僕たちが見上げた空に ☆横浜の空高くホームランかっ飛ばせタシロ!☆

高橋ヒデミチ

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第二章_水野冬樹

3.転校

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 中学に進学すると、事件が起きた。
 胡桃沢香織が同じクラスに居たのだ。
 一年前に、もう毎日会うことは無いのだろう……
 と絶望のどん底に沈んでいたのだが、よくよく考えてみると、地区の中学校は一つしかなかったので、二つある小学校の卒業生は同じ中学に行くことになるのだ。
 全く簡単で当たり前のことが、一年前の僕には分かっていなかった。

 小学生の頃に「野球部」で活動していた仲間の多くは、そのまま中学校の野球部に入部した。
 僕もそうするつもりだったのだが、大きな障害が発生した。
 遊びの野球部とは違い、部活の野球部はお金が必要なのだ。
 グローブ・バット・スパイク・ユニフォーム等々……
 ウチの生活水準では無理だ。
 と子供でも理解できた。

 とりあえず、運動靴さえあれば何とかなると思い、陸上部に入部することにした。
 陸上で良い記録を残したい。
 という気持ちは無く、高校に進学した後に、野球部で必要な体力作りをすることが目的だった。
 図書館で野球の入門書を借りて研究もした。
 技術的なことよりも、どこを鍛えると良いのか?
 体力作りの参考にする為だった。

 中学生になると、ほとんどの生徒がスマホを持っていた。
 スマホではなくても、親のお下がりのガラケーとか、最低でも家にパソコンがある様なので、放課後でも仲間同士で情報交換をする機会が多い様子だった。

 僕には何も無かった。
 皆から嫌われている訳ではないと思うのだけど、何だか輪の中から外れているような気がしていた。
 仲が良かった「野球部」のメンバーとも、部活が違うので疎遠になって行った。
 胡桃沢とも以前のように、仲良く喧嘩する機会が減って行った。
 学校に行くのがあまり楽しくないと感じるようになっていた。

 それでも陸上部の練習だけは真面目に取り組んでいた。
 どうやら僕の足はかなり速いのではないか?
 と気付いてきた。
 陸上部の一年生の中では一番速かった。
 と言うか、先輩よりも速かった。
 僕より速い先輩は三年生に一人居るだけだった。
 もしかしたら学校で五本の指に入るスピードなのでは?
 と思っていた。

 それは嬉しいのだが、なかなか背が伸びなかった。
 朝礼で並ぶ順番は、常に前から五人以内のポジションをキープしていた。
 体力測定では、スピードや瞬発力の数字は抜群だったが、パワー系の数字は平均的な数字だった。
 僕の身体では、多城選手のようなホームランバッターには向いてないだろう……
 目指す方向は出塁して盗塁して多城選手のヒットで得点に繋げる。
 打順なら、一番か二番を打つ俊足好打の選手を目指したほうが良いかな?
 と考えるようになった。

 目標もはっきり決まってきたので、練習は一生懸命だったが、走っていると野球部の練習が目に入る。
 本当は僕だって野球の練習がやりたい。
 走っているだけではつまらない……
 高校生になったら野球部で活躍できるように、今は基礎体力を身に付けることが大切なんだ。
 と自分に言い聞かせながら頑張っていた。


 ある日気付いた。
 中学の野球部よりも、高校の野球部のほうがお金が掛かるのではないか?
 今現在、金銭的な理由で野球部に入れていないのに、高校になれば尚更無理なのではないか?
 考えたくもないが、現実から目を背けてはいけない。
 これを回避するのは難しい問題なのではないだろうか……

 そう思うようになってから、陸上部の練習も苦痛になってきた。
 年末年始の休みを挟んで、三学期が始まったのだが、僕は登校拒否状態になっていた。

 担任の先生が家庭訪問に来た。
 母は仕事で留守だったので、二人きりで話しをした。
 母には言いにくいことも多くあった。
 ここで先生に言ってしまうと、間接的に母の耳に入るだろう……
 とは思ったのだが、何で学校に行きたくないのか、正直に話しをしてみた。

 僕だってスマホが欲しい。
 友達とLINEやメールをやりたい。
 今は仲間外れにされている気分だ。

 部活は本当は野球部に入りたい。
 今は我慢して陸上部で頑張ろうと思ったが、高校生になっても野球部には入れないのではないか?
 と思ったら何もやる気が起きなくなった。
 兎に角、学校に行っても楽しくないし、高校生になっても楽しくなる要素が見当たらないのだ。

 暫くしてから、母が学校から呼び出された。
 何やら今後のことを色々と相談してきた様子である。
 それから母の口数も少なくなった。
 かなり悩んでいるのが、子供の僕にも伝わってくる。
 僕のせいで、こんなに悩ませてしまっているのだ……
 と思うと申し訳ない気持ちで一杯になってくる。
 学校だけではなく、家にも居場所が無いような気持ちになってきた……


「冬樹、二年生になる時に転校するよ」
 ある日、唐突に母が言った。
「母ちゃんの実家の長野に戻ることにした」
 えっ? 長野? 実家?
「あんたのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんも働いてるし、実家なら家賃も掛からないしね」
 お祖父ちゃんとお祖母ちゃん?
 今まで会ったことが無い…… 居たんだ……
「友達と離れ離れになっちゃうけど、今のままやりたい事もできずに、この先も希望が持てずに過ごしているより、思い切って転校したほうが良いと思って決めた!」
 決めたって……
 でも母の言う通りのような気がする。
 皆と別れるのは辛いけれど、今のままでは何も希望が持てない。
 それにしても長野とは……
 祖父と祖母のことも今まで何も聞かされてなかった。
 僕の年齢では分からないことが多いのだろうけれど、ウチはかなり複雑な家庭環境のようだ。

「それからね。母ちゃんは趣味で山登りを始めることにしたんだ。
 横浜に住んでいたんじゃぁ交通費も掛かるし、移動も大変だからね。
 長野に帰るには丁度良かったよ。
 あんたの為だけに、無理して引っ越す訳じゃないからね。
 四月から慣れない環境で苦労するかもしれないけど、お互いに頑張ろうねっ!」
 何だよ、山登りって……
 運動音痴の母ちゃんが、辛い山登りなんて趣味にできるはずないじゃんかっ!
 僕に気を使って変な宣言しなくてもいいのに……

 それからは学校に行くようにした。
 出席日数を稼ぐためと、転校して授業について行けないのは辛いので、勉強も少し頑張らないといけない。
 と思ったからだ。

 転校のことは誰にも言わなかった。
 最近は特別親しくしている友達が居なくなっていたので、僕が転校しても誰も悲しまないだろう…… 

 そして、三学期の終業式の日に担任から僕の転校が発表された。
「えぇっ!」というどよめきが少し起きた。
「水野、長野に行っても頑張れよ!」「元気でなっ」「たまには遊びに来いよっ」
 以前はもっと親しくしていた友達の何人かは声を掛けてくれた。
 胡桃沢のほうを見ると、彼女は下を向いていて僕と目を合わせることがなかった。

 帰宅して、引っ越しの準備を開始した。
 春休み中に引っ越しして、新学期から新しい中学に通うので、何かと気忙しい。
 昼食を挟んで、午後三時を過ぎる頃には大分整理ができていた。
 そんな時に珍しく電話が鳴った。

 胡桃沢からだった。
 近所の小さなスーパーの前で待ち合わせすることになった。
 彼女はいつもと同じ様子でニコニコしていた。
 さっきとは大違いだ。

 スーパーの入口に移動販売のたい焼き屋の車が来ていた。
 こんなこともあろうかと思って、僕は200円持っていたのだが、たい焼きは一個120円だった。
 う~ん…… と悩んでいると、「学割で二個200円だっ!」
 とおっちゃんが言ってくれたので、何とか格好が付いた。

 それから二人で近所をあてもなく歩いた。
 中学校の近所から、最近は少しご無沙汰していた小学校の近所の方向へ、特に意味もなく思い付いた道を歩いていると、あっと言う間に夕方になった。
 西側が開けた丘の途中から、シルエットになった丹沢の山並みと富士山が見えた。

「私は冬樹のことが好きよ。冬樹は私のことどう思ってるの?」
 な、何だよ、急に……
「あ、あぁ…… 俺も同じだよ」
「何それ? それじゃぁ分からない。ちゃんと言って!」
 マジか…… こいつ、こんな性格だっけ?
「え、え~と…… しゅ、しゅきでしゅ」
 あれ? 変な声になってるし……
「じゃぁスマホ買ってもらったら連絡してねっ」「じゃぁねっ」
 電話番号とメールアドレスが書かれたメモを僕に渡すと、彼女は一度も振り返らずに走り去って行った。

 転校するの止めたいなぁ……
 と思ったが、今更どうにもならないことは分かっていた。
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