公爵令嬢は逃げ出した!

百目鬼笑太

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第三章 海を渡る公爵令嬢

鏡ーーーッ!!!

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 実はラウルスに会うのはそう難しいことではない。
 時間ならいくらでもあるわけだし、何故か1人部屋だし。
 魔力さえ十分なら、私の血統魔術で距離に関係なく簡単な会話くらいならば出来るのだ。

 あぁ、そうだ。
 ラウルスには逆行している疑惑もあったのだっけ、じゃあ今回はその確認という名目で……。

 なんで会うのに名目がいるのかって?
 なんか……改めて顔を合わせるのって気恥ずかしいっていうか、なんとなく落ち着かないでムズムズとしてしまう。

 まず鏡が必要だな、と魔術で収納している中を探した。
 グラナット公国の宿屋で確か女将に手鏡を売ってもらった、はず……なのだが見当たらない。


「あっ、ディヴィス……」
「あん? どうかしたか、ジョー」
「あ~、やっぱりいいや」

 どこかで落としたのか、なら仕方ない。
 どうにか他で手に入らないかなと鏡を船中、探し回った。
 男所帯だから当然と言えば当然なのか?
 どこに行っても鏡はなかった。
 それでも諦めきれず、お盆に水を張って……? なんて足掻こうとしているとき、たまたま近くをディヴィスが通りすがった。

 声をかけて、すぐに少しだけ後悔。
 なんだかんだで丁重な扱いを受けているから忘れがちだったけど。
 よくよく考えてみれば、初対面のときのガイウスらと同じように目的の分からない信用のおけない人間だった。


「なんだよ、何か用事でもあんのか? 言ってみな」
「いや、だから何でもないって」
「ああ? 俺が言えって言ってんだろうが」

 勢いよく食い付いてきたディヴィスから顔をそらす。
 すると頬を両手で挟まれ、無理やりに顔を突き合わさせられた。
 海賊なだけあって、強引ってわけ?
 少し呆れつつ、こうなると正直に話してしまわないとテコでも動かない予感がした。
 仕方なしにディヴィスの不躾な手を振り払い、口を開く。

「……その、鏡を使いたくって……、ないよね?」
「あんぜ?」
「あるの!? あ……、貸して欲しいんだけど、少しの間」
「ま、いいけどよ。こっちだ」

 あっさり頷いたディヴィスは、そういって歩き出してしまう。
 どうやらついて来いと言っているらしいので、ついていく。

 そこは船で一番広い部屋だった。

「ここ、お前の部屋?」
「そうさ。船長室だ」

 広いといっても、私に宛てがわれた部屋と間取り的には大した違いはなかった。
 天蓋付きのベッドに酒瓶の並んだ棚とベルベッドの1人がけソファーと丸テーブル。
 それから部屋の隅には宝箱が置かれていた。
 草花模様の壁紙が貼られた壁の一角に金の飾りで縁取られた丸鏡が掛けられていた。

「この船に鏡は俺かジョンの部屋くらいにしかねえよ。男にだって毎朝身だしなみのチェックが不可欠なんだがな」
「……なんていうか、つくづくお前は海賊らしくないよね。私を好きにさせているのもそうだし、仲間にするのだって無理やり脅したりするものなんじゃない?」

 本音からの呟きだ。
 するとディヴィスは私の言葉を鼻で笑ってみせる。

「命預ける仲間を脅して増やしてどうすんだよ? そんな奴はいつか裏切るに決まってら。それとも何か、ジョーくんは脅迫と暴力で無理くり従わされるほうがお好みかい?」

 シャツの襟を掴まれて強引に引っ張られる。ブルーの瞳がすっと細まり、残忍な光を宿しているようで背筋が冷えた。

「そんなわけない」
「海賊らしくない俺のほうが、ジョーにも都合がいいんだろ? なら黙って受け入れときゃいい」

 それまで舐め切っていた相手の暴力的な、ディヴィスから言わせれば海賊らしい姿に、悔しいことに少しの恐怖を感じてしまった。

 否定すれば、ディヴィスの様子はたちまち普段と同じように戻った。
 なんだか無性に悔しい。

「そんで? 鏡を使って何をする気だ、魔術師」
「……1人きりにして、は無理か」
「そりゃな。触らせたくねえもんも、見せたくねえもんもそこら辺に転がってんでな」
「この鏡……外れたりは……」

 鏡の縁に手をかける。
 嵐で揺れることを予想してか壁にしっかりと埋め込まれていた。

「魔術で何かするってんなら俺が同伴だ。らしくなくても、一応俺は悪党だからな。どこぞに垂れ込まれちゃたまんねえ」

 少し離れた位置でディヴィスはニヤニヤと腕を組み、私の奮闘を愉快気に眺めている。

「俺が一緒じゃ嫌ってんならジョンか、他のやつを呼ぶぜ?」
「……もう、わかったよ。ただし余計な口は挟まないで、お前らの不利になることはしないって誓うし。そんな相手でもないから」
「ふん?」
「ただ少し、話がしたいだけなんだ」
「オーライ、海に誓うぜ。余計な口は挟まねえ、俺は悪党だが海の男だ。嘘はつかねえ」


 宣誓するようにディヴィスが手のひらを見せながら言った。
 ほんとかよ……と思いつつ、鏡を覗き込む。

 鏡面に手のひらをかざして、魔力を込める。

 そうしながら意識を集中させて、ラウルスのことを思い浮かべた。

『鏡像』

 鏡面に波紋が浮かび、揺れていく。鏡に映る私の姿が波紋に乱され、異なる像が浮かび上がっていく。
 つまり鏡よ、鏡よ、鏡さんということだ。


【……ジョゼフィナか】


 真っ直ぐな黒い髪に、鋭く切長の赤い瞳。
 鏡に映ったラウルスは私を見つめて、わずかに眼を見開く。
 アカデミーの制服を着た姿を見るのは何十年ぶりだろう。
 私の記憶で最期に会ったのは未来での死に際だった。


「久しぶり、と言うべきなのかな。ラウルス」
【初めましてでも構わんが?】
「ううん、やっぱり久しぶりと言うよ。ラウルス、久しぶり」
【ああ、そうだな。ようやく今のそなたの顔を見ることが出来た】

 ラウルスは初対面のはずの私の言葉をなんの違和感もなく受け入れ、やはり逆行しているのだと明確に表してきた。
 そうやって挨拶を交わし、ラウルスの口元が微かに持ち上がっていく。
 それを見てしまい、どっと心臓が跳ね上がった。
 ラウルスが笑うの!?
 あの鉄面皮が!?

「あ、あ、そうだ。ラウルス、貴方に伝えておきたいことがあるんだ。貴方が以前私にすき──」

 内心の驚愕を隠すために私の好きにしろって言ってくれたことへのお礼を……、と言おうとした瞬間。

 パリーン!

 勢いよく鏡が砕け散ってしまった。

「え、……」
「おーおー、どうやら魔術はここまでみてえだな? なんせ古い鏡だ。魔力に耐えきれなかったのかもしれねえ」
「そんなこと、初めてなんだけど……」
「魔術に関しちゃ門外漢だ。お前の方が詳しいだろ? で、さっきの奴は誰なんだ?」
「あ、うん……古い友人だ」
「あっそぉ……そらまた」


 目玉をぐるりと回して、ディヴィスは口の端を吊り上げた。
 ディヴィスと目が合わない。
 それはまた、なんなんだろう。
 私も言葉を選んでいるけど、ディヴィスもまたそうしている気がする。
 微かな違和感。
 そういうものは大事にするべきとガイウスの件で身に染みている。

「おい、手ェ切んぞ。置いとけ」

 大きめな鏡の破片を手に取ったとき、ディヴィスに言われた。
 手の中で鏡の破片を動かして自分の顔を映したり、ディヴィスを映したりとしてみる。
 ふと鏡像が波打った。
 鏡であるなら破片でも魔術の使用に支障はなさそうだ。

「ディヴィス、鏡を貸してくれてありがとう。あと割ってしまってごめんね」
「……いや、そら構わねえけどよ」

 ディヴィスの隻眼が丸く見開かれ薄い青が鮮やかに見えた。
 それからまた目が逸らされ、指で頰を掻く。
 その隙に鏡の破片を『収納』した。

「とにかくディヴィス、この鏡は陸についたら必ず弁償するから。せめていつどこに着くのかくらいは知っておきたいんだけど」
「おっ、あ~……今の天候と進み具合なら明日にはビラーディ共和国辺りに着くぜ」
「! そうなんだ」

 どことなく気まずげにようやくディヴィスが船の行き先を教えてくれた。
 ビラーディの工芸品は帝国でも流行ったことがあった。
 華奢な細工の香水瓶や鮮やかな青色の陶器などで、とても美しいものばかりだった。
 工芸が盛んなら鏡も手に入りそうだ。
 とはいえ奴隷商人からの前情報で奴隷制が健在というのも聞いている。
 少しの不安はあるけれど、未知の土地へ行くならそんなものだろう。


「ビラーディか、どんな国だろう。少し楽しみだよ」
「そうかよ、せいぜい楽しみにしときな」


 どこか含みのある言い方だった。
 用は済んだだろ、と船長室から追い出される。
 破片とはいえ鏡を手に入れたのに明日には陸に着くなら連絡用に鏡を買ってしまうのもいいかもな。
 ラウルスだけでなく、アイリスがどうなったのかも気になっているのだ。
 なんならそこで無事だと伝えられるといいな。

 ようやく目的地が分かったことで、次にしたいことの目処がたった。
 ルンルンとスキップをしながら、宛てがわれた部屋に戻っていった。

 なんだかんだ落ち込んだりしたのは自分のすること、したいことが宙ぶらりんだったからなのかもしれない。
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