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第二部
改めまして「愛してる」
しおりを挟むフェイ様との関係が変わってからしばらくたった。
でも、私たちの日常は見た目にはほとんど変わっていない。
「――フェイ様、お茶をお淹れしました」
「ありがとうリズ」
差し出したカップを受け取りながら、フェイ様が困ったように微笑む。
「……どうかなさいましたか?……あ、今日はコーヒーの気分でした……?」
フェイ様がゆるゆると首を横に振る。
その表情は不機嫌な子供のようで思わず「かわいい」という言葉が頭に浮かんだ。
「せっかく恋人になったのに、君が今までと変わらなすぎて……なんだか僕ばかり浮き足立っているみたいだ」
「え……」
想定外の言葉に私は思わず瞬きをした。
だって、どうすればいいのか分からなかったのだ。
恋人になったからって、態度をどう変えればいいのかなんて。
「だから、せめて二人でいるときくらいは……恋人として接してほしい」
「こ、恋人として……?」
「たとえば……そうだな、呼び捨てで呼ぶ、とか」
「む、無理です! そんなの急に……!」
「無理じゃない。やってみよう」
真剣そのものの眼差しで言われ、私は言葉を詰まらせた。
「フェイ、って呼んでみて」
「ふぇ、フェイ……」
「うん。……可愛い」
すぐに笑みを浮かべられて、私は顔が熱くなる。
ずるい。
こんなの、慣れるわけがない。
「それから――敬語も禁止」
「え、えっと……それは……」
敬語は長年の積み重ねによるもの。
そう簡単に崩せるものじゃない。
「……じゃあこうしよう。敬語を使うごとに僕に一回キスをする」
「な、なんですかそれは!?」
「だってそうでもしないと君はずっと敬語を崩さないだろう?」
そう言って悪戯っ子みたいに笑う彼。
「う゛ーーっ」
「――そうだ、最後にもう一つ。君から僕への愛を示してほしい」
「……あ、愛を……?」
「そう。言葉だけじゃなくて、行動でも示してほしいんだ」
無理難題すぎる。
私がポカンとしているとフェイはニヤリと意地悪く笑って
「じゃあ、そういうことだから今日も一日よろしく」
と言いながら書斎へと消えていった。
朝のお茶の時間。
いつものようにお茶を淹れながら一日のスケジュールの確認をしようとしていた時のこと。
「え、えっと……フェイ、その……本日のご予定はいかがいたしま……あっ」
「……一回」
唇を指でトントンとしながらニヤリと笑うフェイ。
私はぎゅっと目をつむり、小さなキスを落とす。
……これで何度目だろう。
午前中のうちにもう数えるのも大変になっていた。
「リズ、そんなに恥ずかしがらなくていいのに」
「だ、だって……!」
敬語が出るたびにキス。
そのたび彼は満足そうに笑みを浮かべ、私は顔を真っ赤にするしかなかった。
昼下がり。
窓際のテーブルで物思いに耽る彼の背中が目に入った。
――行動でも示してほしい。
彼の言葉が脳裏をかすめる。
こんな時フェイだったらきっと……
私は勇気を振り絞って背中に抱きついた。
「フェイ、お茶、淹れようか……?」
彼は一瞬驚いて目を細めた後、まるで宝物を抱くように私の腕に触れた。
その表情を見た瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。
「ああ、たのむよ。いつもよりミルク多めにしてくれるかい?」
「うん、わかった」
夜。
「……もう、心臓が持たない……」
一日の挑戦はもう限界だった。
ベッドの淵に腰かけて胸に手を当てて大きく息をつくと、彼はくすくすと笑って「お疲れさま」と囁く。
「今日のリズは、本当に可愛かった」
子どもを褒めるみたいな声音に、余計に心臓が跳ねる。
フェイの寝息が少しずつ穏やかになっていく。
その横顔を見つめながら、私は今日一日の出来事を思い返していた。
呼び捨てで名前を呼んでほしいと言われ、頬を赤らめながら応じたこと。
敬語をやめられず、そのたびに小さなキスを許す羽目になったこと。
そして──勇気を振り絞って、不器用ながらも背中から抱きしめたりしたこと。
……やっと気づいた。
振り返れば、ずっとフェイが先にやってくれていたことばかりだ。
不安なときに支えてくれたこと。
心細いときに言葉をくれたこと。
優しく撫でて、抱きしめて、愛してくれていたこと。
私は受け取るばかりで、返せていなかった。
でも、今日やっと少しだけ返せた気がする。
胸の奥にあふれる思いを抑えきれず、私はそっと彼の耳元に顔を寄せる。
「……フェイ。これまでたくさん愛してくれて、ありがとう。……今日、やっと気づいたの。ずっと大切にされていたことに」
フェイの柔らかな髪の毛をふわりと撫でる。
「だから……今度は私の番。私も……フェイを、愛してる」
一瞬で目を開いたフェイが、耳まで真っ赤に染めて口元を押さえる。
「……不意打ちは禁止だ」
「ふふ……ようやく照れた顔見せてくれた」
私は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
緩やかに夜が更けていく。
頬を染めた彼と、胸いっぱいの私の想い。
そのすべてが優しく溶け合って、部屋の中には言葉にできない幸福だけが満ちていた。
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