──だから、なんでそうなんだっ!

涼暮つき

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その後のお話*第十一話

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 仕事を終えた君島は、職場のまえで筧と別れた。筧は時間を気にしながらタクシーで西東社長に指定された店に向かい、取り残された君島は仕方なく駅へと続く大通りを歩いている。
 本当は筧に隠れて付いていってやろうかとも思った。ことの一部始終を傍で見ていたいくらいだが、もしそれがバレたらさすがに筧に引かれるだろう。
 君島が大きな溜め息をつきながら歩いていると、すれ違った女子高生がこちらを見て「ヤバ。今の人超かっこよくなかった!?」と黄色い声で囁き合っているのが聞こえた。
 君島にとってこんなことは日常茶飯事。普段ならいちいち気にも留めないのだが、イライラとした気持ちを持て余している今は不快でしかない。
 ──人の上っ面だけ見てキャーキャー騒ぎやがって。
 本当なら、今頃筧と飲みに行っているはずだった。
 この間、学生時代の友人に飲みに誘われ出掛けたとき、偶然近くに筧の好きそうな料理の上手い居酒屋を見つけたのだ。
 普段行きつけにしている馴染みの店も悪くないが、違う店に行くのもいいと、筧を連れて行くことを随分前から楽しみにしていたのにとんだ邪魔が入った。
 いくら世話になっている取引先の社長の頼みとはいえ、結局、筧が自分との約束を反故にして先方の元に向かったのが何よりも腹立たしい。
 ──優先順位が間違ってんだろ!
「くっそ……! 社長だけじゃなく、娘にまで気に入られたりしないだろうな……」
 そんな不安がつい口をつくのは、特に女の扱いに慣れているふうでもない筧が、実は女性受けがいいことを知っているからだ。
 筧は、身長は平均的だが、細身でスタイルもいいせいか実際より背が高いように見える。顔立ちも派手ではないがそれぞれのパーツが整っているうえに、センスの良さが窺える上質な眼鏡やスーツが彼の魅力を引き立てている。
 一見堅くて不器用な印象はあるが、結婚を意識するような適齢期の女性には妙には変に女慣れして軽い男より、多少堅物くらいのほうが魅力的に映る。
 女だってバカじゃない。
 ただ遊ぶには野性味溢れる魅力的な男がいいが、結婚となれば真面目で仕事と家庭を大事にする堅実な男のほうがいいに決まっている。
 事実、社内にも筧ファンの女子社員は大勢いた。見た目からして真面目で浮ついたところもなく、女性社員と無駄に近づくようなこともない堅い印象のせいか、目立って騒がれるようなことはなかったようだが、確実に筧狙いの女は大勢いたのだ。
 君島はそんな女共が筧に近づくきっかけを影でことごとく潰し、自分は筧の一番近くにいる後輩として半ば強引なアプローチを続け、ようやくあの男を自分のものにしたのだ。
「……なんっか、益々腹立ってきた」
 元々、他人には興味がないほうだった。
 自分で言うのもなんだが、ルックスが無駄に良かったせいか、その見た目だけで君島の周りには女共が寄って来た。
 そういう女たちはなぜか決まって自己顕示欲が強く我儘で、正直とても苦手だった。
 女たちのせいで不要なトラブルに巻き込まれることも多々あり、そういったことがまとめて面倒になって大学に入ってから自分の性癖を公言するようになった。
 その頃から、人から何と思われようと、どうでもいいとさえ思うようになっていた。
 ──なのに、出会ってしまったのだ。どうでもいいと思えない人間に。
 筧の何がそんなに自分を惹きつけたのだろうか。
 出会いは職場の新人歓迎会だった。
 初めて会ったときの筧の印象は──堅そうな男。たぶん、その程度だった。その歓迎会の二次会で気分の悪くなった君島に筧が声を掛けてくれたことで縁が出来た。
 その後、営業部に配属されることになった君島は、偶然にも筧について仕事をすることとなった。見た目そのままの、仕事に対する真面目な姿勢。正直、口はあまりいいほうではないし、君島を突き放すようなことを言いつつも、決して無責任に放り出すようなことをしない面倒見の良さ、それから──。
 筧の好きなところを挙げたらキリがない。
 なんて思考に我ながら反吐が出そうになるが、どうしようもない。好きになってしまったものは。

 クサクサした気持ちのまま独りの部屋に帰る気にもならず、君島は以前よく顔を出していた馴染みのバーに立ち寄った。
 鉄製のドアの重みと独特の空気感が少し懐かしい。ドアを開けると、見知った顔が君島を見て、大袈裟なくらい驚いた顔で出迎えてくれた。
「あっれ、君島くんじゃーん! 随分久しぶりじゃない!」
「お久しぶりです」
「就職したって聞いてたけど──急に顔出さなくなったから、何かあったのかってしばらく常連さんたち大騒ぎだったよ」
 マスターが自分の顔を覚えていてくれたことにどこかほっとした。
 ここは知る人ぞ知る、その手のバー。表向き普通のバーとして営業しているが、同性愛者が、夜な夜な出会いを求めてやって来る裏の顔も合わせ持つ。
 大学時代は、君島自身もここで適当な相手を探し、気の合った相手と関係を持っていた。
 後腐れない大人の関係、というやつだ。
「どうしてたの、最近」 
 マスターが「ここ座んなよ」とカウンターに座るよう促し、君島は促されるまま空いている席に座るとビールを注文した。
「仕事でバタバタしてたってのもあるんですけど。ここ最近は、好きな男一筋の真面目なお付き合いをしてまして」
 君島が答えると、マスターが小さく肩をすくめた。
「へぇえ? 君島くんってそういうタイプだったっけ?」
「……どういう意味ですか。俺だって、マジになった相手にはそれなりに」
「──で? 今夜はどうしたの? その男と別れたとか?」
「別れてませんよ。ちょっとムカつくことがあって、そのまま真っ直ぐ帰るのも釈で。仮に向こうがそうしたくても俺は別れる気全くないですし」
 君島の答えにマスターが心底意外そうな顔をしてカウンターにビールのグラスを置いた。
 グラスを受け取り、口をつける。キンと冷えたビールがいつもほど美味しいと感じないのはやはり筧のことが気掛かりだからか。
「あはは。君にそこまで言わせる相手がいるなんてね。じゃあ、何? 喧嘩でもした?」
「……喧嘩ってわけじゃないんですけど、いろいろあって悶々と」
「それで気晴らしに?」
「まぁ、そんなとこです」
「てっきり昔みたいに遊びの相手でも探しにきたのかと思ったよ。きみ、ここに頻繁に顔出してた頃モテモテだったろ? きみのこと狙ってるやつも大勢いたからねぇ……」
 確かに適当な相手と遊んでいた時期はあった。当時はいろいろと摸索中というのもあった。
 好みの相手に言い寄られるのは悪い気はしなかったし、もし自分に合う相手がいればそれなりに関係が発展したのかもしれないが、結局本気になれるような相手には出会えなかった。
「俺、不特定多数にモテるより、一人の男にじっくり愛されたいタイプだったみたいで」
「ははっ、変わるなー、人間」
 自分でも驚いている。
 恋だの愛だのは面倒だ。傍にいるのも抱くのも、相手が誰でもさほど違いはないと思っていたはずなのに。誰にも執着しなかった自分が、あの男じゃなきゃ嫌だ、などと思うようになるなんて。
 小一時間ほどバーで飲んで君島は店を出た。昔馴染みの店で顔見知りだった常連客などと久しぶりに顔を合わせ、それなりに気晴らしができたような気でいたが、一歩店を出るとまた不安で胸が圧し潰されそうになる。
「ほんと、こんなのキャラじゃねぇ……」
 君島は、細い路地を抜け、大通りに出てタクシーを掴まえた。
 乗り込んだタクシーの後部座席で、スーツのポケットからスマホを取り出してみたが、依然筧からの連絡はない。
 職場を出てから数回、バーで飲んでいる時に数回。何度かスマホをチェックしては、ろくでもないダイレクトメールやアプリの通知が届いていただけだったことにがっかりして溜息をついていた。
 ほんと、ありえねぇ。恋人放って見合いまがいのことしてるっつーのに!
 少しはこっちの不安も推し量れってんだよ! と心の中で毒づいてやった。






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