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第六章
38.
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「待ってよ愛莉!」
「……流 」
「愛莉、これからどうするの?」
「わかんない。あいつが自殺する前にあたしが餓死しちゃうかも」
「それは笑えないって。とにかく、あの看護婦さんが色々動いてくれるんでしょ? ならまずは看護婦さんのところに行こうよ」
「……流、ざまぁって思ってる?」
「え?」
「あたしが事故で記憶なくして、お兄ちゃんが死んで、心の中でざまぁって笑ってる?」
「そんなわけないじゃん」
「そんなわけあるんだよ。だってあたし、流にも沢山酷いことしたし、小長井さんにも鹿児島さんにも、あたしに関わる人は皆、あたしがズタズタに傷つけた。だからあたしがあの人にあんなふうに言われるのも当然で」
「あいつはクソ! 愛莉はなんにも悪くない!」
「……同情?」
「ちが」
「……ごめん。多分いま、いい感じのこと言えない」
あれから流の付き添いで看護婦さんと今後の流れについて一通り話すと、あたしは流と二人で家に戻ってきた。
さっきとなにも変わらない風景なのに、もう此処にお兄ちゃんはいないんだという実感が豪雨のように押し寄せてくる。あと何日かすれば業者の人がお兄ちゃんの遺品整理をしにきてしまう。そうなれば此処にお兄ちゃんの私物はなくなって、本当になにもなくなっちゃうんだ。
「あたし、今日泊まろうか?」
「え?」
「一人だと淋しくない?」
看護婦さんの話だと、仮に生活保護を受けるとしても申請が通るまで時間がかかるらしい。なのでそれまでの間の食費として三万円を貰っている。
「……うん……淋しい……」
流はお泊まりセットを持ってくると言って、一旦家に帰っていった。
しばらくするとインターフォンが鳴り、そこからまたしばらくすると、流がリビングまでやってきた。
「もう、なんで鍵閉めないのよ。インターフォン鳴らしてもでてこないし」
なんでと言われても、あたしはずっとソファの上で膝を抱えて座っていただけなんだけどな。
「あ……ごめん……」
「まぁいいけどさ。戸締りはちゃんとしなよ? 女の子の一人暮らしは危ないんだから」
流の私服、可愛いな。チェック柄のワンピースがよく似合う。
「夜は出前でいいよね? お金はあたしがだすね」
誰かがいるというだけできもちは全然違うんだなぁ。柚留ちゃんはいつ帰ってくるかわからないし、もしかしたらこのまま帰ってこないかもしれなくて……そうなったら、あたしはずっと独りぼっちだ。
「……流」
「なに?」
「あたしと一緒に暮らさない?」
「は?」
「だめかな?」
「だ、だめっていうか……お母さんに聞いてみないと」
そっか、流にはお母さんがいるもんね。あたしが勝手に決めちゃだめだよね。いいなぁ流にはお母さんがいて。あたしにはもう、なんにもない。
「そういえば、果歩が学校辞めるみたい」
「……え?」
「親の都合で引っ越すんだって」
「そう、なんだ」
小長井さんがいなくなれば、流はあたしの傍にいてくれる。これでようやくあたしの学校生活に平和が訪れるんだと、あたしは心の中で安堵した。
結局夜はピザを注文した。あまり食欲はなかったけど、「いいから一口食べてみて」と言われて口にしてみると、思ってたよりもおいしくてぺろりと一枚平らげてしまった。
そしてあっという間に一夜が明けて。
「おはよぉ愛莉」
此処にいるのがお兄ちゃんだったらよかったのに。
なんて酷なことを思いながら、あたしは今日も目を覚ます。どんなに心が廃れていても、睡魔はくるしお腹も空く。
あたしはトーストを齧りながら、つけっぱなしのテレビを横目でみた。
天気予報は晴れ。今日の運勢は最下位。思ったことはすぐに吐きだしましょう。ラッキーカラーは黄色。
お腹を満たしたあとは制服を着て、髪を整えてから学校に行く。あたしからみえる景色はどれも色褪せていて、こうしている間にもぴしりぴしりと心が崩れていくようだった。
もう何処を探してもお兄ちゃんはいないんだ。隣に流がいなければ、あたしはひたすらソファの上で膝を抱えていただろう。 きっと流がいなければ、あたしは昨日、死んでいた。
どうしてあたしは生きているんだろう。お兄ちゃんのいない世界なんて、あたしにはなんの意味も持たないのに。
「……あ」
職員室からでてきたのは小長井さんだった。
「あたし、転校することになったんだ」
誰も聞いてないのにぺらぺらと語りだす小長井さん。こういう時、反応に困る。
「何処の高校に行くのぉ?」
流の問いに、小長井さんの声色が柔らかくなった。
「北海道」
「まじか」
「……もう、流には会えなくなるね」
はは、あたしもいるのにあたしのことはちっとも気にしてないの草。お前なんか地球の裏側にでも行ってしまえ。
「そっかぁ……淋しくなるなぁ」
「電話するよ」
「あたしのこと忘れちゃやだよ? 浮気したら許さないから」
「それはこっちのセリフだよ」
なんだこの茶番。これから遠距離恋愛が始まるカップルか?
なんてことを思っていると、ようやく小長井さんがあたしの姿を視認した。
「愛莉も元気でね」
こいつはいったいなにを友達面してるんだろう。もっと他に言うことがあるでしょ。最後なんだからちゃんと言えよ。
「え、教室に行かないのぉ?」
「うん。今日は先生と話しにきただけだから」
「でも、最後に皆に挨拶とか」
「ないよ」
結局、小長井さんはあたしに謝りもせず学校をあとにした。
「……流 」
「愛莉、これからどうするの?」
「わかんない。あいつが自殺する前にあたしが餓死しちゃうかも」
「それは笑えないって。とにかく、あの看護婦さんが色々動いてくれるんでしょ? ならまずは看護婦さんのところに行こうよ」
「……流、ざまぁって思ってる?」
「え?」
「あたしが事故で記憶なくして、お兄ちゃんが死んで、心の中でざまぁって笑ってる?」
「そんなわけないじゃん」
「そんなわけあるんだよ。だってあたし、流にも沢山酷いことしたし、小長井さんにも鹿児島さんにも、あたしに関わる人は皆、あたしがズタズタに傷つけた。だからあたしがあの人にあんなふうに言われるのも当然で」
「あいつはクソ! 愛莉はなんにも悪くない!」
「……同情?」
「ちが」
「……ごめん。多分いま、いい感じのこと言えない」
あれから流の付き添いで看護婦さんと今後の流れについて一通り話すと、あたしは流と二人で家に戻ってきた。
さっきとなにも変わらない風景なのに、もう此処にお兄ちゃんはいないんだという実感が豪雨のように押し寄せてくる。あと何日かすれば業者の人がお兄ちゃんの遺品整理をしにきてしまう。そうなれば此処にお兄ちゃんの私物はなくなって、本当になにもなくなっちゃうんだ。
「あたし、今日泊まろうか?」
「え?」
「一人だと淋しくない?」
看護婦さんの話だと、仮に生活保護を受けるとしても申請が通るまで時間がかかるらしい。なのでそれまでの間の食費として三万円を貰っている。
「……うん……淋しい……」
流はお泊まりセットを持ってくると言って、一旦家に帰っていった。
しばらくするとインターフォンが鳴り、そこからまたしばらくすると、流がリビングまでやってきた。
「もう、なんで鍵閉めないのよ。インターフォン鳴らしてもでてこないし」
なんでと言われても、あたしはずっとソファの上で膝を抱えて座っていただけなんだけどな。
「あ……ごめん……」
「まぁいいけどさ。戸締りはちゃんとしなよ? 女の子の一人暮らしは危ないんだから」
流の私服、可愛いな。チェック柄のワンピースがよく似合う。
「夜は出前でいいよね? お金はあたしがだすね」
誰かがいるというだけできもちは全然違うんだなぁ。柚留ちゃんはいつ帰ってくるかわからないし、もしかしたらこのまま帰ってこないかもしれなくて……そうなったら、あたしはずっと独りぼっちだ。
「……流」
「なに?」
「あたしと一緒に暮らさない?」
「は?」
「だめかな?」
「だ、だめっていうか……お母さんに聞いてみないと」
そっか、流にはお母さんがいるもんね。あたしが勝手に決めちゃだめだよね。いいなぁ流にはお母さんがいて。あたしにはもう、なんにもない。
「そういえば、果歩が学校辞めるみたい」
「……え?」
「親の都合で引っ越すんだって」
「そう、なんだ」
小長井さんがいなくなれば、流はあたしの傍にいてくれる。これでようやくあたしの学校生活に平和が訪れるんだと、あたしは心の中で安堵した。
結局夜はピザを注文した。あまり食欲はなかったけど、「いいから一口食べてみて」と言われて口にしてみると、思ってたよりもおいしくてぺろりと一枚平らげてしまった。
そしてあっという間に一夜が明けて。
「おはよぉ愛莉」
此処にいるのがお兄ちゃんだったらよかったのに。
なんて酷なことを思いながら、あたしは今日も目を覚ます。どんなに心が廃れていても、睡魔はくるしお腹も空く。
あたしはトーストを齧りながら、つけっぱなしのテレビを横目でみた。
天気予報は晴れ。今日の運勢は最下位。思ったことはすぐに吐きだしましょう。ラッキーカラーは黄色。
お腹を満たしたあとは制服を着て、髪を整えてから学校に行く。あたしからみえる景色はどれも色褪せていて、こうしている間にもぴしりぴしりと心が崩れていくようだった。
もう何処を探してもお兄ちゃんはいないんだ。隣に流がいなければ、あたしはひたすらソファの上で膝を抱えていただろう。 きっと流がいなければ、あたしは昨日、死んでいた。
どうしてあたしは生きているんだろう。お兄ちゃんのいない世界なんて、あたしにはなんの意味も持たないのに。
「……あ」
職員室からでてきたのは小長井さんだった。
「あたし、転校することになったんだ」
誰も聞いてないのにぺらぺらと語りだす小長井さん。こういう時、反応に困る。
「何処の高校に行くのぉ?」
流の問いに、小長井さんの声色が柔らかくなった。
「北海道」
「まじか」
「……もう、流には会えなくなるね」
はは、あたしもいるのにあたしのことはちっとも気にしてないの草。お前なんか地球の裏側にでも行ってしまえ。
「そっかぁ……淋しくなるなぁ」
「電話するよ」
「あたしのこと忘れちゃやだよ? 浮気したら許さないから」
「それはこっちのセリフだよ」
なんだこの茶番。これから遠距離恋愛が始まるカップルか?
なんてことを思っていると、ようやく小長井さんがあたしの姿を視認した。
「愛莉も元気でね」
こいつはいったいなにを友達面してるんだろう。もっと他に言うことがあるでしょ。最後なんだからちゃんと言えよ。
「え、教室に行かないのぉ?」
「うん。今日は先生と話しにきただけだから」
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「ないよ」
結局、小長井さんはあたしに謝りもせず学校をあとにした。
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