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第一章
7.
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次の日からあたしは学校帰りに鹿児島さんの病院へお見舞いに通った。相変わらず鹿児島さんは目すら合わせてくれないけど、拒絶されることもなかったのでそこだけは安心できた。
くる度に謝るのも空気が重くなるので、謝罪は最初の一回きりにした。
お見舞いの品は様々で、プリンやお水、学校で配布されたプリントや宿題、毎日一羽ずつ折り紙で折った鶴を持ってきてはちょっとずつそれを繋げていった。
千羽鶴を作るつもりはないけど、これはちょっとしたあたしの遊び心だった。これならみている方も楽しいかなって。それに毎日違う色の鶴を持ってきているから、カラフルで映えるよね。
鹿児島さん、えすえぬえすとかやってないのかな。これなら写真に撮って載せてもいいよ。
「鹿児島さん、珈琲飲める? 駅前にある自販機がめっちゃ安くてさ、変なのばっか売ってるんだけど、珈琲なら鹿児島さんも飲めるかなって」
返事はない。鹿児島さんは、静かに小説を読んでいる。
小説とかあたしはよくわかんないから、おすすめの本を選んで買ってくることもできないし、内容を聞いても多分わからないと思う。
「小説、だいぶ進んだね」
わからなくても、毎日どのくらいのペースで読んでいるのかはみてればわかる。
あたしは今日の分の鶴を繋げると、ベットの横にあるサイドチェストの中にそっと仕舞った。
「じゃあ、またくるね」
あたしが一方的に話すだけの時間。鹿児島さんが小説を読む時間。鶴が一羽増える時間。
鞄を肩にかけて病室からでようとすると、背後から小さな声がした。
「……あ」
「ん?」
あたしはじっと、鹿児島さんの言葉を待った。あたしの聞き間違いでなければ鹿児島さんはいま、なにか言いかけたはず。鹿児島さんがあたしになにか言いたいことがあるのなら、あたしはそれを聴き逃したくない。
「……りがと……」
やっぱり声は小さくて、かなり聞き取りにくかった。
だけど多分、あたしの自惚れじゃなければ、鹿児島さんはあたしに、「ありがとう」って言ったんじゃない?
「……またね」
あたしはなんだか照れ臭くて、ひらひらと手を振りながら病室をでた。またねと答えるので精一杯。だけど、あたしのしてきたことは無駄じゃなかったんだ。
目頭が熱くなる。あたしのきもちは形となって、鹿児島さんのサイドチェストの中に溜まっていく。いまのあたしは昔のあたしとは違うんだという証明。
家に帰るとお兄ちゃんはいなかった。一度舞い上がったきもちは地面に着地して、大の字になって星のない空を見上げていた。
なんてね。
詩人かよと思いつつ、あたしは自分の部屋へと足を踏み入れた。
「……え?」
電気をつけなくてもわかった。部屋が荒らされている。
泥棒でも入ったの?
でも、どうしてあたしの部屋に?
わざわざ階段を上ってあたしの部屋を荒らす意味がわからない。
電気をつけて、なにかなくなってないか確認をする。
ぐちゃぐちゃのシーツに床に落ちてる枕。机の引き出しの中も滅茶苦茶で、床に色々落ちている。
そうだ、リビングは?
階段を下りてリビングに行くと、いつもと変わらない風景がそこに広がっていた。
本当にあたしの部屋だけなの?
柚留ちゃんは?
あたしはもう一度階段を上ると、柚留ちゃんの部屋のドアをコンコンとノックした。
「柚留ちゃん? ごめんね、あの、あたしの部屋が荒らされてて、他は大丈夫みたいなんだけど、柚留ちゃんは大丈夫?」
返事はない。もし泥棒だとしたら、あたしの部屋だけ荒らしていくはずがない。柚留ちゃんの部屋だって荒らされているのかも。ううん、下手したら柚留ちゃんだって危険な目にあったかも。
「……柚留ちゃん? あたしのことが嫌いなのはわかるけど、大事なことだから教えてほしい。もしかしたら警察に通報しなくちゃいけないかもしれないから、荒らされているのはあたしの部屋だけなのか知りたいの」
長い沈黙が続く。柚留ちゃん、もしかして部屋にいないのかな。勝手に部屋に入るわけにもいかないし、またあとで聞いてみようかな。
諦めてドアから離れると、背後からキィ、と音がした。
「……柚留、ちゃん……」
柚留ちゃんだ。柚留ちゃんがドアを開けてくれた。
「あの、もしかしたら泥棒が入ったかもしれなくて、とくになにか盗まれたわけじゃないんだけど、柚留ちゃん、なにか知らない?」
柚留ちゃんはさっきから微動だにしない。空気が重い。早くこの場を立ち去りたいけど、柚留ちゃんが自分からドアを開けてくれたんだから、あたしがこの空気に押し潰されるわけにはいかないの。
「……柚留が……荒らした……」
「……え?」
どうして? という疑問や怒りよりも、まずあたしの中に浮かんだのは、柚留ちゃんが喋ったということだった。
一人称、柚留なんだ。可愛い。
初めて会話するに等しい柚留ちゃんとの会話に萌えを感じていると、柚留ちゃんが言葉を続ける。
「……困ればいいと思ったから……」
「……どうして?」
「……事故に遭ったくらいで全部忘れてるし……いまのお姉ちゃんは嫌い……死ねばいい……」
あたし、お姉ちゃんって呼ばれてるんだ。
また新たな萌えをみつけてしまった。どうしよう。キュンキュンしている場合じゃないのに、嬉しくて顔がにやけそう。
ねえ助けて、顔がにやけちゃう。
せっかく柚留ちゃんが話してくれたのに、このタイミングであたしがにやけてたらまた怒ってドア閉めちゃうよ。
「ご、ごめん……ね?」
「……どうしてそんなにいいこぶってるの? ほんとにきもい……死ねばいい……」
「あたしも自分きもいなって思うけど、柚留ちゃんを傷つけたいとは思わないし、もっとお話してみたいと思ってるよ」
「……また……忘れてるの?」
「え?」
「……また……同じこと繰り返すの?」
「柚留ちゃん?」
またってどういう意味だろう。あたしはなにか、大切なことを忘れているのかな。同じことってなんだろう。考えていたらドアが閉まっちゃった。お兄ちゃんならなにか知ってるのかな。知っていたとしても教えてくれるかな。
あたしは自分の部屋に戻ると、散らかった教科書やノートを机の引き出しに仕舞っていった。
なんだかあたしって色んな人を傷つけてきたんだな。柚留ちゃんに鹿児島さん。知らないだけで、もしかしたらもっといるのかも。
反抗期だったとか?
嫌なことが重なってむしゃくしゃしてたとか。
そういえば、あたしに好きな人とかいないのかな。彼氏とか。もしいたら向こうから声かけてくるか。なら、彼氏はいないのかな。
荒らすも捨てるも好きにしてくれていいけど、(あたしにはなんの思い出もないし)それで柚留ちゃんのきもちは軽くなったのかな。むしろ重くなったんじゃないかな。
重たすぎて、一人で持てなくなったから部屋からでてこれなくなったんだよね。まだ中学生なのに学校にも行けなくて、あんな狭い部屋に毎日一人でいるなんて。
可哀想、は禁句だよね。あたしがそう仕向けたんだから。
「ただいま、愛莉」
「おかえりお兄ちゃん」
あ、もうそんな時間なんだ。お兄ちゃんが帰ってきて嬉しいはずなのに、あたしのきもちは沈んだままだった。
「あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「さっき、柚留ちゃんと少しだけ話した」
「そうなんだ」
「うん。それで、ちょっと気になることを言っててね」
「気になること?」
「また忘れてるの? また同じこと繰り返すの? って」
どうして黙るの。相槌くらい打ってくれたっていいじゃん。まるで触れられたくないみたい。あたしのことなのに変なの。
「……お兄ちゃん?」
「ん?」
「ん?」じゃないよ。あたしの話聞いてた?
それとも聞こえなかったふりをしてるの?
なかったことにしてるの?
そういうの、凄く嫌。聞けばなにか思いだすかもしれないのに、あたしが知りたいことはなんにも教えてくれないの。
「誤魔化さないでよ。あたしもう、子供じゃないんだよ? お兄ちゃんがなにを言ったって、傷ついたりしないよ?」
ほらまた黙っている。ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんはあたしになにを隠してるの?
知らない方が苦しいよ。だってあたしは少なくとも柚留ちゃんと鹿児島さんを傷つけた。他にもいるなら自分から名乗りでてほしいくらいだよ。
あたしはソファに座るお兄ちゃんの隣に両膝をつくと、両方の手のひらでそっとお兄ちゃんの頬に触れた。
ねえ、ソファに両膝をついて座るなって怒る?
行儀悪いよね。でもいいよ。あたし、悪い子だから。
それにこの体勢ならお兄ちゃんを見下ろせる。上からみるお兄ちゃん、なんだか子供みたいで可愛いね。
「……逃げないで」
お兄ちゃんがあたしをみつめている。それはちょっと困ってるような、迷いのある瞳の色だった。
「あたし、知りたいの。いったいあたしがどれだけの人達を傷つけてきたのか。知って、受け止めて、謝りたい」
お兄ちゃんはまだ黙ってる。
「あたし知ってるんだ。クラスメイトを傷つけたこと。その子がね、あたしがなにもかも忘れちゃったから、自分で手首切って死のうとしたんだって。そうやってあたしは柚留ちゃんだけじゃなくて、沢山の人を傷つけてきたんでしょ? お兄ちゃんもその一人なんじゃないの? あたしがお兄ちゃんを傷つけたから。だからあたしがなにも思いださないように、なにも話してくれないんだ」
「……傷つけたのは俺の方だよ」
「え?」
「前も言ったよね。愛莉と柚留がこうなったのは俺の所為だって」
「……うん」
「俺が全部壊したんだ。いや、俺が愛莉を壊したからこうなった」
それじゃ全然わかんないよ。いちからじゅうまで説明してよ。
「お兄ちゃん、あたしになにしたの?」
「愛莉は……俺の妹でいようとしたんだ」
「あたしはお兄ちゃんの妹でしょ?」
「俺は柚留のお兄ちゃんだけど、愛莉は違う」
「……え?」
「俺と愛莉に、血の繋がりはない……本当の兄妹じゃ、ない」
嘘だと思った。そう言えばあたしが黙ると思ったんだ。だからそんな嘘を吐くんだって。
だって、だってそうじゃないとあたしは本当に。
本当に部外者じゃん。
くる度に謝るのも空気が重くなるので、謝罪は最初の一回きりにした。
お見舞いの品は様々で、プリンやお水、学校で配布されたプリントや宿題、毎日一羽ずつ折り紙で折った鶴を持ってきてはちょっとずつそれを繋げていった。
千羽鶴を作るつもりはないけど、これはちょっとしたあたしの遊び心だった。これならみている方も楽しいかなって。それに毎日違う色の鶴を持ってきているから、カラフルで映えるよね。
鹿児島さん、えすえぬえすとかやってないのかな。これなら写真に撮って載せてもいいよ。
「鹿児島さん、珈琲飲める? 駅前にある自販機がめっちゃ安くてさ、変なのばっか売ってるんだけど、珈琲なら鹿児島さんも飲めるかなって」
返事はない。鹿児島さんは、静かに小説を読んでいる。
小説とかあたしはよくわかんないから、おすすめの本を選んで買ってくることもできないし、内容を聞いても多分わからないと思う。
「小説、だいぶ進んだね」
わからなくても、毎日どのくらいのペースで読んでいるのかはみてればわかる。
あたしは今日の分の鶴を繋げると、ベットの横にあるサイドチェストの中にそっと仕舞った。
「じゃあ、またくるね」
あたしが一方的に話すだけの時間。鹿児島さんが小説を読む時間。鶴が一羽増える時間。
鞄を肩にかけて病室からでようとすると、背後から小さな声がした。
「……あ」
「ん?」
あたしはじっと、鹿児島さんの言葉を待った。あたしの聞き間違いでなければ鹿児島さんはいま、なにか言いかけたはず。鹿児島さんがあたしになにか言いたいことがあるのなら、あたしはそれを聴き逃したくない。
「……りがと……」
やっぱり声は小さくて、かなり聞き取りにくかった。
だけど多分、あたしの自惚れじゃなければ、鹿児島さんはあたしに、「ありがとう」って言ったんじゃない?
「……またね」
あたしはなんだか照れ臭くて、ひらひらと手を振りながら病室をでた。またねと答えるので精一杯。だけど、あたしのしてきたことは無駄じゃなかったんだ。
目頭が熱くなる。あたしのきもちは形となって、鹿児島さんのサイドチェストの中に溜まっていく。いまのあたしは昔のあたしとは違うんだという証明。
家に帰るとお兄ちゃんはいなかった。一度舞い上がったきもちは地面に着地して、大の字になって星のない空を見上げていた。
なんてね。
詩人かよと思いつつ、あたしは自分の部屋へと足を踏み入れた。
「……え?」
電気をつけなくてもわかった。部屋が荒らされている。
泥棒でも入ったの?
でも、どうしてあたしの部屋に?
わざわざ階段を上ってあたしの部屋を荒らす意味がわからない。
電気をつけて、なにかなくなってないか確認をする。
ぐちゃぐちゃのシーツに床に落ちてる枕。机の引き出しの中も滅茶苦茶で、床に色々落ちている。
そうだ、リビングは?
階段を下りてリビングに行くと、いつもと変わらない風景がそこに広がっていた。
本当にあたしの部屋だけなの?
柚留ちゃんは?
あたしはもう一度階段を上ると、柚留ちゃんの部屋のドアをコンコンとノックした。
「柚留ちゃん? ごめんね、あの、あたしの部屋が荒らされてて、他は大丈夫みたいなんだけど、柚留ちゃんは大丈夫?」
返事はない。もし泥棒だとしたら、あたしの部屋だけ荒らしていくはずがない。柚留ちゃんの部屋だって荒らされているのかも。ううん、下手したら柚留ちゃんだって危険な目にあったかも。
「……柚留ちゃん? あたしのことが嫌いなのはわかるけど、大事なことだから教えてほしい。もしかしたら警察に通報しなくちゃいけないかもしれないから、荒らされているのはあたしの部屋だけなのか知りたいの」
長い沈黙が続く。柚留ちゃん、もしかして部屋にいないのかな。勝手に部屋に入るわけにもいかないし、またあとで聞いてみようかな。
諦めてドアから離れると、背後からキィ、と音がした。
「……柚留、ちゃん……」
柚留ちゃんだ。柚留ちゃんがドアを開けてくれた。
「あの、もしかしたら泥棒が入ったかもしれなくて、とくになにか盗まれたわけじゃないんだけど、柚留ちゃん、なにか知らない?」
柚留ちゃんはさっきから微動だにしない。空気が重い。早くこの場を立ち去りたいけど、柚留ちゃんが自分からドアを開けてくれたんだから、あたしがこの空気に押し潰されるわけにはいかないの。
「……柚留が……荒らした……」
「……え?」
どうして? という疑問や怒りよりも、まずあたしの中に浮かんだのは、柚留ちゃんが喋ったということだった。
一人称、柚留なんだ。可愛い。
初めて会話するに等しい柚留ちゃんとの会話に萌えを感じていると、柚留ちゃんが言葉を続ける。
「……困ればいいと思ったから……」
「……どうして?」
「……事故に遭ったくらいで全部忘れてるし……いまのお姉ちゃんは嫌い……死ねばいい……」
あたし、お姉ちゃんって呼ばれてるんだ。
また新たな萌えをみつけてしまった。どうしよう。キュンキュンしている場合じゃないのに、嬉しくて顔がにやけそう。
ねえ助けて、顔がにやけちゃう。
せっかく柚留ちゃんが話してくれたのに、このタイミングであたしがにやけてたらまた怒ってドア閉めちゃうよ。
「ご、ごめん……ね?」
「……どうしてそんなにいいこぶってるの? ほんとにきもい……死ねばいい……」
「あたしも自分きもいなって思うけど、柚留ちゃんを傷つけたいとは思わないし、もっとお話してみたいと思ってるよ」
「……また……忘れてるの?」
「え?」
「……また……同じこと繰り返すの?」
「柚留ちゃん?」
またってどういう意味だろう。あたしはなにか、大切なことを忘れているのかな。同じことってなんだろう。考えていたらドアが閉まっちゃった。お兄ちゃんならなにか知ってるのかな。知っていたとしても教えてくれるかな。
あたしは自分の部屋に戻ると、散らかった教科書やノートを机の引き出しに仕舞っていった。
なんだかあたしって色んな人を傷つけてきたんだな。柚留ちゃんに鹿児島さん。知らないだけで、もしかしたらもっといるのかも。
反抗期だったとか?
嫌なことが重なってむしゃくしゃしてたとか。
そういえば、あたしに好きな人とかいないのかな。彼氏とか。もしいたら向こうから声かけてくるか。なら、彼氏はいないのかな。
荒らすも捨てるも好きにしてくれていいけど、(あたしにはなんの思い出もないし)それで柚留ちゃんのきもちは軽くなったのかな。むしろ重くなったんじゃないかな。
重たすぎて、一人で持てなくなったから部屋からでてこれなくなったんだよね。まだ中学生なのに学校にも行けなくて、あんな狭い部屋に毎日一人でいるなんて。
可哀想、は禁句だよね。あたしがそう仕向けたんだから。
「ただいま、愛莉」
「おかえりお兄ちゃん」
あ、もうそんな時間なんだ。お兄ちゃんが帰ってきて嬉しいはずなのに、あたしのきもちは沈んだままだった。
「あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「さっき、柚留ちゃんと少しだけ話した」
「そうなんだ」
「うん。それで、ちょっと気になることを言っててね」
「気になること?」
「また忘れてるの? また同じこと繰り返すの? って」
どうして黙るの。相槌くらい打ってくれたっていいじゃん。まるで触れられたくないみたい。あたしのことなのに変なの。
「……お兄ちゃん?」
「ん?」
「ん?」じゃないよ。あたしの話聞いてた?
それとも聞こえなかったふりをしてるの?
なかったことにしてるの?
そういうの、凄く嫌。聞けばなにか思いだすかもしれないのに、あたしが知りたいことはなんにも教えてくれないの。
「誤魔化さないでよ。あたしもう、子供じゃないんだよ? お兄ちゃんがなにを言ったって、傷ついたりしないよ?」
ほらまた黙っている。ねえお兄ちゃん。お兄ちゃんはあたしになにを隠してるの?
知らない方が苦しいよ。だってあたしは少なくとも柚留ちゃんと鹿児島さんを傷つけた。他にもいるなら自分から名乗りでてほしいくらいだよ。
あたしはソファに座るお兄ちゃんの隣に両膝をつくと、両方の手のひらでそっとお兄ちゃんの頬に触れた。
ねえ、ソファに両膝をついて座るなって怒る?
行儀悪いよね。でもいいよ。あたし、悪い子だから。
それにこの体勢ならお兄ちゃんを見下ろせる。上からみるお兄ちゃん、なんだか子供みたいで可愛いね。
「……逃げないで」
お兄ちゃんがあたしをみつめている。それはちょっと困ってるような、迷いのある瞳の色だった。
「あたし、知りたいの。いったいあたしがどれだけの人達を傷つけてきたのか。知って、受け止めて、謝りたい」
お兄ちゃんはまだ黙ってる。
「あたし知ってるんだ。クラスメイトを傷つけたこと。その子がね、あたしがなにもかも忘れちゃったから、自分で手首切って死のうとしたんだって。そうやってあたしは柚留ちゃんだけじゃなくて、沢山の人を傷つけてきたんでしょ? お兄ちゃんもその一人なんじゃないの? あたしがお兄ちゃんを傷つけたから。だからあたしがなにも思いださないように、なにも話してくれないんだ」
「……傷つけたのは俺の方だよ」
「え?」
「前も言ったよね。愛莉と柚留がこうなったのは俺の所為だって」
「……うん」
「俺が全部壊したんだ。いや、俺が愛莉を壊したからこうなった」
それじゃ全然わかんないよ。いちからじゅうまで説明してよ。
「お兄ちゃん、あたしになにしたの?」
「愛莉は……俺の妹でいようとしたんだ」
「あたしはお兄ちゃんの妹でしょ?」
「俺は柚留のお兄ちゃんだけど、愛莉は違う」
「……え?」
「俺と愛莉に、血の繋がりはない……本当の兄妹じゃ、ない」
嘘だと思った。そう言えばあたしが黙ると思ったんだ。だからそんな嘘を吐くんだって。
だって、だってそうじゃないとあたしは本当に。
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