2 / 5
第二話
しおりを挟む大通りに出て大きな交差点の信号機を渡り、道路の反対側まで半ば強引に肩を抱かれたまま歩いて行くと、男はどういうわけかそのままネオン街へと足を向ける。
一体どこへ向かってるんだ? なぜ俺がこいつについて行かなければならないんだ。
「ちょ、いいかげん離せよ! どこ行くんだよ!」
「まぁまぁ。あ、ここでいいか」
そう言うと男は諒太の肩を抱いたまま片手で器用に傘を畳み、通り沿いのラブホに入るなり「あんた部屋拘りあるほう? どこでもいい?」と手慣れた様子で空室の部屋を選んだ。
「な……?」
一体、何がどうしていまこの状況なのだろう。あまりの驚きに諒太は唖然と男を見つめる。
「待て待て待て! 何する気だ、おかしいだろ! 何で俺が……」
バーで顔を合わせた程度のよく知らぬ男になぜかラブホに連れ込まれそうになっている。
言いたいことは山ほどあるが、突然の想定外の出来事に頭がパニックになっていて上手く言葉が出てこない。
「何でじゃないだろ。とっとと部屋入ろうぜ」
「だからっ、意味がっ……」
男は勢いよく諒太の手を掴んでそのまま止まっていたエレベータに乗り込み、目的の階へ着くとチカチカと明かりの灯った部屋の前に立った。
これはヤバい──思った瞬間、諒太はあっという間にその男によって部屋に引きずり込まれてしまった。
部屋に入るなり、男が諒太の腕を掴んだまま壁に押し付け唇を塞ぐ。
「ん、ふっ……やめっ」
──なんで、俺がこんな目に!
諒太は男の腕を振り払ってドアに手を掛けたが、いくら押しても引いてもドアはびくとも動かない。
「くっそ、なんで開かねぇ!!」
それでも必死にドアを開けようとする諒太を見て、若い男が初めて表情を緩め小さく吹き出した。
「ちょっと、お兄サン。マジ……? ラブホ初めてとか? 精算しないとそのドア開かないけど。つうか、まだ何もしてないのになんで帰ろうとすんの」
「何も、って! おまえと俺が何するっていうんだ、こんなところで!」
「何って、ラブホですることっつったら一つしかないだろ」
「は⁉」
「“は⁉”って何。こっちが“は?”だよ。店で合図したのそっちだろ?」
「……合図? 俺が? 何の?」
全く意味が分からない。諒太が店にいたのはほんの十五分、いや長くて二十分。
店自体の雰囲気は悪くなかったが、この若い男の視線が妙に居心地が悪くて、ビールを一杯だけ飲んですぐに店を出た、それだけだ。
「あんた、コースター弄ってたろ」
「……え?」
コースター? ああ、確かに。でも、それがどうしたというのだ。
「あの店、俺みたいな連中……つまりゲイ仲間界隈ではわりと有名な店で。カウンター席で連れのいない男性客がコースターを裏にひっくり返すのが同じカウンター席に座る男へのいわゆる誘いの合図なんだよ」
「誘いの、合図──? って、あ⁉」
確かに諒太は店で手持無沙汰にコースターを弄って──裏に返したまま店を出た、かもしれない。それが思いきり表情に出ていたのだろう。若い男が諒太を見てにやりと笑った。
「だから、誘ったのはあんただ」
「そ、そんなこと……! 俺は何も知らなかった」
「それはあんたのほうの事情だろ? こっちはこっちでルールに則ってんだ」
そう言った男が再び諒太の寮腕を掴んで壁に押し付けた。
背の高いその男が諒太を見下ろす。濡れた明るい髪の毛先から雨の雫が滴り落ちた瞬間、男と目が合った。キラキラと濡れたビー玉のように輝く瞳。
──なんて、綺麗な目だ。そう思ったときには再び男に唇を塞がれていた。
「う、っ」
ああ、最悪だ。雨宿りに偶然立ち寄ったバーで酒を飲んだだけで、どうしてこんなことに──。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
『定時後の偶然が多すぎる』
こさ
BL
定時後に残業をするたび、
なぜか必ず同じ上司が、同じフロアに残っている。
仕事ができて、無口で、社内でも一目置かれている存在。
必要以上に踏み込まず、距離を保つ人――
それが、彼の上司だった。
ただの偶然。
そう思っていたはずなのに、
声をかけられる回数が増え、
視線が重なる時間が長くなっていく。
「無理はするな」
それだけの言葉に、胸がざわつく理由を、
彼自身はまだ知らない。
これは、
気づかないふりをする上司と、
勘違いだと思い込もうとする部下が、
少しずつ“偶然”を積み重ねていく話。
静かで、逃げ場のない溺愛が、
定時後から始まる。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる