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第二章:二度寝を夢見る孤児と修理屋の仲間たち
第六話:狡猾なる傭兵
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夜の街は、静かでどこか不気味だった。昼間は商人や職人で賑わう通りも、今は明かりがまばらで、軋むような風の音だけが漂っている。カイルは片手で小さな工具箱を抱え、帰り道を急いでいた。依頼人の老人が嬉しそうに礼を言ってくれたのを思い出すと、胸の奥にじんわりとした温かさが広がる。
「よし、今日はこれで最後だ。早く戻って、ネロたちにうまいもんでもおごってもらうか……」
だがその足取りを、背後から忍び寄る気配が乱した。
――カツ、カツ、カツ。
一定の間隔で響く複数の足音。振り返らずとも分かった。尾けられている。しかも数は多い。
(……くそっ、やっぱりスカベンジャーの次が来やがったか。どうしてこんなタイミングなんだよ……)
依頼帰りの一人きりのタイミングを狙われた――偶然ではなく、周到な待ち伏せだ。スカベンジャーの残党だろうか? いや、あの連中はこんなに統率が取れていなかった。カイルは路地へ滑り込み、すぐさま腰のホルスターから手製の改造ハンドガンを抜き放った。カチリ、と金属が噛み合う乾いた音。
追ってきた影が角を曲がる瞬間、カイルは迷いなく引き金を絞った。パンッ!
「ぐあっ――!」
悲鳴とともに敵の足が崩れ落ちる。膝を正確に撃ち抜いたのだ。次の瞬間、別の影が飛び出すが、カイルは既に二発目を装填し終えていた。
「――そこだ!」
銃口の閃光と共に、また一人が倒れ込む。残った連中がざわめいた。
「防具を貫通だと……!? ただのガキじゃねえ!」
「距離を取れ、こいつ射撃が正確すぎる!」
カイルの銃は見た目こそ粗末なジャンクだが、彼が長年培った技術で内部は徹底的に改造されている。威力と精度は、市場に出回る安物とは比べものにならなかった。しかし――敵の陣形は崩れない。むしろ、倒れた仲間を囮にしてカイルの退路を塞ごうと素早く動く。その統率は、まるで軍人のようだった。
(やべえ……これは本当にただのチンピラじゃねえ。一体何者だ……?)
カイルはすぐさま判断を切り替える。撃ち合いで全員を倒すのは不可能だ。ならば――逃げる。街の路地は複雑に入り組み、迷路のようだ。地形を知り尽くした者にとっては逃走経路になるが、知らぬ者にとっては墓場となる。カイルは路地の角を連続で曲がり、暗がりに潜り込み、足音を巧みに欺いていく。
「追え! 絶対に逃がすな!」
「くそ、どこに消えやがった!」
怒号が響く。だがカイルは、既に敵の視界から消えていた。彼は迷路のような街を駆け抜け、拠点へと駆け戻った。
「ネロ! ミナト! みんないるか!」
息を荒げながら叫ぶカイルに、ネロたちが駆け寄る。
「どうしたんだよ、カイル、顔色が悪いぞ」
ネロが心配そうに問いかける。
「……襲われた。奴ら、ただのチンピラじゃねえ! 動きが軍隊みたいだった!」
カイルは息を整えながら、路地で起きた出来事をまくし立てた。ミナトは黙って彼の話を聞き、目を細める。
「軍隊の動き……確かに、スカベンジャーの連中とは違うな。奴らはもっと無秩序だった」
「じゃあ、傭兵ってやつかな? 賞金稼ぎとか?」
リナは顔をこわばらせて問い返す。
「でも、どうするの? また正面から来るなら罠を仕掛ければいいけど……」
ネロは拳を握りしめる。スカベンジャーとの戦いで、彼らは正面からの力勝負では負けないことを証明した。だが、相手が「知恵」を使ってきたらどうなる? そんなネロの不安を、その後すぐに最悪の形で証明された。
翌日、いつも彼らに依頼している商人が、修理屋に駆け込んでくる。顔面蒼白で震えながら、こう訴えたのだ。
「し、修理を頼もうとしていた物を……奪われたんだ! 『二度とあのガキ共には頼むな』って脅されて……!」
その日を境に、似たような事件が相次いだ。修理屋に依頼しようとした客が脅され、修理した品を受け取り帰る途中で強奪される。敵は正面から襲撃してくるのではなく、信用をじわじわと削り取るようなやり方を取ってきたのだ。
「……これは、我々を孤立させようとしている」
テゴが低く呟いた。拠点の中心、光を宿した球体コアが淡く瞬く。新しい体に収まったその声は、以前よりも落ち着いて響いた。
「解析した結果、彼らは“傭兵”だ。金で動き、依頼主の目的を果たすために戦う。……自分たちの意思じゃない」
ネロは唇を噛み締める。
「つまり、俺たちにこんな手間をかけてまで潰したい、雇い主がいるってことか。誰だよ……俺たちに恨みがあるやつなんて……」
カイルが拳を握りしめた。
テゴが言う。
「動きは徹底している。プロの仕業だ。……正直、正面からやり合えば勝ち目は薄い。奴らには、俺たちを倒すための『手順』がある」
「もう、どうしたらいいの……? 私、怖くなってきた……」
リナは不安げにネロの腕を掴んだ。
ミナトは静かに話す。
「奴らの狙いは、俺たちの生命活動を止めることじゃない。この街での『信頼』を破壊することだ。その方が、俺たちにとって致命的だと知っている」
重苦しい沈黙が場を包んだ。これまでの敵は、力でねじ伏せればよかった。マフィアもスカベンジャーも、最終的には暴力と数で押してくる単純な連中だった。
だが今回は違う。罠も挑発も仕掛けられず、敵は真正面に立たずして「信頼」という根を切り崩してきた。それは、この街を自分達の「居場所」として築き上げてきたネロたちにとって、最も恐ろしい攻撃だった。
テゴが光を瞬かせる。
「敵は知恵を使う……ネロ、お前と似ている」
「はぁ!? 似てるって言うな! 俺はもっと優しいし!」
ネロは思わず怒鳴り返した。
「俺は、自由に二度寝して、贅沢な飯食って、ふかふかの布団で暮らす未来を夢見てるんだ! あいつらとは違う!」
カイルが吹き出し、リナが「もう、真面目にしてよ!」と叱る。
ネロの心の奥底には、嫌な予感が巣食っていた。これまでのように罠や力だけでは通じない。知恵と策略――それこそが、これからの戦いで試されるのかもしれない。
窓の外では、夜風がざわめき、暗い雲が街を覆い始めていた。誰が雇い主なのかも分からない。何のために自分たちを狙うのかも不明。
ただひとつ確かなのは――。
「……嵐が来る」
ネロは小さく呟いた。それは不安を吐き出す言葉であると同時に、これから始まる新たな戦いの合図だった。
「よし、今日はこれで最後だ。早く戻って、ネロたちにうまいもんでもおごってもらうか……」
だがその足取りを、背後から忍び寄る気配が乱した。
――カツ、カツ、カツ。
一定の間隔で響く複数の足音。振り返らずとも分かった。尾けられている。しかも数は多い。
(……くそっ、やっぱりスカベンジャーの次が来やがったか。どうしてこんなタイミングなんだよ……)
依頼帰りの一人きりのタイミングを狙われた――偶然ではなく、周到な待ち伏せだ。スカベンジャーの残党だろうか? いや、あの連中はこんなに統率が取れていなかった。カイルは路地へ滑り込み、すぐさま腰のホルスターから手製の改造ハンドガンを抜き放った。カチリ、と金属が噛み合う乾いた音。
追ってきた影が角を曲がる瞬間、カイルは迷いなく引き金を絞った。パンッ!
「ぐあっ――!」
悲鳴とともに敵の足が崩れ落ちる。膝を正確に撃ち抜いたのだ。次の瞬間、別の影が飛び出すが、カイルは既に二発目を装填し終えていた。
「――そこだ!」
銃口の閃光と共に、また一人が倒れ込む。残った連中がざわめいた。
「防具を貫通だと……!? ただのガキじゃねえ!」
「距離を取れ、こいつ射撃が正確すぎる!」
カイルの銃は見た目こそ粗末なジャンクだが、彼が長年培った技術で内部は徹底的に改造されている。威力と精度は、市場に出回る安物とは比べものにならなかった。しかし――敵の陣形は崩れない。むしろ、倒れた仲間を囮にしてカイルの退路を塞ごうと素早く動く。その統率は、まるで軍人のようだった。
(やべえ……これは本当にただのチンピラじゃねえ。一体何者だ……?)
カイルはすぐさま判断を切り替える。撃ち合いで全員を倒すのは不可能だ。ならば――逃げる。街の路地は複雑に入り組み、迷路のようだ。地形を知り尽くした者にとっては逃走経路になるが、知らぬ者にとっては墓場となる。カイルは路地の角を連続で曲がり、暗がりに潜り込み、足音を巧みに欺いていく。
「追え! 絶対に逃がすな!」
「くそ、どこに消えやがった!」
怒号が響く。だがカイルは、既に敵の視界から消えていた。彼は迷路のような街を駆け抜け、拠点へと駆け戻った。
「ネロ! ミナト! みんないるか!」
息を荒げながら叫ぶカイルに、ネロたちが駆け寄る。
「どうしたんだよ、カイル、顔色が悪いぞ」
ネロが心配そうに問いかける。
「……襲われた。奴ら、ただのチンピラじゃねえ! 動きが軍隊みたいだった!」
カイルは息を整えながら、路地で起きた出来事をまくし立てた。ミナトは黙って彼の話を聞き、目を細める。
「軍隊の動き……確かに、スカベンジャーの連中とは違うな。奴らはもっと無秩序だった」
「じゃあ、傭兵ってやつかな? 賞金稼ぎとか?」
リナは顔をこわばらせて問い返す。
「でも、どうするの? また正面から来るなら罠を仕掛ければいいけど……」
ネロは拳を握りしめる。スカベンジャーとの戦いで、彼らは正面からの力勝負では負けないことを証明した。だが、相手が「知恵」を使ってきたらどうなる? そんなネロの不安を、その後すぐに最悪の形で証明された。
翌日、いつも彼らに依頼している商人が、修理屋に駆け込んでくる。顔面蒼白で震えながら、こう訴えたのだ。
「し、修理を頼もうとしていた物を……奪われたんだ! 『二度とあのガキ共には頼むな』って脅されて……!」
その日を境に、似たような事件が相次いだ。修理屋に依頼しようとした客が脅され、修理した品を受け取り帰る途中で強奪される。敵は正面から襲撃してくるのではなく、信用をじわじわと削り取るようなやり方を取ってきたのだ。
「……これは、我々を孤立させようとしている」
テゴが低く呟いた。拠点の中心、光を宿した球体コアが淡く瞬く。新しい体に収まったその声は、以前よりも落ち着いて響いた。
「解析した結果、彼らは“傭兵”だ。金で動き、依頼主の目的を果たすために戦う。……自分たちの意思じゃない」
ネロは唇を噛み締める。
「つまり、俺たちにこんな手間をかけてまで潰したい、雇い主がいるってことか。誰だよ……俺たちに恨みがあるやつなんて……」
カイルが拳を握りしめた。
テゴが言う。
「動きは徹底している。プロの仕業だ。……正直、正面からやり合えば勝ち目は薄い。奴らには、俺たちを倒すための『手順』がある」
「もう、どうしたらいいの……? 私、怖くなってきた……」
リナは不安げにネロの腕を掴んだ。
ミナトは静かに話す。
「奴らの狙いは、俺たちの生命活動を止めることじゃない。この街での『信頼』を破壊することだ。その方が、俺たちにとって致命的だと知っている」
重苦しい沈黙が場を包んだ。これまでの敵は、力でねじ伏せればよかった。マフィアもスカベンジャーも、最終的には暴力と数で押してくる単純な連中だった。
だが今回は違う。罠も挑発も仕掛けられず、敵は真正面に立たずして「信頼」という根を切り崩してきた。それは、この街を自分達の「居場所」として築き上げてきたネロたちにとって、最も恐ろしい攻撃だった。
テゴが光を瞬かせる。
「敵は知恵を使う……ネロ、お前と似ている」
「はぁ!? 似てるって言うな! 俺はもっと優しいし!」
ネロは思わず怒鳴り返した。
「俺は、自由に二度寝して、贅沢な飯食って、ふかふかの布団で暮らす未来を夢見てるんだ! あいつらとは違う!」
カイルが吹き出し、リナが「もう、真面目にしてよ!」と叱る。
ネロの心の奥底には、嫌な予感が巣食っていた。これまでのように罠や力だけでは通じない。知恵と策略――それこそが、これからの戦いで試されるのかもしれない。
窓の外では、夜風がざわめき、暗い雲が街を覆い始めていた。誰が雇い主なのかも分からない。何のために自分たちを狙うのかも不明。
ただひとつ確かなのは――。
「……嵐が来る」
ネロは小さく呟いた。それは不安を吐き出す言葉であると同時に、これから始まる新たな戦いの合図だった。
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