橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第一章

6.

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 月曜日の朝のホームルームの時間。担任の先生が、クラスに向けて衝撃的な言葉を放った。

「鹿児島さんが昨日、救急車で病院に運ばれました」
「……え?」

 思わず声がでた。これには流石にクラスの皆も動揺したようだ。
 だって、体調不良で救急車で運ばれたわけじゃなかったの。先生が言うには、鹿児島さんは昨日の夜、手首を切って死のうとしたって。これって自殺未遂ってことだよね。学校にきていないだけならまだしも、自殺未遂って。
 思わず後ろの席の坂上さんをみた。坂上さんは、いまの話を聞いてどう思ったんだろう。

「……なに?」
「さ、坂上さんはいまの話を聞いて、なんとも思わないの?」
「どうしてあたしがあいつの悲報を聞いてリアクションをとらないといけないわけ?」

 坂上さんはちっとも動揺なんてしていなかった。もしかしたら坂上さんが言った言葉が引き金になったのかもしれないのに。

「……鹿児島さんに、ブスって言った」
「は?」
「早く帰れって言った」
「だからなに? もしかしてあたしの所為だと思ってんの?」
「だ、だって鹿児島さん、金曜日は学校にきたじゃん……それなのに坂上さんがあんなこと言うから鹿児島さん、帰っちゃったじゃん」

 そうだよ。坂上さんが帰れなんて言ったから。頑張って学校にきてくれたのに、坂上さんが帰れなんて言ったから。

「……あんたいつまで偽善者ぶってんだよ」
「え?」
「いいよねあんたは、事故に遭って全部忘れてさ。頭の中お花畑で、みててむかつく」
「……どういう意味?」
「あいつはあたしの言葉に傷ついたんじゃなくて、あんたが偽善者ぶってたから死のうと思ったんじゃないの?」

 ちょっと待って。どうしてあたしの所為になるの?
 あたしはただ鹿児島さんに、教室に入らないの? って聞いただけなのに。
 名前は間違っていなかったみたいだし、なにか酷いことを言った覚えもない。なのにどうしてあたしの所為になるの?
 偽善者ぶってなんかないよ。記憶がないのはしょうがないじゃん。お花畑とか言われたって、記憶がないのを理由にいつまでも落ち込んでたってしょうがないと思うから普通にしてるんじゃん。

「ま、いいんじゃない? 覚えてないなら覚えてないで。あんたはこれから先も無自覚に誰かを傷つけていくんだ。あんたは意味もわからないまま悩んで、苦しんで、一人ぼっちになればいい」

 酷い。どうして坂上さんはいつもそんなふうに言うの?
 あたしが仮に偽善者だとして、それでどうして鹿児島さんを自殺まで追い詰めることになるの?
 わかんないよ、教えてよ。知ってること全部、話してよ。

「……あたし、知りたい。あたしが鹿児島さんになにをしたのか、坂上さんは知っているんでしょ?」

 肩肘ついて怠そうにこちらをみる坂上さんをまっすぐにみつめると、坂上さんは面倒臭そうに大きな溜息を吐いた。

「……あんたはあいつを虐めてたんだよ。誰よりも率先して」
「……え?」

 そんな。だってあれは夢の中の話で、あたしが誰かを虐めるなんて、そんなこと。

「あたしはそんなことしないって? 残念だけど、此処にいる皆がみてるから。ま、あたしも傍観してたけど」
「あたしが鹿児島さんを……どんなふうに?」

 お願い、あれは夢であって。あたしの記憶の断片なんかじゃありませんように。

「お弁当の中身をごみ箱に捨てたり」

 やめて。

「鞄の中身を床に全部ぶち撒けたり」

 やめて。

「上履きを脱がせて遠くに投げたり」

 やめて。

「傑作なのは、あいつのストリップショーが始まったことかなぁ」

 嘘、嘘、嘘。

「男子もいるのに平気な顔であいつの胸揉んだりしてて。そういえば、動画も撮ったんだ。ほら」

 夢じゃなかった。あれは全部あたしがしたことで、あたしが鹿児島さんを傷つけて不登校に追いやったんだ。
 だけど鹿児島さんは頑張って学校にきてくれた。それなのにあたしがなにもかも忘れて鹿児島さんに優しい言葉をかけるから。
 ふざけんなって思ったよね。あたしだってそう思うのに、鹿児島さんが思わないわけがない。
 だからあの時、あたしをみる目が違ったんだ。あれは軽蔑の目。嫌悪の目。ふざけんな死ねという目。
 そうは思っても言えなくて、いっぱいいっぱい考えて、自分がこうなった元凶が忘れているならもういいや、死のうってなったんだ。
 あたしが鹿児島さんを殺した。
 あたしが。
 あたしが。
 あたしが。

「ほら、これがあんただよ」

 坂上さんのスマホ画面に映るあたしは、まるで別人のようだった。嫌がる鹿児島さんを後ろから抱き締めると制服の上から胸を揉んで、シャツを引っ張ると同時にボタンが弾け飛ぶ。
 すると当然、ブラがみえるわけで、谷間なんかもばっちりみえてしまうわけで。

『おい鹿児島ぁ』

 いまの声は誰?
 口が悪くて、気持ち悪い。

『ピンクのブラとかえろすぎじゃね?』

 こんなのはあたしじゃない。こんなのは違う。

『ふにふにしてて柔らかあい』

 やめて、もういいから。こんなのもうレイプじゃん。
 この動画には小長井さんもいる。楽しそうに笑っている。男子は鹿児島さんの身体に釘づけだし、女子もひそひそ話してる。こんなことされれば誰だって学校にこなくなるよ。
 気がつけば、さっきまでホームルームをしていたはずの先生はいつの間にかいなくなっているし、男子達がこちらをみてそわそわしてる。
 気持ち悪い。
 あの時のことを思いだしてそわそわしてる男子達よりも、こんなふうに人を無理やり辱めるあたしがなによりも気持ち悪い。

「これでわかったでしょ? あんたはこれを、綺麗さっぱり忘れたの。あんたはあいつを鹿児島さんなんて呼ばないの」

 このクラスは最低で、あたしも最低で、人としておわっている。これが事実なら、あたしが柚留ちゃんを不登校にしたのも納得がいくし、これが事実なら、死ぬべきなのはあたしの方だ。
 あたしはもう逃げちゃだめなんだ。ちゃんと鹿児島さんに会って、傷つけたことを謝らなきゃ。

「……あたし、鹿児島さんに謝りたい」
「今度は病院にまで押しかけてあいつを追い詰めるわけ?」
「追い詰めるわけじゃない」
「だからぁ、あんたが会いに行ったところであいつを追い詰めるだけなんだってば」
「……それでも会って謝りたい」
「自分が楽になるためにね」
「違う!」
「違くないよ。それであんたが楽になってもあいつが苦しくなるだけじゃん。その場では笑って許してくれるかもしれないけど、あんたが帰ったあとにまた死のうとするかもよ?」

 否定はできなかった。あの数秒のやりとりだけで、自殺未遂をさせてしまったのだ。あたしが会いに行くだけで、今度は窓から飛び降りようとするかもしれない。

「それに記憶がないのって一時的なもんなんでしょ? 何ヶ月、何年と経てば、ふとしたきっかけで思いだしたりするじゃん。だからあんたが謝ったところで、また記憶が戻れば同じことをするってわけ」

 正論すぎてなにも言えなかった。記憶なんていつ、なにがきっかけで思いだすかわからないんだ。思いだせばいまのあたしは消えて、性格と口の悪い本来のあたしが蘇る。

「また傷つけるくらいなら近寄らない方がいいよ」
「……小長井さんが学校にこないのも、あたしが関係してたりする?」
「果歩は関係ないよ。元々あんな感じだもん。まぁでも、あんたがそんなんだから引いてたのは間違いないだろうね」
「……あたし、先生に鹿児島さんがいる病院の場所聞いてくる」

 そんなのただの自己満足だと言われても、どうしても鹿児島さんに謝りたかった。あたしが病室に入った瞬間、窓から飛び降りようとしたらどうしよう。そんな不安はあれど、このままなにもしないなんていまのあたしにはできないよ。
 職員室に行くと、あたしは先生に鹿児島さんがいる病院の場所を聞いた。先生は一瞬、困ったような表情をして、あたしに鹿児島さんの居場所を教えるのを躊躇った。
 多分、先生は知ってるんだ。あたしが鹿児島さんを虐めてたことを。だから加害者と被害者を会わせたくないんだ。

「あの、あたし……どうしても鹿児島さんに謝りたくて……先生は心配かもしれないけど、いまのあたしは絶対に鹿児島さんを傷つけたりしません」

 あたしの誠意が伝わったのか、先生は鹿児島さんがいる病院の場所を教えてくれた。此処から電車で三駅隣の駅前にある総合病院。この時間に制服でうろついていても、「お友達のお見舞いに行くんです」と言えば見逃してもらえるだろうか。
 そんなあたしの心配は杞憂だったらしく、なにごともなく病院に着くと、受付の看護婦さんに鹿児島さんのいる病室を聞いた。
 エレベーターで三階に行って、一番奥の個室だそうだ。面会が可能ということは、意識はあるということなのだろう。面会しても問題ない程度には、体調が回復しているともとれる。
 よかった。此処で帰されたらそれはそれで不安になるもんね。お花とか買ってくればよかったかな。花の種類とか全然知らないけど。
 病室の前に着くと、ドアをコンコンとノックする。こういう病室って普通、四人部屋とかなんじゃ。わざわざ個室に運ばれるとかなかなかなさそうなのに。

「はい」

 声がしたのでドアを開けた。鹿児島さんは、ベットの角度を上げた状態で座っている。

「鹿児島さん、大丈夫?」

 鹿児島さんの顔色が途端に険しくなってしまった。そりゃそうだ、鹿児島さんにとってあたしは敵なんだから。

「あ……先生から話聞いて……」

 言葉を慎重に選んでいる所為で、歯切れの悪い言い方になってしまう。あたしが元凶なんだから、ちょっとした言葉でまた鹿児島さんを傷つけるかも。
 お見舞いにきた、じゃ馴れ馴れしいかな。心配した、も嘘っぽいかも。謝りたくて、は本心だけど、なにをどう言っても鹿児島さんは嫌なのかも。

「……そっち、行ってもいいかな?」

 鹿児島さんは、黙ったまま首を縦に振った。窓際にある丸椅子に座ると、鹿児島さんは視線を下に落とす。

「あ、あたし……びっくりして……坂上さんに全部聞いたの。あたし、鹿児島さんに、もの凄く酷いことをした……ごめんなさい……いくら謝ったって許されることじゃないけど、どうしても鹿児島さんに謝りたくて……」

 鹿児島さんは、あたしの話を黙って聞いてくれた。あたしの発する言葉を一語一句、噛み締めているのかもしれない。

「あんな最低なことしてなにも覚えていないとか、ふざけんなって思ったよね。記憶がなくて、性格も口調も考え方も変わって、なんだこいつって……あたしもそう思うよ。あたしも、どうしてなにも覚えていないんだろうって、記憶をなくす前のあたし最低だなって」

 鹿児島さんの右腕には包帯が巻かれていた。痛かったよね、つらかったよね、苦しかったよね、あたしの所為でごめんね。
 あたしは鹿児島さんの右手に触れると、心の底から謝罪をした。

「ごめんなさい……鹿児島さん、ごめんなさい……」

 鹿児島さんは、あたしの手を振り払うこともせずに、ただひたすら俯いて黙っていた。うんともすんとも言われなかったけど、鹿児島さんが窓から飛び降りることはなかったし、拒絶されることもなかった。
 毎日病室に通うのもどうかと思ったけど、今度はなにか持ってくるねと言って、あたしは病院をあとにした。
 確かに自己満足かもしれない。あたしがすっきりしただけで、鹿児島さんはもやもやしてる。
 許してほしいとは思わない。ただあたしは鹿児島さんに、また学校にきてほしいと思ったの。
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