橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第二章

10.

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 次の日の学校は地獄だった。今日は朝から小長井さんがいる。小長井さんがいるということは、坂上さんが小長井さんにべったりとくっついているということで、坂上さんがあたしとは喋ってくれないということだ。
 つまり今日はハブの日。ハブディ。
 ま、二人でいちゃいちゃしてる分にはいいわ。坂上さんも楽しそうだし、あたしにさえ突っかかってこなければおっけい。

「おい」

 なんて、そういうわけにはいかないか。

「……なに?」
「てめぇ、あたしがきたら挨拶くらいしろよ」

 席でスマホを弄っているあたしに、小長井さんが声をかけてきた。坂上さんは小長井さんの腕に絡みついている。あたしは満面の笑み(愛想笑い)で、小長井さんに挨拶をした。

「おはよう、小長井さん」
「……きっしょ」

 挨拶しろって言われたからしたんだけどな、スマイルつきで。それとも笑顔じゃない方がよかったのかな。
 今度は敢えて照れながら言ってみようかな。そうすればそのうちドン引きして声かけてこなくなるかも。うん、そうしよう。
 それにしても不思議だよね。虐める側って、放っておけばいいのにわざわざ絡みにくるんだもん。もしかして構ってちゃんなのかな。あたしのこと、好きなのかな。
 お昼休み。教室でお弁当を食べようとしてたら、小長井さんと坂上さんがあたしのところにお弁当を持ってやってきた。わざわざ机をくっつけて、これじゃまるで一緒にお弁当を食べるみたいじゃん。

「えっと、なにやってんの?」
「はぁ? てめぇこそなにやってんの? あたしがいんのに一人で食べようとするなんて」

 え、意味がわからない。ほんとは一緒に食べたいの?
 ツンデレ?
 ツンデレ?

「あの……てめぇっていうの、やめてほしいんだけど」
「は? なんで?」
「小長井さん美人なんだから、てめぇとか言わない方がいいよ」
「……あっそう」

 あ、まんざらでもなさそう。自分が美人なのは自覚してんだ。ふうん。小長井さん、ナルシストかぁ……きしょ。

「そういえばあんた、鹿児島の病院に見舞いに行ってんでしょ? 鹿児島どうなの? 退院できんの?」

 呼び方がてめぇからあんたに昇格してる……。
 てめぇ、あんた、お前、きみ、貴女、橋本、愛莉って感じで呼び名が変わってくるのかな。だとしたら鹿児島さんって、意外と評価高いのでは?

「どうだろ、その辺りはよくわかんないけど」
「ちょっと先生に聞いてみてよ。退院の見込みはあんのか」
「……なんで?」
「だって鹿児島いないとつまんないじゃん」

 あたしを虐めてもつまんないから?
 鹿児島さんの方が反応よさそうだもんね。

「……タイミング合えば聞いとくよ」
「合えばじゃなくて合わせろよ」
「は?」
「毎日通ってるあんたならすぐに聞けんだろ」
「……はぁ」

 あたしが怠そうに返事をすると、小長井さんがあたしのお弁当の中身を窓から捨てた。

「え、なにやってんの」
「だってぇ、あんたやっぱうざいんだもん。適当に相槌だけ打ってさぁ、はいはいって聞いてりゃいいと思ってんだろ」

 空になったお弁当箱が、あたしの足元に投げつけられる。小長井さんの言ってることに間違いはないので、言い訳はできなかった。

「やっぱりてめぇはてめぇで充分だわ」

 あーあ、降格しちゃった。
 坂上さんは呑気に卵焼きを食べている。その卵焼き、自分で作ったのかな。
 余所見よそみをしてると、「余所見してんじゃねえよ」と小長井さんに頭を叩かれた。

「いたっ」
「あたしが話してる時になんで余所見してんの?」
「えっ……別に余所見なんて……」
「どうせ流のお弁当おいしそうだなぁ。お腹空いたなぁ……ってみてたんだろ?」
「ぷっ、やだぁもぉ果歩ってば笑わせないでよぉ!」

 坂上さんが笑っている。いまの話の何処に笑える要素があったんだろう。
 ていうかなんで誰もなにも言わないの?
 あたし、小長井さんに頭叩かれたんだけど。
 これって暴力だよね。頭くらくらするくらい強く叩かれたわけじゃないけどさ、軽くたって暴力は暴力だよね。
 どうせあれでしょ。自分が虐めの標的になりたくないからでしょ。皆そう。自分が一番可愛いんだ。そんなの、あたしだってそうだよ。
 あたしだって、お弁当の中身を窓から捨てられたくなかった。あたしだって、軽くだろうと叩かれたら痛いし、クラスメイトの女子からてめぇなんて呼ばれたら傷つくよ。

「はぁ、笑った笑った。もぉ、愛莉ってば笑わせないでよねぇ」

 え、坂上さん、いまあたしのこと、愛莉って呼んだ?
 いままであんた呼びだったのに、どうして急に変わったの?

「しょうがないなぁ、卵焼きは食べちゃったから、たこさんウィンナーでいい?」
「……は?」
「はい、あーん」

 いったいなんの冗談よ。坂上さんがあたしにあーんなんて、なにか裏があるとしか思えないんだけど。ほらもう、小長井さんがめっちゃみてるよ。あたしにあーんなんてほんと馬鹿。

「はは。ほんと、流は優しいねぇ」
「えへ♡ 果歩ってば、やちもちっ?」
「んんやちもちぃ」

 はいはいやきもちやきもち。なんかきしょいなこいつら。人前で四六時中いちゃいちゃしやがって。結局、たこさんウィンナーは小長井さんにあーんしてるし。
 もしかして最初から小長井さんにあーんするつもりであたしに絡んできたのかな。だとしたらかなり性格悪いよね。
 はぁ、お腹空いたしもう帰ろ。
 あたしは鞄を持って席を立った。

「ちょっと、何処行くんだよ」
「お弁当捨てられちゃったしもう帰る」

 空のお弁当箱を回収すると、鞄の中に仕舞って歩きだす。
 するとあたしの態度が気に入らないのか、小長井さんがあたしの背中に誰かの鞄を投げてきた。

「いたっ」
「あっは、手が滑っちゃったぁ、ごめんねぇ」

 嘘ばっか。あたしはにこりと笑いながら振り返った。

「小長井さんって、ほんとあたしのことが好きだよね」
「はぁ?」

 うふふ、ポーカーフェイスはどうしたの?
 美人な顔が歪んでいるよ。

「だって、あたしが帰れば存分に坂上さんといちゃいちゃできるのに、わざわざあたしに絡みにくるんだもん。それってあたしに構ってほしくてやってるんだよね? つまり、坂上さんは小長井さんのことが好きだけど、小長井さんはあたしのことが好きってことだよね?」

 煽るあお煽る。これだけ嫌味を言えば、小長井さん、もっと怒ってくれるよね。
 にこにこと笑顔を絶やさずにいると、小長井さんが席を立つ。どうするのかと思えば、あたしの目の前まで黙って歩いてきて次の瞬間、ぱちん! という音が室内に響いていた。
 左頬がじんじんする。あたし、小長井さんに平手打ちされたんだ。

「……死ね」

 小長井さんは、小さな声で呟いた。
 また人の恨みを買ってしまった。柚留ちゃんにも死ねって言われて、小長井さんにも死ねって言われた。
 あたしは記憶があってもなくても誰かに嫌われるんだ。性格や考え方は違っても、根本的なところは変わってない。口が悪くて、簡単に人を煽っては傷つけて、怒らせる。

「……今日は帰るね。またね、小長井さん」

 あたしは小長井さんに平手打ちされても、笑って教室からでていった。
 はぁ、左頬がじんじんする。これは冷やさないとだめかな。
 保健室……は、先生に根掘り葉掘り聞かれるだろうからやめとこう。あ、外に落ちてるお弁当も回収しなきゃ。多分ここらへんに落ちたと思うんだけど。

「……げ。蟻の餌になってる」

 きしょ。流石にあれは回収できないや。とりあえずハンカチを濡らしてほっぺに当てておこう。今日も鹿児島さんのお見舞いに行きたいけど、この顔みたらなにか言われるかな。別になにも言わないか。きっと思っても言わないよね。

「……こんにちは、鹿児島さん」

 病室にて。鹿児島さんが、あたしの方をちらりとみる。それと同時に表情が曇った。
 ああ、やっぱり気づいちゃった?
 あたしはそっと鹿児島さんに近づいた。

「……小長井さんに、叩かれちゃった」

 これは告げ口なんかじゃない。ただの報告だ。あたしが話したくて勝手に話してるだけ。
 だから空気が重くならないように、あたしは笑顔を絶やさずにいた。勝手に聞かされている鹿児島さんが、苦しくならないように。

「あたしが生意気な口聞いたのがいけないんだけどね。そういえば小長井さんが、鹿児島さんがいつ退院するのか気にしてたけど、鹿児島さんは戻ってこない方がいいと思う。多分、あたしが鹿児島さんの代わりなんだよ。あたしだからなにされたって平気だけど、鹿児島さんは優しいから、きっとまた傷ついちゃうよ」

 あたし、随分と勝手なこと言ってるな。これじゃ遠回しに鹿児島さんに、お前は学校くんなって、あんたが入院なんかするからあたしが虐められてんだって言ってるように聞こえる。
 嫌味。嫌な女。あたしまた、鹿児島さんに嫌われる。

「……どうして笑うの」
「え?」
「心、痛いのに、どうして笑うの」
「そんな……こと……」

 やめて、あたしの心の中を見透かさないで。そんなことあたし一言も言ってないでしょ?
 心が痛い?
 はぁ?
 心が痛いんだとしたら、そう仕向けたのはあたしなんだから、これは当然のむくいでしょ?

「……痛いでしょ」

 鹿児島さんが、あたしの左頬に触れる。鹿児島さんの手はひんやりしていてきもちがよかった。

「い、いた……い……いた……痛い……いたい、よ……」

 言霊。言えば言うほど、脳内に刻み込まれていく。あたし、痛いんだ。自分から仕向けたくせに、馬鹿な女。

「い、痛かった……痛かったよう、うえぇん!」

 あたしは子供みたいに泣いた。柚留ちゃんに拒絶された時ですら泣かなかったくせに、鹿児島さんの前だと何故か泣いていた。
 鼻が詰まって苦しいよ。泣くってこんなに疲れるんだ。
 鹿児島さんは、ずっとあたしの手に触れていた。それはどんな言葉よりもあたしの中に染み込んで、黒いもやもやを消してくれた。

「はぁ……なんかごめんね、急に泣いたりして」

 泣き疲れたあたしは、ティッシュで鼻をかんでいた。目の周りも真っ赤になっている。

「じゃあまたくるね」

 鹿児島さんにひらひらと手を振りながら、あたしは病室をでた。また鹿児島さんとの距離が縮まったような気がする。あたしはそれが嬉しかった。
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