貧乏メイド、官能作家に身体を資料として提供することになりました~資料のために抱かれ続けた私、いつの間にか彼の最愛に~

蜜井蜂

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第一部

お給金

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あの日以降、フェイ様の「情報収集」は容赦がない。
仕事の合間のちょっとした時間ですら資料タイムに変わってしまうのだ。


例えば、ベッドメイクをしていたら唐突に「押し倒されたときの身体の動きを確認したい」と無表情で頼まれ、シーツを敷きながらそのまま軽く押し倒されて姿勢の具合を試されたり……。

「あ、あの!ベッドがぐしゃぐしゃに――」 と慌てて言う間もなく、フェイ様は私の手首を掴み、するすると力を加える。
「気にしなくていい。今は君の反応を確認する方が大事だから」
腕の力は確かで、次の瞬間には布団に背中ごと落ちていた。

ぼふん、という音とともに視界いっぱいにフェイ様の姿。
胸のあたりが押し潰されるような感覚に、思わず息が詰まる。
頬が熱くなって、まぶたの奥で世界がふわりと揺れた。
「……なるほど。抵抗するとこういう力加減になるんだな」
彼は平然とメモ帳を取り出し、ペンを走らせる。
表情には観察者の静けさだけ。

「そんなに激しく押さなくても……!」と私が騒ぐと、彼は一つ一つ確認するように観察を続ける。
「体が仰け反ると、腰の入れ方がこうなる。支える手の位置は――ここが適切か」

口を動かしながら、目は私の顔や喉の震え、指先の白さまで追っている。
赤面して言葉がまともに出ない私をよそに、シャッター音が微かに響いた。



また別の日の夕食の支度中には――

お湯が沸くのを待っている間、「指が絡まる感覚を知りたい」だなんて言われてずっと彼に手を握られていたこともあった。
「そんなことしてる場合じゃないですよ、お湯が!」と焦る私に、フェイ様は肩越しに「まだ沸かないから」と淡々と答える。

言葉通りに待つのがどうしても落ち着かず、私は鍋の蓋を軽く上げて蒸気を覗き込む。
すると、横からフェイ様の声。
「君の指は柔らかい。絡めると、人の体温がこんなふうに伝わるんだね」

手のひらの中で彼の指の脈拍が伝わる。
手から伝う温度は、湯気よりもはるかに熱い。
思わず小さく息が漏れると、彼の方が微かに目を細めた。


「抵抗したときと受け止めたときで、絡めた時の圧のかかり方が違う。それに――声のトーンも違う。記録しておこう」

彼はまたメモを取り、時折私の手をぎゅっと握り返しては「ふむ、今の熱はどうか」と問いかける。
「ゆ、指を絡められると熱がより伝わってくる気がして……さっきよりも熱い、です。……でもそれが心地よくって、離したくない、みたいな……」
私は顔を赤らめたまま、正直な感想を漏らしてしまう。
湯気の向こうで、鍋の静かな沸騰音と私たちのささやかな呼吸が混ざり合った。

そうしてフェイ様は無表情のまま、観察対象としての私のあらゆる反応を少しも見逃さずにメモしていく。
仕事の“延長”がいつの間にか、自分の中の境界をゆっくりと溶かしていくのを感じていた。




そんな日々が続き、気がつけばこの屋敷での仕事が始まって1ヶ月とすこしが経っていた。
ある朝、フェイ様に書斎へ呼ばれ、手渡されたのは封のされた袋。
ずしりと重い。
手に取った瞬間、心臓がちょっと早くなるのを感じた。

「……これが今月分だよ。本当にお疲れ様。来月もよろしく」
「はい……っ。ありがとうございます!」

その場で中を確かめるでもなく、私はただ――はにかんだように頭を下げた。
お給金の重みが、今日までの出来事が現実だったことを実感させてくれる。



午後は少し時間をもらって、街へ向かった。
「さて、と」
郵便窓口で小さな箱を受け取り、仕送り用に物を丁寧に詰めていく。
母さんに仕送りをするのは、ずっと続けてきた習慣。

生活費の入った封筒と少しの野菜、それから布をひと巻きに――今回は財布に余裕を感じて、母さんの好きなジャムの詰め合わせも箱に詰めた。
ちょっとした贅沢を許せる余裕があるって、なんだか誇らしい。



手続きを終えて家に戻ると、フェイ様が台所でお茶を淹れていた。
私の顔を見るなり、ふと眉を緩めて声をかけてくる。

「何か、いいことでもあったのかい?」

「はい!……さっき、実家に仕送りを済ませてきて」
「……仕送り?」
「はい、働き始めたころからずっと続けていて。……あの、今回はジャムも添えたんです。母の好物で……きっと喜んでくれると思います」

フェイ様が静かに視線を上げる。

「そうか。まだ若いのに……リズは偉いね」
「父はもう亡くなっていて、母は体を壊して働けないので。だから私が頑張らないとって」
「……そうだったんだね」
フェイ様は驚いたように一瞬目を見開いて、それから苦々しい顔をした。

「でも、大変だなんて思ってませんよ。働いて仕送りできるのが、むしろ嬉しいんです」

そう言うと、フェイ様はしばし黙した後、低い声でぽつりとつぶやいた。

「……君は、強いな」
「え?」
「普通なら、そんなふうに前向きに言えないはずだ」
「そんなこと……」
「本当だよ」

彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。
近づくと、わずかに手が伸びかけて――けれど途中で止まり、胸元で組まれた。

「……実家には顔を出しているのかい?」
「いえ、仕事を始めてからはまとまった休暇が取れなくて帰れていないんです」

私の生まれ故郷はこの国の北の果ての小さな町。
使用人を必要とするような人たちが暮らす大きな町までは馬車を乗り継いで数日かかる。
移動にかかる日数と、実家で過ごせる日数を考えたらなかなか帰省に踏み切れなくて……使用人の仕事を始めてからは一度も帰ったことがない。

「……それはいけないな。すぐにとは言わないけれど……休暇をとって帰りなさい」
「えっ……よろしいんですか?」
思わぬ提案に声が上ずる。

「もちろんだよ」
フェイ様が優しく目を細める。

「……ありがとうございます。本当に、そんなふうに気をかけていただけるなんて……」

照れ隠しにうつむきながらそう言うと、フェイ様は「いいから」とだけ言った。
その声音は少しだけ柔らかくて、胸の奥がふわりと暖かくなった。

帰省のことを考えると、自然と笑みがこぼれる。
仕送りをして、母さんが喜ぶ顔を思い浮かべて、私の心も満たされていく。
小さなことでいい、こうして誰かのために動ける自分でいられることが、今の私には何より大事なのだと思った。



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