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第三章
20.
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結局、鹿児島さんに鶴は渡せなかった。ていうかもう、行きづらい。空気が重い。
そもそも本当に流は嘘を吐いてるのかな。聞くのが怖いよ……もうなにもかも知らないふりしていままで通り過ごしてたらだめなのかなぁ?
別にいいよね。世の中には知らなくていいことも沢山あるって言うし。知らぬが仏。好奇心は猫をも殺す。もしも流が嘘を吐いていたとして、あたしがそれを指摘すれば、きっと流はまたあたしを敵視する。
もう、独りは嫌だ。独りになるくらいならいっそ、全部鹿児島さんの所為にして真実から目を背けていたい。
そうしよう、それがいいよ、そうするのが正解だ。あたしだって自分を守りたい。
ぼうっとしているといつの間にか、お兄ちゃんのバイト先の前にきていた。無意識って怖いな。今日はいるかどうかわからないけど、くるなって言われたしもう帰ろう。
一歩、足を前にだすと、お店のドアが開く音がした。
「あ……」
「あれ、橋本の妹さんだ」
お店からでてきたのは、昨日のお兄さんだった。
「こ、こんばんは」
「こんばんは。今日もお店に遊びにきてくれたんですか?」
「いえ、今日はまっすぐ帰ります」
「そうですか。気をつけてお帰りくださいね」
お兄さん、いい人だなぁ。物腰も柔らかいし、なにも聞いてこないところは正直助かる。
「……あの……」
「はい」
「昨日、バイトはおやすみだって」
おいやめろ、せっかくなにも聞いてこなかったのに、あたしから聞くな馬鹿。
「はい」
「……いなかったんです、家に。それで、何処に行ってたのか聞いたんですけど、教えてくれなくて」
柚留ちゃんですら知らないことを、お兄さんが知ってるわけないじゃん。
「……うちのお兄ちゃん、いったい何処でなにしてるんですかね?」
意外なことに、間が流れた。いったいどうしたというのだろうか。お兄さんから逸らしていた視線を戻してみると、お兄さんはあたしの方をじっとみつめたままだった。
「あの、あたしなにか変なこと言いました?」
「……きみはなにも知らないんだね」
「え?」
「ついてきてください。多分、今日もいると思うから」
いきなりついてきてと言われても。今日もいるって何処に?
わけもわからないままお兄さんについていくと、五分もしないうちにとある珈琲専門店に辿り着く。此処にお兄ちゃんがいるのだろうか。
「いた」
「え?」
「ほら、あそこ」
お兄さんが指差す方に、お兄ちゃんはいた。誰かと一緒にいるみたい。
女の人?
誰だろう。
「あれ、橋本の彼女ですよ」
どくん、と心臓が脈を打つ。
お兄ちゃんに彼女がいるなんて知らなかった。お兄ちゃんはあたしに嘘を吐いてまで、彼女の存在を隠してたってこと?
「……意味……わかんない……」
「きみのことは橋本から聞いていました。何度か相談されたこともあります」
「相談?」
「彼女の存在をきみに話すべきかどうか」
「……どうして相談する必要があるんですか? 普通に言えばいいじゃないですか」
「以前、橋本はきみに彼女がいることを伝えています。するときみは彼女の髪を引っ張り、別れろと叫んで暴れたそうです」
「え?」
「またそうなっては困るからと、今度は黙っていることを選んだみたいですね」
またってなに。困るってなに。前のあたしがそうだったからって、いまのあたしがそんなことすると思ったの?
彼女がいたことよりも、信用されてない方がショックだよ。
そんなに彼女が大事なの?
あたしに嘘を吐いてまで、お兄ちゃんは彼女を守りたかったんだ?
あたしは店内に入ると、まっすぐにお兄ちゃんのいる席へと向かった。背後でお兄さんがあたしを呼び止める声がしたけど、そんなのお構いなしにあたしはお兄ちゃんに声をかける。
「お兄ちゃん」
「愛莉? どうして此処にいるの?」
あたしはテーブルの上にあったコップを手にすると、お兄ちゃんの顔に中身を全部ぶち撒けた。コップの中は水なんだから、ぶち撒けたって別にいいよね。
「……彼女がいるならいるって言えばいいのよ」
「え?」
「なんでわざわざバイトだなんて嘘吐くのよ! あたしが彼女に乱暴なんてするわけないでしょ? そんなにあたしが信用できないのかよ、ばーか!」
お兄ちゃんは顔にかかった水を拭くこともなく、あたしから視線を逸らしていた。
すると、いままでお兄ちゃんの前に黙って座っていた彼女が鞄の中からハンカチを取りだして、お兄ちゃんの顔を拭き始める。
「……愛莉ちゃん、あたしのこと、覚えてる?」
「は?」
「覚えてないよね。だからあたしには攻撃してこなかった。優しいんだ、愛莉ちゃん」
やめて。あたしはあんたのことなんか知らないのに、愛莉ちゃんなんて呼ばないで。
「でもごめんね。愛莉ちゃんがどんなにお兄ちゃんを好きでも、お兄ちゃんの彼女はあたしなの」
「……は?」
ごめんねなんていちみりも思ってないくせに。ちょっと美人だからって優越感に浸るなよ。
「やめろ瑞穂」
お兄ちゃん、彼女のこと名前で呼ぶんだ。
「大樹はあたしの方が大事なんだって。だから愛莉ちゃんはお兄ちゃんに嘘吐かれちゃうんだよ」
あたしのお兄ちゃんのことも名前で。
「瑞穂」
「なんならあたしと大樹がどのくらいの頻度で愛し合ってるか、愛莉ちゃんに教えてあげようか?」
「瑞穂!」
ああ、もう、いいや。もう聞きたくない。
あたしは一歩、後退ると、そのまま踵を返して店内を走ってでていった。
そっか、お兄ちゃんは彼女のことは止めるのに、あたしのことは呼び止めてもくれないんだね。あんなふうにマウントとられたら、嫌でも痛感してしまう。瑞穂さんはお兄ちゃんの彼女で、あたしは妹でもなければ彼女でもない、ただの部外者なんだって。
「愛莉さん!」
お兄さんに手首を掴まれてはっとする。お兄さん、わざわざあたしを追いかけてくれてたんだ。
「……あたしの名前、知ってたんですね」
「……ごめんなさい」
「いいですよ。あたしは知らないのに皆はあたしを知ってるのって、ちょっと怖いですけど」
「あの、大丈夫ですか?」
「ははっ、変なお兄さん。お兄さんが教えてくれたんじゃないですか」
「うん、でも、やっぱり知らない方がよかったんじゃないかって」
お兄さんは優しいなぁ。
「なら、どうして教えてくれたんですか?」
「知らない方がつらいと思ったから」
ああ、ド直球。普段は敬語のくせに、ここぞという時にだけタメ口なの、心に刺さる。こんな人が彼氏だったらいいのに。どうしてあたし、お兄ちゃんじゃなきゃだめなんだろう。
「……はは。あの、お兄さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい」
「お兄さん、お名前は?」
「加賀千里です。加えるの加に、佐賀県の賀、せんりは千里眼の千里です」
あ、鹿児島さんと同じ名前だ。凄い、こんな偶然あるんだ。
「加賀さん……あの、今日はありがとうございました」
「いえ、またお店にきてください。今度は橋本がいる時に」
「……はい」
はいと答えたからにはお兄ちゃんと仲直りしないといけない。だけどお兄ちゃんだって悪いよ。なんですぐに追いかけてくれなかったの?
ごめんって言ってくれなかったの?
バイトだって嘘まで吐いて、本当に馬鹿。
家に帰ると、お兄ちゃんはまだ帰ってきていなかった。まだ瑞穂さんといるのかな。瑞穂さん、モデルみたいに綺麗な人だった。お兄ちゃんはああいう人がタイプなのかな。
そういえば最近、柚留ちゃんに会ってないな。柚留ちゃん、元気かな。
ああもう、どうして時間が経つにつれて人間関係がごちゃごちゃになっていくんだろう。皆仲良くすればいいじゃん。面倒臭いなぁもう。
ふと、玄関が開く音がした。お兄ちゃんが帰ってきたんだ。
リビングで鉢合わせると、最初に言葉を放ったのはお兄ちゃんだった。
「……嘘吐いててごめん」
「ほんとだよね。百回謝ってもらっても足りないくらい傷ついたわ」
「ごめん」
「……加賀さんが教えてくれたの。あたしのことも知ってるみたいだった。お兄ちゃん、あたしのこと色んな人に言いふらしてるの?」
「ああ……自慢の妹だって言いふらしてる」
そういうつもりで聞いたんじゃないんだけどな。いまのはほんの嫌味で、あたしの記憶のこととかぺらぺら喋ってんのか聞きたかったのに、自慢の妹とか言われたら怒るに怒れないじゃん。
「……あっそう」
思わず視線を逸らしてしまった。もっとこてんぱんにしてやりたかったのに、完全にあたしの負けだ。
「今度はもう嘘吐かないでよ? 加賀さんに、今度はお兄ちゃんがいる時にお店においでって言われたんだから」
「うんわかった、ごめんね」
ああ、あたしってお兄ちゃんに甘いなぁ。きっと加賀さんが追いかけてくれなかったら、お兄ちゃんを許せなかったと思う。あたしをどん底に落としたのも加賀さんだけど、あたしを救ってくれたのも加賀さんなんだ。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「加賀さんって彼女いるのかな」
「いないと思うけど……え、もしかして愛莉、加賀さんに惚れたの?」
「ち、ちがうちがう! あたしが好きなのはお兄ちゃんだけだってば! ただ、ああいう人が彼氏だったらいいのになぁって……思っただけ……っていうか……」
ああもうお兄ちゃん、にやにやしないで!
一瞬思っただけなんだから!
みるだけならタダと同じで、思うだけならいいじゃんか!
「応援するよ」
「やめて」
「なんで? 加賀はいい奴だよ」
「あたしはお兄ちゃんがいい」
「俺はだめだよ」
「なんで?」
「愛莉は妹じゃん」
「妹じゃないじゃん」
「俺には彼女がいるし」
「どうせ別れるじゃん」
そうだよあたし知ってるんだから。恋人はいつか別れるものなんだよ。だからあたしはお兄ちゃんと結婚するの。そうすれば一生一緒にいれるから。
「……愛莉、悪いけど本当にむりなんだ」
「なにが?」
「俺と愛莉は結婚できない」
「できるよ」
「むりなんだ、本当に」
「瑞穂さんとはできてあたしとはできないの?」
「できないよ」
「愛し合うこともできない?」
「は?」
「瑞穂さんがさっき言ってたじゃん」
「……あんなの真に受けるなよ」
「え、違うの?」
「違うよ」
「なぁんだ、じゃあ瑞穂さんがあたしに見栄を張りたくて嘘を吐いただけかぁ」
「瑞穂には言うなよ」
「はいはい」
あたしとお兄ちゃんだけの秘密ができてちょっと嬉しい。それに二人は愛し合ってないんだって。瑞穂さんがあたしに見栄を張りたかっただけ。
瑞穂さんてば可哀想、お兄ちゃんに愛してもらえないなんて。あたしの初めてはお兄ちゃんにあげるんだから。
そこまで考えてふと思った。記憶がなくなる前は、あたしも誰かと。
だけどそういう噂も聞かないし、やっぱり経験ないのかなぁ。なかったらいいなぁ。
そもそも本当に流は嘘を吐いてるのかな。聞くのが怖いよ……もうなにもかも知らないふりしていままで通り過ごしてたらだめなのかなぁ?
別にいいよね。世の中には知らなくていいことも沢山あるって言うし。知らぬが仏。好奇心は猫をも殺す。もしも流が嘘を吐いていたとして、あたしがそれを指摘すれば、きっと流はまたあたしを敵視する。
もう、独りは嫌だ。独りになるくらいならいっそ、全部鹿児島さんの所為にして真実から目を背けていたい。
そうしよう、それがいいよ、そうするのが正解だ。あたしだって自分を守りたい。
ぼうっとしているといつの間にか、お兄ちゃんのバイト先の前にきていた。無意識って怖いな。今日はいるかどうかわからないけど、くるなって言われたしもう帰ろう。
一歩、足を前にだすと、お店のドアが開く音がした。
「あ……」
「あれ、橋本の妹さんだ」
お店からでてきたのは、昨日のお兄さんだった。
「こ、こんばんは」
「こんばんは。今日もお店に遊びにきてくれたんですか?」
「いえ、今日はまっすぐ帰ります」
「そうですか。気をつけてお帰りくださいね」
お兄さん、いい人だなぁ。物腰も柔らかいし、なにも聞いてこないところは正直助かる。
「……あの……」
「はい」
「昨日、バイトはおやすみだって」
おいやめろ、せっかくなにも聞いてこなかったのに、あたしから聞くな馬鹿。
「はい」
「……いなかったんです、家に。それで、何処に行ってたのか聞いたんですけど、教えてくれなくて」
柚留ちゃんですら知らないことを、お兄さんが知ってるわけないじゃん。
「……うちのお兄ちゃん、いったい何処でなにしてるんですかね?」
意外なことに、間が流れた。いったいどうしたというのだろうか。お兄さんから逸らしていた視線を戻してみると、お兄さんはあたしの方をじっとみつめたままだった。
「あの、あたしなにか変なこと言いました?」
「……きみはなにも知らないんだね」
「え?」
「ついてきてください。多分、今日もいると思うから」
いきなりついてきてと言われても。今日もいるって何処に?
わけもわからないままお兄さんについていくと、五分もしないうちにとある珈琲専門店に辿り着く。此処にお兄ちゃんがいるのだろうか。
「いた」
「え?」
「ほら、あそこ」
お兄さんが指差す方に、お兄ちゃんはいた。誰かと一緒にいるみたい。
女の人?
誰だろう。
「あれ、橋本の彼女ですよ」
どくん、と心臓が脈を打つ。
お兄ちゃんに彼女がいるなんて知らなかった。お兄ちゃんはあたしに嘘を吐いてまで、彼女の存在を隠してたってこと?
「……意味……わかんない……」
「きみのことは橋本から聞いていました。何度か相談されたこともあります」
「相談?」
「彼女の存在をきみに話すべきかどうか」
「……どうして相談する必要があるんですか? 普通に言えばいいじゃないですか」
「以前、橋本はきみに彼女がいることを伝えています。するときみは彼女の髪を引っ張り、別れろと叫んで暴れたそうです」
「え?」
「またそうなっては困るからと、今度は黙っていることを選んだみたいですね」
またってなに。困るってなに。前のあたしがそうだったからって、いまのあたしがそんなことすると思ったの?
彼女がいたことよりも、信用されてない方がショックだよ。
そんなに彼女が大事なの?
あたしに嘘を吐いてまで、お兄ちゃんは彼女を守りたかったんだ?
あたしは店内に入ると、まっすぐにお兄ちゃんのいる席へと向かった。背後でお兄さんがあたしを呼び止める声がしたけど、そんなのお構いなしにあたしはお兄ちゃんに声をかける。
「お兄ちゃん」
「愛莉? どうして此処にいるの?」
あたしはテーブルの上にあったコップを手にすると、お兄ちゃんの顔に中身を全部ぶち撒けた。コップの中は水なんだから、ぶち撒けたって別にいいよね。
「……彼女がいるならいるって言えばいいのよ」
「え?」
「なんでわざわざバイトだなんて嘘吐くのよ! あたしが彼女に乱暴なんてするわけないでしょ? そんなにあたしが信用できないのかよ、ばーか!」
お兄ちゃんは顔にかかった水を拭くこともなく、あたしから視線を逸らしていた。
すると、いままでお兄ちゃんの前に黙って座っていた彼女が鞄の中からハンカチを取りだして、お兄ちゃんの顔を拭き始める。
「……愛莉ちゃん、あたしのこと、覚えてる?」
「は?」
「覚えてないよね。だからあたしには攻撃してこなかった。優しいんだ、愛莉ちゃん」
やめて。あたしはあんたのことなんか知らないのに、愛莉ちゃんなんて呼ばないで。
「でもごめんね。愛莉ちゃんがどんなにお兄ちゃんを好きでも、お兄ちゃんの彼女はあたしなの」
「……は?」
ごめんねなんていちみりも思ってないくせに。ちょっと美人だからって優越感に浸るなよ。
「やめろ瑞穂」
お兄ちゃん、彼女のこと名前で呼ぶんだ。
「大樹はあたしの方が大事なんだって。だから愛莉ちゃんはお兄ちゃんに嘘吐かれちゃうんだよ」
あたしのお兄ちゃんのことも名前で。
「瑞穂」
「なんならあたしと大樹がどのくらいの頻度で愛し合ってるか、愛莉ちゃんに教えてあげようか?」
「瑞穂!」
ああ、もう、いいや。もう聞きたくない。
あたしは一歩、後退ると、そのまま踵を返して店内を走ってでていった。
そっか、お兄ちゃんは彼女のことは止めるのに、あたしのことは呼び止めてもくれないんだね。あんなふうにマウントとられたら、嫌でも痛感してしまう。瑞穂さんはお兄ちゃんの彼女で、あたしは妹でもなければ彼女でもない、ただの部外者なんだって。
「愛莉さん!」
お兄さんに手首を掴まれてはっとする。お兄さん、わざわざあたしを追いかけてくれてたんだ。
「……あたしの名前、知ってたんですね」
「……ごめんなさい」
「いいですよ。あたしは知らないのに皆はあたしを知ってるのって、ちょっと怖いですけど」
「あの、大丈夫ですか?」
「ははっ、変なお兄さん。お兄さんが教えてくれたんじゃないですか」
「うん、でも、やっぱり知らない方がよかったんじゃないかって」
お兄さんは優しいなぁ。
「なら、どうして教えてくれたんですか?」
「知らない方がつらいと思ったから」
ああ、ド直球。普段は敬語のくせに、ここぞという時にだけタメ口なの、心に刺さる。こんな人が彼氏だったらいいのに。どうしてあたし、お兄ちゃんじゃなきゃだめなんだろう。
「……はは。あの、お兄さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい」
「お兄さん、お名前は?」
「加賀千里です。加えるの加に、佐賀県の賀、せんりは千里眼の千里です」
あ、鹿児島さんと同じ名前だ。凄い、こんな偶然あるんだ。
「加賀さん……あの、今日はありがとうございました」
「いえ、またお店にきてください。今度は橋本がいる時に」
「……はい」
はいと答えたからにはお兄ちゃんと仲直りしないといけない。だけどお兄ちゃんだって悪いよ。なんですぐに追いかけてくれなかったの?
ごめんって言ってくれなかったの?
バイトだって嘘まで吐いて、本当に馬鹿。
家に帰ると、お兄ちゃんはまだ帰ってきていなかった。まだ瑞穂さんといるのかな。瑞穂さん、モデルみたいに綺麗な人だった。お兄ちゃんはああいう人がタイプなのかな。
そういえば最近、柚留ちゃんに会ってないな。柚留ちゃん、元気かな。
ああもう、どうして時間が経つにつれて人間関係がごちゃごちゃになっていくんだろう。皆仲良くすればいいじゃん。面倒臭いなぁもう。
ふと、玄関が開く音がした。お兄ちゃんが帰ってきたんだ。
リビングで鉢合わせると、最初に言葉を放ったのはお兄ちゃんだった。
「……嘘吐いててごめん」
「ほんとだよね。百回謝ってもらっても足りないくらい傷ついたわ」
「ごめん」
「……加賀さんが教えてくれたの。あたしのことも知ってるみたいだった。お兄ちゃん、あたしのこと色んな人に言いふらしてるの?」
「ああ……自慢の妹だって言いふらしてる」
そういうつもりで聞いたんじゃないんだけどな。いまのはほんの嫌味で、あたしの記憶のこととかぺらぺら喋ってんのか聞きたかったのに、自慢の妹とか言われたら怒るに怒れないじゃん。
「……あっそう」
思わず視線を逸らしてしまった。もっとこてんぱんにしてやりたかったのに、完全にあたしの負けだ。
「今度はもう嘘吐かないでよ? 加賀さんに、今度はお兄ちゃんがいる時にお店においでって言われたんだから」
「うんわかった、ごめんね」
ああ、あたしってお兄ちゃんに甘いなぁ。きっと加賀さんが追いかけてくれなかったら、お兄ちゃんを許せなかったと思う。あたしをどん底に落としたのも加賀さんだけど、あたしを救ってくれたのも加賀さんなんだ。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「加賀さんって彼女いるのかな」
「いないと思うけど……え、もしかして愛莉、加賀さんに惚れたの?」
「ち、ちがうちがう! あたしが好きなのはお兄ちゃんだけだってば! ただ、ああいう人が彼氏だったらいいのになぁって……思っただけ……っていうか……」
ああもうお兄ちゃん、にやにやしないで!
一瞬思っただけなんだから!
みるだけならタダと同じで、思うだけならいいじゃんか!
「応援するよ」
「やめて」
「なんで? 加賀はいい奴だよ」
「あたしはお兄ちゃんがいい」
「俺はだめだよ」
「なんで?」
「愛莉は妹じゃん」
「妹じゃないじゃん」
「俺には彼女がいるし」
「どうせ別れるじゃん」
そうだよあたし知ってるんだから。恋人はいつか別れるものなんだよ。だからあたしはお兄ちゃんと結婚するの。そうすれば一生一緒にいれるから。
「……愛莉、悪いけど本当にむりなんだ」
「なにが?」
「俺と愛莉は結婚できない」
「できるよ」
「むりなんだ、本当に」
「瑞穂さんとはできてあたしとはできないの?」
「できないよ」
「愛し合うこともできない?」
「は?」
「瑞穂さんがさっき言ってたじゃん」
「……あんなの真に受けるなよ」
「え、違うの?」
「違うよ」
「なぁんだ、じゃあ瑞穂さんがあたしに見栄を張りたくて嘘を吐いただけかぁ」
「瑞穂には言うなよ」
「はいはい」
あたしとお兄ちゃんだけの秘密ができてちょっと嬉しい。それに二人は愛し合ってないんだって。瑞穂さんがあたしに見栄を張りたかっただけ。
瑞穂さんてば可哀想、お兄ちゃんに愛してもらえないなんて。あたしの初めてはお兄ちゃんにあげるんだから。
そこまで考えてふと思った。記憶がなくなる前は、あたしも誰かと。
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