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第一章 逆行した公爵令嬢
同行すな
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父いはくバルトロッツィ侯爵夫人がジウロン国に詳しいのだとか。
バルトロッツィ領は国境から程近い帝国の東端に存在する。
父は既にバルトロッツィ夫人に手紙を送り、ジウロン国に興味を持った私に話を聞かせてほしいと頼んでしまったらしい。
こんなときばかりは、父の早すぎる決断と行動が恨めしい。
馬車に揺られながら、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めた。
青い空の下、のどかな田園が広がっている。王都の壁がもうあんなに小さい。
そういえば王都をこれだけ離れるのは前を含めても初めてな気がする。
前のジョゼフィナは勉強や社交界、王宮での仕事に追われて王都を離れる暇すらなかった。
王都ではまず見られない緑豊かな田園に、ポツポツと農民たちが作業をしている。
「あれは、いったい何をしているのかしら」
「この時分なら麦の種まきでしょうな。麦から小麦粉が作られ、それからパンへなります」
「……ドラモンド卿、麦からパンが作られることくらい知っておりますわ」
馬車の窓から身を乗り出して、農民たちの様子に注目する。
ぽつりと呟けば馬車と並走していたドラモンド卿が口の端を釣り上げて言う。
ドラモンド卿は赤毛の短髪に精悍な顔立ちをした中年男性だ。
まるでパンの作り方すら知らない世間知らずのお嬢様だと言われたようで腹が立つ。
ムッとして言い返せば黙って目を細められた。
まったく騎士というのは本当に。
騎士は一代貴族と言われる身分だ。
子への継承権はないが、一代に限り貴族と同等の権力を与えられる階級で目指す者は圧倒的に平民が多い。
騎士の称号を得るには、アカデミーの騎士科を卒業したあと軍に入り、相応の功績がなければいけない。
騎士となれば平民から成り上がれる。しかし誰もが成り上がれるわけではない。
そして彼らは実力で成り上がったからか、時がくれば親の名を継げる貴族の子弟を苦労を知らない、と見下してくる。
貴族が血統主義なら、騎士はその逆で実力主義だった。
どっちも相手を見下すので両極端が過ぎるという話だ。
「どうしてお父様は、貴方にわたくしの護衛なんて任せたのでしょうね。正直不快ですわ」
「ハッ、そうかいそうかい。気が合うねえ、貴族のお嬢さん」
「もう黙って。職務を全うなさったら? 貴方と話すのは時間の無駄だわ」
馬車の窓とカーテンを閉める。
せっかくの遠出だというのにどうして嫌な気分にされなきゃならんのだ。
怒りに任せて、ものに当たりたくなるのを堪える。
騎士とはいえ、国の要人を護衛するのも立派な責務だろうに。
まだ婚約者でしかないとはいえ、このまま進めばいずれは皇太子妃となる娘だぞ。
いや、そうなる前に逃げるんだけどさ。
そんな一幕もあり、私は無事にバルトロッツィ領へ辿り着いた。
道中で魔物が出ることもなくである。護衛であるドラモンド卿のおかげとは思いたくない。
バルトロッツィ侯爵家の屋敷に入ると、バルトロッツィ夫人はわざわざ私を出迎えてくれた。
「お初にお目にかかります。わたくしローズマリー・バルトロッツィと申します。お会いできて光栄ですわ、ジョゼフィナ様」
その姿に言葉を失った。
黒い髪に黒い瞳。
帝国では、まず見ることのない色に心で理解する。ジウロン国は、前世でいうところのアジアに位置するのかもしれない。
「わたくしこそ急な訪問にこのような歓迎をしていただけて感謝いたします。こちらは護衛としてともにやってきたドラモンド卿ですわ」
「はじめましてドラモンド卿」
「ええ、はじめまして。バルトロッツィ夫人」
挨拶を交わし、庭園の東屋へ案内された。
白い円柱に丸い屋根の西洋風の東屋だ。西洋ではガゼボというらしい。
色とりどりの花が咲き乱れ、心地の良い風が頬を撫でる。
「気に入っていただけたかしら」
「ええ、とっても素敵な庭園です。ここまで見事なものは王都でも見ませんわ」
「ふふ、庭師の腕がいいんです」
夫人が庭の奥に目を向ける。
花壇の隅に麦わら帽子を被った男性が会釈をした。
その近くに同じく麦わら帽子をかぶる小さな人影が見える。
「あの子は?」
「あぁ……、庭師の子です。それでジョゼフィナ様はジウロン国について知りたいのでしたわね。……なぜ、か問うてみてもよろしいのかしら」
「ただの好奇心、いえ義務感もあるのかしら。バルトロッツィ夫人はわたくしの婚約者が誰か知っておりまして? 彼の母君がジウロンの縁者だと聞いたので知っておくべきだと考えましたの」
あながち嘘でもない建前を並べる。
東屋から少し離れた場所にドラモンド卿が立っていた。
万が一にも聞かれる可能性があるうちは正直なことを話すわけにはいかない。
それに、まだ夫人が信用できるかもわからない。
いやいや、未来の帝国に龍が現れるから龍の血を引く一族について気になるなんて言えるはずがないのだけど。
「……そう、皇太子殿下もジウロンの……」
夫人は眉を下げ、悩ましそうに目を伏せた。
夫人は皇太子の母について知らなかった……?
ジウロン国に詳しいというから、てっきり知っているものと思っていたのに違うらしい。
「いずれ、ジョゼフィナ様も関わるのなら、そうですわね……。話しておくべきなのでしょうね……、ジョゼフィナ様。まず彼の国が何故滅んだのか、からお話します」
夫人は重く口を開いた。
バルトロッツィ領は国境から程近い帝国の東端に存在する。
父は既にバルトロッツィ夫人に手紙を送り、ジウロン国に興味を持った私に話を聞かせてほしいと頼んでしまったらしい。
こんなときばかりは、父の早すぎる決断と行動が恨めしい。
馬車に揺られながら、窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めた。
青い空の下、のどかな田園が広がっている。王都の壁がもうあんなに小さい。
そういえば王都をこれだけ離れるのは前を含めても初めてな気がする。
前のジョゼフィナは勉強や社交界、王宮での仕事に追われて王都を離れる暇すらなかった。
王都ではまず見られない緑豊かな田園に、ポツポツと農民たちが作業をしている。
「あれは、いったい何をしているのかしら」
「この時分なら麦の種まきでしょうな。麦から小麦粉が作られ、それからパンへなります」
「……ドラモンド卿、麦からパンが作られることくらい知っておりますわ」
馬車の窓から身を乗り出して、農民たちの様子に注目する。
ぽつりと呟けば馬車と並走していたドラモンド卿が口の端を釣り上げて言う。
ドラモンド卿は赤毛の短髪に精悍な顔立ちをした中年男性だ。
まるでパンの作り方すら知らない世間知らずのお嬢様だと言われたようで腹が立つ。
ムッとして言い返せば黙って目を細められた。
まったく騎士というのは本当に。
騎士は一代貴族と言われる身分だ。
子への継承権はないが、一代に限り貴族と同等の権力を与えられる階級で目指す者は圧倒的に平民が多い。
騎士の称号を得るには、アカデミーの騎士科を卒業したあと軍に入り、相応の功績がなければいけない。
騎士となれば平民から成り上がれる。しかし誰もが成り上がれるわけではない。
そして彼らは実力で成り上がったからか、時がくれば親の名を継げる貴族の子弟を苦労を知らない、と見下してくる。
貴族が血統主義なら、騎士はその逆で実力主義だった。
どっちも相手を見下すので両極端が過ぎるという話だ。
「どうしてお父様は、貴方にわたくしの護衛なんて任せたのでしょうね。正直不快ですわ」
「ハッ、そうかいそうかい。気が合うねえ、貴族のお嬢さん」
「もう黙って。職務を全うなさったら? 貴方と話すのは時間の無駄だわ」
馬車の窓とカーテンを閉める。
せっかくの遠出だというのにどうして嫌な気分にされなきゃならんのだ。
怒りに任せて、ものに当たりたくなるのを堪える。
騎士とはいえ、国の要人を護衛するのも立派な責務だろうに。
まだ婚約者でしかないとはいえ、このまま進めばいずれは皇太子妃となる娘だぞ。
いや、そうなる前に逃げるんだけどさ。
そんな一幕もあり、私は無事にバルトロッツィ領へ辿り着いた。
道中で魔物が出ることもなくである。護衛であるドラモンド卿のおかげとは思いたくない。
バルトロッツィ侯爵家の屋敷に入ると、バルトロッツィ夫人はわざわざ私を出迎えてくれた。
「お初にお目にかかります。わたくしローズマリー・バルトロッツィと申します。お会いできて光栄ですわ、ジョゼフィナ様」
その姿に言葉を失った。
黒い髪に黒い瞳。
帝国では、まず見ることのない色に心で理解する。ジウロン国は、前世でいうところのアジアに位置するのかもしれない。
「わたくしこそ急な訪問にこのような歓迎をしていただけて感謝いたします。こちらは護衛としてともにやってきたドラモンド卿ですわ」
「はじめましてドラモンド卿」
「ええ、はじめまして。バルトロッツィ夫人」
挨拶を交わし、庭園の東屋へ案内された。
白い円柱に丸い屋根の西洋風の東屋だ。西洋ではガゼボというらしい。
色とりどりの花が咲き乱れ、心地の良い風が頬を撫でる。
「気に入っていただけたかしら」
「ええ、とっても素敵な庭園です。ここまで見事なものは王都でも見ませんわ」
「ふふ、庭師の腕がいいんです」
夫人が庭の奥に目を向ける。
花壇の隅に麦わら帽子を被った男性が会釈をした。
その近くに同じく麦わら帽子をかぶる小さな人影が見える。
「あの子は?」
「あぁ……、庭師の子です。それでジョゼフィナ様はジウロン国について知りたいのでしたわね。……なぜ、か問うてみてもよろしいのかしら」
「ただの好奇心、いえ義務感もあるのかしら。バルトロッツィ夫人はわたくしの婚約者が誰か知っておりまして? 彼の母君がジウロンの縁者だと聞いたので知っておくべきだと考えましたの」
あながち嘘でもない建前を並べる。
東屋から少し離れた場所にドラモンド卿が立っていた。
万が一にも聞かれる可能性があるうちは正直なことを話すわけにはいかない。
それに、まだ夫人が信用できるかもわからない。
いやいや、未来の帝国に龍が現れるから龍の血を引く一族について気になるなんて言えるはずがないのだけど。
「……そう、皇太子殿下もジウロンの……」
夫人は眉を下げ、悩ましそうに目を伏せた。
夫人は皇太子の母について知らなかった……?
ジウロン国に詳しいというから、てっきり知っているものと思っていたのに違うらしい。
「いずれ、ジョゼフィナ様も関わるのなら、そうですわね……。話しておくべきなのでしょうね……、ジョゼフィナ様。まず彼の国が何故滅んだのか、からお話します」
夫人は重く口を開いた。
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