」
フェイ様はあくまで真剣に私の言葉に耳を傾け、ペンを走らせている。

「んと……そのふわふわした感覚が気持ちよくて……もっとキスしてたいなって……」
私は求められるまま感じたこと、キス中に考えていたことを一生懸命言葉にした。
「ふむ、素晴らしい」
そんな私の言葉に彼のペンの速度が一気に加速する。
そのペンの動きがぴたり、と止まったところで彼はふと顔を上げて、真顔のまま告げた。

「今度は……君から僕にしてみてくれないか?」

「わ、私から……ですか!?」
思わず声が裏返る。

「そうだ。能動的に仕掛ける側の感覚も知りたい」
淡いブルーグレーの瞳が真剣にこちらを見つめてくる。
冗談の色なんてひとかけらもなくて、逃げ場はなかった。

息が詰まりそうな沈黙。
お茶の香りがまだ残る書斎の空気が、妙に熱っぽく感じられる。

私はごくりと唾を飲み込んで、震える手を彼の肩へ置いた。
薄手のシャツ越しに伝わる体温が、じんわりと掌を焦がす。

「……い、いきます……」
もうどうにでもなれ!そう思って思い切って顔を近づける。

距離がゼロになる直前――彼の睫毛の長さや、肌の白さがやけに鮮明に目に映った。
そのままそっと唇を重ねる。

「……ん」
触れた瞬間、驚くほど柔らかくて、熱かった。
思っていた以上に生々しい感触に胸がいっぱいになって、自然とぎゅっと目を閉じてしまう。
鼻先にかすかにフェイ様の香り――インクと紙の混ざった匂いが漂って、頭の奥がくらくらした。

ほんの短い口づけ。
けれど私にとっては永遠みたいに長く感じられた。

唇を離したとき、私はもう頬まで真っ赤だったに違いない。

「……なるほど。受ける時とはまた違う感覚があるんだろう?」
彼は観察者らしい声色で言い、わずかに口角を上げる。

「そ、そうですね……自分からするときの方が、キスの時の感覚が鮮明になる気がしました……」
「ふむ、詳しく聞かせてくれるかい?」

「えっと、唇が触れた時の柔らかさ、とか……熱とか、漂ってくる香り、とか、些細な感覚まで逃さず全部脳に染み込んでくるようで……」
呼吸を整えながら答える私に、彼は目を細め、またもメモ帳にペンを走らせた。



「……さあ、仕上げだ」

「ふえっ!?」

フェイ様がメモ帳を胸ポケットにしまった直後、唇が再び重なる。
ぬるりとした舌先が唇を押し分けて入り込み、私の舌を容赦なく絡め取ってくる。

「……んぅっ……ふ、ぁ……っ」

舌と舌が擦れ合うたび、くちゅ、ちゅぷ、といやらしい水音が響いた。
耳の奥まで震えるその音に、身体の芯がじんじんと熱を帯びていく。
肺にうまく空気が入らず、くぐもった吐息が漏れた。

「んっ……くぅ……んぁ……っ」

頭が真っ白になって、立っていられなくなる。
私は思わずフェイ様のシャツをぎゅっとつかみ、縋るように身を預けた。
熱と唾液が混ざり合い、口内いっぱいに彼の味が広がっていく。

フェイ様はそんな私を抱き留めながらも、観察者の目を崩さない。
わずかに細められた視線が、私の乱れを余すところなく捉えているのが分かって余計に恥ずかしい。


永遠に続くかと思われた濃厚な交わりは、ふいに終わりを告げた。
舌が離れていく感触とともに、最後にひときわ大きなリップ音が響く。
唇が離れた瞬間、糸を引く唾液が光り、頬まで熱く染め上げられた私はようやく目を開いた。



「……はぁ、はぁ……」
ようやく解放された私の唇から、濡れた息が零れた。


「舌を絡めることで何か違いは?」
「……ん、えっと、身体の奥が……ぞわぞわする感覚がして……あと、耳に届く音が変わって、それで……すごく体が熱くなって……」
息も絶え絶えに私は言葉を紡ぐ。

そんな私に彼はとても満足げな表情を向け
「君に頼んで正解だったよ」
と笑った。

「お、お役に立てて光栄です……」

私は力の入らなくなった身体でその場にへたり込む。



「――ああ、そうだ」
ふいにフェイ様から一枚の紙が差し出される。

「……これ、は……?」

「キスの最中に考えていたこと、感じたことをここにまとめてほしい」

「ええ……」
まさかレポートの提出まで要求されるとは。



「これからもよろしく頼むよ」
彼はデスクに向かい、いそいそとメモを見返し始める。

私はその姿をただ見つめることしかできなかった。


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