橋本愛莉というおんな

まなづるるい

文字の大きさ
15 / 97
第三章

15.

しおりを挟む
「お前、化粧してるだろ」

 担任の先生に言われたあたしは、「すっぴんがブスなんで」と答えた。それに生徒手帳には化粧を禁止とするなんて書かれてないし、自分を綺麗にみせるのが悪いことだとは思わなかった。そんなことより学校で男と女が身体を重ねることの方が注意すべき問題だと、あたしは言ってやったのだ。
 教室に戻ると流と果歩が席に座っていて、スマホを弄ったり鏡をみながら前髪を整えたりしてた。
 二人はあたしをみると、「おかえりぃ」と言ってくれた。

きしに呼びだされたってほんとぉ?」

 聞いてきたのは果歩だった。

「うん。化粧のこと言われた」
「まじか。そんなんでいちいち職員室に呼ぶなよなぁ」

 流は相変わらずスマホを弄っている。なにをしているのかと画面を覗き込めば、猫ちゃんのゲームをしてたから思わず声がでた。

「あっ、猫ちゃんだぁ、可愛い!」
「猫ちゃん育成ゲームだよぉ。餌あげたり遊んだりして仲良し度増やすと、懐いてくれるの♡」
「きゃわわわぁ!」

 あたしは猫ちゃんが好きだった。猫ちゃんならなんでも好き。猫ちゃんみると語彙力溶ける。
 しばらく流の猫ちゃんに癒されていると、果歩がトイレに行ったから、あたしは流に甘えだす。

「流ぅ、あたしにもよちよちしてぇ♡」
「はいはい、よちよちぃ♡ 愛莉はほんとに甘えんぼちゃんでちゅね♡」
「えへえへ♡」
「果歩にもよちよちしてもらえばいいのにぃ」
「えぇ、果歩はやだよう。絶対きもいって言うじゃん!」
「あはは」
「ていうか果歩、香水きつくない? どんだけ色気ばら撒きたいの?」
「それな」

 果歩がいない時にだけ話せる果歩の悪口は、最高に楽しかった。流はあたしがなにを言っても変な正義感をかざしたりしないから、一緒にいて楽だった。
 むしろ此処で、「なんで果歩のこと悪く言うの?」とでも言われたら、あたしはきっと流を嫌いになるだろう。ノリの悪い奴は嫌いだし、空気読めない奴も嫌い。あたしにとっての日常は退屈で、どいつもこいつも同じにみえた。
 果歩とはうちらについてくるから一緒にいるだけで、あたしと流の中に割って入ってくるのが邪魔だなぁとさえ感じていた。
 あたしは果歩が嫌いだった。
 たまにしか学校にこないくせに、くれば当たり前のようにうちらのところにくるの。
 なんでこっちにくるの?
 あっち行けよ。邪魔だよ。香水きついんだよ。
 流にベタベタ触んな。流に甘えた声だすな。流に近寄んな。あたしの流を盗るんじゃねぇよ。
 あたしの頭の中は一瞬で真っ黒になって、もやもやする。
 あたしは果歩が嫌いだった。
 そうだ、思いだした。あたしは小長井さんのことが嫌いだったんだ。記憶はなくなってもきもちは残るんだなぁ。ま、もう会うことはないだろうからいいんだけど。
 あたしの中にこんな黒いきもちがあるなんて。しかもそれを嫌だとは思わないの。これがあたしなんだって、素直に受け入れている自分がいる。
 記憶をひとつ思いだす度に、次はなにを思いだすんだろうってわくわくしてる。あたしって変態なのかも。

「なににやにやしてんの?」
「またひとつ思いだしたことがあってさ」
「へぇ。今度はなにを思いだしたの?」
「あたしは流が大好きだったってこと♡」

 学校での生活は順調だった。鹿児島さんがいない以外は、すべてあたしの思い通り。あとは恋のひとつやふたつでもすれば、あたしの青春時代は薔薇色よ。

「あ、いた。橋本!」

 お昼休み、あたしと流が仲良くお弁当を食べていると、あたしの名前を呼ぶ声がしてそちらに視線を向ける。
 すると、ドアのところに知らない男が立っていた。

「……誰?」
「あっ、俺、高松翔太!」
「高松? 誰?」

 本当に知らないんだけど。もしかしてあたしの友達だったりする?
 首を傾げながら記憶を辿っていると、流が小声であたしに教えてくれた。

「こないだ愛莉が話してた人じゃない? ほら、愛莉に告白してきたって人」
「は?」

 ああ、そういえばいたっけそんな人。流ってば記憶力いいなぁ。そうだそうだ、確かにそんな名前だった。

「いたねそんな人。で、あたしになにか用?」
「橋本、俺とお昼食べない?」
「いま流と食べてるんだけど。目ぇみえないの? 眼科行きな?」
「あれ……なんか橋本、また雰囲気変わった?」
「そう? いつも通りだと思うけど」
「なんか辛辣になってる」
「あたしは元々辛辣だよ。興醒きょうざめしたならどっか行きな」
「ううん、しゅき……」

 途端にどよめく教室に、あたしの心もどよめいた。
 なんだこいつ。恥を知らぬ男なのか?
 それとも周りから固めていこうってこと?
 こんな危ない男に目をつけられたとか嫌なんだけど。嫌なんだけど!
 恋のひとつでもふたつでもとは思ったけど、どうせするなら王子様みたいにキラキラした男と恋に落ちたいよ。

「……きしょ」

 あたしが本気でドン引きしていると、流が楽しそうにクスクスと笑いだす。
 
「一回くらいデートしてあげればいいのにぃ」
「本当にありえないから」

 高松がいなくなってからも、流は高松の話ばかりあたしに振ってくるようになった。まるで面白い話のネタをみつけたみたいに、あたしと高松を軽率にくっつけようとする。

「あたしはもっと、王子様みたいにキラキラした人がいいんだって!」
「でもさぁ、高松だって格好良くない? 王子様とはまた違うかもしれないけど」
「うーん……まぁ、確かに顔は格好良い……かも?」

 言われてみれば確かにちょっとは、いや、かなり格好良い。
 だけど、いくら格好良いからってあたしのタイプの顔ではないし、面白半分にくっつけようとしてくるのはどうかと思うのよ。

「でしょぉ?  まだ高松のことなにも知らないんだし、色々と知ってからでもいいんじゃない?」
「……流、面白がってるでしょ」
「少し♡」

 あたしははぁ、と溜息を吐くと、重い腰を持ち上げた。本当に腰が重い。えっと、確か高松は一組だったっけ。
 教室をでて廊下を歩く。まっすぐ歩くだけなのに、どうしてこうも遠くに感じるんだろう。それはあたしがその気もないのに流によいしょされてのこのこときちゃったからだよ。
 あたしは高松のなにを知ればいいの。なにを何処まで知れば、振っていいの。
 クラスと名前は覚えた。あとはなに?
 誕生日と血液型と家族構成とあとはなに?
 どうでもいいよ本当にもう。高松だって、あたしじゃなくてもいいはずじゃん。どうせあれでしょ、あたしが記憶をなくしたから興味を持ってるだけでしょ?
 元々のあたしになんて興味なかったんでしょ?
 そんなの顔で選ぶより失礼じゃん。そんな奴のなにを知ればいいの。
 やっと一組の教室の前に着くと、あたしは中を覗いてみた。
 高松は後ろの方の席にいた。一番後ろの窓際の席。流と同じ席だ。

「……高松」

 あたしが呼ぶと、高松はすぐに気がついた。教室はざわついていたはずなのに、あたしが大きな声で呼んだわけでもないのに、高松はすぐに気がついた。
 どうして。普通、気づかないじゃん。地獄耳かよ気持ち悪い。

「橋本、どうしたの?」

 そうやってすぐに犬みたいに駆け寄って、あたしが喋りだすのを待っている。

「あ、あの」

 流の馬鹿。いきなりデートなんかに誘えるかよ。

「お、お弁当……明日……流も一緒なら……いい、よ?」

 うおおおおっ。い、言ったぁぁぁ!
 なんか流まで巻き込んじゃったけど別にいいよね?
 流がよいしょしたんだもん、文句なんてないよね?
 高松の顔がみれなくて、あからさまに視線を逸らす。

「やった、じゃあ明日そっちの教室に行くわ!」
「う、うん。じゃあ明日」

 あ、多分、いま、高松の顔みちゃだめだ。だって高松、絶対嬉しそうな顔してる。声のトーンでわかっちゃう。嬉しそうな顔してる高松なんてみちゃったらきっとあたし、にやける。伝染うつる。絶対。
 あたしは高松から視線を逸らしたまま、踵を返して自分の教室へと向かった。はぁ疲れた。お昼に誘うだけでこんなに疲れるなんて知らなかった。
 教室に戻ると、流が楽しそうにひらひらと手を振りながらあたしを出迎えてくれた。

「おかえり愛莉ぃ♡」
「……ただいま」
「どうだったぁ?」
「明日のお昼、流とあたしの三人でお弁当食べることになった」
「えっ」
「明日のお昼、流とあたしの三人でお弁当食べることになった」
「デートじゃないのぉ……」
「当たり前でしょ。いきなりデートに誘うとかありえないから。それに流がよいしょしたんだから、流も同席するんだよ」

 流はわかりやすいくらいにほっぺたをぷくうと膨らまして、不服であることをアピールした。

「そんな顔したってだめだよ」
「むう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

還暦妻と若い彼 継承される情熱

MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。 しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。 母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。 同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...