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第四章
23.
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家をでてすぐに全身の力が抜けて、その場にぺしゃんと座り込む。
ああ疲れた。お兄ちゃんになんて言おう。小長井さんとはもう、関わりたくない。あんなのにあたしが勝てるはずないよ。
ズキズキと痛む身体を引き摺りながら、あたしは家に帰ることにした。
「ただいまぁ」
「おかえり、愛莉……え、どうしたのその顔」
「……喧嘩した」
「喧嘩って……うわ、髪もボロボロじゃん」
「いたた」
「で、喧嘩には勝ったの?」
「負けた」
「そう……」
お兄ちゃんが、あたしを抱き締める。
「うわっ、お、お兄ちゃん?」
「負けてもいいよ。無事に帰ってこれたんだから」
お兄ちゃん、好きだよ。
あたしを抱き締めることはできるのに、それ以上のことはなにもしてくれないんだね。
ねぇ柚留ちゃん、みてる?
あたしお兄ちゃんに抱き締められてるよ。いまのはあたしからじゃないの、わかるでしょ?
前みたいに怒って部屋から飛びだしてくればいいのに、どうしてなにも言ってこないの?
「お兄ちゃん、好き」
あたしがそう言うと、お兄ちゃんは離れてしまった。
「……そんなにあたしが嫌なんだ」
「違うよ。愛莉は俺の大切な妹だから」
「本当の妹じゃないって言ったくせに」
「俺にとっては妹だよ」
「好きって言っただけじゃん。自分のきもちを伝えるのもだめなの?」
「だめだよ」
「瑞穂さんがいるから?」
無言は肯定の証だね。早く瑞穂さんと別れればいいのに。
「なら、瑞穂さんと別れたらあたしと結婚してくれる?」
「しないよ」
「どうして? 瑞穂さんと付き合ってるからあたしと結婚できないんでしょ? なら、瑞穂さんと別れたらあたしと結婚できるはずだよね」
「だから愛莉は俺の妹で、結婚はできない」
「お兄ちゃんは瑞穂さんを理由にするんだね。瑞穂さんがだめなら、あたしは妹だから、そればっかり。結局お兄ちゃんはなにかと理由をつけてあたしと結婚したくないだけでしょ」
「したくないんじゃなくて、できないんだ」
「婚姻届なんてださなくていいよ。誰にも言わなくたっていい。あたしとお兄ちゃんだけが知っていればそれでいいもん。あたしはお兄ちゃんと手を繋いだり、一緒に寝たり、デートしたり。そういう恋人らしいことさえできればいいの」
「愛莉、頼むからわかってくれ」
「……キスしたくせに」
「え?」
「あの日、酔っ払って帰ってきたお兄ちゃんが、あたしにキスしたくせに!」
そうだ、思いだした。あの日、珍しくお兄ちゃんはお酒を呑んで帰ってきて、玄関で倒れてたんだ。心配したあたしはお兄ちゃんを部屋まで連れていこうとしたんだけど、その時にお兄ちゃんが。
『愛莉……』
『え? お兄ちゃん?』
唇が触れたの。酔った勢いでキスされた。あたし、凄くびっくりして、だけどめちゃくちゃ嬉しくて。
ああ、やっぱりお兄ちゃんもあたしのことが好きだったんだ。
そう思ったあたしはお兄ちゃんのキスを受け入れた。
そしてあたしはお兄ちゃんと。
「……愛莉?」
「あたし、お兄ちゃんとしたことある」
この記憶は本物なの?
それともそうであってほしいと思うあたしの夢?
わからない。ただ言えるのは、お兄ちゃんが黙ってしまったということだけ。
ねぇお兄ちゃん、違うなら違うって言ってよ。どうしてずっと黙ってるの?
黙ってたらあたし、本当にお兄ちゃんとしたんだって信じちゃうよ?
「この記憶が本物なのかどうかあたしにはわからないけど、お兄ちゃんなら知ってるでしょ? ねぇお兄ちゃん、教えてよ。あたしのこの記憶は本物なの? それとも偽物?」
長い沈黙のあと、お兄ちゃんの口が開く。
「……酔った時に……一度だけ……」
「……本当、なんだ?」
「……あれは黒歴史」
お兄ちゃんの口元がほんの僅かに緩んだ。いったいなにが面白いんだろう。あんなのは酔った勢いでしたことなんだから、いちいち真に受けるなってこと?
黒歴史って、お兄ちゃんにとっては忘れたい過去ってこと?
あたしはそんなことないよ。忘れたくなんかなかった。例え一夜限りの気の迷いだとしても、あたしはきっとそれを思い出に生きていける。
「お兄ちゃんは、あたしとしたことを後悔してるの? 気持ち悪いと思ったの?」
「……申し訳ないと思ってる」
なにそれ。申し訳ないってなに?
酔った勢いで嫌がる妹を無理やりしたならまだわかるよ。だけど、あたしは嫌がらなかったでしょう?
きっと喜んで受け入れたんでしょう?
だったらいいじゃん。あたしはラッキーだったんだよ。お兄ちゃんが申し訳なさを感じる必要なんて何処にもない。
「お兄ちゃんならいいよ。あたしも怒ったりしてないんでしょ? あれ、でもお兄ちゃんって普段はお酒呑まないよね? もしかしてそれが原因で呑まないようになったとか?」
「……まぁ、そんなところかな」
「だったら気にしなくていいよ。それでもしまたそういうことがあったとしても、あたしは別に構わないし」
「いや……もうしないから」
そんなはっきり拒絶しなくたっていいじゃん。あたしがいいって言ってるんだから。
「とりあえず、先にお風呂に入っておいで。傷がしみると思うからゆっくり湯船に浸かるんだよ」
「……うん」
小長井さんに殴られた頬が痛い。髪を洗うと頭が痛いし、釘で傷をつけられた箇所がひりひりする。
流はなんて思うかな。馬鹿な奴って思うかな。
うん、馬鹿だよ。馬鹿なのあたし。小長井さんの家なんか行くんじゃなかった。
明日会ったら、「なにその顔!」って笑ってくんないかな。流が笑い飛ばしてくれたらきっと、あたしも笑って流せるのにな。
お風呂からでると、夜ご飯ができていた。あたしの好きなハンバーグ。一口食べるとおいしくて、ちょっとだけ涙がでた。
「……おいしい」
お兄ちゃんは、泣いてるあたしに声をかけることもなく、黙々とご飯を口にしていた。
ああ疲れた。お兄ちゃんになんて言おう。小長井さんとはもう、関わりたくない。あんなのにあたしが勝てるはずないよ。
ズキズキと痛む身体を引き摺りながら、あたしは家に帰ることにした。
「ただいまぁ」
「おかえり、愛莉……え、どうしたのその顔」
「……喧嘩した」
「喧嘩って……うわ、髪もボロボロじゃん」
「いたた」
「で、喧嘩には勝ったの?」
「負けた」
「そう……」
お兄ちゃんが、あたしを抱き締める。
「うわっ、お、お兄ちゃん?」
「負けてもいいよ。無事に帰ってこれたんだから」
お兄ちゃん、好きだよ。
あたしを抱き締めることはできるのに、それ以上のことはなにもしてくれないんだね。
ねぇ柚留ちゃん、みてる?
あたしお兄ちゃんに抱き締められてるよ。いまのはあたしからじゃないの、わかるでしょ?
前みたいに怒って部屋から飛びだしてくればいいのに、どうしてなにも言ってこないの?
「お兄ちゃん、好き」
あたしがそう言うと、お兄ちゃんは離れてしまった。
「……そんなにあたしが嫌なんだ」
「違うよ。愛莉は俺の大切な妹だから」
「本当の妹じゃないって言ったくせに」
「俺にとっては妹だよ」
「好きって言っただけじゃん。自分のきもちを伝えるのもだめなの?」
「だめだよ」
「瑞穂さんがいるから?」
無言は肯定の証だね。早く瑞穂さんと別れればいいのに。
「なら、瑞穂さんと別れたらあたしと結婚してくれる?」
「しないよ」
「どうして? 瑞穂さんと付き合ってるからあたしと結婚できないんでしょ? なら、瑞穂さんと別れたらあたしと結婚できるはずだよね」
「だから愛莉は俺の妹で、結婚はできない」
「お兄ちゃんは瑞穂さんを理由にするんだね。瑞穂さんがだめなら、あたしは妹だから、そればっかり。結局お兄ちゃんはなにかと理由をつけてあたしと結婚したくないだけでしょ」
「したくないんじゃなくて、できないんだ」
「婚姻届なんてださなくていいよ。誰にも言わなくたっていい。あたしとお兄ちゃんだけが知っていればそれでいいもん。あたしはお兄ちゃんと手を繋いだり、一緒に寝たり、デートしたり。そういう恋人らしいことさえできればいいの」
「愛莉、頼むからわかってくれ」
「……キスしたくせに」
「え?」
「あの日、酔っ払って帰ってきたお兄ちゃんが、あたしにキスしたくせに!」
そうだ、思いだした。あの日、珍しくお兄ちゃんはお酒を呑んで帰ってきて、玄関で倒れてたんだ。心配したあたしはお兄ちゃんを部屋まで連れていこうとしたんだけど、その時にお兄ちゃんが。
『愛莉……』
『え? お兄ちゃん?』
唇が触れたの。酔った勢いでキスされた。あたし、凄くびっくりして、だけどめちゃくちゃ嬉しくて。
ああ、やっぱりお兄ちゃんもあたしのことが好きだったんだ。
そう思ったあたしはお兄ちゃんのキスを受け入れた。
そしてあたしはお兄ちゃんと。
「……愛莉?」
「あたし、お兄ちゃんとしたことある」
この記憶は本物なの?
それともそうであってほしいと思うあたしの夢?
わからない。ただ言えるのは、お兄ちゃんが黙ってしまったということだけ。
ねぇお兄ちゃん、違うなら違うって言ってよ。どうしてずっと黙ってるの?
黙ってたらあたし、本当にお兄ちゃんとしたんだって信じちゃうよ?
「この記憶が本物なのかどうかあたしにはわからないけど、お兄ちゃんなら知ってるでしょ? ねぇお兄ちゃん、教えてよ。あたしのこの記憶は本物なの? それとも偽物?」
長い沈黙のあと、お兄ちゃんの口が開く。
「……酔った時に……一度だけ……」
「……本当、なんだ?」
「……あれは黒歴史」
お兄ちゃんの口元がほんの僅かに緩んだ。いったいなにが面白いんだろう。あんなのは酔った勢いでしたことなんだから、いちいち真に受けるなってこと?
黒歴史って、お兄ちゃんにとっては忘れたい過去ってこと?
あたしはそんなことないよ。忘れたくなんかなかった。例え一夜限りの気の迷いだとしても、あたしはきっとそれを思い出に生きていける。
「お兄ちゃんは、あたしとしたことを後悔してるの? 気持ち悪いと思ったの?」
「……申し訳ないと思ってる」
なにそれ。申し訳ないってなに?
酔った勢いで嫌がる妹を無理やりしたならまだわかるよ。だけど、あたしは嫌がらなかったでしょう?
きっと喜んで受け入れたんでしょう?
だったらいいじゃん。あたしはラッキーだったんだよ。お兄ちゃんが申し訳なさを感じる必要なんて何処にもない。
「お兄ちゃんならいいよ。あたしも怒ったりしてないんでしょ? あれ、でもお兄ちゃんって普段はお酒呑まないよね? もしかしてそれが原因で呑まないようになったとか?」
「……まぁ、そんなところかな」
「だったら気にしなくていいよ。それでもしまたそういうことがあったとしても、あたしは別に構わないし」
「いや……もうしないから」
そんなはっきり拒絶しなくたっていいじゃん。あたしがいいって言ってるんだから。
「とりあえず、先にお風呂に入っておいで。傷がしみると思うからゆっくり湯船に浸かるんだよ」
「……うん」
小長井さんに殴られた頬が痛い。髪を洗うと頭が痛いし、釘で傷をつけられた箇所がひりひりする。
流はなんて思うかな。馬鹿な奴って思うかな。
うん、馬鹿だよ。馬鹿なのあたし。小長井さんの家なんか行くんじゃなかった。
明日会ったら、「なにその顔!」って笑ってくんないかな。流が笑い飛ばしてくれたらきっと、あたしも笑って流せるのにな。
お風呂からでると、夜ご飯ができていた。あたしの好きなハンバーグ。一口食べるとおいしくて、ちょっとだけ涙がでた。
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