橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第三章

17.

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 翌日。あたしは流に、鹿児島さんのことを報告した。

「……というわけなのよ」
「ふうん」

 相変わらず、流の反応は薄い。鹿児島さんのことなんて流にとっては心底どうでもいいんだろう。それはいい。ただ、あたしは小長井さんをどうにかしたかった。

「ね、どうしよっか」
「どうって?」
「小長井さんだよ。今頃、学校行かなくてもいいんだってさ、ラッキー! くらいにしか思ってないよ。なんとか釘を刺してあげないと」
「釘を刺すって……そんなの、愛莉が一人でやればよくない? なんであたしが加勢しなくちゃいけないの?」

 確かにそうだ。小長井さんに釘を刺すだけならあたしだけでもいいはずなのに、どうして流にも手伝ってもらおうと思ったんだろう。

「敵は一人じゃないんだよ」
「はぁ?」

 あたしはなんとなく、小声で話していた。

「鹿児島さんの病院の看護婦さんもね、優しいふりして鹿児島さんを悪者みたく思ってるんだよ。酷いよね、鹿児島さんを鍵のかかった部屋に閉じ込めておくなんて」
「……それで愛莉は、果歩をどうしたいの?」

 小長井さんをどうしたいかなんて決まってる。もう二度と鹿児島さんを傷つけようだなんて思えなくなるくらいに、ズタズタにボロボロにしてやりたい。
 精神に支障をきたすような、むしろ小長井さんが自らあの監禁部屋に入るように仕向けたい。言葉通り、釘を刺してやりたい。
 当然だよね。鹿児島さんをあんな状態にしたんだもん。こうしているいまだって、鹿児島さんがどう過ごしているのか心配だよ。

「……釘を刺したいかなぁ……ずっぷりと」
「愛莉、悪い顔してる」
「うふふ」
「まぁ、こっちが捕まらない程度にね」
「おーけー、正当防衛ってことにしておこう」
「なにをするにも程々にしておけってこと。じゃないと愛莉のお兄さんにも迷惑かかるよ?」
「あ、そっか」

 危なかった、お兄ちゃんにまで迷惑かけるのはよくないよね。
 ていうか流ってあたしの家族のこと、どのくらい知ってるんだろう。柚留ちゃんが不登校なことも知ってたよね。いまなら聞いてみてもいいのかな。

「あのさ、流」
「なに?」
「流ってさ、あたしの家庭の事情、何処まで知ってるの?」
「なによ急に」
「いや、なんとなく。前も柚留ちゃ……あたしの妹の話してたし、お兄ちゃんのことも知ってるみたいだったから」
「前も言ったけど、愛莉は結構有名なんだよ。良くも悪くもさ。なんていうか……家庭環境複雑じゃん?」

 確かにあたしの家は、普通の家よりも家庭環境が複雑だと思う。だけどそんなのは自分から他者に話さない限りは、誰にも知り得ないことだと思うけど。
 もしかして自分から話していたのかな。柚留ちゃんが不登校になったのはあたしがボロクソに言ってやったからだって、得意げに。
 まぁ、あたしならそれもありえるか。なんて思えちゃうんだから相当やばいよね。

「それに同情する奴もいれば、被害者ぶるなって思う奴もいるんだよね。愛莉を馬鹿にするためだけに近づいてくる馬鹿とかさ。ほんっとそういう奴等って大嫌い。家庭環境なんて自分で選べないんだから、外野が口だすなって感じ」
「えっと、あたしの家庭環境が云々っていうのは、いったい何処から広がっていったの?」
「それは愛莉からだよ。授業参観で愛莉の親がきてない時に急に愛莉が、あたしの親がきてないよぉ! って騒ぎだすんだもん。そりゃあもうわざとらしく目薬差しながら、妹が不登校でぇ、お兄ちゃんがぁ、なんちゃらがぁって」

 おいまじかあたし。小学生でもあるまいし。

「ま、あたしはまーた愛莉の癇癪が始まったよと思って聞いてたんだけどね。でも言ってることは本当だから、目薬効果で同情する奴は一定数いたし、他クラスなら尚更。それと同じくらいあまりにも嘘泣きっぽかったから、その話自体が嘘だと思って信じてない奴もいる」

 癇癪って今日日きょうび聞かないな。そういうのは幼稚園児までなんじゃ。

「そ、そう」
「だからもしかしたら変な人達になんか言われるかもしれないけど、それはいままでの愛莉がやってきたことに対してだから、いまの愛莉には関係ないよ」

 流に話を聞いてみてよかった。前のあたしのこと、もっと沢山知りたいな。いまはまだ聞いてもピンとこないけど、なにがきっかけで思いだすかわかんないもん。聞いて無駄な話なんてひとつもないよ。

「ありがとう、流。他にもとっておきなエピソードがあったら教えてね!」
「とっておきかぁ。愛莉は一緒にいて退屈しないくらい色々あるからなぁ」
「じゃあさじゃあさ、あたしに告白してくる男とかいなかったの?」
「えぇ? いないいない、そんなのいないよぉ! だって愛莉怖いもん、皆近寄りたくないんだよぉ」
「そっかぁ」

 流との会話は楽しかった。本当に、あたしに敵意剥きだしだったあの頃とは大違い。流さえよければ此処に鹿児島さんも入れたいな。いつか三人でお弁当を一緒に食べたい。
 そのためにはまず、小長井さんに接触しないとね。流なら小長井さんの家、知ってるかな?
 家じゃなくても小長井さんのよく行きそうな場所とか。
 いきなり会いに行ってもいいけど、やっぱりじわじわと追い詰めていきたいよね。じっくりと作戦を考えないと。
 なにか、なにかいい案は。
 真剣に悩んでいると、眉間に流の人差し指が触れた。

「なぁに急に考え込んでんの?」
「うわっ」
「眉間に皺が寄ってるぞ」
「ご、ごめん。どうやって小長井さんに釘を刺そうか考えてた」
「釘ねぇ……うーん、難しいねぇ」
「……人の身体を貫けるような釘って、何処に売ってるんだろ」
「やだ、愛莉ってば物理勝負? もしかしてまじで果歩に釘刺しに行こうとしてた?」
「え、そうだけど」
「真顔で言うとかまじウケる! ていうかさっきあたしが忠告したこと、ちっともわかってないじゃん!」

 いったいなにがツボなのか、流はうっすらと涙を浮かべながらお腹を抱えて笑っていた。

「はぁ笑った! もう、愛莉ってばほんと面白いんだからぁ」
「はぁ。笑っていただけて光栄です」
「もう、お兄さんに迷惑かかるからやめなって言ったでしょ? まじで釘刺しちゃったら傷害事件になっちゃうよぉ」
「はは」

 いや、どうにかしてワンチャン正当防衛ということにはならないだろうか。なりませんね、ごめんなさい。
 でもそっかぁ、まじで釘刺しに行っちゃうと警察に捕まるのかぁ。それは確かに困る……でも、せめて一本くらいは刺したい……うう……。
 まるでお酒や煙草をやめろと言われて中毒衝動に苦しむ人みたいなきもちになった。
 ああそうだ、今日も鹿児島さんのところに行かないと。
 あたしは机の中から折り紙を一枚だすと、鶴を折り始めた。

「また鶴折ってんの?」
「うん。また作るって言ったから」
「どうせまた捨てられちゃうよん」
「だからそうならないように釘を刺しに行くんだよん」
「物理でね」
「もう……そのネタで一生笑うつもり?」
「まぁ、一週間は笑えるね」

 これを機に曜日ごとに色を変えようかな。今日はピンクにしよう。いや、七色なら虹と合わせた方がいいかな?
 虹って何色があるんだっけ。

「ねぇ、虹って何色?」
「待って調べる。うーんと……赤、オレンジ、黄色、緑、青、藍色、紫だって」
「赤、オレンジ、黄色、紫、青、藍色、紫」

 あたしは流が言った言葉を復唱しながら、一枚ずつ折り紙をだした。

「今度は虹色にするの?」
「うん。その方が綺麗だし」
「千羽鶴でも折るつもり?」
「そうならないことを祈ってるよ」

 一日一枚ずつ鶴を折っていく。鹿児島さんには、これが千羽鶴になる前に退院してほしいな。そのためにはやっぱり小長井さんに釘を刺す必要があって、あたしは毎日鶴を折りながらどうやって小長井さんに釘を刺すか考えないといけなくて。
 こんなこと、お兄ちゃんには相談できないしどうしよう。前のあたしならどう対処するのかな。
 なんてね。そんなの考えなくたってわかりきってるよ。前のあたしなんかに頼ったら、きっと警察沙汰になってでも小長井さんに釘を刺しに行く。自分の感情に忠実なんだ。常識とかに惑わされない。
 ひとつ記憶を思いだす度に、あたしの心が淀んでいく。だから高松にもなんか違うと思われる。
 それってつまり、いまのあたしがなくなっていくってこと?
 いまは鹿児島さんを助けたいと思ってるけど、記憶を完全に取り戻せば、また鹿児島さんを傷つけるかもしれない。あたしはそれが怖いんだ。
 だって、お兄ちゃんと結婚するって言ったことを思いだしただけで、頭の中がお兄ちゃんでいっぱいになったもん。小長井さんのことが本当は嫌いだったってことを思いだしただけで、頭の中が小長井さんをハブにしようってきもちでいっぱいになったもん。
 あたしが全部思いだしたらきっと、鹿児島さんを傷つける。高松だって離れていく。あたしはそれが怖いんだ。

「愛莉?」
「え?」
「手、止まってる。またなにか考え事?」
「あ……ううん、大丈夫」

 記憶の一部を思いだしたのだから、これ以上なにも思いだすことはないなんて言えないよね。なにがきっかけで思いだすかもわからないし、なにもなくても時間が経てば思いだすかもしれない。どちらにしても、流は傍にいてくれそうだけど。

「なにかあったら言いなよぉ? 愛莉はすぐに溜め込むんだから」
「溜め込むって、あたしが?」

 それは想像ができなかった。どちらかと言えば、すぐに吐きだすイメージしかないんだけど。

「溜め込むから荒れるんでしょ。なんでも吐きだしてるようにみえて、意外と不満があったんじゃない
?」

 なるほど、確かに一理ある。溜め込むとしたらなんだろう。やっぱりお兄ちゃんのことかな。
 あたしはお兄ちゃんと結婚したかったのに、柚留ちゃんに反対されてもやもやしてたとか。むしろそれくらいしか理由が思いつかないんだけど。

「あの頃の愛莉はなに考えてるのかわからなかったけど、いまはなにか考えてるんだろうなぁってことくらいはわかるようになったよ」
「そっかな……えへ」
「人ってね、なに考えてるのかわからない人には魅力を感じるけど、わかりやすい人の方が人から好かれるんだって」
「へぇ、なんでだろ?」
「面倒臭いんじゃない? ほら、みてる分にはいいけど関わりたくない時とかあるじゃん。例えば虐めとか」
「虐め?」
「自分は虐められたくないから黙ってるけど、安全圏からみてる分には楽しいじゃん」
「うーん……楽しくはないんじゃない? むしろ居心地悪くてその場から離れたいって思うかも」
「理由はなんにしろ、関わりたくないんだよ。なに考えてるのかわからない人の近くに行けば、なに考えてるのかわからなくてこっちがもやもやするの。だからどんな関係性にしても、わかりやすい人の近くにいた方が楽しいしもやもやしなくて済むから」
「なんだか難しい話だね」
「要約すると、いまの愛莉は絡みやすいってこと」
「あぁ、流はそれが言いたかったんだ」
「わかりやすいでしょ?」
「わかりにくいよ」

 そうこうしてるうちに鶴が折れた。赤色の鶴。今日はこれを持っていこう。明日はオレンジ色の鶴を折らなきゃね。そうだ、ノートもちゃんと綺麗にまとめておかないと。
 鹿児島さん、勉強とかしてるのかな。そんな心の余裕はないか。でも、ざっと目を通すだけでもしてくれたらいいな。眠れなくても目を閉じてるだけで全然違うのと同じように、目を通すだけでも全然違うと思うから。
 あたしはスマホを弄る流の隣で、黙々とノートを綺麗にまとめていた。
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