スクラップ・ギア

前田 真

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第二章:二度寝を夢見る孤児と修理屋の仲間たち

第七話:傭兵との決戦

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 街に流れる空気が、じわじわと淀んでいくのをネロは肌で感じていた。スカベンジャーを退けた後、修理屋《スクラップ・ギア》は人々からの信頼を得て、仕事の依頼は途切れることがなかった。だが同時に――目に見えぬ影が、確実に彼らを締め上げてきていた。

「またかよ……!」

 依頼品を持ち帰るはずの客が、途中で“何者か”に脅され、品を奪われたという。工房の扉を閉めながら、カイルが苛立ちを隠さず吐き捨てる。

「正面から来ればいいものを……! ちまちま嫌がらせしやがって!」

 ネロは無言で机に突っ伏した。ふかふかの布団に潜り込むような余裕はなく、頭の奥がじんじんと痛む。

「狙いは俺たちの信用。修理屋が“危険だから頼むな”って噂になれば、一気に干される」

「やり口がいやに洗練されてるわ」

 リナが腕を組む。

「……兵隊みたいに動いてる。昨日も、工房の周りをうろついている奴らを見たけど、みんな同じような動きをしてた」

 その時、球体ドローンの形で漂っていたテゴが電子音を鳴らした。

「解析完了。やはり彼らは傭兵。傭兵団・黄昏の狼たそがれのオオカミ――金で動く者たちだ。街に根を張る目的はない。依頼を受けて“修理屋を削る”こと、それだけ」

 ネロは顔を上げ、歯を食いしばった。

「依頼……つまり、雇い主がいるってわけだよな。誰だよ……俺たちにこんな手間をかけるやつ」

 ミナトが静かに口を開く。

「この街で、俺たちを邪魔に思う奴がいるとすれば……」

「……いや、考えたくない。でも、俺たちが何をしたって言うんだ」

 ネロは苛立ちを隠せない。その時、カイルが立ち上がり、壁にかけられた地図を指差した。

「どうするんだよ、ネロ。このままじゃ、本当に干上がっちまう。もう逃げも隠れもしねぇ。こっちから仕掛けてやろうぜ!」

「……待て。その案は却下だ」

 ミナトが冷静に言う。

「奴らはプロだ。正面からぶつかっても、勝ち目は薄い」

 重い沈黙が流れる中、ネロがゆっくりと顔を上げた。その陰湿なやり口に、かつての上司の姿が重なる。冷たい笑顔で、ジワジワと追い詰めてくるやり方。

「……違う。奴らは、俺たちの知恵と力を恐れて、真正面から来れないんだ」

「ネロ兄ちゃん……」

 リナが不安そうにネロを見つめる。

「作戦を立てる。奴らが一番得意な『待ち伏せ』を逆手に取るんだ」

 ネロは机の上に広げた地図を指差し、静かに話し始めた。


 数日後、リナは街に「高額修理依頼が入った」という噂を流した。もちろん偽情報だ。ミナトがそれを裏付け、それらしく見えるよう、複数の商人に声をかけた。

「おい、聞いてくれよ! あの修理屋に、とんでもない依頼が入ったらしいぜ!」

「マジかよ! どんな依頼だ?」

「それがよ、古いデータコアの解析らしいんだ。報酬は破格だって話だぜ!」

 噂は瞬く間に街中に広まり、修理屋《スクラップ・ギア》の周りをうろつく怪しい影が増えた。

 その夜、ネロとカイルは工房の裏口から夜陰に紛れ、大きな木箱を慎重に運び出していた。

「こんな時間に荷物運びって……不自然に見えねえか?」

 カイルがぼそりと漏らす。

「逆だよ。夜だからこそ“こっそりやってる”って思われる。それに、奴らは『高額依頼』の情報に食いついたはずだ。この木箱が、その『依頼品』だと勘違いしてくれたら、こっちのもんだ」

 ネロは小声で返しつつ、すでに背後の気配を察していた。屋根の上、路地の奥、わずかな靴音。尾行は巧妙だったが、気づけないほどではない。だが彼らはわざと気づかぬふりを続けた。木箱の中身は――仕掛け用の罠の部材。廃工場跡へ運び込み、戦場を整えるためのものだ。

「こそこそやってるのを見られちまった……って思わせりゃいい」

 ネロは心の中でほくそ笑む。敵は「自分たちが暴いた」と錯覚し、自然と餌に食いついてくるだろう。


 尾行者の存在を背中に感じながら、ネロとカイルはあえて遠回りをし、街外れの廃工場跡へと向かった。さびついた鉄扉を押し開けると、冷たい夜風が吹き込み、埃が舞う。

「よし……計画通りだ」

 ネロはテゴへ視線を送る。

「監視は?」

「敵影十二。全員、こちらに集中している」

 テゴの電子音声が冷徹に答える。やがて――足音が増えた。廃工場を遠巻きに囲む影、慎重に間合いを詰める気配。

「……やっぱりな」

 カイルが銃を抜く。

「連中、俺たちを生け捕りにするつもりだ。ネットなんて用意してるぜ」


 傭兵たちが工場の内部に踏み込んだ瞬間――。

「罠を起動する」

ミナトが、隠れて罠に繋がったワイヤーを切る。

 ガランッ!

 頭上から鉄骨が落下し、出入り口を塞いだ。

「しまった、罠か!」

 直後、工場に仕込んでいた閃光爆裂音響兵器がミナトの手によって起動。即座に破裂し、眩い光とともに轟音が響く。工場全体が震えるような衝撃音に包まれ、傭兵たちの隊列が一瞬で瓦解する。

 怒号が飛び交う中、傭兵たちは耳を塞ぎ、目を閉じ、その場で蹲った。強烈な衝撃波が聴覚を麻痺させ、白い光が視界を完全に奪ったのだ。訓練されたプロの傭兵でさえ、突然の視覚と聴覚の喪失に身動きが取れない。

「報告! 敵、罠に嵌まりました!」

 リナの声が無線から響く。彼女は工房の屋上で、罠が起動した後に監視カメラを起動して、戦場全体を確認したのだ。

「今だ!」

 リナの声を合図に目を開けたカイル。彼の改造ハンドガンが火を噴き、前衛の傭兵を次々に撃ち抜く。

「ぐっ……足を正確に……!」

「動きが鈍る、気をつけろ!」

 高所に上ったリナはスコープを覗き込み、狙撃を開始する。スタン弾やネットを構えた敵を的確に撃ち抜き、援護を阻止。

「これ以上、誰も近づけさせない」

 テゴの新しい体が重量級の脚で床を叩き前進。鋼鉄の腕で放たれた捕縛ネットを引き裂く。

「排除開始」

 冷たい声とともに、傭兵たちを次々と吹き飛ばしていった。混乱の只中、指揮官らしき男が叫ぶ。

「落ち着け! 包囲を立て直せ! 目標は生け捕りだ!」

「包囲なんてさせるか!」

 ネロは叫び、サイコキネシスを解放。鉄骨と瓦礫が宙に浮かび、渦を巻くように傭兵を逆に取り囲む。

「……これで終わりだ」

 その瞬間、ミナトが指揮官に向けて銃弾を放つ。その弾丸は、指揮官の右腕を正確に貫き、彼が持っていた通信機を弾き飛ばした。指揮官が悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。

 傭兵たちは指揮官が倒れたのを見て、恐怖に顔を歪ませる。それでもなお、彼らはタイミングを合わせて全方向から包囲から抜け出す。ネロは、同時に全員を相手にすることはできず、正面の敵しか倒せなかった。

 抜け出すことに成功した傭兵たちが、最後の力を振り絞りネロたちに襲いかかる。


 カイルは、瓦礫の陰から素早く身を乗り出し、改造ハンドガンを構えた。彼の戦い方は、指揮官が倒されて猪突猛進する傭兵たちとは正反対だ。

 彼は常に地形を読み、遮蔽物を巧みに利用しながら、敵の群れを攪乱する。銃弾は精密に計算されており、傭兵が盾として構えた壊れたドアの隙間、ヘルメットのひび、そして関節のわずかな動きを読み、正確に弾丸を撃ち込んでいく。

 一人の傭兵が銃を構えた瞬間、その指先と銃のトリガーを同時に撃ち抜き、もう一人の傭兵が仲間を助けようと身を乗り出したところを、肘の関節を砕いて無力化する。彼の銃弾はまるで意思を持ったかのように、敵の急所を的確に貫いていった。


 工場の屋上から戦場を見下ろすリナは、冷徹なハンターと化していた。

 彼女はスコープを覗き込み、地上で交錯するカイルと傭兵の動きを正確に追う。視界の端で、一人の傭兵がカイルの背後からナイフを振りかざそうとするのが見えた。リナは迷わず引き金を引く。銃声は工場内にこだまし、傭兵のナイフを持つ手が吹き飛ばされた。悲鳴を上げて崩れ落ちる傭兵を横目に、リナは次の獲物を探す。

 彼女の狙撃は、仲間を守るための守護の弾丸であり、敵の戦意を確実に削ぎ取る絶望の銃声だった。


「排除開始」

 テゴの無機質な声が響く。

 彼の新しい体である巨大な二足歩行の機体は、戦場を蹂躏するように前進し、その鋼鉄の腕が傭兵たちを次々と吹き飛ばす。

 テゴの眼は赤く輝き、その動きは一切の無駄がない。今の彼はただ、ネロたちを守るために敵を「排除」することに特化していた。傭兵たちの肉体は、テゴの圧倒的なパワーの前では、まるで紙くずのように軽かった。


 そんなテゴを、隠れて一人の傭兵がグレネードランチャーで撃とうとした瞬間、万が一の時の退路を確保していたミナトはそれを瞬時に察知し、傭兵の手を打ち抜いた。

「全員の目から逃れる事はできない」



 そしてネロは、戦場の支配者として君臨していた。

 彼の周囲に渦巻くサイコキネシスの力は、目に見えない絶対的な支配力を生み出す。地面に転がる鉄骨や瓦礫が、まるで生き物のように空中を舞い、傭兵たちに襲いかかる。

 一人の傭兵がネロに突進しようとした瞬間、ネロは腕を軽く振るだけで、その男を宙に持ち上げ、壁に叩きつけた。さらにネロは、彼の念動力で作り上げた瓦礫の雨で、残りの傭兵たちを完全に倒しきった。

 戦場には、金属が地面に落ちる音と、傭兵たちのうめき声だけが響き渡っていた。


 静寂。リナが屋根から降りてきて、安堵の息を吐く。

「……ただの罠じゃなくて、情報戦まで仕掛けるなんて。私たち、変わってきたのね」

 カイルは銃をしまい、にやりと笑った。

「正面から来ねえなら、こっちも頭使うだけさ」

 ネロは深く息を吐いた。勝利の実感と同時に、胸の奥に重苦しい疑念が残る。

「……あんな連中を雇ってまで、俺たちを捕まえたい奴がいるのか。いったい、誰が……」

 静かに、黒幕の影だけが濃くなっていった。
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